第13話 絶望の大地震

生活基盤


 3人での暮らしも3年という月日が流れる。隆太がこの地に、そして江戸時代という不可思議な世界に閉じ込められて3回目の冬が遣って来た。

 時の流れはゆったりだが、確実に進んでいる。


「とうとう、フミも此処に住み着いてしまったな。家族の元に帰りたいと言う気持は無くなってしまったのか?」

「父が未だ寺子屋の師匠で居るのかも分からないし、生活が成り立っているのかも分からない。ウチが帰って全ての面倒を見なければならないとしたら、それはウチには出来ないもん」

「弟や妹は心配にならないのか?」

「それは心配です。でも、私が帰るよりも弟や妹をこの地に呼び寄せた方が、二人にとって良いと思ってるんだ」

「成る程な。村の人に頼んで移住という手もあるしな」

「それに、薬草とか漢方に関してやっと入り口に立てた。だから、もっともっと勉強をしたい」


お文は、以前隆太が提案した女医であり漢方薬の薬剤師への提案に対し、地道に勉強を重ねていた。

 現代医学は江戸時代初期とは遙かに違い、大きく進んでいる。その書物の内容も、当時には存在しない言葉が殆どと言って良いくらいだ。

 それをお文一人で読み解くのは当然不可能。なので、隆太も一緒に考え、サポートを惜しまなかった。

 勿論、隆太も理解出来る程、医学書は簡単では無い。彼は家族に頼んで、言葉の解説書を取り寄せもしている。

 それでも分からない時は、お文と一緒に考える。お陰で隆太も医学知識が豊富になった。


「何れ、町に出て、医者の看板でも掲げるか?」

「それは先の事でしょ。分からない事が未だ一杯有るんだから」

「そうだな。俺たち若いから、相手にされないかも知れないしな」

「村の人達の病を、一人でも二人でも救えるようになってからね」

「まだ先なら、この辺に家を造るか。製材所なんて物は無いから、丸太小屋になるだろうけど」

 洞窟住まいはある意味快適な部分もあるが、ウナギの寝床のような形は案外不便さもあり、時に閉塞感も感じる。


「そうなると、もっと大工道具が必要になるよね」

「ウチらだけで出来るかしら? 良兄ちゃんも手伝ってくれればいいな」

「おいおい、良太にはそんなこと言うなよ。折角大学受験勉強頑張って来たんだから。そう言えば合否発表、間もなくだな。合格してれば良いのだが」


 高校3年生になった良太は、試験勉強に集中しているのか、殆ど顔を見せなくなっていた。

 両親は相変わらずマメにサポートを続けてくれている。それでも最近は、3人の働きによって自立出来る物も多くなり、食料などの補給はかなり少なくなっていた。

 それを可能にしたのは村人達との交流。不足分は村人からも分けて貰える。

 勿論対価となる物を村に、利益という形で返している。


 村人達から提案された一つに蕎麦作りがある。開墾地の畑に適してるのか、今期立派に育った。陸稲を作るより作り易い感じがする。


 開墾した畑もかなり広くなった。雑草だらけだった荒れ地。背丈ほど伸びた雑草も、今は二匹の山羊が食欲旺盛に食べてくれてる。

 水源も、最初から湧き出ていた以外に新たな水源も見つけた。竹パイプを増設し、大きく広げた溜め池にその水を注ぎ込んでいる。


 洞窟近くに害獣の侵入を防ぐために、塹壕のような穴も長く掘った。その甲斐があったのか、畑にはちょくちょく現れるイノシシも洞窟近くには遣って来ない。

 塹壕は、洞窟を囲む様に設置したが。必ずしも繋がっては居ない。何故なら、笹藪や低木、草が生い茂っていれば、自然の柵となってさすがの動物たちも侵入出来ず、防いでくれているからだ。

 それでも熊や狼その他害獣が侵入した場合に備え、大型ゴムパチンコを使い易いように2台ほど設置した。

 棒や石を投げただけでは害獣を追い払えない。接近戦ならスタンガンという最終兵器があるが、その前に人間が殺られる確率の方が高い。


本音を言えば、クロスボウが欲しかった。だが、両親にもクロスボウの入手は規制が厳しく入手困難で諦めた。そこで、3人で工夫して竹を利用した手作りの和弓を作ってもいる。

 実を言うと、野獣害獣対策だけで無く、無法者の侵入を想定しての防御態勢でもあった。


 この地域、山奥ではあるが雪はそんなに降らないし、積もることも少ない。その雪が風に舞って洞窟内にも時々吹き込む。

 3人は薪ストーブを囲み、暖を取りながら各自自由な時間を過ごす。


 その時だった。突然大地が、洞窟が、激しく揺れた。洞窟天井の土が降り注ぐ。3人は這うようにして洞窟から出る。

 洞窟だけで無く山全体が揺れる。収まったかと思えばまた揺れる。3人は生きた心地もせず、ひたすら地震が収まるのを祈る。


崩れた洞窟


 地震が繰り返される度に、洞窟内は泥煙に包まれる。その状況を見る度に隆太の気持ちが沈んで行く。目に涙さえ浮かぶ。 

 例え洞窟という仮の住まいでも、破壊されていくのは悲しい。


 煙突が外れたのかストーブが倒れたのか、煙の中に微かに炎も見える。

「悔しいな。折角生活道具を調えたというのに。きっと、皆壊れてしまってるんだろうな」

 その声は振るえるような小さな呟きだった。

「隆兄ちゃん。そんな顔しないで。また作り直せば良いじゃ無い。ウチら生きているんだもん。出来るよ」

 健気にも、お文が隆太を元気づける。

「そうだな。俺がこんな情けない姿を見せては駄目だよな。うん。俺、この時代に来た時、この時代から抜け出せないと知ったあの気持を思いだしてしまったんだ。ごめんよ」

 

 それは絶望感の再燃だった。若しかしたら、洞窟は塞がり、唯一の心の拠り所だった家族と会えなくなるかも知れない。

 その気持ちが、言い知れぬ恐怖、失望、生きる気力を一気に失わせていたのだ。


 その気持ちを取り除いてくれたのは、隆太の体にしがみつく2人の少女だった。

(そうだ、俺はこの2人を守らなくては)

 隆太に冷静さが戻って来る。


 次第に余震が収まる。

「2人は此処で待ってろ。俺が洞窟に入って様子を見てくる」

「あぶないよ!」

「何時までも振るえて居られない。食べ物も取って来ないと」

 冬なので山で食料を得るのはかなり難しい。

 恐らく村もこの地震の影響を受けている筈。食料調達も難しいと踏んだ隆太。それに、保存してある食料や寒さを凌ぐ服を取って来ないと厳しい。


 隆太が洞窟に消えると、イチとお文は鶏小屋に行く。先ほどから騒がしく鳴いていた鶏。幾らか落ち着いた様子を見せるが、余震の度に再び騒ぐ。

 イチは鶏を落ち着かせるように声を掛け、卵を採取する。お文は鶏に餌と水をタップリ与える。もし、自分達が動けなくなった時の為だ。


 隆太が洞窟から保存していた食料などを抱えて出て来た。

「土砂に埋まっていたが、天井の壁は思ったより落ちてない。この程度の余震なら、

若しかしたら何とか洞窟の形を保てるかも知れない」

 隆太の表情が少し明るくなっている。

「何時ぶり返しが起きるか分からない。洞窟で過ごすのは危ない。暫くはテント生活しよう」


 幸い、かまどは洞窟の外に設置してある。竹で作った雨除け屋根も壊れてない。なので料理は出来る。

 3人は、余震と寒さで眠れない一夜を過ごす。


 翌朝には余震がかなり収まった。隆太は、洞窟の入り口付近から積もった土砂を取り除き始める。

 徐々に奥へと進み、歩くスペースを確保して行く。

 その作業は地震の余震を確認しながら続けた。何とか家族との絆が切れないよう隆太は必死だった。


 洞窟内は奥に進むにつれて光が届かなくなる。まるで闇の中を懐中電灯で照らしながら歩いた、3年前のあの時に似ている。

 所々に設置したLED電球も、蓄電池から引いた電線が切れたのか点灯して無い。

 

 同じ作業が3日目に入った。執念で洞窟内の崩れた土砂を両端に寄せ、歩く道を確保しながら進む。すると、目前に土砂の積もった壁が現れた。

 隆太の力が一気に抜ける。

「駄目だ。これじゃあ、もう先に進めない」

 彼は崩れるように地べたに座り込む。

 

 壁に体を凭(もた)れ、悔しさを押し殺すように手に小石を持ち、前の壁に投げつける、それを幾度か繰り返していた時、手に電線が引っ掛かった。

 無意識に電線を手繰り寄せると、積もった土砂の中からLED電球が現れた。しかも反対側からも。一瞬、その意味が分からなかった。しかし、

「待てよ、何で此処に電球があるんだ生活基盤


 3人での暮らしも3年という月日が流れる。隆太がこの地に、そして江戸時代という不可思議な世界に閉じ込められて3回目の冬が遣って来た。

 時の流れはゆったりだが、確実に進んでいる。


「とうとう、フミも此処に住み着いてしまったな。家族の元に帰りたいと言う気持は無くなってしまったのか?」

「父が未だ寺子屋の師匠で居るのかも分からないし、生活が成り立っているのかも分からない。ウチが帰って全ての面倒を見なければならないとしたら、それはウチには出来ないもん」

「弟や妹は心配にならないのか?」

「それは心配です。でも、私が帰るよりも弟や妹をこの地に呼び寄せた方が、二人にとって良いと思ってるんだ」

「成る程な。村の人に頼んで移住という手もあるしな」

「それに、薬草とか漢方に関してやっと入り口に立てた。だから、もっともっと勉強をしたい」


お文は、以前隆太が提案した女医であり漢方薬の薬剤師への提案に対し、地道に勉強を重ねていた。

 現代医学は江戸時代初期とは遙かに違い、大きく進んでいる。その書物の内容も、当時には存在しない言葉が殆どと言って良いくらいだ。

 それをお文一人で読み解くのは当然不可能。なので、隆太も一緒に考え、サポートを惜しまなかった。

 勿論、隆太も理解出来る程、医学書は簡単では無い。彼は家族に頼んで、言葉の解説書を取り寄せもしている。

 それでも分からない時は、お文と一緒に考える。お陰で隆太も医学知識が豊富になった。


「何れ、町に出て、医者の看板でも掲げるか?」

「それは先の事でしょ。分からない事が未だ一杯有るんだから」

「そうだな。俺たち若いから、相手にされないかも知れないしな」

「村の人達の病を、一人でも二人でも救えるようになってからね」

「まだ先なら、この辺に家を造るか。製材所なんて物は無いから、丸太小屋になるだろうけど」

 洞窟住まいはある意味快適な部分もあるが、ウナギの寝床のような形は案外不便さもあり、時に閉塞感も感じる。


「そうなると、もっと大工道具が必要になるよね」

「ウチらだけで出来るかしら? 良兄ちゃんも手伝ってくれればいいな」

「おいおい、良太にはそんなこと言うなよ。折角大学受験勉強頑張って来たんだから。そう言えば、合否発表間もなくだな。合格してれば良いのだが」


 高校3年生になった良太は、試験勉強に集中しているのか、殆ど顔を見せなくなっていた。

 両親は相変わらずマメにサポートを続けてくれている。それでも最近は、3人の働きによって自立出来る物も多くなり、食料などの補給はかなり少なくなっていた。

 それを可能にしたのは村人達との交流。不足分は村人からも分けて貰える。

 勿論対価となる物を村に、利益という形で返している。


 村人達から提案された一つに蕎麦作りがある。開墾地の畑に適してるのか、今期立派に育った。陸稲を作るより作り易い感じがする。


 開墾した畑もかなり広くなった。雑草だらけだった荒れ地。背丈ほど伸びた雑草も、今は二匹の山羊が食欲旺盛に食べてくれてる。

 水源も、最初から湧き出ていた以外にも新たな水源も見つけ。竹パイプを増設し、大きく広げた溜め池にその水を注ぎ込んでいる。


 洞窟近くに害獣の侵入を防ぐために、塹壕のような穴も長く掘った。その甲斐があったのか、畑にはちょくちょく現れるイノシシも洞窟近くには遣って来ない。

 塹壕は、洞窟を囲む様に設置したが。必ずしも繋がっては居ない。何故なら、笹藪や低木、草が生い茂っていれば。自然の柵となってさすがの動物たちも侵入出来ず、防いでくれるからだ。

 それでも熊や狼その他害獣が侵入した場合に備え、大型ゴムパチンコを使い易いように2台ほど設置した。

 棒や石を投げただけでは害獣を追い払えない。接近戦ならスタンガンという最終兵器があるが、その前に人間が殺られる確率の方が高い。


本音を言えば、クロスボウが欲しかった。だが、クロスボウの入手は規制が厳しく入手困難で諦めた。そこで、3人で工夫して竹を利用した手作りの和弓を作ってもいる。

 実を言うと、野獣害獣対策だけで無く、無法者の侵入を想定しての防御態勢でもあった。


 この地域、山奥ではあるが雪はそんなに降らないし、積もることも少ない。その雪が風に舞って洞窟内にも吹き込む。

 3人は薪ストーブを囲み暖を取りながら各自自由な事をしている。


 その時だった。突然大地が、洞窟が激しく揺れた。洞窟天井の土が降り注ぐ。3人は這うようにして洞窟から出る。

 洞窟だけで無く山全体が揺れる。収まったかと思えばまた揺れる。3人は生きた心地もせず、ひたすら地震が収まるのを祈る。」


 LED電球は見えない壁を隔てて両側に設置してあった。家族との交流でお互いの姿や物品がよく見えるように、見えない壁から一定の距離を置いて取り付けていたのだ。

「何で此処に、向こう側に設置した筈の電球がこんな近くにあるんだ生活基盤


 3人での暮らしも3年という月日が流れる。隆太がこの地に、そして江戸時代という不可思議な世界に閉じ込められて3回目の冬が遣って来た。

 時の流れはゆったりだが、確実に進んでいる。


「とうとう、フミも此処に住み着いてしまったな。家族の元に帰りたいと言う気持は無くなってしまったのか?」

「父が未だ寺子屋の師匠で居るのかも分からないし、生活が成り立っているのかも分からない。ウチが帰って全ての面倒を見なければならないとしたら、それはウチには出来ないもん」

「弟や妹は心配にならないのか?」

「それは心配です。でも、私が帰るよりも弟や妹をこの地に呼び寄せた方が、二人にとって良いと思ってるんだ」

「成る程な。村の人に頼んで移住という手もあるしな」

「それに、薬草とか漢方に関してやっと入り口に立てた。だから、もっともっと勉強をしたい」


お文は、以前隆太が提案した女医であり漢方薬の薬剤師への提案に対し、地道に勉強を重ねていた。

 現代医学は江戸時代初期とは遙かに違い、大きく進んでいる。その書物の内容も、当時には存在しない言葉が殆どと言って良いくらいだ。

 それをお文一人で読み解くのは当然不可能。なので、隆太も一緒に考え、サポートを惜しまなかった。

 勿論、隆太も理解出来る程、医学書は簡単では無い。彼は家族に頼んで、言葉の解説書を取り寄せもしている。

 それでも分からない時は、お文と一緒に考える。お陰で隆太も医学知識が豊富になった。


「何れ、町に出て、医者の看板でも掲げるか?」

「それは先の事でしょ。分からない事が未だ一杯有るんだから」

「そうだな。俺たち若いから、相手にされないかも知れないしな」

「村の人達の病を、一人でも二人でも救えるようになってからね」

「まだ先なら、この辺に家を造るか。製材所なんて物は無いから、丸太小屋になるだろうけど」

 洞窟住まいはある意味快適な部分もあるが、ウナギの寝床のような形は案外不便さもあり、時に閉塞感も感じる。


「そうなると、もっと大工道具が必要になるよね」

「ウチらだけで出来るかしら? 良兄ちゃんも手伝ってくれればいいな」

「おいおい、良太にはそんなこと言うなよ。折角大学受験勉強頑張って来たんだから。そう言えば、合否発表間もなくだな。合格してれば良いのだが」


 高校3年生になった良太は、試験勉強に集中しているのか、殆ど顔を見せなくなっていた。

 両親は相変わらずマメにサポートを続けてくれている。それでも最近は、3人の働きによって自立出来る物も多くなり、食料などの補給はかなり少なくなっていた。

 それを可能にしたのは村人達との交流。不足分は村人からも分けて貰える。

 勿論対価となる物を村に、利益という形で返している。


 村人達から提案された一つに蕎麦作りがある。開墾地の畑に適してるのか、今期立派に育った。陸稲を作るより作り易い感じがする。


 開墾した畑もかなり広くなった。雑草だらけだった荒れ地。背丈ほど伸びた雑草も、今は二匹の山羊が食欲旺盛に食べてくれてる。

 水源も、最初から湧き出ていた以外にも新たな水源も見つけ。竹パイプを増設し、大きく広げた溜め池にその水を注ぎ込んでいる。


 洞窟近くに害獣の侵入を防ぐために、塹壕のような穴も長く掘った。その甲斐があったのか、畑にはちょくちょく現れるイノシシも洞窟近くには遣って来ない。

 塹壕は、洞窟を囲む様に設置したが。必ずしも繋がっては居ない。何故なら、笹藪や低木、草が生い茂っていれば。自然の柵となってさすがの動物たちも侵入出来ず、防いでくれるからだ。

 それでも熊や狼その他害獣が侵入した場合に備え、大型ゴムパチンコを使い易いように2台ほど設置した。

 棒や石を投げただけでは害獣を追い払えない。接近戦ならスタンガンという最終兵器があるが、その前に人間が殺られる確率の方が高い。


本音を言えば、クロスボウが欲しかった。だが、クロスボウの入手は規制が厳しく入手困難で諦めた。そこで、3人で工夫して竹を利用した手作りの和弓を作ってもいる。

 実を言うと、野獣害獣対策だけで無く、無法者の侵入を想定しての防御態勢でもあった。


 この地域、山奥ではあるが雪はそんなに降らないし、積もることも少ない。その雪が風に舞って洞窟内にも吹き込む。

 3人は薪ストーブを囲み暖を取りながら各自自由な事をしている。


 その時だった。突然大地が、洞窟が激しく揺れた。洞窟天井の土が降り注ぐ。3人は這うようにして洞窟から出る。

 洞窟だけで無く山全体が揺れる。収まったかと思えばまた揺れる。3人は生きた心地もせず、ひたすら地震が収まるのを祈る。」

 隆太は立ち上がり、手探りするようにあちこちに手を翳(かざ)し歩き回る。


壁が消える


 隆太の手にはあの見えない壁の感触が無い。混乱する脳。隆太は試しに土砂で積もった足下を掘って見る。

 すると、隆太が強く希望した仕切り線の設置。角材に蛍光テープを巻いて、半分土に埋め込んで設置した仕切り線が現れた。

「噓だ⁈ やっぱり見えない壁が無くなっているぞ」

 それは歓喜の雄叫びであった。と同時に激しい絶望に襲われる。


 折角壁が消えたというのに、目の前には洞窟を完全に塞ぐ土砂の山が立ちはだかる。

「折角壁が消えたと言うのに、この先は通せんぼかよ。天は幾ら俺に試練を与えたら気が済むんだ」

 怒りと悲しさが隆太の心を襲う。


 隆太は怒りを込めて堆積している土砂の山をスコップで激しく突く。 何度も何度も。彼の眼は悔し涙で溢れていた。


 隆太は、土砂の山が崩せるというを期待を持って突いたのでは無い。腹立たしくて、そうしなくては居られなかったからだ。


 だが奇跡が起こった。いや、単に土砂の山が薄かったからか? スコップが土砂を突き抜けた。土砂を貫通したのだ。

 隆太は霧中で穴を広げる。上部から崩れ落ちる土砂が辺りを泥煙で覆う。遂に彼は体が通るぐらいに穴を広げた。


 懐中電灯で穴の先を照らす。手前は土砂が積もっているが、灯りの先を追ってみると、洞窟の壁の崩れは次第に無くなっている。

「若しかしたら、俺が居た元の時代に戻れるかも知れない」

 再び希望が広がり、体に力が漲る。

「どうする? このまま行くか。いやいや、イチやフミに知らせてから、話してからにしよう」

 隆太は走る様にして洞窟出口に向かった。


 隆太は、イチとお文の姿を見つけると叫ぶ。

「大変だ。大変な事が起きた」

 2人の女性は何事が起きたのかと思う。地震という生まれて初めての大事件。これ以上の事件の何があろうというのかと。


 泥まみれの顔に、涙が流れた線がくっきりと残っている隆太の表情は、以外にも嬉々としていた。

「過去と未来を隔てていた見えない壁が消えてるんだよ」


 隆太には例えようのない喜びの出来事。だが、二人の女性には喜びの表情は無い。むしろ、表情を暗くする。

「隆兄ちゃんは、元居た世界に戻れるの?」

「そうだよ」

 歓喜の中に居る隆太には、二人の女性の心情を汲み取れていなかった。

「隆兄ちゃん、此処から居なくなっちゃうの」

 お文の言葉に、隆太はハッと気が付く。

(俺には最高にハッピーだが、イチやお文には決して喜びでは無いのか)

 隆太が心の中で呟く。


「なあ、俺と一緒に未来の世界に行ってみようよ」

「ウチ、此処に残る。もう少し此処に居て頑張る。遣り掛けた物もあるし」

 お文は即答する。

 隆太はイチを見る。

「あたいは・・・あたいは、隆兄ちゃんに付いて行く」

 イチは時間を置いて答える。

「そうか、決まったな。取り敢えずフミが一人でも暮らしていけるように、此処を片付けてからにしよう」

 

 隆太は精力的に洞窟内を中心に片付けを行う。壁や天井から落ちた土砂を取り除く。電気配線もやり直し、洞窟内に明るさが戻る。ストープも煙突も再びしっかりと設置する。洞窟の外に造った物は意外にも損傷が少なかった。

 素人の作業なので、とにかく頑丈に作ったのが幸いしたのか。

 地震後の井戸水は濁っていたが、時間が経つにつれ透明になった。どうやら飲み水は心配ないようだ。

 

 隆太は再建に尽力した。その間も、心の中では再び大きな揺れが来て、折角消えた見えない壁がまた復活したらどうしようと、内心はハラハラ状態だった。


「隆兄ちゃん、後はウチでも出来る。これだけしてくれれば少しの間ここで暮らせる。ありがとう」

 お文が感謝を込めて言う。

「うん、フミ、頑張れよな。もし気が向いたら、俺たちの後を追って来いよな。歓迎するから」

「うん、ここで出来るだけ頑張ってみる。二人とも元気でね」

「そうそう、フミがこの地を離れる時、この江戸時代ではあり得ない冷蔵庫とか扇風機とか自転車とか、フミに動かせる物は出来るだけ洞窟の奥に入れてくれ。未来の人がこの辺りで当時にあり得ない物を発掘したら宇宙人が住んでいたなんて事になりかねないのでね」

「宇宙人?」

「フミは知らなくていい架空の生物だよ。とにかくフミも健康に気を付けてな」

「隆兄ちゃん、イチ㚴ちゃんも元気で。さようなら」


 別れは辛い。数年という期間だったが、一緒に苦労し生活を共にした仲間であり同士でもある。特にイチには名残惜しい土地。

 イチは何度も立ち止まり、お文に手を振る。嘸かし後ろ髪を引かれる思いだったろう。


 隆太とイチは、懐中電灯の明かりを頼りに洞窟内を進む。そして、以前見えない壁が立ちはだかっていた場所まで来る。

「ほらな、幾ら手で触ろうとしても何もないだろ」

 隆太が言う。

 二人は、隆太が開けた穴を潜り、以前隆太が済んでいた時代の洞窟の入り口を目指した。

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