第11話 成果

良太とお文の仲


 疲れ切った表情で洞窟に辿り着いた隆太とイチ。二人を首を長くして待っていたのはお文だ。

「お帰りなさい」

 お文が笑顔で迎える。

「うん、俺たち無事に帰って来たぞ」

「凄く疲れて居るみたい。何か大変な事があったの?」

「うん。色々あった。でも、その話は明日だ。取り敢えず腹が減ってるので飯を作ってくれるか? 袋詰めのカップラーメンで良いぞ。タップリ野菜を入れて。家(うち)の鶏の卵もな」

 隆太の注文に応えて、お文は料理に取り掛かる。

「所で、フミは飯を済ませたのか?」

「未だ」

「だったら大鍋で3人前一緒に作れば良い。フミもラーメンで良いだろ?」

 

 イチはお文の料理作りを手伝う。やがてインスタントラーメン独特のスープの香りが漂う。

 3人は美味しそうにそれを分けて食べる。一番量を食べるのは隆太だ。野菜や冷蔵庫に残っている半端物の食材も放り込んである。

「やっぱ、腹減ってると飯が旨いな」

 飯では無くラーメンだが、当然三人の間には言葉が通じている。


「そうそう、留守番してくれたフミには悪いが、今回はフミへのお土産買って来なかった。何が良いのか聞いてなかったし」

「要らない。ウチは二人が無事で帰って来てくれただけで嬉しい。だって、一人で寝るのって、凄く不安なんだもの」

 お文は自分の気持ちを素直に語る。


 翌日の夕方。良太が見えない壁の所に遣って来た。隆太は良太に、何時何時宿場町に行くと伝えてある。

 その宿場町の報告が聞きたくて、良太は遣って来たのだ。


「宿場町はどうだった?」

 良太は開口一番切り出す。

「俺たちがビクついていたからかも知れないが、結構恐ろしい所だ。でも、やはり村とは違って、商売は大きく出来そうだ」

「写真は撮って来たのか?」

「本当は、動画も撮るつもりだったけど、俺たちを見る目が異常なほど怖かった。写真を撮るだけで精一杯。スマホを出しては急いで撮って仕舞うの繰り返しだったので、アングルは考えていられなかった。トリミングや画像加工で上手く処理してくれ」


「お土産は?」

「大丈夫。ちゃんと手に入れて来たから。ほら」

 隆太は手提げ袋からお土産を取り出す。

「わーっ、刀だ。勿論本物だよな」

「ああ、本当は打刀(うちがたな)って言う長い方の刀を狙っていたが、売ってくれなかった。仕方が無いから脇差しという短い方を仕入れて来た」

「本物の刀なら、長くても短くても俺は構わない」

 良太は嬉しそうに脇差しを手にする。そして鞘から刀身を抜いて見つめる。


「これで人を切っていたりして。血のりが付いていたりして」

 良太はしげしげと刀を見つめる。

「人を刺した脇差しだったら、気持ち悪いと思うか?」

「いやー、却って良い」

「そうなんだ。お前、何か猟奇的な面を持っているのか?」

「俺が猟奇的だったら、隆兄ちゃんは俺を避けるのか?」


 そこに、遅れて遣って来たお文が現れた。

 お文はニコニコ顔で、

「何話しているの?」

「お文ちゃん、いらっしゃい」

 良太は相好を崩す。


 最近、お文は良太が来ると知ると、一緒に顔を出すようになった。隆太やイチがその場を去ったとしても、良太とお文は話を続ける。

 隆太にとっては、お文は余り可愛い子とは映ってはいない。でも、良太にはお文が可愛く見えるようだ。

 やはり、人それぞれ好みがある。故に、多くのカップルも生まれる。世の中は実に良く出来ている。

 そう考えれば、好みが一部の人に集まるのは不自然。多分、その一部の人間を良く知らないから、見掛けだけで集中してしまうのかもしれない。


 隆太は、宿場町で手に入れた品々を良太に引き渡すと、宿場町での詳細な話をせずにその場を去った。

(二人だけで、大いに楽しい時間を過ごしてくれ)

 隆太は心の中で、そう呟く。


「さあ、これからの季節は昆虫採取だ。フミはクヌギやコナラの木が沢山ある場所を記録してくれてたよな」

「うん。ちゃんと整理してあるよ」

 お文はノートを隆太に見せる。

「凄いな。いつの間にこんな地図を画いたんだ? 分かり易いよ、これ」

 

 お文は出掛ける時、何時も手帳を持って行く。その手帳に様々メモして歩く。

手帳やノート、鉛筆、ボールペンに至る文房具類は、隆太の家族が持って来てくれた物。彼女はそれをフルに活用していた。


「俺も子供の頃は山に入ってカブトムシなどを捕った。俺が欲しいと言うより、都会の人の中に欲しがる人が居るんでね」

「あんなの欲しい人が居るんだ」

「ああ、数が集まればそれなりの金になる」

「あたい達は、虫になる前の幼虫なら喜ぶけど」

「幼虫? 芋虫の化け物みたいな奴か?」

「白っぽくて、芋虫とは違うよ。あれを食べるの。精力が付くって大人達は言ってた」

「成る程ね。昔の人は肉という物を殆ど口に出来ない代わりに、そう言う物を食べていたのか」

 隆太は、改めてお文が描いた地図を眺める。


将来を話し合う


 宿場町に出向いたが、収穫より危険という印象が強く残る隆太。

「俺は若いし、清国の父親と日本人母の間に生まれた子という作り話は、良い方向にも悪い方向にも働く感じだ。完全な日本人でないなら何しても構わないという雰囲気も感じた。こんな服装をしていれば、今更『本当は純粋な日本人です』なんて言えないし」

 隆太は、彼が住んでいた時代の洋服を常に着ている。抑もこの時代に合う着物など彼には無い。


 イチやお文も、普段は隆太と同じ洋服を着ている。否、無理矢理着せている。

 洋服なら洗濯石鹸で洗濯も比較的楽に出来る。しかも、隆太の妹・舞のお古や近所からかき集めた洋服が沢山ある。何時でも着替えられる。パジャマまである。

 

 お文は、こざっぱりした着物と着替え用の着物を一着持っていた、だが、イチは継ぎ接(は)ぎだらけのヨレヨレ着物一着しか無い。

 それを常に身につけさせるのは見ていて辛い。なので、強引に洋服を着させている。


 最初に村に行った時、イチには隆太と同じ洋服を着せた。村人達の視線を浴びるイチには、嘸かし居心地が悪かったかも知れない。

 イチはそれに対し一言も不平を言わなかった。

 ただ、履き慣れぬ靴を履かせたので、靴擦れが出来てしまい、それ以降靴を履きたがらない。

 でも、洋服と草鞋姿でも、それを揶揄する人間は幸いにもこの山奥には居ない。


 宿場町には、イチはお文の着物を借りて着て行った。そして宿場町で、古着だがイチの為に着物を買ってあげられた。

 イチの喜ぶ顔は隆太の喜びにも繋がる。


 彼女ら二人の履き物は、洞窟周りでは草鞋(わらじ)だ。山中や荒れ地の開墾には長靴を履かせるが、二人は歓迎してない。

 開墾した畑に自転車で行く時は草鞋を履き、長靴は自転車に積んで行く。暑くなった事もあり、その方が快適だろうとは隆太も思う。


 しかし、習慣とは恐ろしい。隆太は移動するにはどうしても靴を履かないと落ち着かない。

 足肌が剥きだし状態だと、蛇に噛まれたりダニなどの虫に刺されるの恐れている。

 イチは、蛇を殆ど怖がらない。寧ろ捕まえて食べてしまおうと言う勢いだ。勿論、マムシやヤマカガシの姿を見れば身構える。


 毒性がより強いのはヤマカガシ。マムシは噛まれれば毒が体に入るが、ヤマカガシは、毒を出す牙が奥にあり、その牙も短く、それ故に噛まれても、運が良ければ毒が体に入らないこともあるらしい。


 幸い、蛇の捕食となる生物は洞窟周辺の山には居ないのか、蛇の姿を殆ど見掛けない。但し、川に行く時は、イチもお文も素直に長靴を履く。


「宿場町に出掛けて商売をするのは魅力的だけど、俺はそれを今回限りで止めようと思っている」

 イチもお文も言葉を発せずに、隆太の次の言葉を待つ。

「その代わり、村との交流を密にしようと思う。二度目に庄屋さん宅に行った時、俺は商売の上手な人を探しておいてくれと頼んだ。俺が直接宿場町に行くより、村人に代わって行って貰った方が良い。それでリベートを取られたとしても構わない」

「リベートって?」

 お文が言う。


「簡単に言えば、お駄賃だな。大人に対しては言わないのかな?」

「分かった。隆太兄ちゃんが庄屋さんの所に砂糖や塩、そのほかの品物を持って行って売る。その品を、大家さんか商売の上手な人が宿場町で売る。大家さんも儲かるし、ウチらも儲かる」

「その通り。でも、それだけでは無い。俺たちの後を追って追い剥ぎが現れたのは、如何にも異質、変わった格好をした人間だから強盗したって構わないという気持からだと思う。村人なら、その辺は大丈夫だと思う」


 更に隆太は危惧する点を語る。

「俺たちの存在が目立ち過ぎたら、何れこの地域の藩の役人にも知られる。どう言う仕組みに成ってるか分からないが、役人が押し寄せ、『年貢を差し出せ、貢ぎ物をよこせ』となるかも知れない。だからこの場所が知れるのが嫌なんだ」

「米や蕎麦を作っているわけじゃ無いし、年貢なんて出せない」

 イチが言う。

「だからと言って、俺たちだけでこの場所に閉じ籠もって自給自足するには、未だ未だ時間が掛かる」

「どうすれば良いの?」

 珍しくお文が隆太に案を求める。


「村との交流はもっともっと深めようと思う。単に、頻繁に顔を合わせるだけで無く、村人達も潤うようにする。そうすれば、俺たちの存在を他の地域に言い触らす確率は少なくなる」

「どうすれば、村の人達が喜んでくれると思うの?」

「先ず、手始めに鶏を庄屋さん家で飼って貰う。家(うち)の鶏の雛も大分大きくなった。鶏冠(とさか)が出て来たのも居る。ペアを、つがいをあげようと思う。上手く行けば増えて行くかも知れない。沢山増えたら村人達も各自飼える。栄養状態が良くなる」


 そうは言ったものの、隆太には、心配事があった。

 この時代、既に鶏は日本に入っていたが、津々浦々まで広がっては居ない。鶏の卵が貴重だった事からも推測出来る。

 この地域に鶏を流行らすことが、歴史を変えてしまわないか心配なのだ。もう一つは、一組のペアから増やすとなると近親交配となり、遺伝的異常や健康面で問題のある鶏が生まれるのでは無いかと懸念する。

 そんな鶏が産んだ卵を食べても大丈夫かと考えてしまう。


「だったら、おじさんに頼んで、新しい雄親を連れて来て貰えば良いでしょ」

 お文が言う。確かにその通りなのだが、

「また父さんに頼むのか。山羊を頼んだが未だ連れて来てくれない。生き物をそう簡単に調達出来ないのかも知れん」

「そうか。『えいっ、やー』って出せれば良いんだけど」

「うそー。フミがそんな事を言うなんて思わなかった」

 三人は声を出して笑う。

**

ゴムパチンコ

 

 最近、見えない壁の場所に良太が良く来る。夏休みに入った事もあり、父親の代わりに訪れる。 

 良太の目的はお文。時間が合えば長話もする。良太持参のお菓子を食べながら。勿論お土産のお菓子をお文は独り占めなんてしない。


 今日のお文は、スイカをお土産に二人のところに持って来た。自転車に積んでも割れないように、新聞紙を緩衝材に使って段ボール箱に入れて。

 新聞紙は、火を付ける時に役立つ。

 様々な品物の往き来を行う為、より多く荷物を積めるよう自転車は改造してある。


「今日は西瓜を持って来てくれたか。明日朝に井戸水につけて、昼頃帰って来たらみんなで食べよう。勿論二人とも食べた事あるよな」

「あたいは食べた事ある。マクワウリとか西瓜の種を植える農家の人、居るから。でもこんな大きな西瓜は初めて」

「多分この西瓜は我が家で作った物だよ。俺たちの時代の西瓜は、この時代の果物寄りもかなり甘くて美味しいと思うよ」

「そうなんだ。明日食べるのが楽しみ」


「うん。畑の一部に柿やブドウの苗も植えた。それらの果物も比較にならない程甘い筈だ。実が成るのはまだ先だが。洞窟近くに植えた栗の苗。これは数年で実を付ける。栗とサツマイモを使った栗きんとんは、俺も好きだった」

「あたい、食べた事が無い。自分達で作れるの?」

「勿論だよ。母さんに教われば」

「あたい、作ってみたい」

「うち、食べたい」

 三人は笑顔に包まれる。


「所でさ、俺たちが旨いと思う物は、野獣害獣も欲しがると思うんだ。今は未だイノシシの姿しか見てないが、その内鹿とか熊が遣ってくるかも知れない。既に獣たちが、風に乗って運ばれた鶏の臭いを嗅ぎつけて居るかも知れない」

「獣対策ね。でも、畑のような柵を張り巡らすのは無理だと思う」

「そうなんだよ。そこで穴を掘ったらどうかな。戦国の武士達も敵の攻撃を防ぐ為に造ったと思う塹壕を」


「えー? いっぱい穴掘りするの? 大変でしょ?」

「畑周りはあの柵で良いと思う。実際に被害が無いし。あの方法で延長していける。しかし、洞窟周りは手入れしたので大分広くなった。それを囲む様に柵や穴を掘るのは、それは俺でも嫌だ。だからピンポイント、つまり掘る場所を選ぶんだ」

「どうやって選ぶの?」

 お文が興味深そうに聞く。

「それをみんなで考えて行こうよ。それに、穴は人間の侵入をも阻止できるかも知れない。悪い人間は何時の時代にも必ず居るからね」

 

 隆太は先ず、イチの話を聞く。イチは村人達の害獣対策を見ている。話も聞いているだろうから大変参考になる。

 次に、イチの話からどの様な対策案が考えられるかをお文に語らせる。


「やはりこういう事は、みんなで考えるべきだな。何か良い対策が生まれそう。今度現地に行った時に何が出来るかを確かめてみよう」

「ねえねえ、ゴムパチンコって言うのを隆兄ちゃんが作ったじゃ無い。あれの強力な奴、作れないの?」


 ゴムパチンコの洋名はスリングショット・ゴム銃。俗に皆パチンコと言ってる品である。

 隆太は扱いやすい薄い皮と輪ゴムを使ってパチンコを作った。木のY字型部分を利用した物。ただ、それは手で扱える小型な道具。なので、獣を威嚇するには不十分と思える。

 

「そうだね。大きな物を作れば台に固定し大きめの石で狙えば立派な武器になる。でも、それには自転車のチューブのような丈夫なゴムが必要になる」

「おじさん達から貰えないの?」

「頼めば手に入れてくれると思う。父さん達の子供の頃は、自転車のチューブを自分達で改造し、色々と応用し遊んでいたと聞いた事がある。でも今は、どうかな? 既製品でもっと良い物が沢山あるからな」

「ウチらで作ってみましょうよ。ウチ、ワクワクしちゃう。二股の形をした木は沢山あるんだから」

 とにかくお文は、考えるのも好きだが実際に作るのも好きな少女。


 暑くて午前中の仕事が難しくなると、畑拡張の開墾を一旦中止する。その代わり、川近くに行き、周辺の食べられる野草とか、お文の為の薬草探しなどが中心になった。 その一方で川で魚を捕ったり、粘土層を集めて溜め池の拡張に専念する。


 その甲斐あって、単なる水たまりみたいな池が大きく広がり、鯉や捕って来た魚たちが気持ちよく泳いでいる。  

「何故この錦鯉という鯉は食べられないの?」

「同じ鯉だから食べられない事は無いらしいけど、例えば寄生虫が居るとか、食べ物を泥の中からも漁るから泥臭いとかあるみたいだ」

「えー、だって普通の鯉だって同じ所に居れば同じでしょ。なんで区別するの?」

 お文の疑問はもっともである。


 現代では、寄生虫や泥臭さを無くす為に、人間が配合した餌とか環境を整備するなどの飼育した鯉を料理するという。


「この溜め池の水は綺麗でしょ。最初よりは汚れて来たけど。だから色が付いていても鯉は鯉なんだから食べられるでしょ」

「そうだな。大きくなったら食べてみようか。出来れば最初の様な綺麗な湧き水の溜め池にしたいな。そうすれば泥臭さもなくなるかも知れない」

「じゃあさ、湧き水が出ている所を少し掘って見ようよ」

「うん。でもそれは慎重にしないと。下手に弄(いじ)くると水脈を駄目にするかも知れない。だからさ、川魚もバケツに入れた井戸水に一日入れて焼いて食べてるだろ。鯉はもっと大きいから2~3日、井戸水に入れて、ご飯粒やパンくずを餌として与えれば良いんじゃ無いか?」

 

 鯉は未だ小さい。食べられる様になるには未だ未だ先の事。だが、食べる事になると、先も今も無くなる。

 錦鯉の優美さを愛でる気持よりも食が優先するのは、この時代の食糧事情が関係しているのだろうか?

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