とある一室の寝台の上。王飛と趙琰は強く抱きしめ合い、貪るように互いの唇を重ねる。


「王将軍……貴方様とこうしていられることを何度願い、夢見たことでしょうか。やっと、やっとわたくしの思いが届くのですね。諦めず貴方様を追いかけてきてよかった」


 趙琰は涙を流しながら纏っている着物の合わせに手をやる。

 王飛は手早く脱いだ衣服を寝台の下へと落とす。床に落ちた着物、その襟の裏側に災難避けの護符が縫い付けられているのが目にとまった。戦地へと赴く夫を想って妻の程徽が縫い付けたものだ。


「……徽」


 途端に熱が引き、冷静になる王飛。妻を裏切るだなんてとんでもない。一時の感情に流され、自分は取り返しのつかないことをしようとしている。


「……すまない、琰。俺はやはり妻以外とは────ぐっ!」


 趙琰を拒絶しようとしたその時、下腹部に鋭い痛みを感じてくぐもった声をだす。

 視線を下げて見てみると、腹に短剣が深々と刺さっていた。


「……な、んだ、」


 突然のことに頭が真っ白になり、一体何が起こったのか分からない。だがしかし、王飛はこの短剣の意匠には見覚えがあるような気がした。


「王将軍、いいえ──王飛。お前の短剣を返してやる。そう、お前が我が父の胸に突き刺した短剣をっ!!」


 憎しみと怒気に満ちた声がした。それは目の前の趙琰から発せられたものであり、彼女は血走った目で王飛を睨みつけている。


「父、だと……? 何の、話だ、」


 血塗れの手で腹をおさえる王飛は、趙琰の言っていることがやはり分からない。

 すると女は顔を真っ赤にし、ぶるぶると震えながら叫ぶ。


「わたしはお前に滅ぼされた趙一族の唯一の生き残りだ! わたしは全てを失った、憎い憎い憎いっ! お前が憎くて憎くてたまらない!!」


 王飛は漸く思い出す。魏瑁の元へといた時に、命じられるがままに滅ぼした一族があったことを。

 民を苦しめる魏瑁の圧政に物申した趙一族の長。それが気に入らなった、ただそれだけの理由で魏瑁は王飛に一族郎党の殲滅を命じたのだ。

 勿論王飛はこれを不当だと思った。だが従わねば命はない。こうして渋々と王飛は趙一族を滅したのだ。

 全てを思い出し、王飛は自らの過ちを後悔する。


「……っ、すまな──がっ!!」


 謝罪の言葉を紡ごうとする王飛の喉に趙琰は小刀を突き刺す。


「謝らなくていいのよ、許すつもりなんてないのだから」


 寝台に倒れ、ひゅーひゅーと息をする王飛を見下ろして女は続ける。


「王飛、わたしはお前をここまで追いかけてきた。わたしは一族を殺されたあの日からお前に夢中だったの。芸妓に身をやつしてまでお前に会いたかった。会いたくて会いたくてたまらなかったのよ」


 趙琰はにっこりと妖艶に微笑む。


「ひとりの男をこれ程にまで想うだなんて、それはまるで恋のようだと思わない? わたしが執念で届けたこの恋心憎悪、お前はどう感じたかしら?」


 王飛は返事をしない。呼吸の音も聞こえなくなっており、ぴくりとも動かない。


「……ふ、ふふふ。あははははっ!! 王飛、わたしはお前がようやく愛せそうだよ!! あははははっ!!」


 趙琰は小刀を抜き取り、寝台を降りる。そしてぶつぶつと呟く。


「さて、次は王凱か。その次は王進、王明、王直オウチョク王静オウセイ、それから──」


 彼女の復讐はまだまだ終わらない。

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