第2話

一部変更しました。


 鳥型アペティアが崩れ落ち、結界の中に静寂が戻った。

 久遠は右腕を押さえながら荒い息を吐く。掴まれた部分からは血が滲み、痛みと恐怖で体が震えていた。


「動かないで」

 朔夜が駆け寄り、素早く止血処置を施す。冷たい薬液が染みて久遠は息を呑んだ。

「この程度なら応急処置で持つ。だけど、支部に戻ったらすぐ治療だ」


 その言葉に頷くことしかできなかった。



 戦闘で正気を取り戻した元アペティアの少女と中年男性は拘束具で守られ、同時に治療班へと引き渡される。

 搬送用の車内、久遠は右腕を固定されたまま座席に沈み、窓の外を眺めていた。

 血の匂い、そして先ほどの戦いの余韻が離れない。


 到着したSCE日本支部は、病院と研究施設が一体化したような建物だった。

 真っ先に治療を受けるのは元アペティアの少女。久遠は次を待つ間、スタッフに連れられて処置室に入る。



 治療班の女性が久遠の腕に触れると、彼女の掌から淡い光が溢れた。

 祈りの言葉が短く唱えられ、奇跡の術式が展開する。


「……っ」


 その瞬間、久遠の体が僅かに震えた。光は痛みを和らげるはずなのに、どこか馴染むような、心地よく溶け込むような感覚が全身を駆け巡る。


「おかしい……?」

 術者が目を細めると、光が急激に強まった。室内の器具が微かに震え、空気が揺らぎ始める。


「奇跡への過剰反応だ!」

「……こんな反応、記録でしか見たことがない」

 スタッフの声に周囲が慌ただしく動いた。

 久遠の体内に、奇跡が浸透していく。だが拒絶はなく、むしろ過剰に取り込もうとする。


 やがて光は収まり、処置室に重い沈黙が残った。



 精密検査の結果はすぐに出た。

 久遠は「双属者」――神の奇跡と悪魔の瘴気、両方に適合する極めて稀な存在。


「……そんな人間が、現実に存在するなんて」

 深雹が呟くと、医師の一人が答えた。

「世界でも数例しか確認されていない。適応能力は研究対象としても、戦力としても希少価値が高い」


 久遠はベッドに座り込み、説明を受けながらも頭が追いつかない。

 自分が“普通ではない”と告げられる度に、自分が何者なのか分からなくなっていく。



 処置が終わり、スタッフの一人が静かに声をかけた。

「久遠君。……SCEは今、人手不足なんだ。奇跡に適合できる人材は本当に貴重でね」

「……僕を、戦わせるつもりですか?」

「強制はしない。ただ……君が望むなら、守れる人は増える」


 久遠は答えられず、視線を伏せた。

 頭に浮かんだのは、先ほど目にした人間の少女――アペティアから救われた彼女の姿。

 守れた命と、守れなかったもの。


 胸に残るその重みが、静かに彼を縛っていた。

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神の子よ、我が蛮行を許し給え @Akatsuki971

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