手紙

お兄さんへ


 あの日の帰り道、泣きながら歩いて、気づいたらお月様が見えました。

でも不思議と少しだけ楽になったんです。

誰かに見られても、笑われても、もういいやって思えました。


ねえ、お兄さん。

あなたは本当は耳が聞こえるんでしょう?

私、最初から分かっていました。

ハンドサインが本物じゃないことも。


でも、嬉しかった。

たとえでたらめでも、あなたが私の言葉を受け止めてくれたから。

意味のない仕草でも、私には返事に見えたんです。

あなたが何を思って、何を考えていたかは知らないけれど。


ありがとう。



あといじめのことは解決してません。

いじめた生徒は学校に来てないし、他の生徒たちは変な目で私を見ている。今になって先生や親、いろんな大人が私に目を向け、耳を傾けてくる。馬鹿みたい、そんな気持ち。


まあ、これはどうでもいいこと。笑


もしあなたがあのをSNSを広めたとしても、

私はあなたをどうこう言うつもりはないです。


あなたは、あの沈黙の中で一番優しい人でしたから。



本当は、それだけで十分だったんです。



もう一度会えたら言おうと思っていたけど、

きっと、会わない方がいいと思います。


世界はまた動き始めていて、きっとあなたも、どこかで誰かの話を聞いているはず。

その人の声が、あなたを救ってくれますように。


最後にもう一度だけ。


ありがとう。

あなたに出会えてよかった。


——公園の女の子より



 手紙を読み終えたとき、僕の視界は滲んでいた。

 封筒の表には宛名も差出人もない。

 それでも、この手紙からは彼女の息遣いや声のトーン、表情を彷彿させる。


 あの子だ。

 あの公園で、でたらめなサインに笑ってくれた少女。


 ワンルームの窓の外でまた桜が散っている。

 僕は外に出て、公園へ向かった。

 ベンチの上に小さな桜の花びらと、一通のメモが置かれていた。


でたらめでも、届くことがあるんだね。

                  

——S


 僕は笑った。

 風の中に、彼女の声が聞こえた気がした。

 もう一度、でたらめなサインを作る。

 ありがとう、と。僕もまた少し強く、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

でたらめなサイン ゴンザレス夫婦 @perfect0602

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画