第7話

 あ、西宮だ。

 朝、学校に向かっている途中で前を歩く西宮を見つけた。通学路には西宮以外の他の生徒もいる。けど、あの一際目立つ身長からして西宮で間違いないだろう。

 俺は少しだけ歩幅を大きくして西宮に追い付いた。


「おはよう、西宮」

「東野くん……おはよ」


 この前、西宮と偶然通学路で会ってからというものこうしてよく会うようになった。最初の内は西宮から元気よく声を掛けられる度に偶然って重なるもんなんだなあ、と思っていたが今は気にもならなくなった。会えば一緒に教室まで行く、という流れみたいなものが自然と出来たからである。

 ちょっと前までは憂鬱な朝は好きな曲を聴いて無理やり元気を出すのが日課でそのためにも一人で行きたい気持ちが強かった。なのに、今はこうして自分から声を掛けてしまっている。変わったなあ、と思う。


 それにしても、今日の西宮はいつもより元気がない。普段なら、朝から何がそんなに楽しいのか疑問になるほど笑顔が多いのに今日は表情が曇っている気がする。


「どうした、西宮。体調でも悪いのか?」

「ううん、そんなことないよ」

「ほんとか。あんまり元気ないように見えるぞ」

「大丈夫。ボク、元気が取り柄みたいなもんだから」


 腕を曲げて元気強さをアピールしてくる西宮。西宮はよく男扱いされてるけど、腕は細い。簡単に折れてしまいそうだ。それに、腕を曲げたところで力こぶなんて出来っこもない。女の子なんだから。まあ、制服の上からだから分かんねえけど。


「そっか。ま、もし何かあって俺に出来ることがあれば何でも言ってくれな」


 体調のことをあんまり気にし過ぎるというのも女子からすればあまりいい思いはしないだろうと判断して、それくらいに留めておく。


「それにしても、今日も朝から天気いいよな。もう少ししたら体育祭もあるし、もうそろそろ衣替えしないと暑い暑い」


 最近の日本の季節は夏か冬しかないんじゃないかと思うくらい、寒暖差が激しい。この前まで寒いはずだったのに、いつの間にか暑くなってるしその逆もまたしかり。今も五月の下旬だってのにすっかり夏のように暑くなっていて、冬用の制服じゃ汗が垂れてきそうだ。


「あの、東野くん。相談があるんだけど」

「お、どうした?」


 制服を扇いで風を作っていると西宮がぐっと顔を近付けてくる。西宮の顔は鬼気迫っているような感じで何やらよっぽどの相談らしい。よし、俺も覚悟をもって相談に乗るぞ。そうしたいのに西宮からの急接近に俺はめちゃくちゃ意識してしまっていた。

 だって、西宮って可愛いんだもん。男扱いされてるのが本当に意味分からんくらい、西宮って美少女だと思うんだけどな。そんな子にこんな近付かれたら俺は参っちゃうよ。


「このラノベって知ってる?」


 ドキドキしまくっていることを顔に出さないよう気を付けている俺に西宮はスマホの画面を見せてきた。そこに映っていたのは一冊のラノベ。俺も一巻から買い続けているタイトルの作品だった。


「もちのろん。西宮も読むのか?」


 親指を立てて返事して、俺は西宮を意識していたことなんてすっかり忘れて食い気味に聞き返した。もし、西宮も読んでいるなら語り合いたい。俺と西宮には共通の話題っていうのがないし、ここで共通の話題が増えるのは西宮ともっと仲良くなれていいことだ。


「う、ううん。ボクは読んでないんだ」

「なんだ……そうなのか」


 西宮が俺から三歩ほど後退って答えた。その返答にあからさまにガッカリする俺。まあ、でも、女子向けっていうよりは男子向けの作品だし仕方ないよな。


「あ、もしかして、気になってるとか?」

「う、ううん。そういうことでもないんだ」

「そっか……」


 これから読んでみようとしてるのかと思ってまたも食い気味に聞いてみたが西宮は頬を赤くして首を横にした。そういうことでもないらしい。


「このラノベの新刊って今日が発売日、なんだよね?」

「めちゃくちゃ詳しいじゃん」

「お兄ちゃんが教えてきたんだ」

「お兄さんが……そう言えば、お兄さんはラノベ読むって言ってたもんな」

「覚えててくれたの?」

「そりゃあな」


 いつか、西宮のお兄さんと会うことがあれば話してみたいって思ったから覚えていたんだけど一つ、重大なことに気が付いた。


「女の子が話した内容を覚えてるのって気持ち悪いよな」


 よく考えてみれば、覚えておいてほしい内容でもないことを覚えてるって捉え方によっちゃめっちゃ気持ち悪い。そんな気がする。


「そんなことないよ」

「怖いだろ」

「ううん、逆に嬉しい」

「嬉しい?」

「うん」


 薄っすらと唇を緩めて、喜んでいそうな西宮。俺のことを気遣って嘘を付いてるようには見えない。安心した。


「それなら、よかった」

「よかったって顔してる。あ、それでね。東野くんはこの本っていつ買うの?」

「今日。学校終わったら買いに行く予定だ」

「あの、迷惑じゃなかったらボクも一緒に行ってもいい、かな。お兄ちゃんからおつかいで頼まれたんだけど、よく分からなくて」


 高校生にもなって本一冊も買えないってことはないから西宮も本屋に行って買うことくらいは出来るだろう。けど、オタクというのは厄介な生き物で特典付きで集めてしまうもの。特典は専門的な店にしか付かないことが多く、そういう店に普段から行かない場合は一気に買うことが難しくなる。


「そういうことなら一緒に行こうか」

「ほんと!?」

「西宮のおつかい成功させてお兄さん喜ばせてやろうぜ」


 異様に西宮が驚いているから安心してもらうためにニヤッと笑っておく。


「よろしくお願いします」

「うむ。任せておけ」


 頭を下げてきた西宮に俺は偉そうに腕を組んで得意気になってみせた。俺も例に洩れず特典付きで買おうと思っていたから西宮の役に立つはずだ。


「それで、お兄さんは店の指定とか言ってなかったか?」

「あ、なんか、メロンって付く名前のお店で買ってきてほしいって言ってたんだけど分かる?」

「分かり尽くしてるから問題ないけど……お兄さんよく西宮に頼めたな」

「え、ボクだと行けないようなお店なの?」

「うーん、説明が難しいな」


 西宮のお兄さんが言っている店は取り扱っている本の種類が豊富で俺は何度も利用させてもらっている有り難い店だ。けど、その本の種類の中には十八禁のものも多く、ちょっと列を外れたら全裸の女の子が表紙の本も多くて西宮にそれを見せるのはどうしても躊躇ってしまう。


「店に着いたら俺から離れない方がいい、と思う」

「えっ!? わ、分かった……」


 俺だとどういう種類の本がどこに置いているかある程度把握してるから、西宮を安全に案内出来る。気を付けねば。そんな風に俺が意気込んでる横で西宮は頬を赤くしていた。理由を聞けば首を横に振られたのであまり詮索してほしくないらしい。


「それにしても、ほんとよく西宮に頼んだよ」

「お兄ちゃんが東野くんに頼めばいいじゃんって」

「俺に?」

「うん。家で東野くんの話ししてたら一緒に買いに行ってもらえばいいんじゃないかってニヤニヤしながら言ってきてね」

「へー……てか、西宮って家で俺のこと話したりするんだな」


 学校であったことを家で話すなんて西宮は家族と仲が良いらしい。俺だって別に仲が悪いかといえばそうでもないけど、わざわざあった出来事を話したりしない。話すほどのこともないし。


「べ、別に変なことは言ってないし、他意はないんだよ!」

「急にどうしたんだ?」

「本当の本当にだからね!」

「お、おお」


 焦った風に西宮が言い訳みたいなことを言ってきた。さっきよりも頬を赤くして、手も振りまくっている西宮。そんな姿に俺は戸惑いながらとりあえず話を合わせておく。

 すると、西宮は両手で顔を覆うようにして隠し始めた。恥ずかしがっているみたいだ。


「恥ずかしがる必要なんてないぞ、西宮。家族と仲が良いなんて素晴らしいことだからな」

「ち、違うんだよ……うう」


 その後、西宮は学校が見えてくるまでしばらく顔を隠したままだった。指の間で隙間を作って覗いていたのか何かにぶつかったり、転んだりはしていない。器用な子だ。とはいえ、危なっかしいことには変わりない。俺が言ったことが原因で怪我とかしてほしくないし、放課後は発言にも気を付けよう。

 そこで、俺はようやく事の重大さに気が付いた。


 なんにも考えてなかったけど、西宮と買い物に行くってことは女の子と二人で買い物に行くってことじゃん! き、緊張してきたあ。

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男扱いされている女子、俺の前では可愛い女の子 ときたま@黒聖女様 @dka

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