人肉ステーキ2 〜仕込みの夜〜
概要
◇◆◇
前作『人肉ステーキ』から一夜。
裏路地の洋食屋「ビストロ・ヒトミ」では、
次なる“素材”を求めて店主・日冨見が包丁を研ぐ。
料理は芸術、肉は人間――父の教えに従い、
彼女は“最も美しい食材”を仕込み始める。
静謐で狂気的な一夜を描く、禁断の料理ホラー第2章。
◇◆◇
夜の雨が止んだ。
路地裏の空気は、鉄と血の匂いをまだ引きずっている。
「……いい出来だったわね」
店主・日冨見は、まな板を丁寧に拭きながら独り言を呟いた。
彼女の指先には、まだ薄く赤い染みが残っている。
それを、まるで愛おしむように撫でる。
厨房の奥では、冷蔵庫の低い唸り声が響いていた。
中には、昨日の“青年”の名札――MIYAMOTO――が静かに吊るされている。
まるで誰かの肖像画のように、整然と並ぶ肉片。
その光景に、日冨見は恍惚の笑みを浮かべた。
「肉は、心で熟成する」
そう言ったのは、彼女の父だった。
老舗の肉職人。
だが、ある日突然姿を消した。
残されたのは、分厚いレシピノート――
表紙には、手書きでこう書かれていた。
『人の味を知れ』
初めてその意味を理解したのは、12年前のこと。
父の遺品の冷凍庫を開けたとき、そこに“母の指”が入っていた。
恐怖よりも、香ばしい脂の匂いに、彼女は空腹を覚えた。
時計が午前2時を指す。
“仕込みの時間”だ。
包丁を研ぐ音が、静まり返った店に響く。
シャッ、シャッ、と刃が石をなでるたび、
日冨見の瞳が淡く光を帯びた。
「さて、次の“お客様”は……」
カウンターに置かれた手帳を開く。
そこには常連たちの名前と特徴、そして欄外に赤い印がついている。
印のついた客は、もう来ない。
“素材になった”という意味だ。
指が、ひとつの名前で止まる。
【NOZAWA】
――30代男性/営業職/夜によくテイクアウトを注文。
「次は、あの人にしましょうか」
翌朝、店の前に黒い車が停まった。
スーツ姿の男が降りてくる。
ノザワだ。
「日冨見さん、今日もあの“特製ステーキ弁当”を」
「ええ、すぐに焼きますね。今日は特別に、新しいソースもありますよ」
「へぇ、楽しみだな」
ノザワは笑いながら、ポケットに手を突っ込んだ。
その中には、小さな銀のペンダント――
消えた同僚“ミヤモト”の名前が刻まれている。
「そういえば……ミヤモト、こないだこの店に来たって噂、本当ですか?」
日冨見は、包丁の刃を光らせながら微笑んだ。
「ええ、彼も“とてもいいお客様”でした」
鉄板が鳴る。
肉の焼ける音、香ばしい煙。
その中に、ほんのかすかな人肌の匂い。
ノザワは気づかない。
皿の上の肉の断面に、どこか“見覚えのあるほくろ”があったことに。
夜、再び雨が降り始めた。
日冨見は冷蔵庫の扉を開け、吊るされた新しい札を並べる。
“NOZAWA”
整然と並んだ札を見つめ、ふっと微笑む。
「父さん……今夜も、いい仕込みができたわ」
厨房の灯りが、ひときわ強く点り、
肉の赤がゆっくりと深く、暗く――“人の色”に染まっていった。
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