第7話 食べ物

自転車に挑戦


 湧き水の水を溜める小さな小さなダムの様な水受けスペースを作り、そこから竹の節を抜いた竹筒を畑まで引いて行く作業は、思ったより大変だった。

 山肌は決して緩やかな勾配とは言えない。全体としては畑は洞窟より低い位置にある。

 だが、その途中の勾配には落差の大きい場所もある。更に林立する木々が、直線の竹の前に立ちはだかる。

 竹を、時には鋭角に設置しなければならない。最悪の場合、邪魔な木を切り倒しもした。

 また出来るだけなだらかな傾斜を保つ為に、土を削ったり土盛りしなければならなかった。 


 その様に苦労して、それでも全行程の半分ぐらい竹筒水路の設置が進む。そんな折に、良太と妹の舞が自転車を持って来てくれた。

 2台とも、近所の農家で乗り捨ててあったという自転車だ。一台は小学4~5年生が乗るような小型の自転車。もう一台はママチャリというタイプ。それも、タイヤサイズが小さめの不通より小型の自転車。


 イチとお文は、隆太が洞窟出口と中央付近の見えない壁までの往復を、折りたたみ自転車で行ったり来たりしているのを羨ましく思っていた。

 何しろ女性二人は、同じ距離を歩いて往復しなければならなかったからだ。


「あたい達にも乗れるのかしら?」

 イチが心配顔で呟く。

「大丈夫だって。最初は何度か転けるかも知れないが、めげずに何度も挑戦すれば必ず乗れようになる。実際に未来では、殆どの人が乗れてるのだから」

「ウチの自転車はこれね。早速乗ってもいい?」

「勿論だとも。でも急ぐなよ。最初は誰でも一度や二度、転けるもんなんだから」


 先ずお文が、整地されている洞窟周りで試し乗りする。すると、以外と上手に乗るではないか。

 小一時間もすると、見事に乗り熟す。

「凄いなフミは。頭だけで無く運動神経も良いんだな」

 隆太は思わずお文を褒める。するとイチが、

「違うよ! フミは隆兄ちゃんの自転車で練習してたんだからね」

 どうやらお文は、隆太に内緒で彼が愛用していた自転車で練習をしていたらしい。


「もうー。イチ㚴ちゃんたら。あれほど内緒にしてと言ったのに。言っちゃったら駄目でしょ」

 イチがお文の自転車乗り上達ぶりの秘密を暴露してしまった。

 隆太はその会話を笑いながら聞き、

「そうだったのか。とにかく俺は、二人が自転車に乗れるようになってくれると嬉しいよ。開墾した畑までみんなで自転車に乗って移動できれば、時間も短縮できるし体も楽だからね」


 どうやらイチも隆太愛用の自転車に試し乗りしたらしい。しかし、転けた。それからイチは自転車に乗るのを諦めていたという。

 この件に関しては、懲りずにチャレンジし続けたお文の勝ちだ。


 そんなイチだったが、彼女も隆太達と行動を一緒にする為に、一生懸命挑戦し、隆太の助けも借りながら、一週間後には見事に自転車を乗り熟した。


 未だ自転車に乗って移動できるような道は、開墾地の畑までの往復のみ。

「何れ必要になれば、村までの道も自転車で往き来出来る様にしたい。幸い、崖崩れで埋まった荒れ地沿いに進めば、道路整備がし易いから」

 隆太が将来の展望を語る。


 ただ、山から下る分には楽で快適だろうが、逆に洞窟までの登り道はかなりきつくなる。自転車を乗ったまま登れる勾配道はごく僅かな距離。

「登りはきついから自転車を押し転がす事になるだろうけど、荷物を背負うより遙かに重い物を載せて転がせる。歩くよりは楽になると思うよ。何より下りだけでも時間が短縮できるのがいい」

 隆太は、自転車利用の便利さを二人に話す。

「冬が来たら、主立った場所に自転車で移動できるよう道造りをしよう」

 その言葉に、イチもお文も賛同する。


 隆太はそんな未来を語りながら、何れ商売してもっとお金を稼げるようになったら、充電式の電動自転車に乗り換えたいとの夢を持つ。


 暫く経って、良太と舞が透明な壁に遣って来た。隆太ら3人も顔を揃えてのお出ましである。

 前もって日時をメモに記してあったので、合流できた。

 

 イチは、良太と舞の兄弟とは既に何回か会っている。が、新入りのお文と舞との顔合わせは初めてだった。良太にしてもお文と会うのは今回で2度目となる。

 隆太と良太。イチとお文と舞。話は二組に分かれて交わされて行く。


 多勢に無勢は大袈裟だが、女性勢の会話は高く喧しい。隆太と良太は次第に声が低くなる。

「隆兄ちゃんよ。この間の浮世絵。とうとう売れたよ」

「大分値引きされたのか?」

「いいや、売値で買ってくれた。どうやら本物の浮世絵と見立ててくれたようだ」

「まあ、本物だから当然かも知れないが。よくあの浮世絵を見つけて買ってくれたな」

「俺さ、兄ちゃんが居る時代をネットで色々調べたんだ。例えば浮世絵の当時の紙質とか材料とか。仕入れた情報でもって添え書きというの? そういうの書いたんだ」


「凄いじゃ無いか。良太は俺より頭良いな」

「まあね。それでさあ、そんな添え書きしても価値の分からない奴らには興味無いだろ。値段ばかり気にする奴らだから。で、5万円は高いから見向きもされなかったんだと思う。でも、専門家という人は、やっぱり違うんだね」

「そうだろうな。値段で価値を判断する奴らは、現代の印刷した浮世絵の方を選ぶだろうからな。かなり安く手に入るだろうし」

 隆太と良太はお互い納得する。


「購入者から、メールが届いているんだ。浮世絵を手に入れたルーツを教えてくれって?」

「専門家なら知りたいだろうな。で、どうした?」

「家の古い納屋を片づけていたら出て来た物で、どうやって手に入れたかは、爺ちゃん婆ちゃん死んじゃったから分からない、と返信しておいた。更に、未だ有るとまで書いて置いたよ」

「おー、だったら、俺がまた浮世絵を仕入れたら、売れると言うことだな」

「そうだと思う。少し珍しい物なら今回の値段よりも高く売れるかも知れない。だからまた仕入れて来てよ」

「そうだな。何か面白くなって来た。でも、庄屋さんの所には、もう売れるような浮世絵は無いと思うぞ」

 隆太は、内心考えていた宿場町まで出かけて行って商売をする、その必要性を再び意識するようになる。


食べ物


 イチ、お文、舞の女性3人は、舞が持って来たスイーツお菓子を食べながら話が盛り上がる。

 それにしても、女性同士殆ど知らなかった仲なのに、話が盛り上がるのが不思議だ。話題が無くなるなんて無いのだろうかと、隆太も良太もクビを傾げる。


 隆太と良太は、女性達の声に押されて、更に声を低くして話を続ける。

「俺、浮世絵とか美人画とか、江戸時代の絵の事を調べたんだけど、枕絵というのもあるらしいんだけど、隆兄ちゃんは知ってるか?」

「まあ、多少は」

 兄弟で性に関する話をするのは恥ずかしいし、気が引けてしまう。


「その枕絵の本物なら、高く売れるんじゃ無いかと思うんだけど」

「だとしても、手に入れるのは結構面倒だと思うよ。幾ら本場の時代だからと言っても」

「持っていても隆兄ちゃんには売らないってこと? 手放したくなくて」

「それも有るだろうが、買うにしても結構高く付くかも知れないぜ」

「なら、兄ちゃんの得意な物物交換ならどう?」

「もし、この時代でも貴重な絵だとしたら、それも厳しいと思うよ」


「俺考えたんだ。雑誌とかSNSで手に入れた画像と交換するんだよ」

「良太、お前、エロ画像をプリントしてそれを売り込めと言うのか?」

「A4やB5のプリント用紙ならメチャ安い。インク代はチョッと掛かるから、用紙を半分にしてプリントする有りだな」

「確かに、リアルな画像なんて観たこと無いだろうから引く手数多かも知れないが、良太の方で枕絵を捌ける当てがあるのか?」


「俺は未成年だからタッチ出来ない。だから、父さんに骨董屋などを回って貰うとか、メルカリに浮世絵を出品した際に、枕絵も仄めかす文章を付けるとかする」

「親子でエロ販売か。あまり格好良くないな」

「そんなこと言ってられないでしょ。隆兄ちゃんはセメントとか欲しい物、未だ沢山有るんでしょ?」

「そりゃそうだけど。今の所セメントは粘土で対応出来るので要らない。粘土が大量に有る場所を見つけたんでな」


「そうなんだ。所で、水を運ぶ仕組み、上手く行ってる?」

「やっと半分まで来たよ。簡単だと思ったら、障害物が多くて大変なんだ」

「畑まで水引いたら、そこに池を造るんだよね」

「その底も、粘土で水が染み込まないようにする予定だ」

「池造り、楽しそう」

「ああ、溜め池だけど川から捕って来た魚とか水草など入れて。何れ鯉も放そうと思っている。」

「いいな。俺ん家(ち)の庭に池を造ってと言ったら、父さんが反対したもんな」

「何だ、良太も池造って欲しかったのか? 実は俺もそう思っていたんだよ」

 隆太も良太も、話の内容が徐々に移って行く。 


 皆は1時間以上も話し込んだ末、やっと透明な壁から各自別れた。


「舞が持って来たお菓子、旨かったかい?」

「うん」「うん」

 イチとお文は声を合わせて答える。


「未来の人達って、何時もあんなに美味しい物を食べてるの?」

「お金さえ有れば、一杯食べられるよ」

「何時ものご飯も、美味しい物ばかりでウチ嬉しい」

「この時代には旨味調味料は無いだろうし、山間部の農村という地理から昆布とか海産物も手に入りづらかったろう。砂糖も貴重だったのだろうから甘い物を食べる機会も少なかったと思う」

「魚は塩辛い干した物なら食べるよ。偶にね」

「甘い物は、果物とか甘(あま)葛(ずら)とか、アケビとか桑の実なんかを食べてたよ」 

「イチ㚴ちゃんは山に近かったから、山に成る木の実とか食べられたけど、ウチは余り食べられなかった」

 お文が残念そうに言う。

「でも、カボチャとかサツマイモなんかは食べられたんじゃ無い」

「うん」


 この時代、既に柿、梨、桃などの木の実。西瓜、マクワウリなどの果物もあったようだ。これらの果物の木や苗を、隆太も畑の周りに植えている。実を食べられるようになるには未だ未だ先だ。 

 現代のこれらの木の実は、江戸時代に比べてかなり甘くなっている。


 食材にしても、今は米を中心に、鶏肉が多い肉類だが、それを隆太の家族が運んで来てくれてる。野菜は畑や山から使用分の半分以上収穫できるようになり、隆太家族の負担が気持だけ減っている。

 料理のレパートリーも、江戸時代の食事よりも遙かに豊かで、イチとお文は何時も十分に満足している。

 若しかしたら、お文が親元に帰ろうとしないのは、この地に居れば美味しい食べ物にありつけるからかも知れない。


 3人は、雨の日以外は体を休める暇無く働く。竹筒水路もほぼ完成した。後は流れてくる水を溜めて置く池造りを残すだけ。

「こんなチョロチョロでも絶え間なく流れてくる水。これを溜めておけば畑の水やりが凄く楽になる」

 隆太の表情が喜びに満ちている。当然、イチもお文も嬉しい。人の笑顔は周りの人を喜ばせ豊かな心を育んでくれる。


「出来上がった時に入れる魚を捕らなくちゃ。ウチ、魚捕るウケを作る」

「フミに作れるのか?」

「うん、隆兄ちゃんの本に作り方書いてあったもん」

「竹で作るんだろ? 俺、竹を扱い易い様に削ってやるから、作るのは任せた」

お文は、色々工夫して物を作るのが好きだった。

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