第3話 相棒という絆

看病


 隆太は薪ストープの側に子供を寝かせると、薄めの味噌汁を作る。豆腐を小さくサイコロ型に切って味噌汁の中に入れる。

 出来上がると、代わりに鍋をストーブの上に載せ替え、おかゆも作り始める。

 

 子供の上半身を起こし、隆太は程よい温度に冷ました味噌汁をスプーンに掬って口へと運ぶ。

 ストープで洞窟内が暖まり体が楽になったのか、子は少しずつ食べ物を胃の中へと入れて行く。そしてそれは、隆太が最初に水を飲ました時よりしっかりしている。

 

 おかゆが出来上がるまで、隆太はしもやけでパンパンに膨らみ、皮膚が裂け血が滲む手足を消毒し、薬を塗って創バンドをして上げる。

 まるで飼い主に捨てられ痩せ細った子猫を看病して上げるような気持だった。


 いや、子猫なら、ただ可哀相という気持だけだろう。しかし今の隆太は、もっと複雑な気持ちでいる。

 事情は分からないが、子供達に疫病神と追いかけられ逃げる所も無い状態で倒れた姿は、状況こそ大きく違うが、孤独感が常に襲って来る自分の姿に重なる。


(この子を死なせたくない。何が何でも助けたい)

 もしこの子が死んでしまったら、それは自身の野垂れ死に通じる。隆太はそう強く思う。


 隆太は作業を一切止め、子供を看病する。食べ物を食べさせる。その努力が実を結んで、子供の体力が日増しに戻って来た。

 その間、着た切り雀状態の衣服を着替えさせ、体も拭いて上げる。隆太の服は全くサイズが合わず、大き過ぎるのだが、


 最初は肌を晒すのを嫌がった子だが、次第に隆太の献身的な介護に身を任せて行く。その過程で、隆太は大変な事実を知る。


 隆太が最初にその子を見た時、「男の子」と思った。髪は伸び放題、顔は頭蓋骨では無いかと思うほどやつれ、汚れていた為に、見間違いしてしまった。

 それに、数人の男の子達が寄って集って虐めるなんて卑怯な真似は、女の子にはしないとの先入観もあった。

 だが、不快な臭いが籠もるどてらを脱がし、その下の着物を捲った時、その子が女の子である事に気付く。

「お前は女の子だったのか」

 子は頷く。

「名前は?」

「イチ」

「漢字はどう書く?」

 イチという少女は顔を横に振る。

「若しかして、大人の男は頭の毛を結ってないか?」

 イチは頷く。

「刀を腰に差していないか?」

「刀を差しているのはお侍さんだけ」

 隆太はそれを聞いて目を瞑り、大きく仰け反る。

  

 イチにしても、イチを虐めていた子供達も、幾ら田舎の子供とは言え現代っ子の様子とはかけ離れていた。

 子供達の姿は、父親が良く観ていた時代劇に出てくる子供達の姿に似ていた。なので、信じたく無い気持があるのだが、隆太は今居る時代は江戸時代では無いかとの疑念を抱いていたのだ。


 隆太がイチの介抱に集中している間も、父親との接触は欠かさない。何故なら、父は生きる為の食べ物や品物を運んでくれるからだ。


「父さん、俺大変な物を拾ったよ」

「拾った? 何を?」

 怪訝な顔で父が聞く。

「女の子」

「あぁー? 何だそりゃ」

 隆太はイチとの出会いから、今のイチの状態までを父親に語る。


「そりゃー、天からの贈り物かも知れん。隆太がその子と気持を強くして生きるようにと。イチと言う子は少しは元気になってるのか?」

「うん。今では自分で箸を持って食べてる。なあ、父さん。子供が飯食っている姿って凄く良いもんだな」

「親みたいな事を言うな。親って言うのは、子供が飯を食べないのが一番辛いことなんだ。だから腹一杯に食べてくれると安心するもんなんだ。今の隆太はそれに似ているな。歳が近いからお前には妹だな。舞の様に妹と思って大切にしてやりな」

「うん。それでさ、頼みたいんだけど舞のお古の服、あったら欲しいんだけど。サイズの合う服に着替えさせてやりたい」


 父は帰る。夕方になって良太が来た。


「隆兄ちゃんは江戸時代にワープしちゃったんだって?」

「良太、お前、嬉しそうに言うんじゃねえよ」

「わりい。でもさ、原始時代じゃなくて良かったじゃん」

 そう言われればそうなのだが、決して喜ばしい事では無い。

 

「所で兄ちゃんは女の子を拾ったんだって?」

「拾ったって言うな。猫や犬じゃあるまいし。助けたんだよ。人間を」

 隆太は自分の事は棚に上げて、良太を軽く叱る。

「だってね。それで父さんから着替えを持って行けと言われた。舞のお古はあんまり無いけど、サイズはどうなんだ? 合うのか?」

「丁度、舞とおなじくらいの背丈なんだ」

「年は聞いたか? 舞と同じ位の歳なのか?」

「年齢も、生まれた年月もハッキリ知らない様なんだ。でも、イチと言う女の子は16歳ぐらいで秋頃に生まれたとは言った」

「じゃあ、舞より3歳ぐらい上だな。それでそんなに小さいのか?」

「江戸時代の人達は食糧事情が悪かったから、身長はそんなに高くないんだろ」

「そうか。一度俺にも会わせてよ」

「いいよ。元気になったらな。しかし、余計な事を言うなよ。時代が違うのだから。不安を与えたくないからな」

「分かった。母さんに頼んで近所とかから舞と同じくらいのサイズの古着集めて貰うよ」

「頼む。出来れば安っぽい物でいいから着物なんてあれば・・・。着物は無理か」


 良太は了解と言い、帰って行った。


イチの苦難


 洞窟の時代を隔てている見えない壁の場所に、始めて母親が現れた。しかも、妹・舞も一緒だった。

「近所から一杯、イチちゃんが着られそうな服を集めて来たよ。ほー、その子がイチちゃんかい? 初めまして。隆太を宜しくね」

 母の顔は明るかった。

 隆太の後ろに隠れるようにして立っていたイチは顔を見せ始める。

「私、隆兄ちゃんの妹、舞っていうの。宜しく」

 イチは二人に目を逸らさず軽く会釈する。

「大分体調が戻って来たようだね。ご飯はちゃんと食べてる」

 イチは声は発しないが、会釈で返事を返す。

「私ね、とっても美味しい物を持って来たの。後で食べてね」

 イチは紙袋を翳す。

「隆兄ちゃん、どうやって渡せば良いの?」

「軽い物なら、そこにある竹の棒の先に吊る下げて、こっちに寄越してくれ」

 隆太が紙袋を受け取ると、袋の中から甘い匂いがしてくる。スイーツだと直ぐに分かる。

「ありがと舞。これならイチも絶対喜ぶ」

 隆太は振り向き、紙袋をイチに渡す。どんな時代でもプレゼントされれば嬉しい。

イチは頬を緩まし感謝の喜びを伝える。


 イチが洞窟に来てから早3週間ほど経った。若い体は食べ物の栄養を吸収して痩せ細っていた体に徐々に肉を付けて行く。

 顔も少しふっくらしてくると、やはりイチは女の子だった。


 隆太はイチに、村での生活を訪ねたことがある。更に、子供達に追いかけられ叩かれる迄になった経緯も聞いている。


 イチと両親は3人で細々と暮らしていた。ある初秋、イチが流行病に倒れる。隆太はその流行病は今のインフルエンザでは無いかと思う。

 イチは数日館、高熱に魘され続ける。それを必死に看病したのが母親だった。


 イチには兄と妹が居たが、二人とも病気で幼い頃に亡くなっている。恐らく母親はそのこともあり、イチを必死に看病したのか。

 母親の看病のお陰もあり、イチは奇跡的に病を克服する、


 だが、今度は看病してくれた母親が病に倒れた。薬も医者もいない田舎故か、イチと父親の看病の甲斐も亡く、母は間もなくこの世を去ってしまった。

 悪い事に、父までも同じ病に罹ったと見えて、イチの見守るか中、やはり息を引き取った。

 それは、イチが悲しむ間も無い程の、あっという間の出来事だった。


 イチは、父親の弟である叔父の家に引き取られた。だが、理由は分からないが、イチが叔父家族と暮らし始めて間もなく、叔父夫婦の子供が病に罹った。

 叔父は狼狽すると同時に、イチが病を運んで来たと怒り、イチを家から追い出す。


 叔父から追い出されたイチは行くところも無く、両親と一緒に住んだ家に一人住み着く。

 その家は、両親を襲った疫病神の住処だという噂が広まっていたので、誰も入り込んで居なかった。


 雨露は凌げた。しかし、若いイチには食料を手に入れる方法が限られている。両親から学んだ雑草や山に行って木の実や山菜を採ってきては煮炊きして食べていた。

 それも秋が深まるにつれ、食べられるものが少なくなって行く。

 

 村人達はイチが両親が住んでいた家で一人で生活しているのを知っていた。なので、偶にだが、食べる物の無いイチに分け与えていた。

 それで何とか死から逃れられたが、イチの体は痩せ細っていく、力も気力も薄れ掛かった頃、イチは叔父の家に行き、食べ物を無心した。

 義理叔母はかわいそがって食べ物を与える。


 それが数回続いた頃、女房がイチに食べ物を与えていることを知り、叔父は怒った。 そして、それとは無しに村人達に、

「イチは疫病神だ。この村から追い出した方が良い」と言い振らし始めた。


 すると、親の話を聞いたのか、聞かされたのか、子供達がイチに攻撃を始める。最初は遠巻きに悪態を吐いていたが、その内、家から出て来たイチに物を投げたりし始める。

 心身とも憔悴し切ったイチは家から出て山に向かった。


 隆太と出会ったのはその時だった。もし、隆太の出現が遅かったら、イチは野垂れ死にしていただろう。

 隆太はイチの話を聞きながら、やはりイチは天が自分に差し向けてくれたのだと思う。


 隆太は、妹・舞から貰ったスイーツを、まるでこれがこの世の食べ物なのかと言うような表情で食べる。

「旨いか?」

「うん」

 イチは大きく頷く。

 隆太はイチの悲惨な過去を知っているだけに、嬉しさの余り瞼が熱くなる。


 彼がこんな気持になったのは、生まれて始めただった。自分が如何に楽で豊かな暮らしをしていたか。思わず思い返してしまう。

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