科学の拡張理論

 3153年12月16日。俺は、今日もレフリオンの研究に時間を費やしていた。開発者としての責任があるからだ。既にレフリオンは様々な研究分野で「解析・応用」が行われているらしい。一か月ほどしたら、いろいろな報告が上がり始めるだろう。


 ――禁断の物質『レフリオン』について


 どの分野でも、素晴らしいパフォーマンスを発揮することだろう。


 ――電力・戦闘・医学・物流・武器・気象・宇宙・通信


 そして、俺の専門である。


 『科学』


 これらが、いやそれ以上の分野が大きく発展するかもしれない。俺がやらないといけないことは、科学分野の発見・研究だ。すでに何個かの案を思いついている。それらは実験準備が整い次第研究を始めるとしよう。俺は一つの可能性を踏んだ。


 「レフリオンで超高性能な3Dプリンターが作成できるのではないか?」


 そう考察した。レフリオンの効果は、物体・物質を粒子レベルで分析し、設計図を作成。それを元に組み立てられるのだ。


 ――システムは、3Dプリンターそっくりなのだ。


 素粒子は使われないが、スキャンしそれを印刷する。根本的なシステムは一緒なのだ。だからこそ、発展させることができるのではないかと考えた。今の情報限りだと、作れるのはあくまでコピー機。自由には作成できない。作成するにはレフリオンに設計図をインポートし、それを印刷させるしかない。もう一つ壁がある。それは印刷素材だ。作成時に必要な素材をレフリオンの中にあらかじめ入れておく必要がある。


 どのようにして吸収させるか。この解明がカギとなるだろう。しかし、この方法が実用化すれば、どんな素材でも印刷ができる。鉄くずでも新品同様にできる。物の再生も可能となるのだ。


 俺は、白衣を身にまとい実験場へ足を運んだ。すでに準備は整っておりいつでも実験を開始できるそうだ。


 「只今より実験を開始する。どんな記録も忘れずにつけてくれ。パラメータの針の動きを見逃すな。その動き一つが世界の物理法則を変えかねないからだ。」


 実験者たちはレフリオンを取り出し、錆び切った鉄にかける。レフリオンは青白く反応し、鉄の周りに粒子の一つ一つが拡散される。そして、覆われたかと思うと、上から鉄は消えていった。


 ――レフリオンは吸収した。鉄そのものを。


 「消えたあたりから、高エネルギーを示しています。これからの変化にご注意ください。」


 そう言ったその瞬間。蒼白い閃光が迸る。俺は目を覆ってしまう。目を開けたとき、青白い粒子たちが、鉄の構造に規則正しく並んでいく。まるで、再現CGを見ているかのようだった。シートのようなものが出来上がっては層が何層にも積みあがる。粒子は原子となり、そして鉄元素になっていく。その手順一つ一つを俺はこの目で見た。


 ――鉄元素が生成されている。


 それらが集まり、ブロックのように積み上がり構成されていく。辺りにはスパークが飛び、焦げた匂いを立てていた。


 元素がぎっしりと規則正しく並んでいく。不秩序の世界に秩序が形成される。設計図と言う形に沿って、間違うことなく構成されていった。


 実験テーブルに鈍い音が響き渡る。俺は音の出所を知っていた。鉄くずは酸化前に戻ったのだ。目の前にあるのは純度の高い鉄にしか見えなかった。少し前にそこには錆び切ってしまった鉄があったとは思えなかった。


 「実験成功だ。やはりレフリオンは不可逆現象を発生させれる。物の復元・再配置ができるんだ。これを応用すれば、3Dプリンター、いや『粒子プリンター』が作れる。粒子は高速で移動が可能だ。どれだけ離れていてもプリンターさえあればどこでも生成できるんだ。」


 ――「粒子は、世界を作る設計図そのものだ。」


 俺は思わずそう呟いていた。


 レフリオンが再構成した鉄を前にして、実験室の空気が静まり返る。誰もが言葉を失っていた。白い蛍光灯の下で、純度の高い鉄のブロックが淡く光を反射している。その光がまるで、人類が新しい時代へと踏み出した証のように見えた。


 「研究データを確認してくれ。何か新たな発見はないか?」


 俺の声で研究員たちはようやく動き出した。端末には、数多くの情報が走っている。端末に並ぶ数値群が、今起きた現象の異常さを物語っている。


 「エネルギー変換効率……99.998%!?」


 「質量保存則、完全に破綻していません!」


 「しかし、どこかで補正が行われていなければ、説明がつきません。」


 「レフリオン内部で、エネルギーが自己循環しているのか?いや、それだけじゃ説明がつかない。」


 俺は腕を組み、目の前の鉄ブロックを見つめる。


 ――質量保存則、エネルギー保存則。


 それらを超えた現象が、目の前で起こっている。


 「レフリオンは物体を再構築する。どれだけ情報が欠如していても、データを復元し、再構築できる。」


 ならば、物質を生み出すことも、壊すことも、記憶することも可能だ。この粒子を自在に操ることができれば


 ――物質の再構成、生命の再生、さらには時間そのものの再現すら。


 「粒子プリンターの時代が始まる。粒子単位で物を構成する世界へと…」


 俺は鉄のブロックにそっと手を置いた。その冷たさが、まるで新しい文明の胎動のように感じられた。


 世界の歯車のギアが変わる。加速していくだろう。この技術、いや物質で。


 ――この日を境に、人類は禁断と果実に手をかけることになる。


 しかし、誰もまだ知らなかった。レフリオンの粒子が生み出す「再構成の代償」、その重さを…


 そして、迫ってくる崩壊に気付く由もなかった。

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