第2話 女騎士の誓いと封印剣
光が収まり、静寂が訪れた。
透明な空間の中央、蒼い鎧の女騎士が一歩ずつ近づいてくる。
金の髪が揺れ、月光を反射したように輝く。
「あなたが……レオン・クロード、ですね」
俺の名を、彼女は正確に言い当てた。
まるでずっと前から知っていたような口ぶりで。
「どうして俺の名前を?」
「あなたは“封印庫”の継承者。神代の秘宝を管理する最後の後継者だから」
何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
封印庫? 継承者?
ただの“倉庫スキル”のはずだ。神代だとか、そんな大層な話ではない。
「……俺はただ、追放された冒険者だ。スキルは倉庫。それだけだ」
「倉庫ではありません。〈保存庫〉は、かつて“世界の記録”を守るために創られたスキル。
神々が滅びる前に、人間へ託した最後の“記録装置”です」
彼女の瞳は真剣だった。
俺が冗談を言う余地もないほどに。
「記録装置……?」
「はい。あなたの保存庫には、失われた武具、知識、そして“過去の世界”が格納されています。
封印が解かれれば――この世界の運命が再び動く」
冗談だろう。
俺は笑いそうになったが、笑えなかった。
目の前の空間は夢でも幻でもない。
そこに並ぶ棺――“竜殺しの剣”や“世界樹の根”と刻まれた封印箱が、現実を否応なく突きつけてくる。
「まさか……俺のスキルの中に、そんなものが?」
彼女は頷く。
そして、胸に手を当てた。
「私はセリス・アーデル。王国騎士団第一隊の副長にして、“封印庫守護の誓約者”です。
封印庫を継ぐ者を見つけ、共に戦う使命を負って生まれました」
その言葉はまっすぐだった。
瞳の奥に、揺るぎない決意がある。
「あなたに誓います。命を賭して、この秘宝を護ります。――共に、世界を救ってください」
……世界を救う?
俺に?
笑われ、追放されたこの俺が?
胸の奥に、静かな熱が灯るのを感じた。
誰からも必要とされなかった俺を、初めて“必要だ”と言ってくれる人がいた。
「……俺に、できるだろうか」
「できます。あなたでなければ、封印庫は開かれません。
――試してみましょう、“竜殺しの剣”を」
セリスの声に導かれるように、俺は棺の一つに手を伸ばした。
光が走り、冷たい風が頬を撫でる。
刹那、脳裏に膨大な情報が流れ込んだ。
――〈起動条件:継承者の認証〉
――〈封印解除、許可〉
閃光。
重力が歪むような音と共に、棺が裂けた。
中から現れたのは――漆黒の刀身を持つ剣。
刃が呼吸するように脈動している。
「これが……竜殺しの剣……」
「はい。神代の勇者が、最後に封じた剣。
それを取り戻せるのは、“あなた”だけです」
手を伸ばす。
刃が指先に触れた瞬間、焼けるような痛みが走った。
けれど、離せなかった。
心臓の奥で何かが共鳴している。
まるで、ずっと探していた“欠片”が戻ってくるように。
「――!」
視界に光の紋章が浮かんだ。
右手の甲に刻まれる印。
それは、〈保存庫〉の新たな形を示す紋章だった。
――〈サブスキル解放:封印解読〉
思わず息を呑む。
俺のスキルが……進化している。
「これが、継承者の証です」
セリスが静かに言う。
「あなたの保存庫は、今“世界の過去”と繋がりました。
封印を解くたびに、力を得ると同時に、失われた歴史を知ることができるはずです」
「歴史……?」
「神々が滅んだ理由。人が魔を恐れるようになった始まり。
その真実を知ることこそ、あなたの使命です」
……使命、か。
笑われ、捨てられ、無能と呼ばれた俺が。
今度は“世界を救う鍵”になるなんて。
あのギルドの奴らが聞いたら、どんな顔をするだろう。
「面白くなってきたな……」
思わず口角が上がった。
セリスが目を細める。
「その顔、ようやく“継承者”らしくなりましたね」
「皮肉だよ。俺はずっと、荷物係だと思われてたんだ」
「その“荷物”の中に、神の遺産を抱えていたのですから――運命というのは、皮肉ですね」
小さく笑った彼女の表情は、どこか哀しげだった。
彼女もまた、長い使命の中で多くを失ってきたのだろう。
「行きましょう、レオン。あなたの力を求める者が、もうすぐ現れます」
「求める者……?」
「ええ。“封印庫”が開かれた時点で、世界に変化が生まれます。
それを察知する者もいる。善も、悪も」
セリスの瞳が鋭く光った。
その瞬間、空間の奥――棺の並ぶ影の中で、何かが蠢いた。
黒い煙。
形を変えながら、巨大な人影を象る。
気配だけで、肌が凍るような威圧感。
「……まさか、封印守護の残滓……!」
セリスが剣を抜いた。
青白い光が走る。
「レオン、下がって! これはまだ戦える存在です!」
「いや、俺にもできることがある」
右手の印を見つめ、意識を集中する。
――〈保存庫〉展開。
無数の光が舞い上がり、俺の背後に浮かぶ。
そこには、さっきまで見た棺とは別の――無数の武具が整列していた。
かつて仕舞った“廃棄された剣”“折れた槍”“使えない盾”。
誰にも見向きもされなかった屑鉄たち。
でも、俺にとっては違う。
これは、俺が歩んできた証だ。
「さぁ、出番だ――!」
〈保存庫・展開:全解放〉
無数の剣が光の雨のように放たれ、黒い影へ突き刺さった。
轟音。風圧。閃光。
やがて、影は音もなく崩れ落ちた。
「……今のは……」
「古代の自動防衛兵。
あなたが“継承者”として認められた証です」
セリスが微笑む。
その表情には、確かな信頼の色があった。
――俺は、もう“無能”じゃない。
このスキルは、誰よりも強く、誰よりも深い。
そして今、世界と繋がった。
笑われた最弱スキル〈保存庫〉。
その底には、まだ見ぬ“神代の真実”が眠っている。
*
封印庫から出ると、夜明けの風が頬を撫でた。
遠くで鳥が鳴き、空が薄明に染まっていく。
「次に向かうのは?」
「東の山脈、“崩壊の谷”。
そこに、二つ目の秘宝――“聖女の涙”が眠っています」
セリスの声が風に溶ける。
その背中を見ながら、俺は拳を握った。
「いいさ。どうせ俺にはもう、失うものなんてない」
その言葉に、セリスが小さく微笑んだ。
夜明けの光が差し込み、俺たちの影が長く伸びる。
――こうして、“追放者”と“女騎士”の旅が始まった。
誰も知らない、“世界再生”の物語が。
🗝️次回 第3話「崩壊の谷と聖女の涙」
禁断の地で、レオンは“聖女の幻影”と出会う。
〈保存庫〉の奥から溢れ出す“記録”が、彼に過去の真実を突きつける――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます