第6話 お文の居場所

お文の災難


 隆太が洞窟出口迄戻ると、未だ夕飯の支度は出来てなかった。


 すると、イチとお文が鶏小屋の方から戻って来た。

「卵一つしか無かった。この頃鶏が卵を生まなくなった」

「以前は殆ど毎日雌鶏2羽で最低1個は生んでたのにな?」

「若しかしたら、鶏さん卵を隠しているのかも知れないと思って、あたいがどかして探そうとすると、嘴(くちばし)で突っ突くの」

「それって若しかして、抱卵って奴かな?」

「抱卵って?」

「雌鶏が卵を抱き始めたんだよ」

「どうなるの?」

「ひよこが生まれるのさ」

「ひよこ?」

「にわとりの赤ちゃんさ」

 隆太が説明すると、突然お文が、

「わーっ、見たい。見たい」


 お文は元来明るい性格なのか、隆太やイチと直ぐに打ち解けてよく喋る。

「明日、明るくなったら俺が確かめてみる。何れにしても鶏を脅すような事をしたらだめだよ。ストレスは、いや精神的負担を親鳥に掛けないように」


 その夜、さて困ったのはお文の寝る場所だ。枕を並べて寝るわけには行かない。

「やっぱり衝立が必要だな」

「衝立だけで良いの?」

 イチがボソッと言う。

「フミは俺たちとは離れた奥の方で寝て貰えるか?」

「どうして?」

「フミは女郎屋って何をする所か知ってるのか」

「寺子屋に来ているお姉さん達から聞いている」

「じゃあ、離れた場所で寝て欲しいと言った意味、分かるよな」

「お二人はそうなんだ。でもウチ気にしないから」

「フミが気にするとかは関係無い。俺たちが気になってしまうんだ」

「ウチ、男と女が抱き合っているのを何度も見てる。お寺の裏でよくしてたもん。顔見たことある人もだよ」


 正直言って隆太は驚く。江戸時代の性は、庶民の間では解放的だとは聞いている。壁一枚の長屋住まいではプライバシーもあった物では無い。それに、狭い部屋に子供も含めて家族が一緒に寝る。

 秘密裏に秘め事を行うのは所詮無理だったと言える。


「フミは危うく、男女の秘め事を毎晩させられるところだったんだよ。よく平気でいられたな?」

「ウチ、絶対に逃げてやろうと思っていた。女郎屋の見張りが厳しくても、しっかり観察していれば、必ず隙を見つけられると思っていたから」


 隆太は、大人の世界は子供が考えるほど甘い世界では無いと言いたかったが、今この場で議論してもしょうがないと、言葉を引っ込める。


「俺はフミを抱くなんてしないから安心してくれ。だけど、俺とイチが何しようが気にしないと約束してくれるか? 約束できないのなら、明日にでも此処から出て行って欲しい」

 お文は大きく頷く。


 取り敢えずその晩はお文は少し離れた場所で床を取り、隆太とイチは枕を並べて横になる。


 翌朝、最初に目覚めたのはイチ。彼女は洞窟を出ると手を上に大きく伸びをする。

 イチの動きにお文も目覚めたようで、イチの後を追うように外に出てくる。

「おはよう」「おはよう」

 二人は軽く挨拶をする。

「さあ、井戸の所に行って顔を洗お」

 イチがお文を連れて井戸に連れて行く。


 井戸は洞窟から少し離れた位置にある。隆太が一人で掘り当てた井戸だ。

 イチは手こぎポンプを動かして、水をバケツに汲み出す。

「どうして? どうしてそれで水が出てくるの? つるべは使わないの?」

 更に、桶で無くプラスチックのバケツにも興味津々だ。


「ここにある物は未来の物なんだって。隆兄ちゃんは未来から遣って来てんだよ」

「本当に? 未来ってこんな物を使ってるんだ?」

 お文の興味は尽きない。


「それ、何て言うの? どうして水が出てくるの?」

再びお文のなぜ・どうしてが始まった。

「手押しポンプって言うんだって。理由は分からないけど、とにかくこうやると水が出てくるのよ。あたいは理由が分からなくてもとっても楽だから好きよ」

 イチは何度もポンプで水を汲み出して見せる。

「そうなんだ。でも、此処には今まで見たことが無い物がたくさんあるんだけど」

 不思議な物ばかりだからか、お文の眼はらんらんと輝く。

「隆兄ちゃんに少しづつ教わってね。凄く便利で私は大好き。理由なんか分かんなくってもね」


 イチとお文がそんな会話をしているところに、隆太が眠そうな顔をして現れた。

 隆太は汲み上げた水で顔をサッと洗い、

「じゃあ、俺は鶏小屋を見に行ってくる。イチは洞窟から餌を持って来てくれ」


 一匹の雌鶏が小屋の端で座っている。動きを見ていると確かに卵を抱いている。

「やっぱりそうだ。雌鶏が卵を抱いている。孵化するには20日ぐらいだって、本には書いてあった。ただ、雛が卵を産むまではかなり時間が掛かるみたいだ」

 隆太はそういいながら、ハタと困った。

 雛が大きくなりなり卵を産んでくれるのは嬉しい。ただ、その時親の雄鶏が自分の娘雌鶏と交配した場合の卵は食べて大丈夫なのかと。

 後に、弟の良太にネットで検索して貰ったら、卵に関しては問題無いようだった。


「雛が大人になったら、父さんに新しい雄鶏を持って来て貰おう」

「今居る雄鶏はどうするの?」

「食べよう」

「えー、可哀相でしょ」

「自然に育った鶏の肉は旨いって」

 どんな生物も、使い道や用の無くなった雄は見捨てられる運命にあるようだ。



兄弟の会話

 久しぶりに弟・良太が現れた。

「商売したんだってね。戦利品みたよ。早速メリカリに出してみた」

「そうか。全部か?」

「いや、取り敢えず浮世絵。古い納屋にあった物で本物と書いてね」

「高く売れると良いな。で、値段、幾らにした? 

「何枚か対になってるのもあったので5万円って出した」

 良太も始めての事で、どの位の値段を付けるかかなり迷った。


「強気だな。でも、本物なんだから本当はそれくらいでも良いのかな?」

「隆兄ちゃんはこれからも商売していくつもり?」

「ああ、砂糖とか塩とか、そっちで安く手に入る物を売って行きたい」

「でも、庄屋さん相手ではそんなに売れないでしょ」

「そうなんだよな。だから、次は宿場町に行ってみようと思う」

「大丈夫? 危険じゃ無い?」

「それがあるんだよな。でも、何れは行かないと」

 村に下りるだけでかなり緊張した隆太。宿場町に行くとなるとどうも気が引ける。


「所で、茹で卵は結構喜ばれたよ。どうやらこの辺では鶏を飼っている所は無いみたい」

 

 実は、山を下りるに当たって、両親にパック入りの卵を用意して貰っていた。生のままの卵では早く腐る心配があるので、直ぐに茹でた。その茹でた卵を庄屋の所に持って行ったのだ。


「挨拶代わりに、庄屋やその家族にサービスの積もりで食べて貰ったんだ」

「好評だったの? 又欲しいとでも言った?」

「それは無かったけど、俺、また村に行く時、今度は村人にも少し食べて貰おうと20個ぐらい茹で卵を持って行こうと思う」

「村人にも売るの?」

「そんな、村人達に買う余裕なんて無いだろうから配るんだ。そして、言葉は悪いけど、手なずける。俺たちの今後の安全も考えて」

「それ、良いかも。貴重な物を持って来てくれると知れれば、兄ちゃん達を大事に扱ってくれるもんね」


「それにさ、ここで飼い始めた鶏が卵を抱き始めたんだよ。無事に孵化すれば卵は自前で用意出来るようになる」

「俺の友達の家でも、去年、飼っていた鶏がひよこを産んだんだぜ。俺、ひよこ見たけど可愛いな」

 良太はひよこの姿を思い浮かべながら言う。

「ひよこは孵化して生まれるんだよ」

「そんなの分かってるよ。で、何匹生まれそう」

「雌鶏が常に卵を抱いていて、そこから離れないから分からないけど。沢山生まれたら村人にも飼って貰おうかなと思っている」


 隆太の此処での生活の夢がしっかり形付いて来た。いよいよこの地に、この時代に根を下ろそうとしている様子が窺える。


「所でさ、俺等の仲間、一人増えたんだ」

「そうなの? ヤバい奴じゃないだろうね」

「そんなんじゃないよ。女の子。年聞いたら、舞と同じくらいなんだ。でも、体は舞より小さいけどね」

「両手に華かよ」

「いや、そうにはならない」


 隆太は弟・良太にお文との出会いを話した。良太は真剣に耳を傾ける。


「それで女郎屋には連れてかれたのか?」

「お前、話聞いてないな? だからフミは女郎屋に連れて行かれる途中で逃げたんだって。本当はフミも親や家族の元に帰りたいけど、人買いとか女郎屋から追っ手が来てるかも知れないので直ぐに帰りたくないんだって」

「わかった。今度俺にも会わせて」

「良いけどさ。期待すんなよ。そんなに可愛い子ではないからな」

 

 隆太と良太は情報交換など、色々な話をする。その際、良太が隆太やイチたちの生活を羨むような素振りを見せた。

「今、やっと俺たちは自立への道を一歩進められたと思っている。でもな、何時どうなるか分からないし、矢っ張り俺は元の生活に戻りたいと思う時もある。決して楽な環境では無いんだ。良太はこっちに来たいなんて、絶対に考えるなよ。俺みたいに両親を悲しませることするなよ」

 隆太は良太に釘を刺す。


 帰り掛け、隆太は良太に頼み事をする。

「ママチャリでも小型の自転車でも良いからもう2台、乗り捨ててある奴でも良いから近所から貰って来てくれ」

 

 隆太は、イチやお文にも自転車に乗って貰いたいと考えていた。単に移動が楽で速いだけでは無い。

 荷物、例えば水を開墾した畑に持って行くにも、みんなが自転車に乗れるとその分だけ積み込める。

 リヤカーでも良いが。未だリヤカーが自由に通れるほどの道は出来てない。抑も此処にはリヤカーなど無い。隆太の家の納屋には埃を被っているが。


 自転車なら、もう少し道を整理すれば開墾地まで往き来出来る。開墾地に水を引く宛ては未だ見つかってなかった。


お文の知恵


「さあ、今日はサツマイモの植え付けだ。しんどいかも知れないが頑張ろうぜ。秋には美味しいサツマイモが食べられるぞ。この苗のサツマイモは凄く甘いから」

 隆太が声を掛ける。


 自転車の荷台にポリタンクに入れた水を積み、父親が持って来てくれたサツマイモの苗とトウモロコシの種を持って、隆太とイチとお文は開墾した畑へと向かう。


 荒れ地に雑草が生えまくっていた土地を、石や小石を取り除きながら開墾した畑。土の中には、雑草を細かく切りそれを混ぜ入れた。卵の殻もそこら辺に捨てたりはせず、やはり細かく砕いて土に混ぜ込んでいる。

 塩分を含まない端葉も、積み置いた枯れ葉と混ぜて、洞窟近くに作った畑と、開墾地の土に混ぜてる。

「枯れ葉や雑草が土の栄養になっていてくれれば嬉しいんだけどな。でも、サツマイモの苗は結構丈夫だから育ってくれるだろう。水はこれだけじゃ足りないから、俺、井戸まで戻って汲んでくるから」


 3人はサツマイモの苗とトウモロコシの種を植え始める。未だ開墾出来た面積は狭い。難なく植え付けは終了する。

 隆太はイチとお文に植え方の見本を見せると、自分は自転車で井戸と畑を数回往復する。

「この程度の面積なら、数度水を運べば何とかなる。でも、此処に直接水を引けるといいんだけどな。畑を広くすると、とてもじゃないが一々水を運ぶのは大変だ」


 水は植え付け時だけ与えれば済むという物では無い。雨が程よく定期的に降ってくれれば助かるが、晴天が続けばやはり水遣りが必要だ。


「近くに川とか無いの?」

 お文が言う。

 勿論隆太だって、近くに川が流れていればそこから引いてくれば良いとは思っている。だが、生憎近くに川は無い。

 イチと山菜採りなどで山を歩き回っているが、川はあるにはあるが、開墾地からは遠い、それに、落差が問題だ。

 開墾地より川の位置が低いから、川の水を畑まで引くのは困難と見ていた。 


「だったら、高い土地から引けば自然に流れてくれるでしょ。洞窟の近くはこの畑より高いから、洞窟の近くで水源を探せば良いと思うけど」

 お文の言い分は尤もである。

「確かに洞窟近くに、湧き水なのかチョロチョロ流れている水がある。流れの先まで追って確かめてはいないが、途中で大分地面に染み込むんでいるみたいだ。それに、もう蛇が出没する時期だから、詳しく調べたことは無い」

「今度しっかり調べてみましょうよ」

「そうだな。チョロチョロでも水を畑まで引ければ、畑の近くに溜め池造って溜めておける」

 隆太達に明るさが広がる。


 両親は、隆太が荒れた土地を開墾すると聞いて、化学肥料を使う様に勧めた。所が良太はそれを拒み、端物野菜や雑草などで、強く栄誉豊富な土にしたいと言い出す。

 それを聞いた両親は、自分達の家から出る端物野菜や貝殻や卵の殻をわざわざ運んできてくれていた。

 それを山積みしてある枯れ葉等と混ぜ、洞窟側の畑や開墾地の土に混ぜ込んでいた。更に、鶏の糞は立派な肥料となるので、鶏の糞が混入している表土を肥料に、その後、小屋に新しい土を敷くなどして小まめに交換していた。

 隆太は、土作りの参考になる書籍。更に、良太に頼んでネットからも資料を集めて貰い、それらを参考に彼なりに工夫していたのだ。

 正に必要は発明の母である。


「おい、気を付けろよ。湿地とかにはマムシが居ると聞いたことがあるぞ」

「うん。でも大丈夫みたい」

「どうして?」

「だって、この近くには蛙とかネズミ居そうも無いもん。マムシだって餌が無いところには居たくないでしょ」

 お文の言うことはご尤もである。それにしても、歳が若い割に案外物知りだ。父親が寺子屋の師匠をしているからか?


 隆太は蛇は苦手だ。

 隆太が以前住んでいた家の周りは蛇が居ても可笑しくない環境。彼も幼い頃からアオダイショウなど何度も蛇を目撃している。


 隆太はある時、蛇は煙草が嫌いだと聞いた。

 父親に喫煙者から吸い殻を貰って欲しいと頼む。集まった吸い殻を水に溶かし、その溶液を自分が作った簡易トイレの周りに撒いている。

 尻を捲った状態で蛇が出て来たら、それこそパニックになりかねないからだ。その他、用心の為洞窟周辺にも撒いてる。

  

 時々鶏を放し飼いにするので、洞窟出入り口付近には入らないように、竹で柵も既に設置済みだ。煙草は動物には悪影響とも聞いていたからだ。

 それに、洞窟内に鶏が勝手に侵入し、そこいらに糞をされては困る。


「ここ、水量は少ないけど水は常に湧き出しているみたい。これを畑まで運べば良いと思うけど」

 お文は、まるで土木工事者の様に言う。

「どうやって? 水路を造っても途中で土に染み込んじゃうよ」

「竹筒を使えば良いんじゃ無い?」


 隆太は成る程と頷く。竹を繋いで畑まで持って行き、その水を溜めておく池を造れば、その都度水を運ぶ労力を無くせる。

  勾配も整地すれば適度な落差も得られ好都合だ。


「竹を半分に割って使えばトヨのように水を流せる」

「竹は筒のまま使いましょうよ。中の節を刳(く)り抜けば良いし、水漏れもしない。少なくとも何年かは持つと思う」


 恐らく、隆太も真剣に考えれば、同じ様な考えに辿り着いたとは思う。しかし彼は、余りに水の湧き出す量が少ないのと、畑との距離間が長いので諦めたというか考えが及ばなかった。


「繋ぎ目には、水漏れを塞ぐ為に粘土を使うと良いんじゃ無いかしら」

 お文が提案する。

 粘土ならかまど造りで川の近辺で採取している。又集めることが出来る。


「それしても、此処からだと畑まで1kmぐらいあるぞ。大変だぞ」

「1kmって?」

「いや、説明は今度にする。そうだな、竹の長さが大凡15mだとすると・・・」

 隆太は柔らかな土の部分に小枝を使い数字を書き始める。

「わー、60本から70本必要だぞ」

「竹なんてそこいら中に生えているでしょ」

「そりゃそうだけど」

「一度に作ろうとするから大変なんでしょ。暇を見ながら少しづつ作りましょうよ」

 お文という小娘に言われてしまった。

 だが、隆太は腹が立たなかった。

(フミは知恵がありそうだ。これから色々、俺たちの役に立ってくれるかも知れない)

 隆太はそう思うのだった。


竹筒作り


 散在する竹林は、何れも下草が伸び放題だった。洞窟に近い竹林は、井戸掘りや鶏小屋などで使用するために伐採していたので、その都度雑草を刈ったりなど手入れをして来た。

 だが、同じ竹林から竹の取り過ぎを防ぐ為に、3人は少し足を伸ばして他の竹林に向かったのだ。


「やぶ蛇と言って、この辺には蛇が居そうだから気を付けろよ」

 

 長靴は重たく感じるが蛇に足を噛まれるよりはいい。余り未来の服を着たがらないお文にもジーパンを穿かせる。

 厚手の上着を着て、軍手には煙草のヤニを溶かした液体を噴射する。

「もう季節的に蛇が冬眠から目醒めている。雑草を刈っておけばタケノコも見つけ易くなる。蛇も見つけやすい。余計な仕事と思わず少しずつ手入れをしておこう」


 隆太の言う通り、そろそろ筍のシーズンが始まる。竹を切り倒す傍ら、筍の収穫も忘れない。

 沢山採って、両親に道の駅で売って貰うのだ。形の良い物は農協に運び、都会などの市場に出す。


 真竹を切り倒し、その場で枝を払う。各自何本か纏めて両腰に縛り付け、引き摺って人力で運ぶのだ。

 背中に背負った駕籠には、筍や払い落とした竹の枝をも詰め込む。

 雑草は肥料にもなる。払った竹の枝や枯れ落ちた木の枝は、燃料として貴重だ。3人は持てるだけ持って洞窟と竹林を往復する。

 幸い、30分くらいの距離なので、今の3人に苦は殆ど感じない。


 開墾した畑までの道は、開墾地から出て来た山ほどの小石を使って、ある程度整地してあるが、そのほかの通り道は、人間が歩く程度の幅しかない。整地するのが追いつかない。

 

 雨天の日は基本的に洞窟から殆ど外に出ない。ソーラーパネルから得られる電力は、晴れていれば十分蓄電池に溜められる。

 その電気で通電しっぱなしの冷蔵庫。そして、洞窟内を照らすLED照明に使用している。

 また、調理場にもLED照明を設置。外に設置したトイレ場にも設置済み。

 夜間トイレに行って穴に落ちたら大変だ。何しろ、トイレは7~8cm幅の深さ1m位に掘り下げた縦穴。ボットン便所のニーハオトイレだ。


 雨や曇天が続くと少し心配になる。電気使用量が少ないLED照明と言えども洞窟内の照明の一部を消したりと電気の節約に務める。

 今の所、電気が不足するという事態には陥って無い。だが、もう少しすれば扇風機の出番となる。


 トイレに関しては、イチという相棒が出来てからは、トイレの周りに竹柵を組み、害獣や小動物が近づかないように囲いを設置。更に、穴を塞ぐ蓋も。

 臭いの拡散を防ぐだけで無く、排泄物に昆虫が接触しないようにする為だ。


 山にも蠅や蠅の仲間、アブやブヨなどがいるので、人間の排泄物には直接触れさせたくない。

 実際にそれらの害虫が飛び回っているのを既に目にしている。


 他方、竹林などには嫌になるほどのヤブカが居て、蚊取り線香の煙では間に合わない。イチやお文に頬被りをさせる。


 隆太がこの地に取り残されたのは終冬。その頃には未だその様な虫たちを殆ど見なかったが、今は盛りとばかりに無数に飛び回っている。

 そこで、弟・良太にインターネットで虫除け植物を検索して貰い、それらの植物を洞窟の周りに沢山植えた。

 それでも完全には防げないので、隆太の家の物置に使われずに置いてあった蚊帳を使い、洞窟出入り口やトイレの竹の柵、天井などに被せている。  


 農家出身の隆太でさえ、自然の中で生きると言うことが、こんなにも大変な事とは想像すら出来なかった。

 でも、人間は「慣れ」の動物でもある。知恵、工夫を重ね、徐々に快適な環境へと造り替えて行く。

 

 雨天の洞窟内。竹の節抜きが行われていた。

 一本の竹を4つ割にし、その先をとがらせ、竹筒の節を抜いて行く。両端から同じ様に抜いて行く。

 既に節を抜かれた竹が数十本積み上がっている。


 ある朝、気持ちの良い朝だった。イチとお文は既に井戸で顔を洗ったり歯を磨いたりしている。

 歯ブラシという物を得てから、彼女ら二人はマメに歯を磨くようになった。

 そして鶏小屋に餌を遣りに行く。すると二人は駆け足で洞窟に戻って来て隆太を起こす。

 大分早起きになった隆太だが、イチやお文からすれば寝ぼすけだ。

「隆兄ちゃん、大変だ!」

「どうした? 何があった?」

「ひよこって言うのが生まれてる」

「本当か?」

 隆太も生まれたてのひよこを見るのは初めてだ。

 

 急いで鶏小屋に行くと、確かにひよこが5羽ヨチヨチ歩いている。

「卵が増える」

 ひよこが卵を産む迄は未だ未だ日数が必要だ。だが、隆太の頭の中は既に得られるたまごの計算をしている。

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