人肉ステーキ

αβーアルファベーター

人肉ステーキ

◇◆◇


夜の街を、雨が洗っていた。


「今日も……売れ残りか」


狭い路地裏の食堂『ビストロ・ヒトミ』で、

店主の日冨見ひとみはため息をついた。


この店は、一見するとどこにでもある古びた洋食屋だ。

しかし、常連客は皆、口を揃えてこう言う。


「ここのステーキは“特別な味”がする」と。


◇◆◇


その夜、ひとりの青年がドアを開けた。

「すみません、やってますか?」

濡れた前髪の下から、疲れ切った表情。

どこか影のある客だった。


「ええ、ちょうど今、いい肉が入りましたから」


青年は席に着き、メニューを見つめた。

紙は一枚だけ。「ステーキ 時価」とだけ書かれている。


「……高そうだな」

「値段は、命の分だけですよ」

冗談のように笑う店主の目は、笑っていなかった。


◇◆◇


厨房の奥で、鉄板が焼ける音が響く。

じゅう、と肉が焦げる匂い。

にんにくとバターの香りが混ざり合い、空腹を刺激する。


青年は知らなかった。

この店では、“客を見て”肉を選ぶことを。


◇◆◇


「お待たせしました」

皿の上には、赤身と脂の絶妙なバランスをもつステーキ。

血のように赤いソースが、滴り落ちている。


「いただきます」

一口、噛んだ瞬間――


柔らかい。

だが、肉の繊維が妙に“人の筋”のようにほどけていく。


口の中に残る鉄臭さ。


食べたことはない肉だが、

どこか、懐かしいような……ぬくもりのある味だった。


◇◆◇


「これ……どこの肉ですか?」

青年が尋ねると、店主は微笑んだ。


「“ご近所さん”ですよ」


青年は笑い返そうとしたが、そのとき、

皿の端に刻まれた“名前の焼印”に気づいた。


──HITOMI No.13──


青年の顔色が変わる。

「これ、まさか……!」


店主はナイフを手に取る。

「お客様、ステーキは最後まで……召し上がってくださいね」


背後の冷蔵庫が、かすかに開いた。

中には、ラップで丁寧に包まれた“人の腕”。

整然と並んだ、いくつもの名前札。


そこには――

“YAMAMOTO”“KAWAI”“HIRANO”

そして、まだ新しい札がひとつ。

“MIYAMOTO(来店中)”


青年の喉から、声にならない悲鳴が漏れた。


◇◆◇


夜の雨は、すべてを洗い流す。

翌朝、店の看板にはこう書き換えられていた。


本日のおすすめ:ヒトミ特製ステーキ(数量限定)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る