第2話 1-2
「ママっ、ママ!開けてよー!」
ぼくは、自分ちのマンションの鍵がかかった玄関のドア前で大きな声をあげた。顔から吹き出て流れた汗が顎のあたりでつながって、灼熱の日差しが照り付ける最上階である6階の廊下へポタリと落ちた。
玄関のチャイムをママとの約束通り一回だけ鳴らしてからしばらく待ったのに、玄関のドアは全く開く気配がなかったからだ。
さっきまで隣の公園で
小学一年生の僕は、家のカギをまだ持たせてもらっていないから、マンションのエントランスは開いた拍子に入れても、玄関のドアはママが開けてくれないと中へは入れない。次に、グーにした拳でガン、ガン、ガン、ガン、と強くドアを叩いた。
図書館では、青年になった広海が館長へ当時の記憶を話している。
「あの頃の僕は、何でも自分の思い通りになると思っていましたからね。」
「あらー?それは、今でもじゃない?」
「ひっどいなぁ、もう、館長は。これでも今は大人になってある程度自覚してますよ。」
「私にはそうは見えないけどな。それを言うなら、わがままを理解できるようになった、ってことなんじゃないかしら?」
「ああ、ですね、言われてみれば…。」
「まぁ、子供の頃なんてみんなドングリの背比べよ。自我が芽生えてきたところだからね。ただ、星野君はそのころから人よりも譲れない芯があった、って見方もできるわよ。」
館長は、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます!やっぱり館長だな。」
「うふふふふ、違うのよ。これは自己弁護も兼ねているのよ。」
「あー、なるほど!あははははっ」
「こらー!笑いすぎ。」
二人は和気あいあいと仕事を進めながら、また当時に思いを馳せる。
「ママ!帰ったよっ。」
と、ドアに耳を当ててみるが、中の様子は分からない。
ぼくは仕方なく、また手を伸ばし、今度はたて続けにチャイムを三回鳴らした。
すると、ようやくドアがゆっくりとガチャリと音を立てて開き、中から悲しそうな顔をしたママが見えた。
「…
「違うんだ、ママ。最初は一回だけ鳴らしたんだよ。でも、出て来なかったから…。」
「そうなの?それは悪かったわ。気が付かなくて…。けど、それにしても、あんなに乱暴にチャイムを鳴らさなくたって…。」
「だって…、外は暑くてさ…、早くお家に入りたかったんだもん…。」
と、ぼくは待ちきれずドアをグイーッと引っ張り、玄関の中へ押し入った。ママの足もとには、おしゃぶりを加えてしがみ付くたっくんの姿があった。
「なあんだぁ、たっくん起きてるし!」
ぼくは、泥だらけの靴を乱暴に脱ぎ散らかして玄関へ上がり、ぼくが帰って来て嬉しそうにニコニコ顔のたっくんも無視して、一目散に洗面所へ駆け込んだ。
「もう!起きてる、じゃなくて、チャイムで起きちゃったのよ!それより、靴は脱いだら揃えなさいって、何度言ったら分かるの!ホントにしょうがないお兄ちゃんねぇ。」
ぼくはママのガミガミ声を、洗面所の蛇口をいっぱいに捻り、泥だらけの手をガシャガシャと石鹸で大げさに泡立てながら流すことでかき消した。
(ママは一年半前にたっくんが生まれてから変わってしまった。いつだって、たっくん、たっくん。ぼくのことなんて…きっともう、どうでもいいんだ!)
洗面所へ入って来たママとたっくんを横目で見ると、二人は仲良く手を繋いでぼくを見ていた。それを見てもっと嫌な気分になって、脱いだ靴下をワザとそこら辺にポイポイ放り投げて、リビングへ逃げた。リビングに入ると、クーラーで冷えた空気がツンとして気持よかった。
「こらぁ!靴下は汚れもののカゴに入れる約束でしょ!それに、靴下を脱いでから手を洗わないと、また手が汚れちゃうじゃない。広海は、どうしてママの言うことを聞いてくれないの!」
(フンだ、ざまあみろだ!ママが悪いんだ。ママの言う事なんか絶対に聞いてやるもんか!)
「ちゃんと手を洗ったんだから、おやつちょうだい。」
不機嫌な顔をしてリビングへ入ってきたママに、お構いなしにぼくは言った。
「…仕方ないわねぇ…。友也くんは一緒に帰ったの?」
「今日は水曜だよ。友也くんは英語の日だから、ママが迎えに来たんだよ。」
友也くんは近くに住んでいて、同い年で幼稚園も同じだったしすごく仲良しだ。ママたちも仲がいいから一緒に家で遊んだり、お買い物に付いて行ったり、どこかへ遊びに行くことだってある。一つ違うのは、友也くんには幼稚園の可愛い妹がいる。ぼくも妹だったら可愛いがるのになぁ、といつも思う。
「そっかぁ、今日は水曜か。夏休みだと曜日が分かんなくなるのよね。それで今日は早く帰って来たのね。」
と、ママは、丸いプラスチックの黄色いカレーパンマンのお皿にビスケットを6個入れ、赤色のアンパンマンのお皿にビスケットを2個入れた。
「えーっ!ぼく、アンパンマンのお皿が良かったのに!」
「何言ってんのぉ。そんなのどっちでもいいじゃない。もう小学生でしょ、しかも、お兄ちゃんなんだからね。」
「だって、たっくんは何でもアンパンマンじゃないか!コップも、お箸も、お茶碗も、椅子だって、サンダルだって、アンパンマンじゃないか。」
たっくんは嬉しそうに唇を震わせて言う。
「アンバブマー、アンバブマー。」
ぼくはご機嫌なたっくんを見て、余計に唇を膨らませてふて腐れる。
「そんなこと言ってたら、みんなに笑われちゃうわよ…。」
「フンだ!分かったよ!」
ぼくは仕方なく自分に差し出されたカレーパンマンのお皿をふんだくって、向かいに座っているたっくんを睨みつけながらビスケットにかぶりつく。その様子を見ていたママは、何かハッとした様子で冷蔵庫から牛乳を持って来た。次に、テーブルの上に置いてあったアンパンマンのコップにその牛乳を注ぐと、ぼくの前に差し出した。
「じゃあ、今度は、広海がアンパンマンのコップね。」
予想に反したママの行動と、ニコニコ顔のママが僕を唖然とさせた。
「あ…、うん。」
ぼくはそう答えながら、さっきピンポンを強く3回も鳴らしたのと、靴と靴下を脱ぎ捨てたのと、たっくんを睨みつけてしまったことを少し後悔した。ぼくは、念願の赤いアンパンマンのコッブを両手で大事に持って牛乳をゴクリと飲むと、複雑に絡まっていた僕の気持ちがホロホロと解れていくのを感じた。
ぼくは、自分の分のビスケットを一つ摘まむと、たっくんのお皿へ入れてあげた。
たっくんはそれを見て目をまん丸くして驚いていたが、すぐ嬉しそうに笑った。
「良かったねー、たっくん。お兄ちゃん、優しいね。」
「バブー、バブー!」
たっくんもそれに応えるようにように、そのビスケットを握って笑っている。
ママの顔は、さっき公園で見たひまわりのようになっていた。
ぼくの心にはまるで虹がかかったような喜びが生まれた。
その時、大きな夕日の黄色い光が、ベランダのカーテン越しから一筋伸びてきて、3人が囲んでいるテーブルの上を照らした。
その時、3人の頭上で人間には聞こえない声がささやいていた。
「ブラボー!お見事。実は、君のママはね、君と一緒に図書館で借りた育児書を、夕べ君たちが寝静まってから熱心に読んでいてそれを実践したんだよ。その本の一節に【叱りつけてばかりいると、子どもは自分は悪い子なんだと思ってしまう】って書いてあったからね。まぁ、それを思い出すように光を送ったのは、私なんだがね。」
背世界では、アフロスがヴィオラのような美しい声でそうささやいているのだが、その声もその姿も人間には分かるはずもない。
「我ながら絶妙のタイミングだったよ。もう少しで君のママの波動の色が、緑の怒りの色に変化してしまって、あのウォレス君が出てきてしまうところだったからね。少々手助けさせてもらったという訳さ。君のママは決して悪気はないんだよ。自分のことが精一杯で、君の心に気が付いていないだけなんだ。君がもっと色んなことを乗り越えれば、ママももっと君の気持を分かってくれる筈さ。君の波動は真っ直ぐで天に叶うものが宿っている。けれど、まだまだ乗り越えねばならぬ試煉が沢山あるんだ。君がこの世に生を受けた時は前世の記憶は全くないが、それでも、今の君の心には育まれてきた前世の魂たちの記憶が宿っているのさ。その内なる声に耳を澄ませ。君なら、君に課された数々の試煉を乗り越えていけると私は信じている。この世で果たすべき役割が大きければ大きいほど、その試練もより大きくなる。人はね…、誰もがみな幸せになるために生まれてくるんだよ。けれど、残念ながらその本当の意味を知れる者は少ない。広海くん、君は見つけるんだ。先人たちが果たすことが出来なかったその内に秘めた大きすぎる魂の夢をつかめ。その君の美しい波動と私が一致するとき私は君と一心同体だ。君の意思は私の意思。そのバトンは君に渡されたんだ。」
そんな声など聞こえるはずもないぼくは、ふと頭に思いついたことを口に出した。
「ママ、おやつ食べたら、あの図書館で借りてきた本を読んでみようかな?」
「ああ、そうね。それがいいわ!ママも夕べ自分が借りた本を読んでいたの。まだ全部は読んでないんだけどすごく良かったわ!きっと、広海の借りた本も良い本なんじゃないかな?あの南さんって司書さんは、まだ若そうだけど良く本をご存じみたいだから…。その本は、ほら、あそこよ。」
ママは、テレビの横の棚の上に横に立てかけられた、あの車の模様の手作りバックを指差した。
「ああ、あれね。オッケー!」
「広海は、それを読んでから夏休みの宿題の〝読書感想文〟も書かなきゃいけないし、早めに読み始めなきゃね。」
「うん。ぼく読んでみる!」
ママの嬉しそうな顔を見て、ぼくは張り切ってそう答えた。
ぼくは、それからすぐにおやつを食べ終えると、バッグの中からその赤い本を取り出して、早速リビングの丸い木のテーブルの上へ置いた。自分の部屋には勉強机もあるけど何だか寂しくて、寝る以外はいつもここで学校の宿題とかをしている。
「い・や・い・や・え・ん」
ぼくは声を出して、その赤い本の題名をゆっくり読んだ。表紙の絵は、制服を着た小さな男の子と。同じ背丈くらいのこぐまが立っている。
そこへ、お約束通りにたっくんが邪魔をしにやって来た。
「ああー!これからお兄ちゃんはこの本を読むんだからね。あー、そうだ!。たっくんは、この本がいいよ。これを見ててね。はい!」
ぼくは素早く手を伸ばして、テレビの横のカラーボックスの本棚からアンパンマンの絵本を抜き取り、ぼくの本の隣へ広げた。すると、たっくんは両手をぶんぶん振って喜んだ。
「アンバンマブー、アンバンマブー!」
良かった。たっくんが絵本に気を取られている隙に、ぼくは自分の本のページをめくった。何枚かめくると〝もくじ〟と書いてあって、横に7つのお話しの題名が並んでいた。
(えー、こんなにいっぱいあるのかぁ…。やっぱりぼくには…と、ちょっとヘコたれた。しかも、〝いやいやえん〟っていうお話しは、最後の7番目に書いてある。どうしようかな。それだけ読んじゃうってものありだな。)
と、思いながら、更にページをどんどんめくっていった。思ったよりもたくさん文字が並んでいるけど、どのページにも大きく絵があったし、文字は、ほとんど〝ひらがな〟ばかりだし、漢字には横にひらがなが書いてあるし、読めそうではある。ぼくは、7番目の〝いやいやえん〟のお話しの先頭のページを探した。すると、その〝いやいやえん〟の物語の途中のページの絵が目に飛び込んできた。その絵は、おもちゃが散らかった部屋で、子どもが何人かそれぞれ好きなことをして遊んでいて、その横でおばあさんが座って編み物をしている絵だ。ぼくはそれが気になって、絵の隣側の文章を読んでみた。
【
(なんだこの、せんせい?このおばあさんはせんせいじゃないのかな?こんな変なこと言う大人がいるなんて…。面白そうだな…。)
そう思っていたら、横でアンパンマンを見ていたたっくんが飽きてきたらしく、ぼくの読んでる本をバンバンと叩いてきた。
「あ、こらぁ!」
ぼくは、思わずたっくんを強めに突き飛ばしてしまった。たっくんはよろよろと後ずさりして、尻もちをついた拍子にテレビ台で背中を打ちつけた。
「うわっ、うわーーーん…」
案の定、たっくんは大泣きした。キッチンで夕飯の準備を始めていたママは、それに気付いて飛んできて大事そうにたっくんを抱き上げてものすごく怖い顔で僕を睨んだ。
「どうしていつも弟をいじめるの!」
「だって…、たっくんが読んでた本を叩いたんだよ。たっくんが悪い子だから僕が罰を与えたんだ。」
「だからって、泣かすことないでしょ!たっくんは、まだ分からないんだから。」
「だって…。」
「どうして広海はこんなに聞かん坊なの。学校でもそうなんでしょう?家庭訪問の時、先生が元気すぎるところがあるっておっしゃってたわ…それに、幼稚園の時だって…。」
「もういいよ!やっぱりママは、たっくんの味方なんだ!自分の部屋で読むから!ママのバカぁ!」
ぼくはそう言い残し、本を持って自分の部屋へ入り、バタンッと力いっぱい戸を閉めた。
「広海ー!」
ママの声を遮断したぼくのシーンとした部屋の中からは、薄暗くジメジメした不快な蒸し暑さが伝わってきた。
ぼくの心は、ママとたっくんを責める気落ちで重くなり、チクチクと傷んで苦しくなっていた。
「ふひゃーっ!ひゃっ、ひゃっ、ごきげんよう、広海くん。人はやっぱりそうでなくっちゃな。俺様の出番がなくなっちまうぜ。ただな、人が人に罰を与えようとするなど思い上がりもはなはだしい、笑止千万!。それは、神の領域だ。罰と称して人が人をを傷つける行為は正義にはならねぇんだ。己に罪を着せるだけの話なんだと知っているか?罰は天が与えるものだからな。」
背世界では、ウォレスが待ち構えていた。
「しかし、お前のエメラルドグリーンの波動は特別に綺麗だぜ。先人たちのもがき苦しんだ魂とお前が一体化して織り成す、見事な芸術作品だ。それは、陰と陽、善と悪、光と影、この地球に存在する相対するものを統合できず、もがき苦しむ魂の叫びは実に美しい。そして、この世に存在する森羅万象すべてモノはな、天に叶わぬ波動を出せば自分の心の中に〝苦〟が生じるようにできている。どうだい?その苦しみの味は。たった今、お前が自ら作り出したんだぜ。〝天の
ウォレスは恐ろしい顔をすると、今度は呪文のような言葉を唱え始めた。
「インバラドゥルガー、試煉という名のその山は、罪を重ねるごとに急峻、険阻。罪の深さ回数に応じて、その罰も二倍、三倍、五倍、十倍、二十倍!」
ウォレスは、胸の中心でピタッと合掌して目を閉じた。
「画竜点睛…」
次に、圧倒的な負のオーラを
「黒山の試煉、天の崩落、一丁目。ここで、今までのおまえのツケを一気に払ってもらうぜ。思い知るがいい、小僧ー!ひひゃーっ、ひゃっ、ひゃっ……。」
そのおどろおどろしい黒く重い負のオーラは、たちまち広海の身体全体を包んだ。
「うっ、ううううううーっ!」
その瞬間、広海は突然に体中がブルブル身震いし、思わず声を漏らしたのだった。
そんなことなど知る由もない広海は、身体の異変を感じて驚いたが、じきにそれも治まって…。
(ああ、びっくりした。今のは何だったんだろう?、この暑いのに体が震えるなんて…。ビックリしたなぁ。けど、もう何ともないや。それにしても、何だかちょっと体が重いような気が…。)
ぼくは、子供部屋の電気をつけ、エアコンのスイッチを入れた。たちまち涼しい自分を包んでくれて少しホッとし、手に持っていた本と一緒にベッドへぼふんと倒れ込んだ。
(それにしても、やっぱりママはママだ。変わってない。たっくんの方が可愛いんだな。たっくんが生まれてから、ぼくはママとケンカばっかり…。本当は仲良くしたいのに。いつでも心がチクチク痛んで寂しい気持ちになってあんなことしちゃうんだ。ぼくは悪い子だ。きっと幸せになんかなれない。)
白い天井を見上げると、はぁーっと溜息が出た。
しばらくボーッとしていたが、ふと手元にある赤い本が目に入った。ぼくは、さっき読んでいた続きが気になった。他にすることもなし、うつ伏せになって〝いやいやえん〟の最初のページを探しだし、再び読み始めた。
主人公のしげるは、ほいくえんに通う小さい組さんのやんちゃな男の子で、お母さんの言うことも、先生の言うことも聞きません。その朝も、顔も洗いません。洋服もお姉さんのお下がりの赤色のシマのブラウスが嫌で着ません。ズボンだけ履きました。夕べお父さんが買って来てくれた赤い自動車のオモチャも赤色だから気に入らず、取り替えて来てと駄々をこねています。ほいくえんに行く時間になっても、保育園なんかきらい、先生もきらい、お友だちもきらい、おべんとうもいや、と言って暴れます。
お母さんは仕方なく、ほいくえんの先生に教えてもらった、いやいやえんに連れて行きました。そこには、おばあさんが居て、
「1
(あ、さっき読んだところだ!)
おばあさんはそう言うと、部屋のいすにすわってあみものをはじめました。
しげるは、外へ出ようとしてドアを開けようとしますが、どうしてもドアは開きません。
しげるは、あきらめて部屋の中を見回すと、オモチャがいっぱい散らばっていて、エプロンをかじっている子、指をしゃぶっている子、窓のところで何にもしていない子、遊んでいる子、たくさんの子がいます。
しげるは、足元に転がった積み木で汽車を作って遊んでいました。そしたら、英語でMの文字が付いたシャツを着た男の子が来て、しげるを押して汽車を取りました。
おばあさんに言いつけると、
「ああ、あの子は欲張りだからね。ここじゃあ、返すのが嫌な子は返さなくていいんだよ。」
と言いました。しげるは、Mちゃんが取った汽車をけっ飛ばして、その積み木でMちゃんのおしりをぶん殴りました。
お片付けの時間になりましたが、誰も片付ける子はいません。オモチャたちは怒って一列に並んで部屋から出て行ってしまいました。部屋は、お人形、ままごと、絵本、ボールも全部なくなってからっぽになってしまいました。「ほーら、ごらん。」と、おばあさんは言いました。
おやつの時間になりました。手を洗う時、みんなは押し合い、足をふんだり、水をかけたり、タオルを引っ張り合い、みんな水だらけになりました。椅子にすわると、みんなのお皿には赤いりんごがお皿に乗っていますが、しげるはビスケットです。
次は、お絵かきの時間です。しげるは、消防車をかこうと思いましたら、赤いクレヨンがありません。しげるは面白くなくて、画用紙を丸めてみんなを順番に叩いて行きました。
怒ったMちゃんは、しげるの頭を叩きました。たちまちケンカになり、髪を引っ張り合い、腕にかみつき合い、足をつかまえて倒し合い。二人とも傷だらけで、おばあさんが薬をぬってくれました。
おべんとうの時間、しげるはお弁当がありません。みんなが楽しそうに食べるのを指をくわえて見ていたらお腹がすいて、お母さんが持って帰ってしまったお弁当の事ばかり考えていました。
一時になり、ようやくお母さんが迎えに来ました。お腹がすいて歩けなくなったしげるは、お母さんにおんぶしてもらいました。
「明日になったら、ちゅーりっぷほいくえんに行くんだ。やっぱり、面白いよ。」
と言いました。おしまい。
ぼくは、ストーリーがあまりに面白かったので、何もかも忘れて一気に読んでしまっていた。本と閉じると、何とも言えない自分一人で読めた満足感が体中に広がった。と、同時に…、今までの自分の行いや、人に言ったことなどが頭の中でグルグルと色々浮かんでは消え、また浮かんでは消えて行った。
そこに(ぼくは、絶対に〝しげる〟と同じじゃない!)と自分に言い聞かせている自分を見た。
図書館では作業を進めながら、館長が広海に尋ねた。
「それにしても、星野君は(いやいやえん)の本を何回も借りていたわね。」
「なんであんなに好きだったのかな?母親に買ってもらうまでは、毎回くらい借りていた気がします。きっと、自分にとってのバイブルのような感じだったんじゃないかな、と思います。」
「今でも色褪せることなく時代を超えて人気だからね。いい本よね。」
「今でも、しげるや僕と同じように我が強いガキが多いってことでしょうね。」
「あははははっ、けど、星野君ほどの子どもはなかなか居ないかもよー。」
「あー、館長!それどういう意味ですかー。」
「もちろん、いい意味で、よ。あははははっ。」
「それ、絶対違うでしょ?」
二人は笑い合いながら、手を止めていたお互いの作業を再び始める。
あくる日、ぼくは小学校の同じクラスの友達6人で午後からサッカーをして遊ぶ約束をしていた。
その日は夏休みの宿題以外に何もすることがなかったぼくは、お昼ご飯をかき込むやいなや、サッカーボールを抱え勇んでいつもの公園へと走った。
公園へ着いて周りを見渡すが、ブランコのところに若いお母さんと小さな女の子が遊んでいるだけで、他にはまだだあれもいない。
(なあんだ、せっかく急いで来たのにな、ちぇっ!それに、何だか今日は体が重いや…。)
っと、持っていたサッカーボールを手からストンと滑らせ、近くにそびえ立つ公園で一番大きな木に向かってタイミングを合わせて思いっきり蹴った。
ボールは、見事にその木の太い幹の芯に命中したまでは良かったが、今度はそれが自分に向かって真っすぐ跳ね返って来た。ボールは、見る見るぼくの顔めがけて物凄いスピードで近づいて来る。
予想を上回るボールの速さに避けることも出来ず、それを顔面でくらってしまい、あまりの痛さに呻きながら後ろへすっ転んで地べたに仰向きで倒れた。
「いででででぇー!」
それに気付いたブランコで遊んでいたお母さんが小さな女の子を抱えてすっ飛んで来てくれた。
「大丈夫?」
「あっ、はい…。」
恥ずかしさのあまり振り子のように上半身を起こしたものの、顔がジンジンヒリヒリ痛んで両手で顔面を覆ったままでいた。
「あら?肘から血が出てるね。ちょっと待ってて。鞄をとってくるから」
(へ?そこ?)
と、ぼくの疑問をよそにお母さんは女の子をここに置いて、さっきのブランコの脇に止めてあったベビーカーへ走ったみたいだ。
「いちゃいの、いちゃいの、ちょんでいちぇー!」
小さな女の子はそう言いながら、ぼくの頭を小さな手でヨシヨシと優しく撫でた。それで、ぼくはようやく覆っていた両手を外して顔を上げ、
「あははははっ。」
と女の子に愛想笑いをし、恐る恐る自分の顔全体も擦ってみて痛む所を確かめた。
(ふーっ、助かったぁ…。顔は何ともなっていないみたいだ。いつもなら軽く避けられるんだけどなぁ。おかしいな…。)
その頃には、痛みも随分とマシになっていて言われた肘の方を見ると、5㎝ほどの擦り傷から赤い血が出ていた。
(何だか今日は、ついていないなァ。)
と思っていると、お母さんが戻って来て、
「お顔は腫れていないみたいよ。肘はちょっと沁みるかもしれないけど我慢してね。」
と、ぼくのその傷の血を〝赤ちゃんのおしりふき〟でキレイに拭ってから、ばんそこうを貼ってくれた。
「これで、良しっと。他は何ともなっていないみたいだけど大丈夫?」
「おにいちゃん、へいきでちゅか?」
「あ、うん…、大丈夫みたい。ありがとう。」
と、ぼくが立ち上がると、そのお母さんはぼくの身体のあちこちに付いた砂埃をパンパンと払ってくれた。
「お家へ帰ったら、お母さんに見せてちゃんと手当てしてもらってね。」
「うん、分かった。」
その時、公園の向こうの入口の方に斎藤君とムリ山君の姿が見えた。ぼくはカッコ悪いところを知られたくなくて、お礼もそこそこにその場を離れて駆け出した。女の子はぼくの背に大きな声で言った。
「ばい、ばぁーい!」
ぼくは少しだけ振り向いて小さく手を振った。
「傷、早めに見てもらってねー。」
「はーい!」
そう小さく答えてから、今度は自分を見つけて走って近づいてくる友達へ向かって何事もなかったかのように叫んだ。
「おーい、遅かったじゃないかぁ!」
「お前が早すぎるんだよー!」
と、斎藤君からいつものように返事が返って来た。
(斎藤君は相変わらずだなぁ。いつも、ぼくがあー言えばこーゆうんだ。でも、お前らが遅いせいで、ぼくがこんな目に合ったんだよ。そもそも友也くんが少し遅れて行くから先に行ってて、って昨日言ったせいでこうなったのかも知れない。こんなことなら急いで来るんじゃなかったよ、ちぇっ。)
ぼくの頭の中に得体のしれない何とも嫌な思いが渦を巻く。
それをあざ笑うように、ジャー、ジャアジャアジャアジャア、ジャジャジャジャ…
と、セミのけたたましい鳴き声が公園中に響く。
背世界では、あの邪神ウォレスの不気味な声がこだまする。
「ふひゃーっ、ふひゃ、ふひゃ…、どうだい?自分が作り出した邪念の味は。夕べ、お前が〝犯した天の
「みんなそろったら、あっちのサッカーゴールのあるグランドでPK戦やろうぜっ。」
いつも偉そうな斎藤君は、サッカーを習っているからサッカーをする時は、通常の三倍くらいえばる。背が高くてがっちりしてるから見かけも強そうだし、何より負けず嫌いだ。彼のお母さんも保険の仕事をしているシングルマザーで、顔も外見も斎藤君とそっくりで強そうなんだ。
「いいよ。友也くんは用事で遅れてくるって言ってたから、シユウ君と、
「うん、みんなが来たらそうしよう。」
「あれっ?広海くん、ちょっと顔が赤いよ。大丈夫?」
「え?ああ、そうかな。暑いからだよ。」
ぼくは、ムリ山君にそう指摘され、カッコ悪いところを知られたくなくて噓をついた。
「そうだね、暑いもんね。」
小さくて小太りのムリ山君は、へらへら笑った。実際に、ムリ山君は気が弱いから、そう言われるとそれ以上は何も言わない。ムリ山というのはあだ名で、本当は〝森山〟と言うんだけど、いつも何でも「無理、無理」って口癖のように言うもんだから、誰かが「お前は、森山じゃなくて〝ムリ山〟だな。」って上手いこと言って、その日から皆が〝ムリ山〟って呼ぶようになっちゃったんだ。笑える。
そうやってしばらく3人で夏休み期間中の出来事などの話をしていると、しばらくして、シユウ君と、
「やぁ、ごめんね。待たせちゃったかな?」
と、風間っちは長い前髪を整えながら優しく微笑むと、小学生なのにいい匂いがした。さすがに女子人気が一番のイケメンだけあるなぁ。お父さんが洋服のデザイナーでイギリス育ちの帰国子女だし、モテる要素しかない。ぼくも彼くらいイケメンなら誰にだって優しくできるに違いないのに…、と余計なことを考える。
「そこの角でね、風間っちが女子たちに捕まっててね。ぼくも夏休みの宿題のことをあれこれ聞かれちゃって…。参ったよ。」
と、メガネのふちを指で押し上げながら嬉しそうに話すシユウ君は、医者の息子。いつもテストで100点しか取らない。字も上手で大人みたいな字を書くんだ。学年一の秀才なのに、体育もそこそこ出来るんだよな。全く天は二物を与え過ぎだよ…。
背世界では、天界の住人のウォレスが苦笑いした。
「うぉっほん!それは、済まなかったな。…と、これは冗談だ。やはり、正しくは〝天は二物を与えない〟だ。生まれながらに与えられているものは、全ては魂のルーツだ。ゴーレム様が魂に刻印されたものだ。人はそれを遺伝(DNA)と呼ぶ。それ以外は周りのサポートと己の努力なんだぜ。」
そう本当に天が答えた声など、人間には届くはずもないが…。
「じゃ、友也君は先に始めといてッて言ってたから、そろそろ始めようか。」
と、ぼくたちは、PK戦をするために、サッカーゴールのある公園の隣のグラウンドへ5人で移動した。グーとパーでチームを決め、それぞれのチームで蹴る順番も決めた。キーパーもその順番で回すことにした。
パーのチームは先攻で、1番目が風間っち2番目がムリ山君、3番目がぼくだ。一方、後攻の相手チームは、シユウ君が1番目で、2番目が斎藤君。友也くんが来たら必然的にこのチームに入ることになるから一応、友也くんは3番目にしておいたらしい。
(友也くんが遅くなったら、その穴を埋めるのはどうせ斎藤君に決まってるから、友也くんが早く来てくれることを祈る!斎藤君は、またビシバシゴールを決めて、サッカーチームでフォワードやってることを自慢するんだろうなー。斎藤君の次に上手いのはぼくだけど、ぼくのチームには何でも冴えないムリ山君がいるから不利だよな。他の皆はドングリの背比べだし…やっぱり、ぼくが2本ともゴールを決めないとな。)
「何回戦やるー?」
と、僕は叫んだ。
「じゃあ、一人2回ずつ蹴って、3回戦やろうぜっ。」
斎藤君から思った通りの答えが返ってきて、PK戦は始まった。
ぼくは張り切ってリフティングをしたけど、3回しか出来なかった。
(いつもなら5、6回できるのに。今日はやっぱり調子が悪いなぁ。夕べ体がブルブル震えてから何だか急に体が重くなったんだよなぁ…。え?なに?今上の方で何か気配がした?)
と、ぼくは不意に上を見上げるが、そこには真夏の入道雲がモクモクとする青空があるばかりで、ゴールの向こう側には大きな木が何本も立っていて、一番手前の木からはセミのジャンジャンとやたらとうるさい鳴き声が聞こえてくるだけだった。
(なんだ、気のせいか…。)
背世界では、ウォレスが腕組して高みの見物を決め込んでいた。
「ひゃっ、ひゃっ、ひゃ…、お前は実に感がいい、気のせいではねぇぜ。それは俺様の気配だ。お前には見えるはずもねぇがな。今日はここで、じっくりと観戦させてもらうとするか。ひゃーっ、ひゃ、ひゃ…・」
さぁ、1回戦。
相手方のキーパーは、秀才のシユウ君で、ぼくのチームのキッカーは、イケメン
「がんばれー、風間っち!」
「よーしっ、がんばるよー。」
と、 風間っちは少し助走をつけて思いっきりボールを蹴ると、サラサラの髪と長い手足がその動きに合わせてキラキラ動いて、まるでどこかの国の王子様みたいだ。
女の子に囲まれるのも無理はないか。
ボールは勢いよくゴロゴロゴロッとゴールの右側に向けて転がる。シユウ君は、ちょうどいい位置で構えて難なく取れるかと思いきや、手を弾いてボールは上へ跳ね上がり、それをもう一度取ろうとしたシユウ君の手が、オンゴールへと誘導してしまった。
「ゴール!」
「ラッキー!
ぼくとムリ山君は、手を取り合って喜んだ。ゴールの横で悔しがる斎藤君の様子を見て、ぼくはほくそ笑む。
次の球も同じように転がったが、今度はシユウ君が意地で止めた。
2番手は、ムリ山君。ムリ山君家は商店街で散髪屋さんをしている。お父さんとお母さんが一緒に仲良くお店で働いていて、風間っち以外の近所の小中学生男子はだいたい皆そこで髪をやってもらっている。ぼくもいつも友也くんと一緒に行く。おしゃれな美容室で髪をやってもらっている風間っちが声を上げる。
「がんばれよー、ムリ山くーん!」
どうして風間っちの発した言葉はキラキラと光の粒を纏うんだろう?
「2本とも決めて、汚名返上だぁ!」
と、ぼくも叫んではみたが風間っちの言葉の輝きには程遠い気がした。僕の声はみんなにはどう聞こえているんだろう?
ムリ山君は、頭を掻きながら言った。
「ムリムリ、ムリだよぉー!」
(やっぱり今日も言った、ぼくの言霊もムリ山君のそれよりはマシな気がした、笑。)
そして、いつものように2本ともゴール出来なかった。だけど、これは想定内だ。
次は、いよいよぼくの番だ。
ぼくは、蹴る前に軽くその場でジャンプして、軽く体を左右に捻ってから、両腕を上に伸ばした。すると、さっき擦りむいた肘がズキンズキンと波打った。
(ああ、もう忘れてたのに…。嫌なこと思い出しちゃったな。)
そこへ、遅れていた友也くんが公園の方からぼくらを見つけて走ってやって来た。
「ごめーん、遅くなっちゃってー。」
友也くんは、はぁはぁと肩で息をしながら、額の汗を腕で拭った。
「いいよ!」
「待ってたよー。」
「友也くんは、あっちのチームだよ。」
「おーい、こっち、こっち!」
「うん、わかったー!」
と、友也くんは、皆の言葉に誘導されて斎藤君の横へと走る。
(良かったぁ。友也くんが順番に間に合って。これで斎藤君が友也くんの代わりに蹴ることはなくなったし、ボロ負けだけは
ぼくは少しホッとして胸をなでおろし、地面に置いたサッカーボールをもう一度置きなおしてから叫んだ。
「じゃあ、シユウ君、あらためて行くよぉー!」
「うんー、いいよ!」
そう言って右手を高く上げたシユウ君のドシンとした安心感がぼくを包む。敵なのにどうしてこんな気持ちになるんだろう?ぼくは左に体を向けて少し助走をつけ、そのまま左へ蹴ると見せかけて右側へ蹴った。ここの大人用のゴールは広いから成功する確率は高い。
ぼくの蹴った球は、かなりの速度でジャーッと狙った通りに転がって、ゴールの右端へ進む。運動神経の良いシユウ君でも不意打ちされて間に合わない。ぼくの球は、見事にゴールの右端へ入った!
「わーい!やったぁ!」
「すごいぞ、広海くん!」
敵も味方も一緒に拍手してくれた。どんなもんだい!けれど、斎藤君だけは苦虫を食いつぶしたような顔をして、仁王立ちしたまま監督のように手をパンパン叩いて言った。
「まぐれまぐれ!シユウ!どんまい!」
(いいゴールを決めたんだし、遊びなんだから、ちょっとくらいはぼくのことも褒めてくれてもいいのにな。斎藤君はやっぱり斎藤だ!)
斎藤君の言葉は鉛のように重く空間をゆがめた。
「気にしない、気にしない!」
風間っちの励ましで、ぼくは気を取り直してもう一本に全力を注ぎ込んで蹴った。今度は蹴った足もボールの芯に当たり、コースはゴールのど真ん中だけど先ほどよりも早い速度で転がって行く。
シユウ君は、すぐに身構えた。
(ダメだぁ、取られる…)
シユウ君は、コースに油断したのか手だけをボールへ伸ばして取ろうとした。すると、勢いよくシユウ君の手に当たった球は左側へ弾き、何とゴールの左脇ギリギリへ入ってしまったのだ。
「わぁー!ラッキー!」
ぼくは思わず小躍りして喜んだ。
「スゲー、広海くん!」
「ナイス!」
「2本とも決めるなんて、さすがは体育委員だけあるよー。」
と、みんなは口々に褒めてくれた。けれど…
「今のはシユウ君のミスだな。俺なら、もっと確実に体で止めるけどな。」
と、斎藤君が口を尖らせて言うのが聞こえた。
(その冷たい言葉は、ぼくの闘志をむき出しにした。おまえの球だけは、今日は絶対に止めてやるからな!ぼくの方がサッカー以外なら何だっておまえより強いんだ。サッカーだってぼくの方が強いんだって証明してやる!)
それから、ゲームは順調に3回戦まで進み、途中で来た友也くんが2番目に入ったので、残すは最後の斎藤君のキックを残すのみとなった。ぼくは、キーパーだ。
現時点での試合の結果は、奇跡的に9対8で、ぼくらのチームが1点リードしている。
ぼくは、3回戦で斎藤君がキーパーの特に1点失点しただけなので、なんと5点を得点していた。
風間っちが、3得点で、後の1点は、何とムリ山君が、キーパーの上手な友也くんから運良くもぎ取ったシロモノだった。後にも先にも、こんな奇跡にはもう巡り合えないかも知れない。
相手チームは、シユウ君と友也くんが2点ずつ、現時点で斎藤君は全部入れていて4得点だ。
残すところ斎藤君のキックのみ。
そして、キーパーは、ぼく。
いよいよ斎藤君とぼくとの直接対決の幕開けだ!
ぼくが1点止めれば9対9の引き分け、2つとも止められれば勝利だ!
(みんなの健闘を無駄にしないためにも、絶対に2本とも止めてやる。あー、だけど…斎藤君のシュートすごいんだよな。1年生であんな重くて速い球は普通、蹴れないよ。誰も手も足も出なくて取るどころかよけてたもんなぁ。あー、ぼくもサッカー習ってたらきっと負けないんだけど…いやいや、弱気になったら負けだ!絶対に止めて見せる。)
ぼくは、両手で自分の頬を両側からバシバシと二回たたいて気合を入れて、ゴールの前で身構えた。
「よし、来い!」
「広海!行くぜっ!」
斎藤君は言うが早いか、大きく助走をつけてボールの芯へ利き足を振り下ろす。
ボールはシューンと唸りを上げ、空を切ってぼくへ向かってくる。
(一年生なのにボールが浮くシュートをするなんて…ほとんど反則だよ。)
近づいて飛んで来る重く強い球は、変形しているように見えた。
(こっ、恐い!みんなが避けるはずだ!この前受けた時より全然すごくなってる!)
ぼくの身体は反射的にボールと反対側へ動いてしまった。けれど、ボールはゴールの左上のふちに当たって、ゴールの外側へ跳ね返って転がった。
(ふーっ、助かったぁ…。)
ぼくは胸を撫で下ろすと、Tシャツの胸あたりが汗でびっしょりだった。深く息を吐き、額から流れた汗をTシャツの袖で拭う。斎藤君は悔しそうに僕を睨みながら言った。
「くそっ!もう少しだったのに!おまえは運のいい奴だぜ。けどな、よけるなんてお前も大したことないなっ。」
斎藤君は、ぼくを嘲笑った。
「うるせぇ!今度は絶対に止めてやる!」
「広海くん、ムリしない方がいいよー。」
隣で見ていた友也くんが、小さい声で言った。
「これで同点なんだし、ぼく達良くがんばったよ。」
「広海くん、斎藤君の球は怖すぎるよ。」
「そうだよ。今でも同点なんだから無理しないで。」
風間っちとムリ山君も囁くように言う。
「うん、分かった。でも、男と男の勝負なんだ!」
ぼくは、そう言うと再び身構えた。
「おお、いい度胸だ!お望み通り、最強の球をお見舞いしてやるぜっ。覚悟しろ!」
斎藤君はそう言い放つと、先ほどよりも低い姿勢で助走をつけ、渾身の力を込めるように足を振り下ろした。
またもや球は唸りを上げ、空を切ってやって来た。
(止めるんだ!でも、恐い。ぼくの中のぼくが、止めろ!いや、逃げろ!)
ぼくは迷ってしまった…。そして、そこから一歩も動けなくなってしまった。
心臓の音がドクンドクンと頭の中でこだまする。目の前には、さっきよりも勢いを増した球がスローモーションで変形し回転して迫ってくる様が見えた。
次の瞬間、頭にズバアーンと爆弾をくらったような大きな衝撃を受け、目の前が真っ黒になった。何がなんだか分からずにいると、次に感じたのは、地面の砂のじんわりと熱い頬の感触だった。遠くで皆がぼくを呼ぶ声がする。
「広海くーーーん!」
「広海ー、大丈夫かー!」
だけど、そのみんなの声が遠ざかってゆく。そして、ぼくの目は…そのまま眠るように閉じてしまった。
背世界では、高みの見物を決め込んでいたウォレスの不気味に冷ややかな声がする。
「ふひゃーっ!ひゃ、ひゃ、ひゃ…、どうだい?自分の放った背徳の味は。お前の今までの行いのつけを一気に支払ってもらったぜ。それは即ち、自分のしたことが自分に返って来ただけの話よ。
天の法に背けば、必ず自分にそれが何倍にもなって
ウォレスの笑い声が、セミのけたたましい鳴き声と共鳴するように公園を包み込み消えていった…。
「広海!気が付いたか?」
「大丈夫?」
気が付いたら、ぼくは家族に囲まれて病院のベッドの上にいた。窓の外はもう薄っすら暗かった。
昼間、サッカーをして遊んでいて、斎藤君のシュートを頭にくらってしまったぼくは、一時的に気を失ってしまったらしい。家族の話しによると、あの後、友也くんがママ達を呼びに走ってくれたらしい。それから直ぐに、友也くんのママが運転する車で近くの総合病院へ連れて行ってもらったみたいだ。
後部座席でママの膝枕で寝ていた僕は、チャイルドシートに固定されたたっくんの声がうるさくて気が付いた。目を開けたらママの安心したよう頭が見えた。頭は少しだけ痛くて重いような気がしたが、疲れていたのか、またそのまま眠ってしまった。
病院に着いてからも半分眠ったまま診察と色んな検査を受けて、脳震とうだと言われたそうだ。検査の結果は何ともなかったけど、念のため一晩だけ入院して様子を見ることになったんだと聞いた。
先生の診察が終わった後、何ともないみたいだけど今晩はここで様子を見ることになり、安心したママは、一旦家へ戻るようだった。その代わりに、会社から早く帰って来たパパと、パパに抱っこされたたっくんがここにいてくれるみたいだ。ママが病室を出て行ってからパパがぼくに聞いてきた。
「広海、頭の方はどうだい?」
「うーん、もう何ともないよ。」
「良かったなー、これくらいで済んで…。ママから会社に電話があった時にはびっくりしたよ。ほんとにお前は何かとやらかすなぁ。」
「あははははっ。」
「あはは、じゃねえよ。ママ、めちゃくちゃ心配してたぞ。言っただろう?ママにあんまり心配をかけちゃダメだって。じゃないと…、また幼稚園の時みたいになったら大変だからな。」
「あ、うん…。分かってるよ。」
ぼくは、幼稚園の時に園庭の大きなすべり台の上で友達とケンカして、その子を突き飛ばし、腕の骨を骨折させてしまったという事件を起こした。それが元で、ママに病気が生まれちゃったんだ…。
(けど…、あの時は……。)
「男の子だし、元気で負けず嫌いなのはいいことなんだけど、すくにカッとなるのは良くないぞ。」
「うん…。」
(幼稚園の時はともかく、今回は、カッとなったわけじゃないんだけどな。この体が何だか重くて、動かなかっただけなんだ。でも、面倒くさいし今は大人しく黙っていよう…。)
「広海は誰に似たんだろうな?パパもママも大人しい方だと思うし…、パパの方のお爺ちゃんとお婆ちゃんは似たり寄ったりだけど、ママの方のお爺ちゃんが一番お前に似てるかなぁ。」
「そうかなぁ。おじいちゃんは見かけは怖そうだけどすごく優しいし大好きだけどね。」
「そりゃあ、お前は初孫だから、メチャクチャ可愛がってもらってるからな。」
パパは、そう言ってから大きなあくびをした。
(そう言われれば、パパとお爺ちゃんは見た目も性格も全然違う。見かけは、パパもがっちりしていて大きいけど、サラリーマンでコンピューターの仕事をしているから、どちらかというと冷静で落ち着いた感じがする。それに比べてママの方のお爺ちゃんは一言で言うなら〝海賊〟みたいな感じだな。パパの方のお爺ちゃんは漁師だから、本当はそっちの方が海賊っぽいんだけど…、確かに色は黒くてがっちりしてるけど〝賊〟って感じがしないなぁ。パパと一緒で爽やかな雰囲気なんだよな。人って、それぞれみんな違うんだなぁ…。)
そんな話をしているうちに、ママが小さい荷物と白いビニール袋を2つを抱えて再び病室へ戻って来た。
「お待たせー、夕方だから車、けっこう混んでたよ。これっ、パパの晩ご飯のお弁当と、たっくんのベビーフードも買って来たから家に帰って食べてね。」
そう言いながらママは、白いビニール袋をパパに手渡した。ママは僕と一緒にここへ泊まってくれるらしい。
「こっちは私たちの分、っと。急だったから病院の食事は間に合わなかったらしいから、広海の分も買って来たからねー。」
と、ママが、ぼくの横のサイドテーブルの上へその袋を置くといい匂いがしたて早く食べたくなった。
「じゃ、ぼく達はそろそろ帰るか。広海も元気そうだし病院だから、あんまり大勢で長居しても迷惑だしな。」
「そうね。今日は会社を早退してくれてありがとう、助かったわ。明日は早いの?」
「ゆっくり出社しても大丈夫だから、一度、たっくんを連れてここへ来るよ。」
「わぁ、嬉しい。じゃ、気を付け帰ってねてね。朝食のパンはテーブルの上に置いてるからね。たっくんをよろしく。」
「ああ、任しとけ。じゃ、広海、それ食って、ママの言うことを良く聞いて、今夜は早めに寝るんだぞ、いいな。」
「分かってるってー。」
たっくんは、ママが一緒に帰らないことが分かると、不安そうな表情で何やらママに向かって話している。
「まんまぁ、ぶわっふ、ぶわぶわ、ブルブルブル、ぶーううううううう…。」
最後には、気に入らないときにする、唇を小刻みに震わせながら変な声を発して泣きそうになったが、抵抗する隙も与えてもらう間もなくがっちりパパに連れられて帰って行った。
今夜は、ママを独り占めできるんだ、と思うと、ぼくはざまあ見ろと少し嬉しくなった。
しばらくすると、病室のドアがコンコンコンッとノックされた。
(誰だろう?お腹すいたなぁ。こんな時にタイミング悪いなぁ…。)
「あ、はーい!」
と、ママが返事すると、すぐにドアが開いて看護師さんが立っていて、ぼく達に言った。
「面会の方がいらっしゃってます。もうじき面会時間が終わりますから、ほんの少しの時間だけにして下さいね。」
と、横に来ていた2人を中へ入れた。
入って来たのは、斎藤君と、斎藤君とそっくりの顔をした斎藤君のお母さんだった。看護師さんが出て行くと、斎藤君のお母さんが大きい体を二つに折ってすまなさそうに言った。
「この度は、この子が蹴ったボールが星野君の頭に当たってしまったそうで、本当にすみませんでした…。いえね、クラブチームでもこの子の蹴る球はすごいんだって言われてるもので…。これ、つまらないものですが…。」
と、斎藤君ママは、商店街のケーキ屋さんの紙袋に入った物をママへ手渡した。
「いえいえ、こちらこそご心配をおかけしました。検査をしてもらって何ともなくて、先生からも心配ないだろうって言われたので大丈夫みたいです。すみません、こんな物までいただいてしまって…。」
と、ママは頭をペコペコ何度も下げながら言う。そりゃあ、斎藤君のママは怖そうだけど、そんなに何度も頭を下げなくても…、とぼくは少し嫌な気がした。
「ああ、それは本当に良かった。それを聞いてホッとしました。あんたも謝まんなさい。」
迫力ある声でそう言われた斎藤君は、仕方なくぼくに謝った。
「ごめんな…。」
ぼくは斎藤君のそんな様子や、あの時の勝負に負けた悔しさや自分のカッコ悪さを認めたくない思いとか色んな気持が入り混じって、素直に許すことが出来なくなった。
「広海…、斎藤君、謝ってくれてるでしょ…。」
ママはそうぼくに促したけど、なんて返事をすればいいのか分からなくて黙っていた。
気まずい空気が流れ、同じようなぼくの返事を待つ6つの刺すような視線を感じながらも、ぼくは頑なに自分の唇をギュッと結んだまま、何も答えることなくそっぽを向いてしまったのだった。しばらくして、二人はすごすごと帰って行った。
その事が、後で波紋を広げることになるなんて、ぼくは思いもせずに…。
その次の日、一晩、病院でぐっすり眠ったぼくは、午前中に先生の診察を受けた後、無事に家に帰ることが出来た。
けど、念のため一週間は外遊びをしないで家で大人しく過ごすようにお医者さんから言われて超絶ブスッとしていた。なぜなら、あと一週間でちょうど夏休みが終わってしまうし、それに、今度の金曜日は夏休み最後の大イベントがある日で、友也くんと友也くんのママと妹も一緒に大きなすべり台がたくさんある大きなプールへ連れて行ってもらう行く約束をしていたからだ。それに行けないなんて…。
(あ~あ、なんてついてないんだ。せっかくの夏休みが台無しだよぉ。)
昼ご飯を食べてから、ぼくは、ふて腐れながら何もせずにボーッとたっくんと一緒にテレビを見ていた。
「広海ー、いつまでもすねてないで夏休みの宿題でも終わらせてしまいなさい。」
「えーっ、めんどくせー。」
ぼくは、忙しそうに掃除をしているママを横目で見ながらゴロゴロと転がってあくびをした。
「頭打ってそのくらいで済んだんだからいいとしなきゃ。打ち所が悪かったら、酷いことになってたかもしれないでしょ。」
「……。」
「しょうがないなぁ、もう…。友也くんのママに言って、金曜はプールの代わりにうちに遊びに来てもらいましょう。それで夏休みの打ち上げのパーティしようよ。」
「え?本当?」
「うん。ピザとかハンバーガーとか好きなものいっぱい食べようよ。デザートだって広海の好きなプリン買っちゃおー。」
「ゲームもいっぱいしていい?」
「仕方ない!その日は特別に許す。」
「やったぁ!プールよりは嬉しくないけど、まあ、仕方ないかぁ。」
「じゃ、それまでに宿題の残りしちゃいなさい。」
「はぁーーーーーい。」
ぼくは、重い腰をようやく上げた。
「あ、そうだ!先にあの本を読んじゃったら?」
「うん、いいけど…。まぁまぁ面白かったし。」
「けど、偉いわね。あんな分厚い本、広海が読めるようになったなんて。ママ、ちょっとびっくりした。」
「ぼくを見くびらないでよ。何でもやれば出来るんだから!」
「あ、そうだよね。それが広海のいいとこだよね。負けず嫌いで失敗もするけど、口に出したことはちゃんとやるもんね。」
「負けず嫌いで失敗もするけど…、は余計だよ!もっとちゃんと褒めてよぉ!」
「はいはい。広海は意志が強くてカッコいいよっ。」
「えへへっ、分かればいいんだよ、分かればぁ。」
ぼくはちょっと照れながら、本を取りに自分の部屋へ向かう。
(なんか、最近のママはぼくにも優しいなぁ。ようやく、ぼくの良さに気付いたんだな。)
本を持ってさっきゴロゴロしていたテレビの前のテーブルへそれを広げて早速ぼくは読み始めた。
すると、ママも掃除をやめてテレビを消し、ぼくの側へ座ってたっくんに絵本を見せ始めた。お陰でぼくは本に集中して読み始めることが出来た。
(この間は、最後のお話しを先に読んでしまったから、今度は最初の物語から順番に読もう。残りのお話しは、あと6つもある。)
取りあえず最初のお話しから読み始めてみると、ぼくの頭の中で本の絵がまるでテレビのように動き出し始めた。
物語の主人公のしげるは、チューリップほいくえんの小さい組で、とてもやんちゃで暴れん坊で、先生のいうことも聞かない、友達にはいじわるする、自分のしたいことをしたいようにする男の子だった。悪いことをしたら、いつも暗くて嫌な臭いのする物置に入れられる。
(しげると比べると、ぼくの方がずいぶんとマシだな。)
そのほいくえんは、少し変わっていた。
友達と積み木で大きな船を作ってみんなで乗ると、本当の海に出てクジラ取りが出来た。
次の物語では、こぐまがほいくえんに訪ねて来て、しげるたちと一緒に絵を描いたり、お弁当を食べたりした。
3つ目と、4つ目のお話しも色々と不思議なことが起こり、ぼくは夢中でストーリーを読み進めた。
5つ目の物語には、おおかみが登場した。
その日、しげるは、ちょっとお腹が痛かったので保育園をずる休みした。痛いのはすぐに治り、お友だちがほいくえんから帰ってくるのを待ちながら原っぱで一人、遊んでいた。
そこへ、おおかみが来て、ズル休みをしている子がいるから食べてしまえ、と、しげるに近づいてきた。けれど、泥だらけのしげるを見たおおかみは洗ってから食べようと、一旦、家へ戻り、かまどで湯を沸かしたり、準備をしているうちに、原っぱでは、しげるのお友だちが保育園から帰って来ていました。
お友だちは、遊ぶ前にカバンを置きにお家へ帰ったので、しげるもお家に帰ってお母さんに体を洗ってもらい、また原っぱへ戻ってお友だちと遊んでいました。
おおかみがやって来たころには、泥だらけの子はもう居ません。どの子がしげるだか分からなくなっています。
みんなはおおかみに気付き、力を合わせて勇敢におおかみを押さえ込み、その間に、しげるが110番に電話しました。
そしたら、お巡りさんがパトカー2台で何人もやって来て、おおかみは逮捕されました。
子供たちは、すごく褒められて、ご褒美にパトカーへ乗せてもらいました。
(すごいなぁ。みんなでおおかみを捕まえるなんて…。みんなで力を合わせるって、大事なんだなぁ。)
物語は、とうとう最後の一話を残すだけになり、ぼくは嬉しくなって横にいるママに伝えた。
「ママ!ぼく、もう6つも物語を読んだんだよ!あと一つでこの本を全部読み終わるよ!」
「すごい!集中してたもんね。こんなに文字が多いのに、良く読めたわね。さすは、広海ね」
「えへへへへへ。」
「それじゃあ、少し休憩しない?おやつにアイス食べましょう。」
ママはひまわりみたいに笑った。
「うん!」
その時に食べたアイスは、メチャクチャ美味しかった。
(心が喜んでいると、食べる物もすごくおいしく感じるなぁ。それに、ママは、やっぱり優しい。なんでだろう?)
リビングのベランダの方へ目を向けると、太陽の強い日差しが銀色の手すりに反射してピカッと光った気がした。
背世界では、広海たちの満ち足りた穏やかで幸せな黄色い波動に反応して明王アフロスが現れていた。
「君のママはね、君が一生懸命に本を読んでいるように自分も一緒に図書館でミュゼットに選んでもらった育児書を毎日少しづつ暇を見つけて熟読しているんだよ。それを素直に実践しているから、君への接し方も変わってきたのさ。君のママもね、君と同じように黒山の試練の渦中にいる。八正道の中の〝正念〟をなかなか超えて行くことが出来ずに、もう何年も苦しんでいるんだ。〝正念〟とは、正しい自覚をすることだ。自分を見失うことなく周りに振り回されたりせずに正しい信念を持つことなんだ。実は、君はそれについてはもう生まれながらにクリア出来ていることなんだ。
広海くん、君の波動は心に偽りなく常に真っ直ぐだ。真っ直ぐな光はやがて天に叶う。人にはそれぞれ自分だけが歩んで行くべき道がある。それは一つとして同じものはないんだ。君のママにも自分でしか歩めぬ道がある。たとえ親子であってもそれぞれの己の道を見つけて進まねばならん。だから、生き物はみな孤独と向き合っている。しかし、助け合うことは出来るんだ。行く道はそれぞれ違えどもすべての人間がたどり着く先は同じなんだよ。みな同士で、それぞれが仲間だ。同じもの同士、いがみ合って戦っている暇はないんだ。その事に早く気付いてほしい。
君の人生は、まだ始まったばかりだ。学べ、遊べ、知れ、そして、強くなれ。君は掴め!君の魂たちの成せなかったものを、その手で掴み取るんだ。」
アフロスは、自分の拳を力強く握りしめた。
ぼくは、そのベランダの手すりに映った美しい光が、まるでぼくに何かを語りかけるように瞬くのを、アイスを食べながらじーっと見つめていた。ずっと見つめていたいくらいに美しく神々しい光だった。
図書館では、館長が一段落した作業の手を止め、自分の凝り固まった腰をトントンと左手でたたきながら言った。
「それはそうと、作業はすごく進んだけど…直樹くん親子が帰ってから、だあれも来ないわね。」
「大丈夫ですって、館長!今にみんな戻ってきますよ。ここには、他にないものが沢山ありますから。」
広海くんの言葉にはいつも救われる。本当にいい青年に育ったものだ、と広海くんに視線を合わせて細く微笑む。
そんな二人のほほえましい光景に、いつの間にか女神ミュゼットも現れていた。
「もちろん、広海くんの言う通りになるでしょう。この図書館は、愛と調和に満ち溢れています。まるで宇宙のようです。その居心地の良さは必ず人々に伝わります。もう少しお待ちくださいませ。」
ミュゼットの素敵なささやきもまた空間に花束を添えるのだった。
そして、待ちに待った金曜日。
次の更新予定
毎週 日・月 13:00 予定は変更される可能性があります
図書館の女神 @mikoto7772025
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