第14話 情

家族との再会


 隆太とイチは、無難に洞窟の入り口を出る。そして、隆太の実家である家に辿り着く。

 隆太が引き戸を開けようとする。が、開かない。鍵が掛かっているようだ。

「誰かいるんだろ? 俺だよ、隆太だよ」

 彼は玄関前で大声で叫ぶ。


 すると、ドタバタと音がして引き戸が開けられた。

「どうしたの」

 非常に驚いた表情の母。

「ねえ、母さん。何故鍵を掛けてるの?」


「最近は色々と物騒でね。こんな田舎でも強盗する奴が居るんだって。それで警察の方から、外出でも在宅中でも戸締まりをしっかりしてと連絡があったんだよ。ちょっと前まで、こんなんじゃ無かったのにね。そんなことよりも、どうしてあんた達戻って来られたのよ」


「大きな地震があっただろう。それで隔てていた見えない壁が無くなったんだよ」

「地震? そんなもの無かったよ」

 隆太は戸惑う。果たしてあの大地震は江戸時代のあの地域を襲っただけだったのか? 

「とにかく詳しい話は後。イチも居るし中に入らせてくれ。飯も頼む」

 隆太とイチは台所に進む。




「父さんは居ないの?」

「お父さんは、今年の植え付けなどの打ち合わせで出掛けているよ」

「良太や舞は?」

「良太は友達の所。舞は未だ学校」

「良太は、大学受かったのか? 滑り止めも受けていたようだけど」

「そうなのよ。本命は駄目だった。滑り止めは受かったけど、本人は行くかどうか迷っている」

「何迷ってるんだ?」

「お前と同じ様に家の仕事を継ぐか考えているんだよ。お前が戻ってくるなんて考えもしなかったからね。まさか、隆太が戻って来たなんて。お父さん喜ぶよ」

「じゃあ、俺がここに戻って来たんだから、良太は進学出来るな」

「そう言う気持になってくれると良いけどね」


 隆太との会話から、次に母はイチに顔を向け笑みを浮かべながら、

「随分汚れているね。まるで泥の中をくぐって来たみたい」

「そうなんだよ。俺たち泥の中を通って来たんだよ」

 隆太の言葉に、

「あらそう。じゃあ、今お風呂のスイッチ入れるね。直ぐ沸くから入りなさい」

 


 坂川家も数年前に水回りを中心にリフォームしている。今では風呂を沸かすのも自動だ。

「おばさん。私も手伝います」

 台所に立つ母親を見て、イチが申し出る。

「いいのよ。貴方は今疲れているでしょ。そこに座ってなさい。それにそんなに泥だらけじゃねえ」

 隆太の母を、イチは今まで「おばさん」と言っていた。今更「お母さん」なんて言えない。事実母では無い。


「どうだろうか、イチも母さんを『お母さん』と呼んでも良いんじゃ無いか? おっかあやおっかちゃんはちょっと、だけど。言い難(にく)いかい?」

「うん、そうしてみる」

「そうだね。あっちの時代ではどうだったか知らないけど、お前達は夫婦の様に暮らしていたんだろから、おばさんよりはお母さんの方がしっくりくる」


 雑談をしている間に、風呂が沸いたという知らせが鳴る。イチは促されるままに風呂場に向かう。

「温度は適温に設定されている。だから何もしなくて良い。石鹸はあの容器に入っている。あの頭の部分を下に押せば先の部分から石鹸の液が出てくるから」

 始めての風呂場。イチにとって浴槽に入るのも始めて。何もかも始めてづくしの入浴。

 隆太はちゃんと入れるのかを見届けたり、シャワーやシャンプー容器の使い方も丁寧に教える。


「ところでさ、お前達は夫婦同然に過ごしていたんだろ? 何故イチちゃんに子供が出来なかったんだい?」

 イチが浴室に行ってる間に、母が隆太にズバリ問う。

「ほら、女性の生理って言うのが、イチの場合殆ど無かったんだよ」

「辛い目に遭って来たからかねー」


「だと思う。イチ自身も高熱が続く病気に罹っているし、その後次々と両親が死んじまったしな。引き取られた叔父の家では虐待的な扱いを受けた様だし。とにかく飢餓状態が続き餓死寸前に迄なったのが一番の原因かも知れない」

「極度のストレスや体への負担はホルモンバランスを崩し易いらしいからね」

 母は納得する。


「その内、体調も気持も普通に戻れば、女の子らしくなるよ」

 母は隆太を慰めるように言う。

「俺、未だ子供、欲しいとは思ってないから」

 母の言葉の裏には、何れ二人の子供が出来る様になるから気にするなと言う意味が含まれて居た。


 イチがお風呂から上がると、隆太が代わって入る。思ったよりも泥や垢まみれな自分の体に、彼は驚く。

 

 間もなく妹・舞が学校から帰って来た。隆太やイチが居ることに当然の様に驚く。だが、舞はイチと直ぐに打ち解け、会話が弾む。

 既にイチと舞は幾度と無く会ってるし、話もしている。


 父親も帰宅した。何故か母が事情を父に語る。

「そうか、地震か。見えない壁が出来たのも地震の影響だったのかな? 不思議だけど、若しかしたら大地震で時空がよじれたのかも知れないな。それでこっちと向こうの時代のズレが生じた。なんであろうと、隆太が戻ってくれたのは嬉しいよ」

 父は安堵の表情を浮かべる。


「でもさ、隆太はこれでいいよ。でも、イチちゃんは大変だよ。隆太は江戸時代の様子を大まかだが知っていた。でも、イチちゃんは私たちの、未来の時代を全く知らないんだからね。慣れるに時間が掛かると思うよ。隆太がしっかり見てやらないと」

 母が言う。

 父も隆太もその辺は分かっている積もりだ。


イチ病に倒れる

 

 その晩遅くになって弟・良太が帰って来た。両親から隆太とイチが帰って来たことを知らされると、直ぐにでも話を聞こうと二人の居る部屋に行こうとする。

「止しなさい。二人はもうとっくに寝ちゃってるよ。あっちでは早寝早起きだったんだよ。良太みたいに夜遅く帰って来て、昼頃迄寝ているなんてしてないんだよ」

 母の小言だ。

 

 学校卒業月の殆どは自習というか、学校を休んでも何も言われない。試験勉強に明け暮れた反動でもあるのか、良太は毎日遊んでばかりだった。

 一時期、あんなにお文と会うのを楽しみにしていたのに、それすらも頭に無くなってしまってる様だった。

 

 翌日、良太なりに早起きし、早速隆太とイチにへばり付く。聞く内容は、洞窟の向こう側の世界の出来事だ。暫く会ってなかった所為か?


 良太は、大地震が起きて見えない壁が消えたと知った時には目を輝かして驚く。当然、何故お文が隆太達と一緒にこちら側の時代に来なかったかも聞く。

 更に、隆太ら3人が開拓した畑。洞窟周り。3人が工夫して造り上げた生活環境などをしつこく尋ねる。


 隆太が江戸時代にタイムスリップした当初は度々会って居たし、その都度状況も聞いていたのである程度分かっていた。

 しかし、試験勉強もあり、この1年半ぐらいは隆太達と殆ど会って無かった。


「ふーん。フミちゃんはあっちの世界に一人で残ったんだ」

「恐らく、土砂の中に埋まった本や自分が書き綴ったノートなどを整理したかったんだと思う。あの子、勉強好きだから。それが済んだら、多分実家のある町に帰るんじゃないか?」

 満足に話を聞き出せたのか、良太は自分の部屋に戻る。


 翌朝、隆太が台所に行く。既にイチは起きていて、母と一緒に料理をテーブルに並べていた。

 父は、テーブルに座りテレビのニュースを観ている。

「良太は?」

 隆太が聞く。

「未だ寝てるんだろうよ。お父さん、余り好き勝手にさせてたら、生活リズムが狂い、直すのが大変になるよ。一言良太に言って遣ってよ」

 父は軽く頷く。すると、

「夜中に、良ちゃんの部屋から何か音がしてた」

 イチが言った。イチは自然と言える土地で育ってるからか、音に敏感だ。

「何してんだ、彼奴。よし、俺が起こして来るから」

 隆太は良太の部屋に行く。


 暫くして隆太が急ぎ足で戻って来る。

「父さん、母さん、大変だ。良太の奴、フミに会いに行っちゃったよ」

「どうして? フミちゃんの後片付けの手伝いに行ったのかい?」

「だと良いんだけど。良太の奴、書き置きを置いていった。文面見ると、戻って来る気無いみたいだよ」

「やだよ。良太までそんなことになったら」

 母は驚き落胆する。


「まあ、待て。壁がなく無くなってるなら、何時でも戻って来られるだろう」

 父は母を落ち着かせようとする。

「そんな気が無さそうだよ。書き置き、見る?」

 隆太は母親に、良太が書いたメモを渡す。

「お父さん、見てよ。良太はハッキリと戻って来ないって書いてあるよ」

 妻からメモを受け取った父の表情は険しくなる。


「父さんも母さんもそんなに深刻な顔をしないで。2~3日したら俺が連れ戻しに行ってやるから」

 隆太が告げる。



 やはり住み慣れた現代の方が良い、と隆太は思う。隆太はその日の昼過ぎから友達の家に向かう。隆太と同じ形で地元に残り、親の後を継いで農業に従事した同級生が数名居た。

 隆太は彼らと、毎日夜遅くなるまで遊び回る。中学時代や高校時代の友達と飲み歩いたりもする。

 既に隆太はお酒が飲める大人になっていたのだ。


「今までどこに雲隠れしてたんだよ」

「外国にな。まあ、農業ボランティアっていう奴さ」

「アフリカだろう? 何という国だ?」

「国は教えないが、『エッドー』という村だ」

「女と出来たのか?」

「まあな」

「おー、隅に置けないな。で、感触は?」

「同じ人間だぜ。そんなに変わるもんじゃないよ。長さでは負けるけどな」

 友達とはこんな遣り取りが酒の肴になる。


 隆太はイチの存在を忘れたのか、必要無くなったのか? イチは一人残され、寂しく過ごす。

 そんなイチの姿を見て、隆太の母は腹を立てる。

「隆太は何をしているんだ。イチちゃんを放ったらかしにして遊び回って」


 イチは夕方から部屋に閉じ籠もったままだ。母親はイチを心配し、部屋の様子を見に行く。

「どうしたの? 苦しそうだけど」

 母はイチの額に手を当てる。

「あら大変。熱が有るじゃ無い」

 急いで熱さまシートと救急箱の薬を取りに行く母親。


 解熱剤を飲ますとイチに聞く。

「病院行く?」

「病院?・・・。行かない」

 薬をイチに飲ましたので、母は少し様子を見ることにした。


「隆太! 何してんだよ。イチちゃんが熱出したじゃない。早く帰って来い!」

 厳しい口調で、スマホに出た隆太を叱りつける。


再びの別れ


 隆太は直ぐに帰って来た。それを見て母は少し安心する。

「イチちゃんの側に付いてて遣りなよ」

 母は強い口調で隆太に言う。

 

 隆太は、イチの側に座り看病する。

 すると、イチと初めて出会った時、そしてまるで風船の様に軽いイチを背負って洞窟に連れ帰り、寝ずに看病した事。 

 徐々に体調が回復して行き、ご飯を美味しいと笑顔で食べたイチ。

 お文が仲間に加わり、一緒に荒れ地を開墾し、山の中を野草や木の実を探し回った事。それらの想い出が隆太の脳裏に、次々と鮮明に現れては消え去る。


 その夜遅く、イチの熱が再び高くなる。隆太が薬を飲まそうとするがイチは拒否する。

「お文ちゃんの薬がいい」

 イチは力なく言う。


 お文。それは数日前まで一緒に生活していた仲間。

 彼女は隆太の希望に応え薬草を調合して薬を創っている。しかし、未だその効用は不安定であり怪しい物もある。

 その程度の漢方薬しか創れないお文の薬を、イチは望む。

 イチが何を望んでいるかが、隆太には手に取るように分かった。


「おうちに帰りたい」

 イチが呟いた。

 隆太は、イチの手を握りしめ、

「分かった。・・・帰ろう。一緒に俺たちの家に。今、・・・連れてってやるからな」

 イチの言う家は、自分達で創り上げたあの時代の、あの土地である事は疑いの無い事。


 隆太は、イチを背負うおんぶ紐の代わりになる物を、物置小屋に行って探す。

 彼はイチを背中に背負い、寒さを防ぐために以前自分が着ていた綿入れ半纏をかぶせ、身を切るような冷たい外気の中を洞窟へと歩む。

「イチ! 死ぬなよ。死んじゃあ駄目だ。フミに会うまで死んじゃ駄目だからな!」

 隆太は背中のイチに、何度も声を掛け続ける。


 この夜の様子を家族が知らない訳が無い。母親は何度も彼ら部屋の前に立ち、中の様子を窺っていた。


 隆太とイチが家から去った後、父と母は台所の椅子に座り項(うな)垂(だ)れる。

「行っちまったよ。二人とも行っちまったよ」

 母は辛そうに呟く。

「仕方が無い。運命なんだよ。きっとこれで良いんだよ」

 父親も小さく呟く。


 末っ子の舞も台所に現れた。母は舞の体を軽く抱きしめる。

「私が代わりにこの家を守る。だから、お兄ちゃん達の好きにさせて遣って」



 翌日、父親は洞窟に向かった。

(俺は何しに洞窟に行くんだ?)

 自問自答しながら洞窟の奥へと進む。

 やがて、隆太が話していた小山のように土砂が降り積もった場所に着く。隆太が必死で開けたという体が通れるぐらいの穴。その奥を見る。照明を照らして様子を窺う。


 父はこの穴をくぐり抜け、隆太や良太そして二人の女の子が居る異次元の世界に行って見たいと何度も考えた。

 その度に、妻や娘の顔が浮かび、二人を残したままでは自分はこの穴を越えてはならないとの気持になる。

 また、父親には農家仲間の地位や責任もある。もし、突然消えてしまったら、大騒ぎになり、やがて人々がこの洞窟に押し寄せるかも知れない。

 そうなれば、子供達への影響も計り知れない。


 今は、ある意味自由に往き来出来る状態かも知れない。でもまた、何時時空が曲がり、この洞窟が途中で遮断されるかも知れない。

 父は、この穴を通り向こう側に行きたいという誘惑に駆られたが、何とか踏み留まる。この先に進んではならないという気持が自身を制す。


 父親は、暫くそこに留まり、洞窟の奥から子供達の声が聞こえて来ないか耳を澄ます。

 次の日も、またその次の日も、父はカップ麺とか缶詰類を携え穴の場所まで通う。 穴の向こう側に持参した品物を置く。その数は増えていくばかり。

 子供達が受け取った形跡が全く無い。


 半月が過ぎた。その間、父親は毎日この行動を繰り返した。そして遂に腹を決める。


「隆太に良太! 元気で生きろよ。何があっても負けるなよ。イチちゃんやフミちゃんと力を合わせて頑張れ。幸せになれよ」

 力一杯、穴の向こう側に向けて叫ぶ。

 その声は洞窟の壁に反射して、虚しくこだまする。


 次の日、父親は洞窟の入り口を頑丈な扉で塞いだ。上部に人がやっと通れるくらいの隙間を残す。隙間は暗闇の洞窟に導きの光を差し込ませる為だ。

 頑丈な扉には内側からかんぬきのような細工をする。洞窟の外からは扉を開けられないようにする為のもの。

 子供達の営みを、現代人の何者にも邪魔されたくないという思いだ。

 父親は内側の細工をし終わると、上部の隙間から這い出て洞窟正面に立ち、


「お前達。何時でも戻って来て良いぞ。扉の開け方はメモして置いた。母さんも舞もお前達の事を絶対に忘れないからな」

 彼らに届けと心の中で叫ぶ。


 父は踵を返して洞窟から去る。   了

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改稿版「開墾」 大空ひろし @kasundasikai

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