第8話 工夫

害獣対策


 開墾した畑を害獣から守る柵作り。隆太の出す条件を元に3人は思案する。

「4カ所に軸となる丸太を埋め込み、その間を何段ものテグスを張り巡らす」

「それだけじゃ弱いでしょ。テグスが長ければ、押しただけで畑の中へと伸びてしまう」

 お文の言う通りだ。

「それは考えた。丸太の間に何本もの竹を差し込む。テグスを交互に編むように」

「竹を半分とか4っつに割って使えるね。テグスを張った糸をで挟むように竹を刺し入れていけば、テグスも頑丈になるし、竹を地面に差し込めばかなり頑丈になる」


「でも、猿ならテグスをハシゴ代わりにして乗り越えるかも知れないよ」

 イチが言葉を挟む。

「イチ、この辺でも猿が出るのか?」

「村の裏山で偶に見掛ける。田んぼの米は鳥が食べに飛んでくる位だが、カボチャとか野菜の実、柿や梨とか食べに来る」

「どうやって防いでいる?」

「イノシシや鹿なら、畑の周りに土手を造ったり、見つけたら石を投げたりした」

「向かって来たら」

「近くなら突進してくる場合もあるけど、遠くなら大概逃げる。時々弓矢や棒持って狩りもしていた。捕まえた猪の肉はご馳走よ」


「成る程。土手を造って段差を設けるのは良い方法だな。落とし穴は?」

「イノシシの通り道などに落とし穴掘ってた」

「所謂獣道っていう通り道にだろう。そうか、さしあたって、猿対策は後にしよう。鹿も居るのか。熊は?」

「偶に猟師さん達が遣って来て、山に入って熊狩りしていたみたい。熊の胆とか胃薬になるし」

「オイオイ、じゃあ、此処にも熊が出るかも知れないんだな」

「でも、あたいは見たこと無い」

「そうか。熊の件も一旦置いておこう」


 次の日、隆太は早速支柱となる適当な太さの丸太を手に入れる為に動く。そして、4本ほど切り倒した丸太を適度な長さに切断する。

 木を切ると言ってもそう簡単では無い。電動ノコギリは無いので、一般のノコギリで切らなければならない。最初の頃は腕や肩の筋肉がパンパンになったりと、かなり苦戦する作業だったが、それも今は慣れてきてる。

 丸太を手に入れると、今度は点在する竹林に行き、竹や筍を集める、

 3人は大量の竹を切り集め、隆太が簡易に描いた設計図を元に、様々に加工していく。


 朝起きるのが早い分、夜寝るのが早い3人。だが、日が落ちたら直ぐに床に就くわけでは無い。

 LED照明があるお陰で、外が暗くなっても作業や休息の時間が持てる。

 

 3人で、今夜は何を食べようかと話し合い、一緒に料理してお腹いっぱい食べる。一日の中でも楽しい一(ひと)時(とき)だ。

 食事を済ませると、お文は仕切られたカーテンの向こう側に陣取る。隆太とイチは各自分の好きな事をする。

 最近のイチは編み物だ。ビニール紐を編み、更に丈夫な紐へと作ったりする。お文は専ら読書。隆太の父が持って来てくれた多くの参考本。

 始めこそ現代と江戸時代の文字や文体の違いからかなり苦戦していたが、その都度隆太に説明して貰ったので、最近では難なく一人で読んでいる。

(さすが、寺子屋師匠の子。頭良いんだな)

 隆太は感心する。


 ある晩、隆太はお文に語る。

「フミは賢い子だ。此処で埋もれさすのは勿体ない。勉強は嫌いじゃ無いよな?」

「うん。いろんな事学ぶのは好き」

「ならば、医者にならないか?」

「お医者さんに? どうやって?」

「この時代は、医学や蘭学は長崎に行かないと難しいみたいだ。長崎に行って本格的に医学を学ぶのだ」

「女は駄目よ。患者さんが嫌がる」


「どうして? 女性の患者なら却って喜ばれるんじゃ無いか?」

「女(おな)子(ご)医者は信用されない」

「そうか。この時代の女性は低く見られていたからな。でも、そんなの、患者を治して行けば何れ信頼されるさ」

「お金は? 家はウチを女郎屋に売らなければならない程貧しいのよ」

「そうだったね。長崎に留学するにも纏まった金が要るよな。よし、分かった。俺が、いや、みんなでその費用稼ごうじゃ無いか」

「嬉しいけど、ウチの為に無理しないで。こうして此処で書物を読んでいるだけでも勉強になるし楽しいの」

「そうか。じゃあ、長崎行きはまた後で考えようか」

 

 隆太は、お文の女医はとても適任だと思う。しかし、本人にその気が無い以上無理強いは出来ない。

 それに肝心な資金も今の所全く無い。


 父親が大量のテグスを仕入れ、持って来てくれた。

「ホームセンターや釣り具から一杯仕入れて来た。出来るだけ目立つように色の付いた物をな」

「透明なテグスは無いの?」

「未だ、鳥を警戒しなくても良いんじゃ無いか。米を作り始めてからで」

「そうだね。でも田んぼを作るのはズーッと先になるよ」

「無理して田んぼを造らなくても、米なら陸(おか)稲(ぼ)か、または麦を育てれば良い」

「そうだね。陸稲ならそんなに手間必要無いし。草むしりだけマメにやれば良い」

「所で4角に丸太立てるんだって? 土に埋める部分は周りを焼いて炭にしろ。その方が長持ちするから」

 さすが父親である。様々アドバイスしてくれる。


現地調達


 開墾した畑。そこにはサツマイモとトウモロコシが植えられている。サツマイモの苗は元気に土を覆い始めた。トウモロコシも順調に生育している。未だ雌穂は見られない。

 畑の一番高い場所に造った溜め池も、水が8割ほど溜まった。やはり僅かな水量でも24時間絶えず流れてくるのは実に大きい。


 隆太は、支柱となる柱の、地中に埋める部分の表面を焼く準備を始める。火床の準備をし、枯れ草や枝を集めると荷物袋からある物を取り出した。

 それを見て、早速お文が食いつく。

「それ、なーに?」

「まあ見てな。見てれば分かる」


 隆太は火床に集めた枯れ草と太陽光線の間にそれを翳す。虫眼鏡である。虫眼鏡の位置を微調整すると、忽ち白い煙りが立ち上がり、赤い炎が現れ火が付いた。

「すごーい。どうして?」

「これは虫眼鏡という物。お文は未だ知らなかったのかな?」

「見たことあるけど、触らせて貰った事はない。目に掛ける眼鏡と同じ物なの?」

「なんだ、知ってたのか。そう、眼鏡と同じ物だよ。これでお日様の光を集められるんだよ」

「私にも触らせて」

「良いけど。でも、使い方に依っては危険な物にもなる。絶対にこれを翳(かざ)してお日様を見ないように。目が潰れるから。それに、見た通り火も付けられる。扱い方には注意するんだよ」

 お文は嬉しそうに虫眼鏡を扱う。彼女は好奇心の強い子だ。


 お文は幼いながら、かなり利口な子だった。隆太が、

「丸太を切り倒すのは良いけど、畑まで運ぶのは一苦労だな」

 と愚痴ると、

「畑の周りにも木が沢山あるんだから、それを切って遣えば良いんじゃ無い」


 言われてみればその通りである。木を切る事に集中してしまい、どの場所の木を切れば最適か迄は隆太もうっかりしていたのだ。

 隆太が虫眼鏡の件を隠していたのは、彼のお文に対するプライドの部分だったか。


 丁度良い具合に丸太の周りに炭が残った。その丸太を、土を掘って適度な深さに埋める。

 ただ土で埋めるのでは無く、丸太の周りに適度な大きさの石を敷き詰めながら土を被せ、しっかり踏み固める。それを四隅に設置する。

「入り口の幅はどの位にするの?」

 イチが聞く。

 自分達が出入りする入り口を設ける必要がある。

「道具を持っても出入りできる幅がいいな」

 隆太が扉の位置を決める。そこにも支えとなる丸太を立てた。


 扉は竹で造る予定だ。竹も目に見える場所に生えている。それを切って細工をすれば良い。天然の資材がそこいらに一杯有るのは実に助かる。


 3人は決して無理して働かない。体を壊したら元も子もないからだ。それに、作物が実を付けるのはもう少し先の事。

 恐らくイノシシ家族は、今頃筍を腹一杯食べて満足しているだろう。



「何かいいなー。好きなこと出来て」

 良太が見えない透明な壁の向こう側から言う。

「殆ど人力だから大変だけどな」

 隆太が答える。


 良太は、隆太やお文がスマホで写した画像を眺めながら羨ましがる。

「イチちゃんもフミちゃんも、ニコニコして楽しそうに作業しているもんな」

「俺たちの遣る事はそんな事しかないからな」

 良太の言葉に応じるが、そこで隆太はハッと思う。

「駄目駄目! そうやって見る分には楽しそうだが、休みなく働かなければ駄目なんだぞ。休みは大雨の日ぐらいだ。俺たちの所に来たいなんて考えたら、絶対に後悔する。何しろ、二度と家族や友達の居る世界に戻れないんだから」


 最近の良太は、隆太達の生活に憧れを抱いているようだ。

「何だ、学校で虐められてるのか?」

「俺は虐められるタイプでは無いけど。でも、みんな付き合いが悪くて。特に進学組と高校卒で社会に出る奴らと別れ始めた。俺は今の所進学組になっているので、彼奴らは相手にしてくれない。進学組も各自勉強勉強で遊ぼうなんてしない。夏休みになれば少しは違うだろうけど」

「分かる。俺は就職組だったから、同じ連中と遊び回っていた」

「だろう。なんで俺だけ勉強しなくちゃ成らないんだ?」

「我が家も一人ぐらい大学卒が欲しいんだよ。良太は俺より優秀なんだから頑張ってくれよ」


「なんか、貧乏くじ引かされたみたいだな・・・。舞に大学行って貰えば良いのに」

「駄目だって。舞はチャラチャラしているから、絶対都会の会社に就職したいって言い出すから」

 隆太は悟りきったように強く言う。

「そうかなー? そうそう、所で例の画像、何枚か印刷して来たから。江戸時代の人がどんな反応をするか確かめてくれよ」

「良し分かった。何れ、良太が喜ぶような品を仕入れてやるから。勉強頑張れよ」

 隆太は兄らしく良太を激励する。

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