第2話 商隊と盗賊

 屋敷を出た翌朝、俺は冷えたパンをかじりながら街道を歩いていた。

 実家を出たはいいが、行く当てもない。

 魔法を極めると言ったところで、学べる場所が決まっているわけでもない。


 これまで俺は剣術の勉強しかさせてもらえなかった。

 そのため地理などに詳しくはないが、この街道を進めば王都にたどり着くことだけは知っていた。

 幼少期に一度、長兄につれられて王都に行ったことがあった。


「……本当に勢いで飛び出しちゃったな」


 手元の袋を開く。中には少しの銅貨と一冊の魔術書。

 魔術書は肌身離さず抱えてきたが、読み方すら完全には分からない。

 それでも、ページをめくるたびに心が落ち着いた。

 剣を振るうときに感じていた嫌悪とは違う。

 魔法を読むとき俺は希望みたいなものを感じるのだ。


 陽が昇り、道の向こうから車輪の音が聞こえてくる。

 埃を巻き上げながら近づいてきたのは、数台の馬車列だった。

 荷台には物資が詰まっており、どうやら王都へ向かう商隊らしい。


「おい、そこの坊主!」


 先頭の髭面の御者が手綱を引いて声をかけてきた。

 どうやらこの商隊のリーダーのようだ。


「一人か? こんな街道を歩くなんて命知らずだな」

「王都まで行こうと思ってまして」


 王都には魔法学園というものがあると聞いたことがある。

 魔法を学ぶには学園に通うのが一番手っ取り早いだろう。


「この街道は強力な魔物や盗賊がわんさか出る。坊主一人で王都までは危険だぞ」


 盗賊に関しては分からないが、魔物に関しては問題ないだろう。

 家の訓練で屋敷の周辺での魔物討伐の郊外訓練は何度も行っていた。

 

「それにここから歩いて王都までとなると五日はかかる」

「五日ですか……」


 非常食は家から持って出てきたが、五日分となると少し心もとない。

 どうしたものか、そう迷っていた時だった。

 

「坊主、うちの馬車に乗っていくか?」

「え?」

「丁度話し相手が欲しかったところだ」

「でも自分、あまりお金を持ってなくて……」

「護衛って名目でタダで乗せてやるよ。お前みたいな歳の子を見てると放っておけないんだわ」

「……いいんですか?」

「ああ。遠慮せずに乗っていけ」


 髭面の御者は口角を上げる。

 その笑みには悪意は感じられなかった。

 俺は軽く礼をして、馬車に乗り込む。


「乗せていただいてありがとうございます」

「いいってことよ。坊主、名前は?」

「レオン・ア……いえ、レオンです」


 思わず途中で言葉を止めた。

 もうアルヴァーナの名を名乗る必要も資格もない。


「レオンか。俺はオルガン。一応商会の長を務めてる」

「商会の長ですか?」

「あぁ、この荷は商会の大事な品でな。王都のギルドに納める約束だから俺が直々に運んでるんだ」


 オルガンは一瞬、後方に視線を送りながら言った。


「安心しな、ちゃんと凄腕の護衛も四人つけてある」


 豪快に笑うオルガンの声が、馬車の奥まで響いた。

 先ほどから後ろに続く馬車に商人とは別の気配を四つ感じていたのだが、傭兵だったようだ。

 

「それでなんであんな場所を歩いてたんだ? 王都に行きたいって言ってたな」

「はい。魔法を学びたくて」


 そう言うと、オルガンの眉がわずかに動いた。

 馬車の軋む音だけが、しばし会話の代わりになる。


「……魔法、ねぇ。あの辺りの領地でそんなこと言う奴は珍しいな」


 あの辺りの領地はアルヴァーナ家を筆頭に剣術の一家で領地を形成している。

 要するに魔法を受け付けない剣術至上主義の土地なのである。

 そんな土地から現れた俺みたいな子供が魔法を極めたいと言っていたら驚くのも無理はない。


「はい。少し事情があって家を出ました」


 それ以上は語らなかった。

 けれどオルガンは、それで十分だと悟ったように小さく頷く。


「なるほどな。まぁ詮索はしねぇよ。それに──」


 彼の視線が、俺の腰に差した短剣へと向かう。

 磨かれた黒い鞘、アルヴァーナ家の紋章などは刻まれていないが、それでも商人の目であればその造りは名家のものだと一目で分かるだろう。


 オルガンはニヤリと笑い、軽く手綱を鳴らした。


「魔法を学ぶなら、やっぱり学園か?」

「はい。王都に魔法を学べる学園があると聞きました。入れるかどうかは分かりませんが」

「あそこは貴族や名家出身の者だけが入れる場所だ。推薦状がなきゃ門前払いだぞ」

「推薦状……」

「……まぁ王都に着いてから考えりゃいいさ。方法はいくらでもあるからな」


 それから俺はオルガンと他愛ない会話をしながら馬車に揺られていた。



 日が傾き始めた頃、街道の片隅でオルガン商会の一行は馬を止めた。

 長旅の疲れを癒やすため、小さな泉のそばに馬車を寄せ、護衛たちは鎧を外して腰を下ろす。


「はぁ……ここらで一杯やるか」

「坊主、こんな楽な護衛仕事そうそうねぇぞ」

「オルガンの旦那は金払い良いからね」

「それに王都への街道で盗賊なんざ最近は見ねぇしな」


 護衛たちの笑い声が乾いた風に溶けていく。

 俺は馬車の荷台に座り、ぼんやりと赤く染まり始めた空を見上げていた。

 だが、胸の奥ではずっと違和感があった。


 ――静かすぎる。


 鳥も、虫も、風すらも止まっている。

 耳を澄ませば、世界そのものが呼吸を潜めているようだった。


 父の声が蘇る。


 『音が消えた時は、剣を取れ。静寂は死の前触れだ』


 次の瞬間――矢が飛んだ。


「ぐっ!?」


 護衛の一人の首を正確に射抜き、血が泉に散る。

 笑いが途切れ、全員が慌てて立ち上がった。


「敵襲だ! エリックがやられた!」

「何者だ!?」

「二人とも、配置につけ!!」


 それから茂みの奥から、十数人の影が現れた。

 その中心に立つ首領格の男は布で顔を覆い、太陽を模した紋章を肩に刻んでいる。


「【暁の猟団】だと……!」


 紋章を見たオルガンが体を震わせ冷や汗を流す。

 どうやら名の知れた盗賊団のようだ。


 首領は歪な笑みを漏らしながら鞘から長剣を抜く。


「荷も命も置いていけ。抵抗しなければ痛い思いをさせずに殺してやるよ」


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