第3話 崩壊の谷と聖女の涙

 夜明けの風が冷たい。

 封印庫から戻った俺とセリスは、東の山脈を目指していた。

 目的は――二つ目の秘宝〈聖女の涙〉。


「“崩壊の谷”は、数十年前の戦争で地形ごと消し飛んだ場所です。

 近づく者は少なく、今では“呪われた地”と呼ばれています」


 セリスが馬を操りながら言う。

 彼女の横顔は真剣そのもので、青い鎧の輪郭が朝日に照らされていた。


「呪われた地、ね……。何が出てくるかわからない場所ってわけか」

「ええ。ですが、そこに封印された〈聖女の涙〉は、かつて世界を癒した力そのもの。

 封印庫の継承者が開けば、必ず新たな記録が蘇るはずです」


 “記録”――。

 それは、神々が遺した世界の真実。

 そして俺のスキル〈保存庫〉が本来持つ“目的”でもある。


 ただ物を仕舞うだけだと思っていた力が、世界の歴史を保存していたなんて。

 まだ信じ切れてはいない。

 けれど、心のどこかで確信が芽生え始めていた。


 俺の中に眠る何かが、呼び覚まされていく感覚。



 正午を過ぎるころ、地平線の向こうに黒い霧が見えた。

 霧の中から突き出すのは、折れた塔、崩れた橋、ひび割れた大地。

 “崩壊の谷”に違いなかった。


「……空気が重いな」

「魔力の残滓です。何百年も前の大戦の名残。

 この谷は、神々と人が最後に衝突した場所だと伝えられています」


 セリスの声が低く響く。

 俺は無意識に右手の印――〈保存庫〉の紋章を握りしめた。

 指先に微かな脈動を感じる。


「近づくだけで反応しているな」

「封印が近い証拠です。……気をつけてください。何かが起きます」


 その言葉の直後だった。

 地面が震え、轟音が響いた。

 谷の奥から、黒い霧が噴き上がる。

 霧の中から現れたのは、巨大な影――翼の折れた竜の残骸。

 骨だけの身体に、瘴気がまとわりついている。


「……死竜。まさか、まだ動いていたとは」


 セリスが剣を抜く。

 俺も構えを取るが、竜はあまりに大きかった。

 呼吸するたびに地面が揺れ、空気が圧し潰されるように重い。


「行くぞ――〈保存庫〉展開!」


 空中に魔法陣がいくつも浮かぶ。

 そこから、光の粒子とともに武具が飛び出す。

 折れた剣、欠けた盾、砕けた鎚。

 かつて“役立たず”として捨てられたものたちが、俺の呼びかけに応じるように光を放った。


「俺の倉庫を笑った奴らに教えてやる。

 本当の力は、見た目じゃわからないんだ!」


 剣を振るう。

 光の刃が竜の骨を切り裂いた。

 しかし、黒い霧がすぐにそれを修復する。

 ただの物理攻撃では意味がない。


「再生している……!」

「死竜は“呪い”で形を保っています。封印を解かねば倒せません!」


 セリスの声が飛ぶ。

 その瞬間、俺の視界に浮かび上がる光の文字。


 ――〈封印反応:聖女の涙〉

 ――〈位置特定:死竜心臓部〉


「心臓の奥か……! あそこに〈聖女の涙〉が封じられている!」


「ならば行くしかない!」


 セリスが地を蹴った。

 彼女の剣が光を引き裂き、竜の骨を裂く。

 俺はその隙を突いて〈保存庫〉を開き、内部の光を最大限に展開した。


 “封印庫”の扉が再び姿を現す。

 あの漆黒の扉が、今度は竜の胸の奥に重なる。


「〈封印解読〉――発動!」


 強烈な光。

 竜の咆哮。

 圧力で体が押し潰されそうになるが、引くわけにはいかなかった。

 これが、俺の役目だ。


 光が収まった時、そこには透き通るような宝石が浮かんでいた。

 青い雫の形をした石――〈聖女の涙〉。


 同時に、竜の身体が崩れ落ちた。

 骨が粉々に砕け、黒い霧が風に溶けていく。


「……やったのか」


「封印、解除完了。これで一つ目の記録が開かれます」


 セリスが静かに呟いた。

 その言葉の通り、俺の頭の中に光景が流れ込む。

 記憶。声。風。祈り。


 ――〈ここに記す。神々は人を滅ぼそうとしたのではない。

   人を“残す”ために、自らを封じたのだ〉


 映像の中で、光に包まれた人影が微笑んでいる。

 その姿はまるで、誰かを慈しむようだった。


「……これは、“神の最後の願い”か」


「あなたが解いた封印が、それを伝えたのです。

 世界は滅びを選んだのではなく、再生のために眠ったのだと」


 セリスの声が震えていた。

 彼女の頬に、一筋の涙が伝う。

 その雫は、まるで聖女の涙と同じ色をしていた。


「……セリス」

「私は、ようやく信じられます。

 神々は人を見捨てたのではなく、託したのですね。あなたに」


 託された――。

 その言葉が胸の奥に沈んだ。

 俺の〈保存庫〉に眠るものたちは、ただの遺物じゃない。

 過去の命、想い、祈りそのものだ。


「だったら、やるしかないな。

 全部取り戻してやる。神々が残した“真実”を」


 俺がそう言うと、セリスが静かに頷いた。

 その瞳には確かな光が宿っていた。


「次の封印は、北方の廃都“アーケル”。

 そこには、戦争を終わらせた“魔王の心臓”が眠っています」


「いいね。最弱の倉庫係が、魔王の心臓まで運ぶってわけか」


 自嘲混じりに笑う俺に、セリスも小さく笑い返した。

 夜明けの光が二人の影を長く伸ばす。

 風が谷を吹き抜け、静かに世界を洗うように音を立てた。


「――行こう、セリス。次の扉を開けに」


 追放された最弱の男と、誓いを立てた女騎士。

 その歩みが、世界の再生を告げる最初の一歩となった。


次回 第4話「廃都アーケルと沈黙の魔王」


封印を解いたレオンの〈保存庫〉は、さらなる進化を遂げる。

しかし、廃都で待つのは“過去の英雄”の影――そして、新たな追放者たちとの邂逅。

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