from eggs
沙華やや子
from eggs
あたしは
「あ、いらっしゃいませ。
園美は、夕方から夜にかけやって来る、常連の玲利さんがお弁当を買いに来ると、なぜかわからぬがちょっぴり恥ずかしい。
「ああ、園美ちゃんこんばんは! 唐揚げ弁当1つください。いつも言って申し訳ないけど園美ちゃん、玉子焼きは抜いてね!」
「はい、じゃぁ替わりは磯辺揚げでもよろしいですか?」「うん、お願いします」
(あたしと一緒だ~。玲利さん、玉子が苦手なのね。アレルギーかな? あたしのケースは特殊なんだけど……)
園美には秘密がある。
実は、園美は卵から生まれた!
深い森の奥、グラグラ揺れる青白く光る大きな卵が一つ。パリッパリ、バリバリ! 中からはみずからの生命力でカラを脱ぎ捨て生まれて来た人間の女の子が!
その時点で彼女は3歳ぐらいの愛らしいおさなご。なんにもわからないまま真っ裸で明るいほうへ向かって歩いた。そこをフツーの人間に保護され、警察に通報され、捜索願も出されていない園美はいったん『
中学に入るまでそこで暮らし、その後は温かい里親のもとで成長した。
園美が玉子を苦手とするのはそのおぼろげな記憶からではない。
玉子を『食べている人を見ると』なぜか、静電気のように一瞬だけだがチクッと体が痛むのだ。
「はい玲利さん、お待たせしました、いつもありがとうございます! 750円です。」「はーい。500円玉と……」ポケットから小銭を探る玲利。「はい」……と受け取る時、園美の掌に玲利の指が触れた、たったそれだけで園美は嬉し恥ずかし。
玲利に、変わった様子はない。
(あたしの片想いかもね……。でも、幸せだから良いや!)
「ありがとうございます!」「いえ、こちらこそおいしいお弁当をいつもありがとうございます!」笑顔の玲利。
(キャ♡)目がハートの園美。
(よ~し、今の間に玉子焼きじゃんじゃん切っておこ~っと)
園美は調理で玉子を切ったり、煮たり、焼いたりするのは平気なのだ。兎に角訳は分からぬが、人が食べているのを目にすると体が痛くなる。そう、自身も玉子を食べられない。
「ただいまー」誰もいない部屋にそう言い毎日帰って来る園美。フ~、一週間疲れた。でも明日は土曜日! お休みだ! やったー。
『ときゑ弁当』はオフィス街に近い場所にあるので土曜日・日曜日・祝日、とお休みの多い弁当店だ。
園美はベッドにパターンと横たわり、憧れのたくましくしなやかな姿の玲利を想いうかべる。
(ほんとにお優しいし、素敵だわ)
玲利は『ときゑ』の近所に住んでいるらしい。園美のマンションも比較的お店から近いところなので自転車通勤だ。
そして翌日の土曜日。
(んふふ~♪どこかで玲利さんとばったり逢えたらいいのになー)
なんて思いながらのスーパーからの帰り道。
(あ! ほんものだー!)
園美が赤信号を待っている時、玲利がコンビニの袋らしきものをぶら下げ、向こう側で青信号に変わるのを待っているではないか。
(うれしいっ、玲利さんにほんとに逢えちゃうなんて……ご挨拶はしよう!)
園美は自転車を押し、青信号に変わった横断歩道を歩いている。
「玲利さん!」ン? と一瞬、園美をみて止まる玲利。
「あ、信号変わっちゃう! また……」園美が去ろうとした時「待って!」と玲利が追いかけてきた。
今度は園美のほうが(ン?)だ。
「玲利さん、それアイスクリームとかじゃない? 大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫。今日はときゑがお休みだから、コンビニ弁当。オレ、料理ぜんぜんしないの。ああ、園美ちゃんのほうこそ大丈夫? お肉やお魚……」
「あ、今日はお肉類は買ってないですし、買っててもこの寒さじゃそう簡単に傷まないですよ(ニコッ)」
ちょっぴり落ち着かない様子の玲利。
「玲利さん、どうかしましたか? あたしの勘違いだったらすみません、なんだかソワソワ? ご加減良くないの?」
「ううん、園美ちゃん、すっごく髪の毛長いんだね。ときゑで逢う時と雰囲気が違うね。綺麗な……黒髪。似合ってるよ」
(うわっほぉおおおい!)とガッツポーズで叫びたい園美。そこはしおらしく「ありがとうございます」と微笑。そして続けた。
「あたしは専らお家でお料理していますよ、玲利さん。でもたまにはどこかのお店でごはんを食べたいな~」チラッ♡
大胆な園美である。
「あ! よかったら、今度美味しいお店にご案内しますよ? 園美ちゃん。洋食は好きですか?」
「はい! もちろん大好きです! あたし……おねだりしちゃったみたいですね」「良いんだよ。オレ、実は前から……園美ちゃんと仲良くなりたいな~と思っていたから」「え…」「あ、ごめん、ヘンな奴だよねオレ。こんな……急にナンパというか。嫌だったら気兼ねなく断ってね。それでも気にせずときゑには通いますよ」「あ……逆です! 嬉しいんです!」頬を染める園美。
ふたりはまるで、初々しい学生カップルのように道端でモジモジしていた。
そうして連絡先を交換した。
そして日曜日。
(玲利さん、もう起きてるかな?)
玲利の勤める造園のお店の休業日がときゑと同じであることは前から知っていた。なにせ玲利は、ときゑに5年以上通い続けてくれている常連さんだ。
朝の10時半に園美は、思い切って玲利に電話を掛けた。
すぐに電話に出た玲利。
『ああっ、園美ちゃん! 電話ありがとう、嬉しいよ。今洗濯物が終わったとこさ』「あ、起きてらして良かった」
『うん、普段早起きだからね、休日も早くに目が覚めるね~』
「そうですか。お洗濯お疲れさまでしたっ」
『うん、ありがとう園美ちゃん。園美ちゃんはなにをしてたの?』
「ンー、これと言って別に。お休みなのでのんびりしていました」
『そか! よし! どうですか? 今日、お食事でも……?』
「あ」
『ああ、突然すぎるよね! ごめんなさい、オレ、スマートじゃなくて』
「いえ! お優しくて、カッコいい……玲利さん、素敵です」
『ほんとう……なんだか照れちゃうな……』
電話でもモジモジするふたり。
「あたし、お出かけの支度をするんで1時間ちょっとぐらいかかりますが、良いですか?」
『あ、ほんとうにいいんですか! うん、もちろん構わないよ。車で迎えに行っても良い? それともどこかで待ち合わせようか?』
「あ……じゃあ、玲利さんに甘えて、お家まで迎えにきていただいてもよいですか?」
そんなふうにシレッと自宅の場所を大好きな玲利に知らしめる園美。猛アタックだ!
……1時間半後。
あ! 電話が鳴ってる! 『玲利さん』。
「はい、園美です」『玲利です。園美ちゃん、今着いたよ!』「はい」
楽しいデートの始まりだ。
レストランまでの道中もおしゃべりが絶えなかった。
その話の内容の中で互いに驚くことが1つ発覚した。
なんと、玲利も児童養護施設『道本学園』で育ったというのだ。
「え! えええ?」
「びっくりだよ、もしかしたら園美ちゃんとオレ一緒の頃に居たかも? 2才しか変わんないものね」
「ほんとですね!」
どうして児童養護施設に辿り着いたかという事は……今はまだ、互いに踏み込まないように気遣うふたりだった。
「さ、着いたよ! 園美ちゃん」
「わ~、綺麗なお店。おしゃれして来てよかった」
「うん、今日の薔薇模様のワンピース、すごく上品だね、似合ってる……」そう言うと玲利は顔を赤らめた。
園美が口にする。「ありがとうございます。玲利さん、いつもカッコいいけど、今日は特にクールですね!」
頭を掻き照れる玲利。テーパードパンツを履き、上はソフトなニットを着ている。
お店の扉をそっと開け園美を先に通す玲利。園美はときめいている。
「ここのハンバーグ、黒毛和牛100%なの。ほっぺがとろけそうだよ。あ、もちろんステーキも最高だよ。好きなものを頼んでね。オレがごちそうするんだから」
「え、いえ、こんな素敵な場所まで連れてきていただいてごちそうまでされたら申し訳ないです」
「良いから、良いから! ネ! 園美ちゃん、今度の唐揚げ弁当、唐揚げ1個多めに入れてくれたらそれで良いよ!」
「……あ!」アハハハハと静かな店内で大笑いしちゃうふたり。
「オレは、じゃあ……そのハンバーグと、ライスとサラダとドリンク!……ん~コーヒーにしようかな」
「あたしは、このステーキをミディアムレアで。ライスとサラダと、レモンスカッシュ!」とメニューに指をさす園美。
「オッケー」
そして玲利が注文を終え、ふたりは静かに黙っている時間を楽しんだ。
(不思議なひとだな……玲利さんとだと沈黙が怖くない。むしろ、大事にされている心が伝わってくるよ)
「タバコ吸っても、良いですか?」と訊く玲利。
「はい」笑顔の園美。
火をつける玲利の仕草、すごくセクシー……キュン!
お店は全席喫煙可らしい。何気なく少し離れている隣のテーブルに目をやった園美。
(痛い!)
ピリ! っと体が痛んだ。男性客がハンバーグの上の目玉焼きを食べていたのだ。園美のことを見つめていた玲利は異変にすぐ気づき、園美の視線の先に目をやった。
すると、タバコの煙でむせた。「痛い!」はっきりと玲利はそう言った。
ハッとするふたり。
「あ……あの、玲利さん? あたしね、これから、すんごく……すっごく変な事言いますよ?」
「うん」
「玲利さんも卵から生まれたのですか?」
微動だにしない、動かぬ玲利が咥えたタバコの長い灰が、テーブルに落ちた。
そして気を取り直したように、「……園美ちゃん! もしかして!? 園美ちゃん『も?』って今言ったよね?」
「はい、そうです」
「うん、オレ卵から生まれたんだ!」
少し声が大きかった。辺りで笑い声がヒソヒソと聞こえる。
ふたりはそこから黙ってさっさと豪華なごはんを戴き、外へ出た。車に乗った。
沈黙がしばらく続いた。今度はソワソワとする沈黙だ。
そうして園美が口火を切った。詳細に自分の誕生シーンとその後を語った。真剣に話を聴いていた玲利がそのあと言った。
「園美ちゃん、園美ちゃんとまったく一緒だよ。口から心臓が飛び出しそうさ。ずっとずっと誰にも言えずにいたんだ」
ふたりは海へドライブに行った。「歩きたい!」と言う園美。「うん、良いよ」と玲利。12月の海辺には人一人いない。
(寒くてよかった……)園美はそう感じた。
ギュ! 隣を歩く玲利の腕に絡みついた。
すると、玲利が向き直し園美に正面を向かせた。
ギュ~~~~~~!
腰が折れてしまうんじゃないかと言うぐらいの力。「ちょっと、痛い」「あ、ごめんね! 園美ちゃん」ふんわり離れる玲利。
目を閉じる園美。
キス……!
ドキドキがマックスだ。互いに求めてやまない心。
しかし……「ちょっと待って!」と言い出す園美。「あたし達って、兄妹の可能性もある?」「あ」
と、その時だ!
ザッバ――――――ン!
大巨人が海から現れた。「キャ――――――怖い! 玲利さん! 玲利さんっ!」玲利にしがみつく園美。守るようにしっかと園美を抱きしめる玲利。
「こんにちは―! ジャジャジャジャッジャ~ン!」
(ぇ)目が点になるふたり(丁寧なあいさつの上『ジャジャジャジャッジャ~ン』!?)
「私は巨人だ」(うん、見ればわかる)
「君達は、兄妹ではない」
「どうして、そんなことが言えるんですか?」園美が訊く。
「うむ。園美の母親は象の神パオチャン、そして父はエレクン。かたや、玲利の母親はパタパタ、父はファントクンだ。両親は別々。それぞれの象の神が産み落とした卵から君たちは誕生した」
「……あれ? 園美ちゃん、何してるの?」「ああ、あたし忘れっぽいからメモ帳にメモってんの今。職業病ね、アハハ♪」
「じゃあオレ達って神様なの?」尋ねる玲利。
巨人は話を続けた。
「うん~、そこは私にもよく分かんないが」(わかってよね! お話的に!)
「分かんないが、わかる事もある」
「それはな~に?」メモりながら園美が訊く。
「天の神オマイとガットが悪戯心で賭け事をしたんだ」
「なんだよ! 賭け事って、悪戯心で『玉子食べられない・玉子食べてるところ見たら痛い』こんな体にさせられたらたまったもんじゃないぜ?」と玲利。うん、うんと横で園美がうなずいている。
「天の神二人は、園美と玲利が恋に堕ちるかどうかを賭けたんだ。つまり、オマイ神の勝ち……!」
チラリ。巨人が二ヤついてこちらを見る。
「ふたりは恋に堕ちただろう?」
モジモジが始まる玲利と園美。
そして巨人は言った。
「ああ、君達の母親象にはね、天の神が言ったんだ。『君たちの体重では大事な卵がつぶれてしまうから私達に任せなさい』とな。そうして象の神を森のずっとずっと奥へ帰らせたんだ」
「まあ! あたし達のパパとママになんて酷い事を!」玲利も怒っている。
巨人は言う。
「大丈夫だ。私がこらしめてやろう。天の神二人を弁当にして食べる。ああ、あと、玉子の魔法も解いてやる。君達はもう玉子を食べられるし、人が玉子を食べているところを見ても痛くないぞ」
(ギョエ~! な、なにやら……神の世界って、残虐だし天の神は『弁当』になるんだぁ―)
「ン、あなた偉い人なの? 神より?」と園美。
「そうだ」
「話し端折りすぎじゃないか?! いったいあなたは何なんですか!?」と玲利。
「もう何も言うな。もうなにも書くことが思いつかな、ぁいや違った! なにもわからない、というか言うことはないから!」
ザッブ――――――――ン!
辺りが再び静まり返った。
「パパとママ、会いたいな……」メモ帳をバッグにしまった園美。
「うん……。ただ、会えなくても、オレが……一生園美ちゃんを守り続けるよ!」
ゴソゴソ!
指輪を取り出す玲利。
「結婚、してください」
うっとりとする園美。
「はぃ」
玲利が厳かに園美の薬指に指輪をはめた……。
なんてラブリーは瞬間だろう。
しかし……。
あれ? な、なんか、感触が?
わわわ! 見ると指輪は磯部揚げだった。
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