第12話 平穏

鶏の殺生

 

「お文ちゃん、この頃何時も戻って来るの遅いね。良ちゃんの事、好きなのかしら」

「良太もフミの事、好きなんだよ」

「そう? 丁度良いね」

「俺は困る。良太がフミの事を好きになり過ぎたら、彼奴、何時見えない壁を突き抜けて来るか分からないからな」

「良ちゃんが来ては駄目なの?」

「駄目だよ。彼奴は跡取りなんだよ。俺が以前居た時代に戻れない以上、良太には両親の面倒を見て貰わなくては困るんだ」

「いろいろ、掟があるんだね」

「掟じゃ無くて、育ててくれた親への感謝の為」


 隆太が、元の時代に戻れない形にならなければ、親への感謝なんて言う言葉は歳を取らない限り出て来なかったかも知れない。

 とにかく、とんでもない時代に迷い込み、前の時代に戻れないという苦境を陰(かげ)日(ひ)向(なた)にとサポートしてくれたのは、紛れもなく両親であり 、家族だ。

 彼は未だ若いが、自然に感謝の念が湧いてくるのだ。


「お文ちゃんは未だ若いし、あの子には学問がある。良ちゃんと話すのは楽しいかも知れないけど、そのうち忘れてしまうかもよ」

「それはあり得るな。彼奴、学校とかで彼女出来ないのかな?」

 良太の通う高校は男女共学。女性も半分ぐらいの人数が居ると聞いている。


「そんなに沢山の男の子と女の子が集まるの? あたい達はそんな事してたら怒られる。それに、みんな家の仕事もあるし、集まるのはお祭りぐらいなもん」

「此処では寺子屋みたいな物は無いのかい?」

「庄屋さんが時々読み書きを教えてくれるぐらい。でも、お文ちゃんの様には教えてくれない」

「だろうな。所でイチは文字を沢山覚えたかい?」

「うん。漢字は未だ分からないのばっかりだけど」

「平仮名だけでも読み書きできれば立派だよ。未だ何ヶ月も経っていないんだから」


 そこに、お文が戻って来た。

「良兄ちゃんから言(こと)伝(づて)もらった。山羊は来年の春に子供が出来たらそれを連れてくるって。鶏は若くて元気の良い雄鶏を持ってくるからもう少し待ってだって」

「そうか。そうなると今の雄鶏をどうにかしないと」

「食べようよ」

 お文はあっさり言う。

「フミは、錦鯉も食べたいと言ったよな。可哀相とか愛着って言うの無いのか?」

「愛着? 大切にしたい気持? そんなの無いです。だって、隆太兄ちゃんの家族も鶏肉一杯食べるじゃ無い。ウチらも焼き鳥にしたり、煮込みうどんに入れたりして食べてるでしょ」


 お文の言い分は尤もである。隆太は、自分の家族が鶏を殺してその肉を持って来てるのでは無いと説明したかった。でも、面倒臭くなる。


「じゃあ、誰が雄鶏を処分してくれるの? フミちゃんがやってくれるの?」

 隆太は意地悪そうに聞く。

「ウチはそんなのしたことが無いから、イチ㚴ちゃんにして貰おうよ」

「おっとうが、罠に掛かった鳥やウサギを殺して肉を食べたことはあるけど、でも、あたいは遣った事が無いよ」

 と、イチは言い、イチとお文は隆太に視線を投げる。


「俺は嫌だよ。殆ど毎日顔を合わせて声掛けまでしてるんだぞ。『おはよう』とか『雛を虐めるなよ』とか。もう、情が移っちゃってるよ」

「じゃあ、どう処分するの?」

 一番年下なのに、お文は隆太を攻める。隆太は困った顔して思案する。


「どうだろう。村の人に処分して貰って、鶏肉の半分をその人等に上げるっていうのは?」

「ええェー、半分も遣るの?」

 お文は如何にも不服そうな表情をする。

「そうだよ。それが一番良い方法だよ。実際に鳥を捕まえて料理してるんだし、村人に頼んで処分して貰って、その肉を分ければ村人達と仲良くなれるだろ?」

 隆太は、自身のアイディアに満足し、一人頷く。


 それにしても、卵を産まない雄鶏は、いとも簡単に殺処分される。隆太は人間で良かったとへんに安心する。

 翌日、鶏小屋に餌を与えに行くと、隆太は雄鶏に向かって声を掛けた。

「可哀相だなお前。雄なばっかりに。でもな、美味しく料理して食べてやっから、恨むなよ」

 勿論鶏に言葉が通じる訳も無く、雄鶏は「コココッコ」と鳴くだけである。


 

 梅雨に入った頃から蒸し暑い日が続くと、汗が沢山出る。なので、隆太達は行水を始めていた。

 村にはタライなる物があるかも知れないが、手に入らない。なので、タライの代わりに、隆太は子供用ビニールプールを父親から手に入れている。

 井戸水は冷たい。冷た過ぎる。だが、陽が照ればプールに満たした水が昼頃には温まって適度な温度になってくれる。

 午前中の作業を終えて、汗びっしょりになった体に水を流せばスッキリする。水に浸したタオルで体を拭く手もある。が、やはり行水の方が遙かに良い。


 子供用プールは小さく狭い。なので一人づつ順番に入る。隆太とイチは既に深く愛し合っていたので、お互いの背中の流し合いもする。

 お文は、恥ずかしいのか一人で入る。


 お文の行水に関しては、良太がかなり気にしている。

「お文ちゃんが行水している時に、隆兄ちゃんが覗きに来ないか?」

「隆兄ちゃんはウチよりもイチ㚴ちゃんが好きなの。だから、私なんか何とも思ってないよ」

 と、お文は良太に説明する。が、そんなことに納得出来ない良太は、

「隆兄ちゃんに絶対に裸を見せちゃ駄目だよ」

 強く強く念を押す。


 行水は井戸の近く。井戸も洞窟からそんなに離れては居ない。隆太がお文の行水姿を見てない筈は無い。

 それに、この時代の人は、女が男の前で肌を晒すというのは案外オープンだったようで、お文は自分の裸を隆太に見られても全く気にしてなかった。

 お文は利口な子。良太が嫉妬しているのが分かるので、本当の事は言わないようにしていたのだ。

 何も知らなければ、平和に生きられる。


うり坊


 山にも秋の実りが遣って来た。キノコに山栗、アケビも紫色に色を変え始めた。

 アケビはこの時代、数少ない甘い食べ物。洞窟から下った雑木林で見つかる。未だ緑色した小さな実を発見し、お文が記録に残していた場所だ。


 沢山の種の周りの白い部分が堪らなく甘い。それを種ごと口に含んで甘みが無くなると吹き出す。

 ただそこいらに撒くのでは無く、芽が出て沢山増えてくれるように、土の中に軽く埋める。

 山栗は小粒だ。隆太は栗の木に蹴りを入れる。熟した栗の実はイガごと木から落ちてくる場合もある。薄皮の渋い部分を取り除いて、生でも食べる。

 イガもそのまま放置はしない。栗のみを取り出すとかごに入れて洞窟まで持ち帰る。

イガに付いている虫を完全に取り除くため、干したイガを火に焼(く)べる。灰は勿論畑の肥料にしている。 

 

 ただ、キノコだけはそう簡単には行かない。食べられるキノコと毒キノコの見分けが付かないのが余りに多いからだ。

 イチは両親とキノコ狩りをしたそうだ。イチのキノコ判別と、書物に書かれた写真等を参考に、間違いなく食べられるキノコだけを採取する。


 隆太たちは、山に入っての秋の収穫を追っていたので、開墾地の畑に行くのは隔日となっていた。

「もう少しでサツマイモも収穫できる。今日は試しに少し掘って見よう」

 期待を胸に3人が畑に着く。


 すると、耳の良いイチが何か音がすると言い出した。周りを見回すと、幾つか掘って置いた落とし穴の一つ、それを覆っていた物が無くなっている。

「イノシシでも穴に落っこちたのか?」

 3人は慎重に落とし穴に近づき、中を覗く。すると、子供のイノシシが必死に穴から出ようと藻掻いていた。俗に言う「うり坊」だ。

「やったな。これで肉が食えるぞ。イノシシは豚の祖先だから多少の癖があってもきっと旨いぞ」

 隆太が落とし穴を見下ろして言う。

「誰が殺すの?」

 お文がなにげに言う。殺すという言葉は、この時代通常に使われていたのか?


「俺、穴から引き上げるからイチ、宜しく」

「あたい嫌よ。それに刃物が無いよ」

「鎌で首を切り落とすか、竹の先を鋭くした物で突き殺すか」

「隆兄ちゃんやってよ」

 イチは完全拒否だ。

「フミちゃん。この前、肉の燻製作ってみたいと言ったよね。材料として丁度良いよ。鎌持って来てやるから」

「ウチできない。遣った事無いし。燻製の件は本を読んだ時チラッと思っただけ。今は作りたいと思ってないから」


「何だよ。誰もやらないのか? 俺もなトラウマになっているからな」

「寅と馬? 何それ? 馬と鹿なら知ってるけど」

「そのトラウマじゃないよ。実はな、この前雄鶏を村に持って行っただろう。村人の一人が斧でクビを切り落としたんだ。あの雄鶏が一瞬だったけど、クビが離れても羽根をバタバタとしたんだ。それが頭に残っていて・・・」


 隆太は近親交配を避ける為、父親が新しく連れて来た若い雄鶏と役目の終わった雄鶏と交換した。予定通り、雄鶏処分の為に村に持って行った。


 そして、雄鶏の半分の肉を受け取る為に残った。

 村人達が台に乗せた雌鶏の体を押さえ、クビを刎ねる。その処分の様子の一部始終を彼は目撃していた。


「どうするの?」

 どう判断するか、結果を求めたがるのはいつもお文。

「なー、今回は放してやろうか」

 隆太は呟くように言った。

「うん」

 即、同調したのはイチだ。


 隆太は穴に入り、暴れるうり坊を抱き上げ、穴の外に出してやる。うり坊は一目散に逃げて行く。

 その姿を見て、

「あの逃げ方じゃ、イノシシの恩返しは期待できないね」

 お文が呟く。3人はうり坊の逃げ去る後ろ姿をボーッと見つめる。  


「さあ、サツマイモの出来具合を見てみよう」

 気を取り直して、3人は一カ所、芋を掘って見る。

「おお、立派に育ってるよ。サツマイモは痩せた土地でも育つと言うけど、これからも開墾した最初の畑にはサツマイモを植えていこう」

 隆太は、紫色に育ったサツマイモを手に取り、嬉しそうに微笑む。

「今日は収穫の用意して来なかったから、2~3日したら本格的に収穫しよう」

 

 3人は、試し掘りしたサツマイモを持って洞窟に帰る。そして、その晩に蒸かして食べる。

「どうだ、俺たちの時代のサツマイモは甘くて旨いだろう」

 イチとお文は笑みを浮かべて頷く。食べ物には弱い女性二人だった。

「今度は焼き芋にして食べよう。直接火の中に入れても良いが、俺たちの時代の方法で焼き芋を作ろうと思う。石を温めて石の熱で焼くんだ。蜜があって蕩けるように甘くなるぞ」

 その言葉を聞いて、イチとお文はとても喜ぶ。  


強まる絆


 何だかんだで、お文は隆太やイチと共に洞窟で一緒に暮らすようになった。もう半年以上が過ぎる。

 当初、お文は数日で、長くても1ヶ月ぐらいで親や家族の元に帰す積もりだった。しかし、彼女を買い取った人買いが何を仕掛けて来るかとの心配もあり、ついつい長居をしてしまい、ややもすればこの地に住み着くのではとさえ思える。

 否、お文はその積もりの様だ。


 考えて見れば、彼女らが住んでいるこの江戸時代初期の生活に比べれば、此処の生活は食べ物にしても様々な道具にしても、遙かに快適。離れたくない気持も分かる。

 好奇心の強いお文には、その好奇心を満たして余り有る環境だ。


 隆太やイチにしても、自分達の努力がより良い環境に変えられるという自信も生まれ、幸福感も得られるようになった。

 特に隆太は、この世界に投げ込まれた当初とは違い、今の環境も心地よい物に変わって来てる。


「こん夏の収穫期には、何とか害獣の被害に遭わなくて済んだ。でも、来年は分からない。冬になったら、害獣を寄せ付けない対策をしなくちゃな」

 隆太は提案する。

「畑も被害を受けなかったしね。何かあたい、生きているって感じがする」

 イチは、今の状況や気持を「幸せ」と表現する。


 お文も、3人での暮らしにすっかり溶け込んでいる。

「隆兄ちゃんの時代の漢方に関する本は、知らない言葉が多くて分かり辛いけど、凄く参考になる。先ずは効用ある腹薬を創ってみたい」

「毒薬にならないように頼むな」

「先ず一番最初に飲んで貰うのは隆兄ちゃんに決めてるんだ」

「おいおい、止めてくれよ。こりゃ。絶対に腹痛を起こしては駄目だな」

 そんな会話と笑い声が広がる。


「そう言えばお前達。村の庄屋の家まで自転車で行ってんだって? 村の人、びっくりしてんじゃないか?」

「最初はね。今は見慣れたみたい」

「よくあんなガタガタ道、自転車乗れるな」

 開墾地の畑まではある程度平坦に整備した道がある。が、そこから村里までの道は未だ整備し切れていない。

「もう慣れたもん。何度か転けたけどね」

「私は未だあの道、上手く乗りこなせてない。お文ちゃんは平気でドンドン先に行っちゃうんだもの」

「フミらしいな。じゃあ、村人も受け入れてくれてるんだね」

「そうなの。村の人の中には自分も乗ってみたいから貸してくれって言う人もいるの。だから乗らして上げる時もあるのよ。でも、お文ちゃんは意地悪だから、女の人しか貸さないの」

「だって、男は乱暴に扱うんだもの」

 お文が言い訳をする。


 最近、村の庄屋さんとの商売取引にはイチとお文がよく行ってる。お文は若いのに取引が上手だ。

 それに、女性の方が庄屋や実際に宿場町に行商に行ってくれる人の受けも良い。


 隆太の宿場町に赴いての商売は最初の一回だけ。後の商売は、庄屋が取り仕切ってくれている。

 今では、村が生産した野菜類などを貰ってくることも度々となった。やはり鶏の提供が大きかったようだ。

 洞窟地で生まれた2羽の雌雛が時々卵を産み始めたらしい。繁殖期に成れば、隆太の父親が連れてきた若い雄鶏を貸す事も出来る。

 近親交配を避ける工夫をして順調に繁殖させれば、やがて、各農家でも飼えるようになり、村人達の栄養の足しに出来る。

 とても高価で手に入らなかった卵が庄屋の庭先で得られるようになった。それが農民達の手に届くようになれば大きな喜びとなる。

 それで無くともイチやお文は珍しい美味しいお菓子なども持ってくる。今では、イチやお文は村人達の大切な存在になっている。


 木の葉が色づき始めると、隆太はイチと木の伐採と枯れ枝集めに入る。

「こんなに沢山の木は必要無いと思うんだけど」

「薪に使うだけで無く、春になったら椎茸の菌を埋め込む原木にするんだ。父さんが椎茸作りは確実な資金源になるって。だから、春の初め迄には準備して置きたい」


 隆太は、洞窟近くの椎茸栽培に適した土地で手広く栽培し、安定した収入を得ようと考えていた。

 椎茸その物も売れるし、干し椎茸にしたら価値が上がる。


 山の幸や山から得られる価値ある物など、春先から動き回って手に入れて来た。その経験を生かして更に、お金を得られる方策を広げ、少しでも両親に返したい。

 色々な種や苗は未だ購入の必要がある。未だ未だお金は必要だった。


 そんな状況だが、両親が自分達の為に使った金額の、その一部でも返したいという思いが強い隆太。

「そうだね。おじさんやおばさんには、一杯世話になってるもんね。あたいも一生懸命手伝う」

隆太とイチの絆は益々強まっていた。

 

 山の冬の訪れは早い。3人は休む暇も無く冬の準備や開墾地の畑の拡張に汗を流す。もう、洞窟や洞窟周りは彼らの住処。その居心地も徐々に快適になって行く。

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