トレパネーションMBTI
@scscjofjwef
『額の光(Forelight)』
20XX年――。
どれほど時代が進み、文明が発展しようと、
人間の身体には大きな変化はない。
そう、これまではそうだった。
だが、近年の電脳技術の発展によって、
人はついに「心の可視化」という最後の壁を越えた。
思考と感情を電気信号として解析し、
それを外部に映し出す新しい身体拡張――“Forelight(フォーライト)”。
装着率は年々上昇し、今や都市部では九割を超えるという。
それはもはやファッションでも医療でもなく、
“誠実の証”として社会の標準になりつつあった。
朝の地下道は、広告の光でほとんど昼間みたいに明るかった。
歩く人のほとんどが額に小さなモニターをつけていて、青や白の色がちらちらと流れていく。
それが今の標準になりつつある。
最近では出産と共に手術することも、親の同意があればできるらしい。
そして、表示が落ち着いている人ほど「誠実」だと見なされるのだ、とニュースで聞いた。
だけど、俺の額にはまだなにもない。
モニターなしで街を歩くと、すこし浮いて見える。
目が合った人が、すぐに視線をそらす。
自分の心が“見えない”というだけで、
まるで危険人物みたいに扱われる。
いや、事実そうかもしれない。
自分も昔は、身なりの貧しい人を見て、ただそれだけで差別したことがある。
今されていることは、それが返っているだけだ。
とにかく、いまの世の中は俺にはなんとなく息苦しい。
最近は、人と話しても、声の奥で何かがズレている感じがする。
どこまでも穏やかで、どこまでも薄い。
それでも、誰も怒らない。
怒ることがもう、恥ずかしいことみたいになっている。
駅の出入口のそばに、無人のパンフレットスタンドがあった。
銀色の表紙が目に入り、なんとなく手に取る。
そこには大きく、こう書かれていた。
「あなたの心を、美しく見せる。」
表紙の下に、小さく社名が刻まれている。
株式会社トゥルーフェイス。
――フォーライト。
トレパネーションという古い技術を現代科学で再現したものだということだ。
昔、「ホムンクルス」という漫画でそれを読んだことがある。
当時は、頭蓋骨に穴をあけるなんて奇妙に見えたものだが、今では誰もが喜んでこの手術を受けている。
そして、その穴から脳に向けて電極を接続する。
その反対側には額に装着する小型ディスプレイ。
常時脳波を直接読み取り、感情を光で表す。
パンフレットには、やわらかい言葉が並んでいた。
“誤解が減る”“嘘がなくなる”“人と人がもっと近づく”。
写真の人々は、どれも穏やかに笑っていた。
額の光が淡くにじんで、まるで聖人の後光みたいだった。
“開口処理は痛みを伴いません”
“ほんの少し世界とつながるだけです”
その一文で、少しだけ指先が止まった。
でも、すぐにまた読み進める。
“ほんの少し”という言葉は、不思議と安心を誘う。
そうだ。
何を怖がる必要がある。
たった一つの穴じゃあないか。
脳に貫通するわけじゃなし。
それで社会に迎えられるなら…。
最後のページには、申込フォームのQRコードが印刷されていた。
「あなたの心を、もう一度、あなたのものに。」
俺は、しばらくそのパンフレットを握っていた。
そして、何となく――
ほんとうに何となくだけど、
「やってみてもいいか」と思ったのだった。
トレパネーションMBTI @scscjofjwef
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