実験3・神の物質レフリオン

神の物質『レフリオン』

 3153年12月5日。


 「ニュースです。11月に発明された新物質『レフリオン』には、復元機能が備わっていることが判明しました。専門家の分析によると、レフリオンが引き起こす冷却効果は、熱を電気に変換する際の代償として支払われていた可能性が高いとのことです。そして12月1日、隆一博士が紙を燃やした後の灰にレフリオンをかけたところ、紙は元通りに復元され、文面も完全な状態だったと報告されています」


 画面に映る専門家の表情は終始落ち着いていた。だが、その言葉の一つ一つは、世界の常識を揺るがすには十分すぎる内容だった。


 俺は手元のリモコンを取り、テレビの電源を切る。画面が暗転し、部屋に静寂が落ちた。


 この数日間、世間の話題は完全にレフリオン一色だ。復元。冷却。発電。効率化。


 人々はその可能性に酔い、専門家はこぞって称賛の声を上げている。


 だが、俺の胸は少しも晴れなかった。手放しで喜べる状況では、決してない。


 ――懸念がある。


 レフリオンは、あまりにも都合が良すぎる物質だ。物理法則を無視しているかのような振る舞いを見せながら、その仕組みはほとんど解明されていない。復元も冷却も、ただの現象ではない。必ず、何かしらの代償が存在するはずだ。


 もしその代償が、目に見える形では支払われていないとしたら。もし、誰の視界にも入らない場所で、今この瞬間も静かに回収され続けているとしたら――。


 俺は、あの実験を思い出す。細かく裁断された紙片にレフリオンをかけたとき、紙は何事もなかったかのように元の姿へ戻った。破壊された痕跡すら残さず、完璧に。


 だが、あのとき本当に支払われた代償は、紙片だけだったのか。あの瞬間、別の何かが差し出されていた可能性を、俺は否定できない。


 世間は奇跡に酔いしれている。発電所の効率は飛躍的に向上するだろう。紙は灰から蘇り、失われたものは元に戻る。建物も、機械も、


 ――そして、いずれは人の身体さえも。


 だが、奇跡は決して無償ではない。必ず、どこかで、誰かで、何かで、代価を支払わせる。


 俺は深く息を吐いた。部屋の空気がひんやりと肺に流れ込む。テレビの光が消えた部屋は静まり返り、その静寂が思考を加速させる。


 もし、この復元能力が大規模に応用されたなら。


 もし、世界中で当たり前のように使われ始めたなら。


 ――世界の均衡は、確実に崩れる。


 それでも、誰も気に留めていない。奇跡がもたらす未来だけを見て、その裏側に目を向けようとしない。


 ――この世に、代償のない奇跡など存在しない。


 ――奇跡は、必ず牙をむいて戻ってくる。


 俺は手帳を開き、ペンを握った。これは独り言ではない。警告だ。記録だ。代償が何であるのか、どこに潜んでいるのか、まだ誰にも分からない。だが、書き残しておかねばならない。忘れられれば、いつか取り返しがつかなくなる。


 「レフリオン……あれは、ただの物質じゃない。」


 誰も知らない場所で、確実に代価を回収し続けている。俺たちは、その請求書をいつ突きつけられるのか。


 夜は更け、窓の外では街の明かりが静かに揺れていた。世界は歓喜に包まれ、奇跡の物質は今もどこかで力を振るっている。


 だが、俺の胸の奥では、冷たい警鐘が鳴り止むことは無かった。


 ――奇跡の代償は、必ず、牙をむく。

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