初陣

 深夜の港湾部にある倉庫街で闇に隠れて人影が蠢いている。とはいえ彼らは法を破るものではなく、法を遵守する側だ。

 その人影によって静かな包囲網が結成されつつある。車の通れる陸路はもちろん、船で逃げられる海路も沖合から統合軍の船舶が封鎖していた。

 今夜はここでアーバン・レジェンドによる魔術結晶の受け渡しが行われる予定であり、第一憲兵隊はそれを拿捕するために出動していた。攻撃部隊に振り分けられた吹雪とシロガネはすでに魔術機甲を纏って所定の地点で待機しており、ウォルフ02のコールサインを振り分けられていた。

 どくどくと、まるで初陣かのように自分の鼓動がせわしないのをシロガネは自覚する。夜目にも煌びやかな白騎士の機甲は敵の眼を誤魔化すために暗褐色の外套マントで大部分を隠されており、同じく外套を纏った吹雪がちらりとこちらを見やる。


「大尉、少し落ち着いた方がいい。少なくとも俺は自分の務めはきっちりと果たす」

「ん、む……ええ、分かったわ」


 さすがに戦闘になればリンクを閉じているわけにもいかない。今は二人とも接続を全開にしている。

 それによって自分の動揺は手に取るように伝わっているはずだ。その事に少しの気恥ずかしさを覚えながら、ゆっくりと深呼吸をする。

 吹雪からは至って平静の感情が伝わり、その変わりのなさに今だけは気持ちが落ち着く。


『グール01より各隊へ。魔術結晶の取引を確認した。これより強制捜査へと向かう』


 だが、倉庫を監視していた部隊が無線で連絡してきたのを切っ掛けにまた緊張が高まる。今回の出動はかなり大がかりだ。倉庫や沖合を封鎖する部隊は元より、魔術機動歩兵で構成されている憲兵隊も第一から第三部隊まで駆り出されている。

 ここまでの動員と憲兵隊が出動しているという意味を考えれば、違法術者との交戦は必至だということだ。

 そんなシロガネの思考を裏付けるように事前の取り決めであった照明弾が打ち上げられる。空に打ち上げられてなお光量の弱まらないその弾はゆっくりと落下しつつ、暗闇を薄暮程度には照らしだす。

 だが――


「四つ、ですって?」


 立て続けに三つの照明弾が追加で打ち上げられる。それの意味する符丁はただ一つ。

 違法術者は無数にいる。


『こちらグール01! ここにいる奴ら全員が違法術者だ! 早く来てくれ! こいつは罠だ! 俺たちをおびき寄せるための罠だ! うあっ、畜生!』


 叫びと共に銃声が聞こえてくる。無線が終わるや否や、吹雪はマントを脱ぎ捨てて駆けだす。


「ウォルフ02より司令本部へ、こちらは現場に急行する。包囲の穴埋めを。大尉、行くぞ!」

『ウォルフ02、突出するのは危険だ。ウォルフ05を回す、それと連携して当たれ』

「駄目だ。待っていたのではグール01が壊滅する。損害はなによりも誰よりも魔術機動歩兵われわれが一番に引き受けなければならない!」

『っ……本部了解』


 黒狗がブーストを噴かし、魔力光を煌めかせながら夜空へと飛び立つ。同じように外套を脱ぎ捨ててその後ろを追いかける。

 本部からの無線が盛んに指示をがなり立てているのを聞きながら全速力で現場へと向かう。近付くにつれ、銃声と悲鳴の狂想曲が聞こえてくる。

 それは一方的な戦いだ。グールのコールサインを持つ部隊は通常兵科で構成されており、その武装である通常の火器は魔術機甲に通用しない。物陰に隠れて射撃を加えているが、その銃弾を避ける仕草すら見せずに違法術者たちは嬲るように攻撃を放っている。

 おそらくは全滅させてしまえば統合軍が仕切り直しを計るのを危惧してのことなのだろうが、それにしてもやりかたがあざとすぎる。

 魔術の光が一つ瞬くたびに遮蔽物ごと兵士が吹き飛ばされる。傷を負った仲間を助けようと駆け寄る兵士にさらに魔術が打ち込まれ、稲妻が身体を貫いて苦悶にのたうつのを持った武器で指し示して肩を揺らす。大方、嘲笑を向けているのだろう。

 そのやりようは明らかに統合軍の魔術機動歩兵を誘っている。

 ざっと見ただけでも十人の違法術者がいる。対してこちらはウォルフ02以外のユニットはまだ来ていない。


「っ!」


 ぞくりと背筋が震える。目の前の光景に、ではない。目の前の光景を目にした吹雪の感情に、である。

 最大解放されたリンクから相手の感情が間違うことなく伝わってきている。

 その心はこう告げていた。

 倒す。全て倒す。

 目の前の違法術者たちを一人も逃さない。

 その感情を処理する間もなく、黒狗はブーストをさらに噴かす。自分の内心が伝わっているのは理解しているはずなのに、そこに一欠片のゆらぎもない。ただ凍てつくような殲滅の意志が広がってくるだけだ。

 同時に吹雪の思考が流れ込んでくる。

 黒狗が突撃して攪乱、白騎士にはグール01の救援、のちにこちらの援護を。

 それらは言語化されたものではない。先の殲滅にしろ、その意思が直接焼き付けられるように理解しているだけだ。

 ゆえにシロガネは迷いもなく吹雪の後方へと位置取り、ブーストを吼えたてるように噴かしながら一直線に突撃する吹雪を援護するためにボウガンの引き金を引く。白銀の魔力光が連なって着弾し、違法術者が散らばって回避する。

 ウォルフ02を突出してきたと見て取り、違法術者たちは焦ることもなく両翼を広げるように陣形を広げて迎え撃つ体勢を見せる。


「グール01、君らは下がって本部と連携を!」


 牽制に放たれた魔術を迎撃しながらシロガネが指示を飛ばす。指揮官が頷き、負傷者を回収して後退していくのを確認してから自身も前に出て援護を開始する。

 単純に考えても五倍の戦力差がある所に来た二人を格好の獲物と見たのだろう。余裕すら感じられる動きで吹雪を取り囲み――そして打ち払われた。

 左右から挟撃した術者は斬り払われ、正面の重装はブーストを噴かした体当たりに吹き飛ばされる。そのままの勢いで後方に斬り込み、援護しようとしていた術者たちも薙ぎ払う。

 全ては一瞬、あっという間の出来事だった。刹那の瞬間に打ち崩された敵をシロガネの剣が追撃する。

 あっさりと斬り込まれたことへ動揺したのか相手の動きが一瞬鈍る。それを見逃さず、黒狗は大気を攪拌するような機動で動き回り、敵陣を散々に荒らし回る。

 近くにいた術者に蹴りを入れ、その反動で反対側の術者を斬り伏せる。そのまま独楽のように回転して上方に居た術者の脚を斬り、ようやっと照準を合わせてきた一人にブーストの吼え声を響かせて突進する。黒狗の咆吼が轟くたびにその牙が敵を傷つける。


 十人以上、正確には十四人いた違法術者たちがなす術もなく倒される。増援を待つまでもなく、あっというまに包囲は破れて違法術者たちは千々に乱れる。

 それでも違法術者たちはなんとか態勢を立て直そうとしており、リーダーらしき術者がなにごとか告げたのか軽傷の術者たちが下がりながら堅陣を組みはじめる。

 だが吹雪はそれすら歯牙にかけずに引き裂く。空中で寝転がるような体勢から刃を振るって魔術機甲を切り裂き、その反動でまた機動を加速させる。

 変則的な機動についていけず、違法術者たちは次々に打ち払われて地上へと叩きつけられる。

 その間にシロガネがやったことといえば多少の援護と、地上に落ちた術者に拘束の術式を打ち込むことだけだ。

 瞠目すべきはその誰もが深手を負ってないことだった。武器を持てない程度に、それでも命を喪うほどでない斬撃ばかりを受けている。おそらくは捕らえたあとのことも考えているのだろう。つまりは手加減する余裕すら吹雪は持ち合わせている。

 斬撃が煌めき、最後の一人が墜とされる。気絶して魔術機甲が強制的に解除されたところにボウガンに乗せた拘束術式を打ち込む。これで数日は魔術神経が強制的に休眠して使えなくなる。その場にいた十四人全員があっという間に同じ末路を辿り、到着してから数分も経たずにその場の制圧が完了した。

 見事という他ない手際のいい動きに思わず感嘆の溜息を吐いてしまう。


『なんというか、私の出る幕はないな』

『いや、まだだ』


 リンクを通じた会話の間にも吹雪は警戒を解かず、なにかを探っている。シロガネも魔術による探知を一度も切ってはいないが、なにも引っかかるものはない。リンクを通じて思惑を感じとってみても、漠然とした警戒が伝わってくるだけだ。


『黑金大尉、君はなにを――』

『二時方向、反応がある!』


 シロガネが問おうとした瞬間、右斜め前から魔力の反応が膨れあがって独特の光を二つ視認する。照明弾の光を押しのけるようにして輝いた赤色と水色は魔術を知る人間なら見間違いようのない、魔術機甲を纏うときの光だ。


『来るぞっ!』


 光が収まるや否や、ハンマーと長槍を装備した二人の違法術者が突っ込んでくる。構えていた吹雪を素通りしてシロガネへと二人同時に仕掛ける。

 ハンマーの一撃を盾で防ぎ、反対側の術者へと反撃――しようとした瞬間、盾の表面でハンマーが爆発して体勢を崩す。そこに長槍の一撃が差し込まれ、戻ってきた黒狗が間一髪で防ぐ。

 ハンマーの術者が吹雪を狙って頭部へ武器を振るう。肩と脇腹のブーストを噴かして空中に寝転ぶような姿勢で回避すると、それを串刺しにせんと長槍が襲い来る。

 青色の穂先を白騎士が盾で跳ね上げ、空いた脇腹へ剣を薙ぐ。だが、隙を狙った剣閃はハンマーで逆にかち上げられる。


『こいつら……っ!』

『グリューネヴァルト大尉、一旦下がるぞ。こいつら連兵だ!』


 吹雪の意志にすぐさま応え、二人同時に後退する。相手は深追いせずに二人一組の動きでじりじりと追随してくる。その連携に齟齬はまったく見られない。

 通常、違法術者は個人で独立した存在だ。法の埒外にいる魔術機動歩兵として生きる道を選んだ人間である。我の強さ、あるいは欲望の強さというのはそれだけで証明されているようなもので、そういった人間同士がリンクを繋げるというのはまずない。

 リンクはそれほどまでに互いの思考に影響を与えるし、だからこそいつ別れるか、あるいは裏切られるとも知れない間柄で繋ぐものではない。

 だからこそ統合軍では徹底的に連兵の関係性を強固にしようと努めている。

 そんな違法術者同士がリンクしているという事実に驚愕する。だが、吹雪からは一片の動揺も返されてこない。

 むしろ違法術者はリンクしていてもそれらを完璧にするための訓練はできないし、日々訓練している自分たちが落ち着いて対処すれば倒せる。その内に増援も来る。そういった安心させる思考ばかりが流れ込んでくる。


 まずはハンマーの術者を。その意志が伝わってきた瞬間、吹雪が突撃を仕掛ける。故意にタイミングを遅らせたシロガネが逆側から襲いかかると、下がっていた所からの反転に二人の術者は一瞬対応が遅れる。

 左右からのタイミングのずれた攻撃を、しかしハンマーの術者は凌ぎきる。長柄を使って黒狗の斬撃を防ぎ、白騎士の突きを受け流す。そこに長槍が横合いから突き入れられてくる。

 掴む、拘束、止めを。その意志が一瞬で流れ込んでくる。果たして吹雪は突き入れられた長槍を回避し、そのまま腕で抱え込むように捕らえた。一瞬、戸惑ったように長槍の術者が動きを止め、相手が魔術を起動させるよりも速く白騎士のブースト全てを使った電光石火の突きが差し込まれる。

 白銀の槍の一撃は狙い違わず術者の脇腹、その装甲へと食い込む。黒狗が離脱した瞬間に穂先から魔力を放出すると、白い雷が違法術者の全身を貫く。空中で換装が解かれた長槍の術者が気絶したまま落下する。そこに吹雪から拘束の術式が打ち込まれる。

 残るはハンマーの術者だけだったが、長槍の男がやられた衝撃がリンクから伝わったのか、動きが鈍くなったのを難なく打ち倒して拘束する。こちらは女であり、奇しくも吹雪たちと同じ男女の連兵である。


『黑金大尉、もう次はないか?』

『そうだな。おかわりはなしのようだ』


 先の例から警戒を解かず、魔術の探査を飛ばし続ける。ようやっと到着してきた増援の魔力光を見ながら吹雪が応える。


『それにしてもこの数的不利で増援もなしで片付けてしまうとは。君の手際は素晴らしいな。正直言って私はほとんどなにもしていないぞ。これがプラティナム3の実力か』

『なにを言う。グリューネヴァルト大尉がいてくれるからこそ、俺は率先して突っ込んでいけるんだ。一人だったら時間稼ぎがせいぜいか、悪ければなます切りにされてるさ。序列など関係ない。君の援護があればこそ、俺たちの連携が噛み合ってこそだ』


 リンクからは本心でそう思っていることが伝わってくる。それでもシロガネにとってこの数分は驚愕の連続だ。数倍の差をあっさりと処理し、探査にも引っかからなかった二人の術者を感じ取り、連兵しているという相手にも臆することなく対処してのける。

 しかも驚くべきはリンクから伝えられる指示の一つ一つになんら過ちがないことだ。ベルタと組んでいたときは時として悪手を打ってしまったことがあった。それをベルタが、あるいは彼女の悪手を自分がフォローし、それも連兵というシステムの長所であると、そう思っていた。

 だが、初の実戦で吹雪はシロガネとの連兵を完璧にこなしてみせた。それがこの結果に表れている。

 そうして彼自身は連兵の存在が大きいと本気で思っている。その感情は面映ゆいほど真剣に伝わってきていた。

 これがプラティナム3という序列の強さかと思うが、吹雪自身がそれを否定している。

 戦闘が終結に至ってようやく包囲網から連兵の増援、そして態勢を立て直したグール01たちが違法術者の確保に現場へと戻って来始める。

 吹雪はそれでも油断はせずに上空から周辺を監視しており、そこには微塵の緩みはない。

 吹雪が若くして第一憲兵隊に所属している理由、そして死神とも言われている彼の連兵たちが報告書に好意的な文章を残している理由、それらを少し理解できた気がした。






 初出撃でありながら連兵一ユニットで敵を殲滅した。

 そんな華々しい戦果を上げたとしても軍での日常に大きな変化はない。出撃手当を受け取り、報告書を提出し、日々の訓練とまた同じ日々に戻っていくだけだ。戦場ではあれだけ意志を伝えてきた吹雪は待機の日常に戻るとまたリンクを閉じている。

 訓練後、身を清めた後に食堂で一人食事を摂る。ベルタの時は同性というのもあっていつも一緒だったのが、異動してからはずっと一人きりだ。異性というのもあるが、どうにもこちらから距離を置きたがっている様子の吹雪を誘う切っ掛けが掴めないでいる。


「失礼、君がグリューネヴァルト大尉かな?」


 そんなシロガネに横合いから声がかけられる。見上げると、軍人らしく鍛えられた身体を野戦服で包んだ男が立っている。肩に光る階級章が少佐なのを見て取って、シロガネは慌てて立ち上がって敬礼する。

 訓練をしてきたのだろう、土埃に汚れた野戦服の少佐は答礼しながら野太い笑みを浮かべる。


「ああ、いい、いい。座ってくれていい。ただ、席を一緒にしていいか?」

「はい。自分は構いませんが」


 言いつつ、不審な表情が浮かぶ。混んでいるわけでもない食堂でわざわざ相席にする理由が分からない。

 通常、魔術機動歩兵は同階級であれば一般兵より判断が優先される。先任であるとか、あるいは経歴であるとか、そういうのは考慮されない。これは軍規にも明記されている。

 ゆえに一般兵と魔術機動歩兵は進んで交流というものはしない。軍隊でよくある出来事、つまりは「俺とお前は同階級だがどちらが偉いのか」というとさかのぶつけ合いは、魔術機動歩兵に限っては無条件で上になる。

 一般階級の軍人からすれば面白くないのは当たり前だ。

 所属の違う、それも階級が上の人間が何の用があるのか、シロガネには計りかねている。


「そんなに固くならんでくれ。今日は君に礼を言いに来たんだ。ああ、俺はエドヴァルド・ブローリン。階級は見ての通り少佐で、コールサインはグール01だ」

「グール01……」


 言われて気付く。先日の出撃で違法術者たちに蹂躙されていた部隊がグールのコールサインを使っていた。


「そう、先日君らに助けられた部隊の指揮官だよ。あいつらが面白半分で嬲るのを優先していたとはいえ、君らが駆けつけてくれたお陰で死者はゼロ、重傷者も少数で済んだ。それに対して礼を言いたかったんだ。ありがとう、ウォルフ02の迅速な判断で俺たちは助かった」


 魔術機動歩兵と一般兵が戦闘になれば一方的な蹂躙になる。たとえ戦闘ヘリや戦車、軍艦を用いたところで結果は同じだ、魔術機動歩兵を倒せるのは同じ兵科の魔術機動歩兵のみ。それはすでに世界の常識となっている。


「ありがとうございます。しかし、あのとき駆けつけられた判断は黑金大尉のものがほとんどです。礼を言うなら彼に言ってやってください」

「もちろん黑金大尉にももう伝えたよ。でも俺たちは君らに助けられた。だから、二人共に礼を言う。それだけだ」


 食べられるときに食べておくという性格らしく、大量に盛られたランチを片付けながらエドヴァルドが笑う。そんな率直な言葉に一瞬手を止める。

 どうにも吹雪といいエドヴァルドといい、なぜか自分を過大評価している節がある。ひいき目に見ても、先の戦闘で自分が果たしたのは後方支援以外なにもしていない。率先して向かったのも、殲滅したのも吹雪の功績が大きい。


「不可解そうな顔をしているな。あのな、俺たちにとっちゃ誰がどう動いたかなんて関係はないんだよ。君らが来てくれた。それで助かった。それだけが重要なことだ。連兵の片方が死神と呼ばれている、片方が支援だけしていた、そんなのは関係ない。軍じゃあ事実のみがものを言う。そうだろう?」


 そんな彼女の表情を読み取ったのか、エドヴァルドが言葉を継ぐ。


「だからな、一般兵だの魔術機動歩兵だのなんて気にせず、礼は礼として受け取っておけ。そうすりゃ俺も君も気持ちがいい。万事丸く収まるってものだ」


 あまりにも率直な物言いに目を見開くが、言葉の意味を理解すると少しだけ表情を崩す。


「そうですね。では、改めてどういたしまして。助けになれたようで良かったです」

「おう。君らも怪我がなくてなによりだ。それにしても君、笑うと可愛い顔だな」


 少佐も笑みを返す。それまでの儀礼的なものとは違う、親しみをこめた笑顔だ。どうやら率直な物言いは公私で同じらしい。


「美人ってのは笑わなきゃ損だ。その笑顔で黑金大尉も柔らかくしてやってくれ。彼はどこか常に危なっかしいからな」


 その親しげな物言いに笑顔を収める。


「ブローリン少佐は黑金大尉のことをご存じなのですか?」

「そりゃあ、もちろん。グールのコールサインは第一憲兵隊の所属だからな。そこにいるプラティナムナンバーを知らない奴なんていない。序列1位と2位はまあ、ちょっと特殊だしな」


 山盛りの昼食を見る間に片付けながら、ちらりとシロガネを見やる。


「それにな、先日の戦闘だけじゃない。俺たちは何度も黑金大尉には助けられている。連兵を喪うような戦闘でさえ、ウォルフ02に援護された一般兵の被害は少ない。それはな、黑金大尉とその連兵が最前線で踏ん張ってくれるおかげだ」


 その言葉に心を撞かれたような衝撃を受ける。考えてみれば、吹雪に関する調査は魔術機動歩兵という側からしか見ていなかった。

 一般兵から見た視点のことなど思いつきもしていない。


「だからな、少なくとも俺たちは黑金大尉を死神なんざ思っちゃいない。よくある一般兵と魔術機動歩兵の確執なんぞも、関係ない。むしろ、五度も連兵を喪わせたのは俺たちの援護が足りないからかもとも思っている。最後のはあくまで俺個人の考えだがな」


 それを見透かしたように言葉を重ねてくる。その一つ一つが染み入るように伝わってきた。


「憲兵隊なんかをやっているとな、反省することばかりだ。あそこでもっと早く拘束した違法術者を抑えておけば、あそこでもっと上手く動いて相手の気を逸らせておけば、あそこでもっと――魔術の使えない俺たちは魔術機動歩兵に対して後ろに着いていくことすら必死にならなければならない。それが一般兵と魔術機動歩兵の純然たる差だ」


 いつの間にか食事を終え、色と匂いがわずかに着いているだけのお茶を啜りながらエドヴァルドは溜息のように言葉を吐く。


「だからこそ魔術機動歩兵に損害が出たとき、俺たちは……少なくとも俺は自分たちがなにかを誤ったのではないかと検討し続ける。そして、助けられれば礼を言う。軍隊ってのは思いついたときに言っておかなきゃ、明日には死んでるかもしれない場所だからな。それが地を這う俺たち一般兵の、精一杯の誇りだよ」


 茶を飲み干し、一息つく。その顔は今までの言葉が偽りでないことを示している。


「……ありがとう、ございます」


 今度こそ、心の底から謝辞を返す。その言葉を受けて、エドヴァルドは最初に見せたような野太い笑みを浮かべる。

 その表情を見て、きっとこの指揮官は皆に慕われているのだろうとシロガネは思った。

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