第10話 宿場町

雑草は山羊に


 期末試験が終わった安堵感があるのか、最近は夕方頃に隆太の弟・良太がちょくちょく顔を見せる。

「良太、例のプリント画像、あれ、ヤバそうだ」

「何かあったのか?」

「枕絵も、どちらかというとご禁制の絵に当たる様だ。あんな鮮明な画像だと『抜け荷』と思われてしまうので尚更ヤバい。幕府は密輸品には厳しいみたいだ」

「庄屋さんという人が、役人に通報するのか?」

「それは無いと思う。そんなことしても庄屋に何の徳もないからな。多分一人で眺めてニヤニヤするんじゃ無い?」

「だったら良いけど。そうか・・・。儲かると思ったんだけどな」

「やはり、俺たちの時代で安価に手に入り、しかも、江戸時代には貴重品と言われる物で地道に勝負した方が良いと思う」

 二人は、艶物の品はリスクが大きいと、商売に使うのを諦める。


「所で隆兄ちゃん、山羊を飼わないか?」

「山羊? 手に入るのか?」

「それはこれから探す。ほら、荒れ地にススキとか雑草が 一面に生えているって言ったじゃん。それを先ず山羊に食べさせる。その糞は土壌改良にも役立つ」

「それいいね。俺たちも鶏の糞は2日に一回ぐらい土を入れ替えている。糞の混ざった土は洞窟近くの畑や開墾した土地に混ぜているんだ」

「そこで育つ野菜類は完全無農薬野菜だね。健康でいいね」

「ペアか? それとも一頭か?」

「出来ればペアをと思っている。子供が出来れば乳も搾(しぼ)れるし」

「山羊の乳は癖があって、旨くは無いけどな。でも料理に使えるかも知れないな」


 山羊の件は父親と相談して探すとなった。また洞窟村に鶏に続いて新たな仲間が増えそうだ。

「家畜と言えば、利口そうな犬は居ないか?」

「番犬に使いたいのか?」

「うん。イノシシの他に鹿や熊も居るらしい。戦って欲しい訳では無く、いち早くそんな動物を見つけてくれるだけで良いんだ。それに、この時代の人達と交流が進めば、ここまで遣ってくる人も居るかも知れないからな」

「OK! 利口そうな子犬を連れてきて上げるよ」


「それから、俺は宿場町という所に行って見ようと考えているんだ」

「どうして? 侍は無礼な振る舞いをしなければ刀は滅多に抜かないらしいが、ヤクザというか、小悪人らが刀を振り回すかもしれないよ」

「それなんだよ。追い剥ぎに襲われるかも知れない。でも、それでも町の様子を自分の目で見て置きたいんだ」

「一人で行くの?」

「いや、宿場町にはイチも行って見たいと言ってくれた。出来ればイチ達の着物も買って遣りたいし」

「フミちゃんは?」

「フミは、人買いが彼女を探してウロウロしているかも知れないので連れて行かない」

「それが無難だよね。よし、分かった。安くて、それでいて高く売れる物を用意するから待っててくれ」

「出来るなら、目眩まし用刺激スプレーや爆竹も頼む。手に入るのならスタンガンも宜しく」

 良太は隆太の注文をメモし、帰って行った。


「イチ達は山羊を知ってるかい?」

「聞いたことがあるけど、見たこと無い」

「その山羊を良太が連れて来てくれるって」

「どんなのかしら? 可愛いの?」

「雑草を食べさせるんだ。あの荒れ地の草を食べさせるんだ。足りなければ、森の草も食べさせる。俺たちが汗流して苅らなくても済むようになるんだ」

「ウチ、絵で見たことがある」

「うん、雄と雌なら鶏のように子供を産む。そしたら、その乳も少し貰っちゃう」

 隆太は、山羊の姿を写した画像をそのうち見せるからと、イチとお文に約束する。


 画像はネットから良太のスマホに保存し、そのスマホと隆太のスマホにブルートゥースを使って移せる。

 隆太のスマホは電波など当然無いのでWi-Fiは使えない。が、写真撮影や保存機能などの、企業電波を必要としない操作は十分使える。

 そのスマホに異常に興味を示したのがお文だった。


 良太に言わせると、3人が造り上げた畑や洞窟周りの写真、そして、村の風景はユーチューブにアップして、結構人気があるそうで、登録者も閲覧数も増えていると言う。

 なので、更なる新しい景色を良太に提供するためにも、宿場町に行って撮影したいと思うのだ。

 果たして良太は、それらの画像・映像に、どの様な説明書きをしているのだろうと隆太は考える。


 開墾地に造った池は拡張して広くなった。池の中には川で捕った魚や錦鯉が泳いでいる。錦鯉は新潟に行った時、弾かれた赤ちゃん鯉。

 本当は真鯉なら鯉洗いや鯉濃に出来るのだが、父親が持って来てくれた鯉。贅沢は言えない。

 川魚の大きい物は、洞窟に持ち帰って焼いて食べる。

 

 新たな魚の補給は、距離は離れているが川まで行って罠を仕掛け捕った物を池に放す。暫く入れて置いて、出来るだけ泥臭さを抜く為だ。

 池に落ちる水の源は湧き水。池に溜まる水も濁ること無く綺麗さを保っている。


決死の宿場町

 

 いよいよ宿場町に出掛ける。その準備に一日要した。夜の内にイチが出汁巻き卵を焼く。茹で卵も。冷めると冷蔵庫にしまう。

 出発の朝、イチとお文は握り飯を作る。夏場なので中の具は梅干し。海苔は握り飯を食べる時に巻いて食べる。

 ぬか漬けのナスやキュウリもラップに包んで持って行く。その間、隆太はリュックの中身を点検する。

 昨夜用意した出汁巻き卵と茹で卵は、保冷剤入りアイスパックと一緒に発泡スチロールの容器に詰め込む。

 売れなければ自分達が食べればいい。

 1Kg入りの砂糖を5袋ほども用意。塩も持って行く。その他、安価なお菓子類。特別多く用意したのが柿の種。特売していたので母が大量に購入したらしい。

 その他、魚の缶詰は必需品とも言える。食事のおかずにも出来るし、売れるかも知れない。

 気軽にお湯が沸かせるなら、カップラーメンも重宝だが、今回は持参しない。

 

 そして、商売に使うのは諦めた筈のエロいプリント画。それは今回だけの積もりだ。これを高い値打ちで引き取ってくれれば、良太にお土産が買える。


「少し重いが、畑作りで鍛えた体。イチも健康な体に戻ったろうから、重くても堪えてくれ」

 リュックには様々な品物がぎっしり詰め込まれている。隆太は更に、コンパクトに丸めたテントや雨合羽まで積んだ。

 何しろ此処では天気予報なんて便利な物は無い。


 宿場町に突撃するに当たり、途中の道や町で何が起きるか分からない。考えられる装備を持った。


「フミ。無事に帰って来るから心配しないでくれ。一泊2日の予定だから、鶏の餌や水やり頼むよ」

 500文のなけなしの金を腹に巻き、隆太とイチは出発する。


 畑までは地面を聖地したので自転車が使える。その先は歩きとなる。自転車を林の中に隠すと二人は重たいリュックを背負ってひたすら村に向かう。


 村から宿場町まで20kmぐらいあるそうだ。隆太は、ちゃんと寸尺とメートル換算表を持っている。お金や重さも、江戸時代に合わせる換算表を作ってある。

 皆、良太がネットで調べてくれた物だ。


 庄屋の詳細な説明により、村からの道から宿場町へ通じる街道の様な道に出た。


 重たいリュックを背負っての旅なので、イチの体を気遣って時々休憩をしながら進む。隆太は、行く先々でスマホで写真を撮るのを忘れない。

 宿場町には暗くなる前に着いた。

 

 宿場町と言っても決して大きくなかった。関所を通らずに入れる宿場町。早速行き交う人に雑貨屋の場所を聞く。ただ、二人の格好は、この時代には合わない服装や持ち物を持っている。

 全ての人達が二人を好奇な眼差しで眺める。

 それでも、町の人は意外と親切で、こじんまりした店だが、雑貨屋のような店を教えてくれた。

 隆太は休む暇も無く、商売を始める。


 先ず、店に入ると番頭らしき人物に訪問理由を述べた。そして、庄屋の家でも使った、

「自分は唐の国の父親と日本の母親の間に生まれた」

 と、出処身分を説明する。そして、商売に来たと告げる。

 何度も遣り取りのロールプレイングをして来たので、案外話が順調に進む。庄屋での経験もあり、取引よりは落ち着いて出来た。



 山里に近い宿場町なので、砂糖は高値で買ってくれた。意外と塩の需要も高かった。

 茹で卵や出汁巻きを出して、

「これを料理屋に持って行けば、売れると思いますよ」

 と店主にアドバイスする。

 

 雑貨屋の主人は、味見をすると直ぐに買い上げ、それを奉公人の丁稚に持たせ、

料理屋に持って行かせる。果たしてどの位の値を付けて売るのだろうか?


 江戸時代、1630年頃から鎖国が始まったが、それ以前にやはり色々な品物が日本に入っていた。だが。全国的にそれらの品が広まるには一定の時間を要した。

 なので、外国の品が直ぐに全国的に広がらず、また、砂糖など、生成が難しい品はなかなか手に入れられない貴重品だった。


 店主は余程、珍しく価値ある物と感じたのか、隆太が店先に広げる物を次々と買い上げてくれた。

 隆太は、

「銀貨や銭貨の方が良いのだが、大金を持ち歩くのは物騒。なので、この店に並べてある品と交換したいのだが」

 と、言ってみる。


 隆太が一番欲しいのは浮世絵。これは現代のメリカリを通して売れたし、また欲しいとも言って来ている。

「葛飾北斎の絵は無いんですか?」

「葛飾北斎? そんなもん知らんな」

 どうやらこの時代、北斎は生まれてないか未だ若すぎるのかも知れない。

 

「所で、枕絵、何て言うのもありますか?」

 店主は若い隆太をジロッと睨む。

「唐の国で良く売れるんです。実は私、こんな物も持っているんです」

 隆太は例のプリント画を取り出す。すると店主はその画を凝視する。

「枕絵があれば、これと交換したい」


 店主は少し待てと、奥に消えた。どうやら大事な物は奥にしまってあるようだ。

そう言えば、庄屋も蔵に品物を取りに行ってた。


 店主は直ぐに戻って来て、10枚ほどの枕絵を持って来た。

 隆太が出したプリント画は5枚。この交換は割に合うのかと思いつつも、原価が安いので、交換に応じた。

 更に隆太は、店に吊してある安っぽい着物の古着も要求し、イチの着物を手に入れることが出来た。

 お文の分もと思ったが、彼女は着替えを既に持っていたので今回は止めた。  


 小一時間、雑貨屋の店先で時間を使った。店を出ると、二人は急いで元来た道を戻る。

 一泊しようかとも考えたが、聞いてみると旅籠の宿賃は高いし、木賃宿は安いが汚らしい。

 更に、当然ではあるが、行き交う人々は二人の姿をジロジロ見る。不気味な雰囲気を感じるし、この町の居心地はすこぶる悪い。

「こんな場所に長居をしてたら、何をされるか分からない。暗くなるけど洞窟に帰ろう」

 隆太はイチを促す。


 二人は暗くなり始めた道を脇目も振らずに戻る。昔の田舎道。日が落ちたら真っ暗になる。

 天空の星々は、何とか明るくしてくれているようにも感じる。だが、隆太にはLED懐中電灯がある。なので、道を外れることは無い。


「疲れたな。イチ、大丈夫か? きついようなら、ここらでひと晩過ごそうか?」

 とうとう、疲れ切った二人は適所にテントを張る。


 隆太の田舎も星が沢山見られるが、この時代の天空の星は、驚くほど鮮明で無数に空を覆っていた。


追い剥ぎ


 隆太とイチは一人用テントの中で体を寄せ合いながら横になる。

「イチ。怖い思いをさせて済まない」

「うううん。隆兄ちゃんと一緒ならあたいは平気」

 イチは、クビを振りながら答える。

「俺一人で来るべきだったかも知れないが、やっぱり心細くて。俺って意気地無しだよな」

「そんなこと無いって」

「庄屋さんの所に行く時も俺はイチを誘った。あの時も不安があったからだ。でも、村の人にイチがこんなに元気になった。イチは疫病神なんかじゃ無いって知らしたかった思いもあった。実際に一緒に暮らしてて、俺は病気に罹って無いし」

「でも、おっとうやおっかあは、あたいを看病したから死んじまった」

「それは流行病という病気の所為だ。恐らくインフルエンザだと思う」

「でも、病気が移ったのは本当の事だから」

「そうか。そう思っているなら、イチは父さんや母さんの分まで生きるんだな。例え俺が死んでも」

「隆兄ちゃん。死んだらイヤ」

 イチの真剣に心配する姿に、隆太は自然に優しい笑みが浮かぶ。


「今回イチを誘ったのは、心細いと言う気持だけでは無い。もし、自分が殺されるのなら、イチの側で死にたいという気持があったからだ」

「ホントに?」

「俺の親に言われたんだ。イチは天が与えてくれた人と思って、大事にしてやれって」

「おじさんやおばさんが?」

「ああ。俺が元の世界に戻れないと知って、両親は相当心を痛めた。父さんは、自分がもっと強く、洞窟に入るのを注意して置けば良かった。もっと洞窟の入り口をしっかり塞いで置けば良かったと、母さんに愚痴っていたって。本当に悪かったのは、父さんの忠告を守らなかった俺なのに」

 隆太は、自信の責任だと強く感じていたのだ。


「母さんはね、始めの頃は、あの見えない壁の所に来てくれなかったんだ。その理由を良太が後で教えてくれた。母さんは二度と戻れない俺の事を心配し過ぎていたんだ。俺の顔を見たら涙が出るかも知れないって。俺の前で涙や不安な顔を見せたら、それで無くても落ち込んでいる俺を更に辛くさせるから、だったんだって」

「隆兄ちゃんのおじさんもおばさんも、そんなに心配してるなんて優しい人なんだね」

「そうだね。一緒に暮らしてた時は、そんなの全然分からなかったけどな」


 二人は何時しかまどろみ、やがて眠りに落ちて行った。


 次の朝早く、隆太はイチに起こされた。

「ねえ、外で何か音がする」

 

 隆太は一瞬、何者かが襲い掛かろうとしているのかと思う。

「誰か外に居るのか。何人ぐらいだ」

 イチの耳元で囁く。と同時に、彼はリュックを手繰り寄せる。

「人間じゃ無いみたい」

「獣なのか?」

 隆太は内心ホッとして、テント入り口のチャックを少しずらし、外の様子を窺う。

 

 テントから数メートル離れた位置に、イノシシの親子が居た。

「子連れのイノシシは下手すると凶暴になるから。いっちょ脅してやるか」

 リュックから爆竹を取り出し、マッチで点火する。それを、イノシシの前に放り投げた。

 パンパンパンという大きな音と煙を出し、爆竹は跳ね回る。


 イノシシはその音に驚き、一目散に退散した。

「動物は大きな音に弱いからな。あっという間に逃げ出してくれた」

 隆太は勝ち誇った気分になる。そして、この爆竹はこの時代の人間にも有効だと確信する。

 少なくとも一時的に相手に恐怖を与えられると。


 二人はテントを適当に丸めると、素早く朝食を済ませ、村へと向かう道を歩き始める。


 30分ぐらい進んだろうか、隆太は後方に何かを感じた。振り向いて確かめると、3人の男達が急ぎ足で遣って来る。

 その姿格好や雰囲気から、隆太は直感的に自分達を狙って追いかけて来たと察知する。

「イチ、ヤバい。俺たちを狙っている。作戦3で行くぞ。3だからな」

 

 隆太は追い剥ぎ等が近づいたのを見計らって、イチを残し林の中に逃げ込んだ。追い剥ぎ等は、逃げた隆太を追いかける素振りを見せたが、ウロウロしているイチを見て、走り寄りイチの体を掴む。

 何やら喚きながら、追い剥ぎらはイチからリュックを奪い取ろうとする。


 すると突然一人が声を出して倒れた。何事かと確かめる間も無く、もう一人も倒れた。

 その様子に一瞬固まった残りの一人。その追い剥ぎに、隆太は目眩ましトウガラシスプレーを噴射し、顔面に浴びせた。

 思わず、その痛みに手で顔を覆う追い剥ぎ。そのすきに隆太とイチは懸命に逃げ去る。


「ここまで来れば大丈夫だろう」

 隆太は呼吸を整えながら言う。

「追い剥ぎ達は、棒で叩いていないのに、何故倒れたの?」

「詳しくは洞窟に帰って説明する。一応こういう物、名前はスタンガンというのだけど、これを使えば人は間違いなく倒れる」

「死んだの?」

「いや、時間が経てば息を吹き返す。3人ともスタンガンを使えば速かったが、一人は倒れた奴らを介抱して貰うために、目眩ましスプレーを使った」


 追い剥ぎ全員をスタンガンで倒せたが、道路上で気絶したまま残すと何が起こるか分からない。

 獣や大型の鳥の餌食になっては困ると考え、一人だけスタンガンを使わずに意識を残したままにしたのだ。

 

「怖かっただろう」

「うううん。大変な事態の時に、ああしようこうしようと話し合っていたから、そんなに怖くはなかった」

「若しかしたら、追い剥ぎの奴ら、あの爆竹の音を聞いて、俺たちの存在を察知したのかも知れないな」

 

 隆太とイチは、洞窟の住処へと足早に道を急いだ。

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