酒宴の席


 謁見の間にて主君へ此度の戦果を報告する王飛。その脳裏には先程の女の笑顔がちらちらとよぎる。それでも何とか平生を装って報告を終えると、一刻も早く愛妻の元へと戻りたかった。

 女の笑みを妻の笑みで上書きしたい、そう切に思う王飛であったが……。


「伯翔、今宵はお主らを労う為に酒宴を開こうと思う。直ぐに用意をさせるから存分に楽しんでくれ」


 陸表にそう言われ、王飛は僅かに顔を強張らせる。正直、宴などどうでもいい。だがしかし、主の厚意を無下に断るわけにもいかない。


「はっ、有難き幸せにございます。殿のお心遣い、皆大層喜ぶことでございましょう」


 拱手して王飛が答えれば、陸表は満足そうに笑って頷いた。



 酒宴といっても、王飛は酒を好む方ではない。

 適当な頃合いに抜け出し、屋敷へと戻ろう。そんなことを考えながら王飛が次々と運ばれてくる豪勢な料理を食べていると、隣に何者かが立つ気配があった。見るとそれは弟の王凱であった。


「兄上、私の顔など見たくはないでしょうか?」


「何を馬鹿なことを言う。座れ、俺も少し飲もう」


 そうして兄弟は仲良く酒を飲み始めたのだが、不意に王凱が暗い顔をして呟く。


「兄上、先程私はシンメイに叱られてしまいました。側妻や子のことを兄上に口喧しく言うものではないと」


 王進オウシン王明オウメイは王飛と王凱の弟で、この宴会場にもその姿はある。


「兄上は一度は落ちぶれた王一族を再興なさった、言うなれば我らが光。それ故にどうしても私は兄上へ期待を寄せてしまうのです」


「俺が光? 大層なことを言ってくれるな。俺達がこうして良き殿に恵まれ、一族が活気づいたのはお前の知略のおかけだ。武芸一辺倒の俺では何も成し遂げられぬ」


 王一族は元々この国の人間ではない。出自はここよりも遥か西方で、王飛らの父である王岱オウタイは近辺の豪族らを束ねる軍閥の長であった。

 しかしその父は領土拡大を目的にした敵に謀殺されてしまう。長を失ったことで軍閥は崩壊し、王飛らは生まれ育った土地を追われることになったのだ。

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