軌道予測

 3154年3月4日。私は、とある研究・実験を行っていた。それは、とある衛星を飛ばしそこから、情報を。宇宙の規則性を見出すのだ。それによって、軌道予測が可能となり、打ち上げのコスト削減が可能となるだろう。そして、気象データとリンクさせれば、双方の理解が深まっていくだろう。


 既に、私の研究所持ちのミリ波干渉計に改造を施している。粒子状態のレフリオンをレーザー状に加工し飛ばすのだ。そして、帰ってきたレーザーをもとに、解析し軌道予測を可能にさせるのだ。今日から実証実験を開始する。既に、填予博士から天気のデータは受け取ってある。私は制御室へ足を運ぶ。長く続いた廊下には博士の足音がこだました。


 通路を抜けた先、そこが管制室だ。ちょうど真上辺りにミリ波干渉計がある。そうなっている理由はこの研究所自体はほとんどが地中に埋まっているからだ。山を縫うようにある渓谷の沿いに立っているこの研究所は、入口以外が埋まってる形で立っているのだ。辺りには電波塔も街の明かりも一切ないという好立地ではあるのだが。


 巨大なスクリーンにはたくさんのパラメータが映し出され、上下している。


 「観測準備完了しています。いつからでも観測開始ができます。」


 「観測を開始してくれ。レーザーは強度100・西側の空斜角60度で観測開始。」


 そう告げると研究員たちが一斉に操作を開始する。左上に映し出されているミリ波干渉計が目標角度に向けて動き続けていた。


 「レーザー調整完了。」

 

 「角度ヨシ。方角ヨシ。最終チェック完了しています。」


 「レーザー射出。」


 制御室内の空気が、一瞬にして張り詰めた。全員がスクリーンに目を凝らし、指先を操作パネルの上で固く握る。淡い蒼色の光が、装置の先端で微かに揺れ、まるで呼吸するかのように脈打つ。


 「……よし、射出開始。」


 微細な振動音とともに、レーザーがゆっくりと放たれる。最初はか細い一本の光の糸だったが、瞬く間に空間を切り裂くように伸び、天井を突き抜けて宇宙へ向かう。光の軌跡は透明な筒の中を通るように見え、内部で微粒子がきらめくように反射している。


 スクリーン上のデータが跳ね上がり、レーザーの進行状況を示す数値がリアルタイムで変化していく。蒼い光の先端は、やがて無限の暗闇へと溶け込むかのように細く、しかし確実に伸び続ける。


 私は息を詰め、指先を微かに震わせながら観測窓越しに光を追った。その蒼色は希望の色のようであり、同時に未知への挑戦を象徴している。やがてレーザーが目標角度に安定すると、制御室中に小さな安堵のため息が広がった。


 「成功……だ。」


 光は宇宙の彼方で静かに輝き、帰還するデータの可能性を告げていた。希望と緊張が混ざった空気が、静かに、しかし確実に満ちていく。


 レーザーは、宇宙空間に達し拡散した。宇宙が淡く輝き始めた。蒼い粒子一つ一つが宇宙を解析し始める。それは天の川のように列を成して輝いていた。そして情報を構築しだした。示すデータは、宇宙のすべてでもあるかのような膨大な情報の量だった。ダークエネルギーの生成や、発生、充填まで事細かに数字が羅列されていく。データサーバーが熱を発し始めた。負荷がかかっているのだ、とてつもない情報量によって。無限と思われる情報はついにに終わりを告げた。


 レフリオンが崩壊したのだ。レフリオンは元々、地球環境用の物質だ。そんなレフリオンが耐えれないのは既に実験から分かっていた。手元にある活動可能の指標を見る、


 「レフリオン活動条件」

 「レフリオンが活動可能な条件が今回の実験で判明した。」

 「最低温度、-270℃。」

 「最高温度、200,000℃。」

 「酸素無しの環境では活動不可。」

 「真空状態では活動できず。」

 「気圧・100000気圧」

 「レフリオンは地球上で使う限り基本的にどんなことにも耐えうることが発覚した。」


 私が書いた報告書だ。ここにも記述した通り酸素無しでは活動ができないのだ。酸素を媒体として生成しているのかはわからなかったが…


 レフリオンは極限環境に達した場合長く持たずに活動停止及び崩壊してしまう。宇宙と言う膨大な情報と過酷な環境が存在するこの場では、崩壊してしまった。しかし崩壊する方が好ましいのも事実だ。崩壊すると身近な物質に分解される。機能停止するよりは圧倒的に安全なのだ。


 「実験結果が出ました。想定以上のデータが出ました。」


 「多い分には問題はない。実験を終了させてくれ。」


手渡された報告書をじっと見つめる。そこには、軌道予測以外の情報も詳細に記されていた。スクリーン上で眩い光を放ったレーザーが収集したデータは、まるで宇宙そのものが小さな箱の中に凝縮されたかのような密度を持っていた。


 「実験結果」

 「衛星θの軌道」

 「-10m/s 軌道ズレ」

 「速度・-17m/s」

 「公転周期・36.2543min/per」

 「軌道補正可能日時・11/24/3154/11:54」

 「スラスター点火・5秒で補正可能」

 「太陽電池・効率67%(低下中)」

 「温度・外気と連動、-120℃~35℃」

 「磁場干渉・微弱、影響ほぼ無し」

 「通信・安定」

 「データ転送容量・99.7%回線確保」


 そこに記された数字ひとつひとつが、衛星の状態を余すところなく示していた。しかも、これらは単なる現状報告に留まらない。補正方法や次回観測の指針まで示されており、まるで宇宙の知識が文字通り


 ――手のひらに乗っているかのようだった。


 私はゆっくりと息をつく。目の前に広がる情報の量に、思わず背筋がぞくりとした。これはただの軌道観測ではない。太陽系の衛星や惑星の動き、場合によっては遥か彼方の恒星系の軌道までも、解析可能な手がかりが隠されている可能性があるのだ。


 「ここまで出来るとは……」


 小さくつぶやく。研究員たちも、同じ報告書を見つめて目を丸くしていた。


 「想定外だ。一括で管理できてしまう。軌道周期までわかるとは……」


 私の頭の中で、次の実験の構想が次々と浮かぶ。地球外の衛星、惑星、そして小惑星帯……宇宙の情報はまだまだ膨大に存在する。もしレフリオンを安全に使える環境を作り出せれば、これまで誰も到達できなかった軌道データや宇宙現象の観測が可能になる。


 画面を見つめる私の視線は、遠い宇宙の果てに吸い込まれるようだった。淡い蒼色の光が再び頭上のミリ波干渉計で微かに揺れていた。


 「……次は、火星軌道を正確に捉えられるか試してみるか。あと、次はさらに並列で処理するための並列ユニットを用意しなければ。」


 独り言に近い声が制御室にこだました。希望と緊張が交錯した空気の中、誰もが未来の可能性を感じていた。


 そして、データサーバーが吐き出す膨大な情報の一片一片が、静かに、しかし確実に宇宙の秘密を解き明かし始めていた…

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