可憐な人


 今度溜息をつくのは弟ではなく王飛の方であった。

 都への帰還、それは久方ぶりに妻と顔を合わせるということだ。愛しい妻に会えることは嬉しい。抱きしめ、口を吸い、愛を囁きたい。

 だがしかし、今宵の寝所でのことを思うと気が重くてならない。

 どうにかならないだろうか。どうすればいいのだろうか。そんなことを考えていると、刺さる様な強い視線を感じた。

 はっとして道の脇へと目をやると、建物の陰から王飛を見つめるひとりの女がいた。

 女は色白であるが頬だけは真っ赤にし、高鳴る鼓動をおさえるかのように豊かな胸元へ両手を当てている。長い睫毛に縁取られた大きな瞳はきらきらと潤み、今にも涙が零れ落ちそうだ。

 華奢な体を小さく震わせている様子が、愛くるしい小動物を連想させた。

 王飛は自分に熱っぽい眼差しを向けてくる女に、ごくんと喉を鳴らす。


──なんて可憐な人だ


 王飛が程徽以外の女にそんなことを思うのはこれが初めてであった。

 女に注視していると、不意に視線が交わる。すると女がにこりと柔らかく笑ったので、王飛の体がカッと熱くなる。まるで血が沸騰しているようだ。

 これは駄目だ、妻に対して不誠実だ。王飛は女から視線を外すと、ただ真っ直ぐに前だけを見つめる。

 一瞬のことであったのに脳裏に焼き付いてしまった女の笑顔。それを振り払うかのように頭を左右に振ったが、あまり効果はなかった。

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