科学の限界

 3154年3月10日。もうレフリオンの研究を始めて5カ月が経とうとしている。いろいろな新事実が発見され、色々と応用されていった。


 ――医学・科学・戦闘・武器・気象・天文・電力


 この7つの分野が生み出したのは破滅と奇跡だった。レフリオンは人を助ける手段になり、人を殺す手段にもなった。しかし、世界が変わったのは間違っていない。良くも悪くも変わってしまっただけなのだ。博士たちは分野を研究し、より良くしようとするが、それを国は逆手に取り利用しようとしてるのだろう。戦争が起こってしまった。それがさらに政府を駆り出させたのだろう。その様子は、最近のニュースの文面からそれが推察できる。いつか、この分野も科学も利用されてしまうのだろうか?そうなってしまうとしたら自害する。報告書とともに消えてやる。こんな世の中でノーベルのようにいや、それ以上に世界を脅かすものを開発した俺の責任でもある。


 「科学は人を救い、人を殺す。紙一重の境界の上で進化する。」


 やはりこの言葉は正しかったのだろうか?レフリオンは人を生かし人を殺す凶器にもなりえる。人、いや世界を殺しているのかもしれない。この物質一つで地球を滅ぼうことだって可能なんだ。はたしてこれを進化と呼べるのだろうか?その真相は定かではなかった。しかし俺はただ研究を続けるしか、正義のための研究を…


 いくら考えても答えは出なかった。今以上の発見はもうないのかもしれない。もしかしたらもう科学が出せる限界点に達したのかもしれない。しかし、わずかな可能性。それにかけて研究を続けなければならない。


 机の上には、未整理のデータ群とインクで縁取られた知らせの切れ端が広がっている。切れ端には政府関係のスタンプが押されており、その文字は冷たい命令を匂わせる。誰かが紙の上で線を引き、要点だけを残していくように、世界は有用な部分だけを切り取り、都合の良い形で利用しようとする。それがこの五ヶ月で一番手に取るように実感した真実だった。


 窓の外の景色は変わってしまった。今ではこの地球を覆っている空の下では戦闘が昼夜問わず繰り広げられるのだった。


「責任」——その言葉が重く喉に引っかかる。研究者としての誇りはまだ消えてはいないが、一つ一つが大きく変えてしまうことを知った。丁寧に積み上げた実験ノートの一ページ一ページが、悪意の手に渡れば兵器のブループリントにもなり得る。誰がそれを止めるのか。法か倫理か、あるいは


 ――俺のような些細な良心か。


 思考はいつも、自責と計算の間を往復する。メリットがあるか。合理性にかけてないか?そう考えてしまうようになった。この立場だと感情論ではあまり語れない。そう思いながら思考を巡らせる、


 もしここで研究を中止して全てを焼却すれば、少なくとも即時に悪用される可能性は消えるだろう。しかしデータを焼くということは、同時に救える命を諦めることでもある。発展を阻害することにもなる。変わったかもしれない出来事の可能性が閉ざされるのだ。


 研究は進む。止まるところを知らない。限界が近づいていようとも、試料は冷凍庫の中で白い静寂を保ち、機械は日々同じ運動を繰り返す。毎日がこれの繰り返しだ。新たな発見をすることもある。この同じような作業の末に見つかった一つの真実。


 発見の喜びはいつも罪悪感と紙一重だ。だが発見があれば、そこには選択肢が生まれる。焼くか、隠すか、公開するか


 ――しかしもう一つ、研究そのものを書き換える選択肢も存在する。可能性に賭けるのか、それとも可能性を封じるのか。俺はペンを取り、実験ノートに新しい見解を書き始めた。文字を刻む手が震える。だが今は書かなければならない。沈黙は既に罪なのだ。隠し通すことなどできない。公開するかその場で消すか。その二択しか常に存在しない。


 机のランプが淡く揺れる中、俺はもう一度だけ自分に問いかけた。科学とはなんだ。発見の馳せる方向は、誰が定めるべきなのか。答えはすぐには来ない。だが筆を進めることで、ほんの少しだけ未来を押し戻せるかもしれないと思えた。絶望の淵で見つけたその小さな光を頼りに、俺はまた研究を続ける決意を固めた。未来はまだ書かれてはいない。確かに傷つき、確かに恐ろしいが、それでもまだ可能性が残っている限り、俺は筆を止めない


 ──たとえその筆が最後の一文字を血で濡らすことになろうとも。


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