レフリオンの研究記録1
3153年11月21日。昨日は、どのテレビ局もレフリオンの特集一色だった。
ニュース、討論番組、娯楽番組に至るまで、扱い方は違えど語られる中身は同じだ。昨日から全国の発電所で実用化が始まった
――ただそれだけの理由で、人々はまるで未来を手に入れたかのように浮かれている。
「新時代の物質だ。エネルギー界の大きな革新だ。」
どの番組でも、決まり文句のようにその言葉が繰り返されていた。だが、その物質がどこまでの効能を持つのか、どんな副作用を持っているのか、誰一人として把握していない。長期的な影響も、環境への負荷も、人体への安全性すら未検証だ。
毒かどうかも判別できないものを拾い上げ、歓声を上げているのと大差ない。
――まだ、茨が残っているかもしれないというのに。
今日も実験を始める。
対象は、処分予定だったシュレッダー済みの紙だ。身近なものにこそ、大きな発見が潜んでいることは珍しくない。アルキメデスだって、風呂に浸かっている最中に原理へ辿り着いた。科学の歴史は、偶然と好奇心の積み重ねだ。試す価値のない実験など存在しない。
俺は細かく裁断された紙切れをシャーレに移し、レフリオンの液体を慎重に滴下した。無色透明、わずかに粘性のある液体は、紙に染み込むこともなく、その表面で静止している。
――変化はない。
「変化なしか。……まあ、想定の範囲だな」
独り言を漏らし、俺は席を立つ。後処理用の中和剤を取りに行くためだ。レフリオンは未解明な点が多すぎる。扱いには、どれだけ慎重になっても足りない。数分も経たないうちに必要な薬品を揃え、デスクへ戻った。
その瞬間、思考が止まった。
そこにあったのは、紙切れではなかった。裁断される前の姿そのままの、一枚の紙が、何事もなかったかのようにシャーレの上に置かれていた。
「……復元、だと?」
一瞬、現実感が失われる。目を疑い、角度を変え、照明を確認する。それでも結果は変わらない。確かに、紙は元に戻っている。
あり得ない。
いや、仮にあり得るとしても
――代償がないはずがない。
自然法則の基本は等価交換だ。何かを得るなら、何かを失う。エネルギー保存則も、質量保存則も、それを前提に成り立っている。
嫌な予感に駆られ、視線を横に滑らせた。裁断された紙の残りを置いていたデスクの端。そこには、何もなかった。紙片だけでなく、紙粉すら残っていない。
「等価交換……か。だが、これは……」
理解が追いつかない。
失われた紙は、復元のための対価として消費されたのか。それとも、目に見えない別の何かが支払われたのか。もし後者なら、その『代償』はどこへ行ったのか。
背筋に、冷たいものが走る。
俺は深く息を吐き、気持ちを切り替えて記録を取り始めた。感情は、後でいくらでも処理できる。今は、事実を残すことが最優先だ。
『レフリオン研究記録 1』
紙片にレフリオンを使用したところ、原形への復元を確認。
復元過程において周囲温度の低下が観測された可能性あり。
ただし、復元現象と冷却効果の因果関係は不明。
また、復元には何らかの代償が必要である可能性が高い。
その法則性および対象範囲は未解明であり、さらなる検証を要する。
3153年11月21日
隆一
俺はペンを置き、静まり返った研究室を見回した。この物質は、世界を救うかもしれない。
――しかし同時に、世界を滅ぼす可能性を示唆しているのだった。
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