その女、趙琰
王凱は兄の様子がおかしいことに直ぐに気がついた。王飛の視線の先を見てみると、そこには一際可憐な妓女の姿がある。
生真面目で側妻も持たぬ程に妻一筋な兄が女に見惚れる姿を見たのはこれが初めてで、王凱は一計を案じる。
王飛の血を継ぐ子を諦めきれぬ王凱。卑しい芸妓を側妻とするのはありえぬが、兄には妻以外にも女はいるのだと認識してもらいたい。他の女と触れ合えば、側妻を持つことを積極的に考えるのではないかと考えたのだ。
芸妓達の舞が終わった頃、王凱は声をあげる。
「おい、そこの女。王将軍に酌をしないか」
「……わたくしのことでございましょうか?」
「ああ、そうだ。お前だ」
女を呼びつける弟の振る舞いに王飛はぎょっとし叱責しようとするも、しずしずと目の前までやって来た女の美しさに思わず口を閉じてしまう。
「それでは兄上、どうぞお楽しみ下され。ご安心下さい、私も弟達も義姉上には何も言いませぬ」
そんなことを言って去っていく王凱と入れ替わる様に女は王飛の隣へと腰をおろした。
「こんばんは、王将軍。此度の戦も華々しくご活躍されたそうですね」
女の甘やかな声にどきりとする。
「あ、ああ……いや、それほどでもない」
「ふふっ、ご謙遜なさるのですね」
口元を隠して優雅に笑うその女は妻とは正反対の気質を持っているように見えた。程徽が芯の強い賢妻ならば、この女は男の庇護欲を掻き立てるか弱き存在だ。
妻とは違う女を前にして王飛は何を喋ればいいのか分からなくなってしまった。なので、こう言った。
「名は、なんという?」
すると女は大きな目を細めて口を閉ざした。しかし、やがて答える。
「
「趙?」
その姓に王飛は何やら引っかかりを覚えたが、違和感の正体は掴めない。なので、まぁそう珍しい姓ではないしな……そう思い気にしないことにした。
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