第二十二話:『カス共のセルフリノベーション』
俺たちは、リリスが見つけた法の抜け道を頼りに、東地区スラムの最奥、誰も寄り付かない「旧市街区」へと足を踏み入れた。 そこに鎮座していたのは、かつては酒場か宿屋だったと思われる、巨大な廃墟だった。
一年以上、いや、十年は放置されていそうな、完璧な放棄物件だ。 剥がれ落ちた看板、板で打ち付けられた窓、ツタに覆われた外壁。建物全体からは、腐った木材と、カビと、古い酒の匂いが混じり合って漂ってくる。
だが、俺たちの目には、それは輝いて見えた。
俺は、そのボロボロの建物を前に、両手を広げて高らかに宣言した。
「どうだ、お前ら! ここが、今日から俺たちの『城』だ!」
「おうち…! 大きい、です! わたしたちの、おうち!」
イグニが、純粋な喜びの声を上げ、ボロボロの扉に抱きつく。
「フン、城にしては随分とみすぼらしいが……❘
リリスは、腕を組み、元・女王としての審美眼で建物を鑑定している。
「まあ、なんて可哀想な建物なのでしょう…。長い間、誰にも愛されず、独りぼっちで…。ですが、ご安心なさい。わたくしたちの愛で、きっと元の美しい姿に戻して差し上げますわっ!」
セシルは、建物の壁を優しく撫でながら、涙ぐんでいる。
それぞれの「夢」が、この廃墟に詰まっていた。 俺もまた、想像していた。ここを改修し、一階をギルド兼酒場にし、二階を住居にする。不労所得を得て、このスラムの金持ちとして君臨する未来を。
「ククク…城、か。朽ち果てた木材と、崩れかけの石壁。実に、貴様らにふさわしい、破滅の城だな」
ザガンだけが、冷ややかな予言を口にする。
「うるせえ! 予言なんざ知ったことか! やるぞ、てめえら! 史上最悪の、セルフリノベーションの始まりだ!」
◇◇◇
作業は、順調に「地獄」へと向かっていた。
「よし、てめえら! まずはこのゴミを全部外に出すぞ! セシルとリリスは床の雑巾がけ! イグニ、お前は、そこの傾いてる一番でけえ柱を、まっすぐになるように、ちょっとだけ支えとけ!」
俺は陣頭指揮を執る。まずは足場の確保だ。
「はあ!? なぜ、私が雑巾がけなどを…!」
「まあまあ、リリスさん。お掃除は心の浄化にも繋がりますのよ!」
「……チッ。まあよい、床板の状態を確認するついでだ」
文句を言いながらも動き出す二人。 そして、問題はイグニだ。
「はい、組長様!」
イグニは元気よく返事をすると、建物の中心を支える、太い大黒柱の前に立った。経年劣化で少し傾いている。
「こ、こうですか、組長様…?」
彼女は両手で、そっと柱に触れる。
「おお、そうだ! いいぞ、イグニ! そのまま、優しく、まっすぐに……」
「はいっ!」
イグニは、褒められたのが嬉しかったのだろう。 やる気に満ちた瞳で、ぐっ、と、ほんの少しだけ、柱に力を込めた。
バキィッ!!!!
乾いた、しかし致命的な破砕音が、廃墟に響き渡った。
「あ」
イグニの手の中で、直径1メートルはある巨木が、まるで腐ったマッチ棒のように、粉々に握りつぶされていた。
「「「は?」」」
支えを失った衝撃で、二階の床が、ズズズン! と沈下する。廃墟全体が、悲鳴のような軋み声を上げた。
「……あれ? 組長様。柱、こなごなになっちゃいました」
イグニが、木屑になった柱を不思議そうに見つめ、小首を傾げる。
「『なっちゃいました』じゃねえよ! てめえがやったんだろうがこの怪力ゴリラァァァ!」
俺の絶叫も虚しく、天井からパラパラと瓦礫が降り注ぐ。
「ま、まずい! 崩れる! 補強だ! 誰か、代わりの柱を……!」
俺たちは、柱となるものを探し右往左往する。
その、阿鼻叫喚のパニックの中、セシルだけが、聖母の笑みを浮かべていた。
「まあまあ、皆様。そんなに慌てては、お怪我をしますわよ? きっと、お腹が空いて、殺気立っているのですわ。わたくしが、皆様のために、温かいお食事を作って差し上げますわね!」
「おい、やめろ! こんな粉塵まみれの場所で、何を…!」
俺の制止も聞かず、セシルは、イグニが粉砕した柱の残骸(木屑)を一箇所にかき集めると、その上で、慣れた手つきで火打石を鳴らした。
カチッ。ボッ。 乾燥しきった古い木材は、最高の燃料だった。 小さな火種は、一瞬でキャンプファイヤー並みの焚き火へと成長した。
「馬鹿野郎! 屋内で焚き火すんな! 煙い! 煙い!!」
「リリス! てめえも手伝え! 消火だ!」
俺が叫ぶと、リリスは、煙が充満する床の下で、必死にバールを振るっていた。
「静かにしろ小僧! 柱が折れた衝撃で、床板がズレたのだ! 前の店の主が、床下にヘソクリを隠していた可能性がある! 私の計算によれば、このあたりのはずだ!」
「仕事してたんじゃねーのかよ!てめえは、この期に及んで金の事しか頭にねえのか!」
リリスがバールで床板を強引に引き剥がした、その瞬間だった。 構造的なバランスを保っていた最後の「留め具」が、外れた。
ギシッ……メキメキメキメキッ!!!
ひときわ大きな音を立てて、俺たちの真上の、傾いた二階の床の一部が、ついに崩落を始めた。 巨大な梁が、俺たちの頭上へと、スローモーションのように落ちてくる。
そして、その真下では、イグニが、全ての惨事を忘れたかのように、屈託のない笑顔を浮かべていた。 セシルが起こした焚き火から舞い上がった火の粉。その、蝶のようにひらひらと舞う美しい光を、彼女はただ子供らしく、夢中になって指で追いかけていた。
「イグニ! 避けろ! 何やってんだ!」
俺は必死に叫び、手を伸ばす。だが、間に合わない。 数トンはある瓦礫が、幼いイグニと、アホな聖女と、強欲な女王を、まとめて押しつぶそうとしている。
(終わった……)
絶望が脳を支配した、その時。 視界の隅で、ザガンが優雅にたたずんでいるのが見えた。
「ザガン!!!」
俺は、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「てめえ! 見てねえでなんとかしろ! このままだと全滅だ!」
「フン。知ったことか。自らの愚行で自滅する、それもまた一興だろう」
ザガンは冷酷に見下ろす。
「ふざけんな! お前、言ったよな! 『最高の地獄を見せろ』って!」
俺は、落ちてくる瓦礫を睨みつけたまま、悪魔に向かって吠えた。
「ここで全員死んだら、ただの『悲劇』だ! 地獄ですらねえ! もっと面白いもんが見たいなら、今すぐこいつらを助けろ! そうすりゃ、俺がこの先、もっと酷え❘
俺の❘魂の叫び《契約》を聞いて、ザガンはピクリと眉を動かした。 彼は、ニヤリと、凶悪な笑みを浮かべた。
「……ククク。よかろう。その契約、乗った」
ザガンは、面倒くさそうに、しかし確かな魔力を込めて、指先を軽く、パチン、と鳴らした。
「崩落を止める程度の風……くれてやるわ」
彼の意図は、瓦礫を吹き飛ばす程度の突風だったはずだ。 だが、ここは腐った廃墟。そして、火種があった。
ドォォォォォォォン!!!!!
ザガンが巻き起こした暴風は、崩落してきた瓦礫を粉々に吹き飛ばした。 だが同時に、セシルが育てていた焚き火を一気に煽り立て、火災旋風となって建物全体を飲み込んだ。
「あ」
ザガンが、一瞬きょとんとした。
火は、乾燥した古木を舐め尽くし、酸素を供給され、爆発的な勢いで燃え広がった。 崩壊は止まった。だが、代わりに紅蓮の炎が、俺たちの「城」を包み込んでいた。
「「「ぎゃあああああああああああああああ!!!」」」
「逃げろー! 焼け死ぬ!」
「熱い! 私の髪が! ヘソクリがぁぁぁぁ!」
「まあ! なんて情熱的な暖炉でしょう!」
俺たち一家は、燃え盛る廃墟から、命からがら、煤まみれになって転がり出た。
背後で、俺たちの夢見た「城」が、巨大な火柱となって夜空を焦がしている。 バキバキと音を立てて崩れ落ちる我が家。 やがて、鎮火した後に残ったのは、黒い煙の立ち上る、ただの「更地」だけだった。
◇◇◇
後日。俺たちは、ギルドに呼び出されていた。
ステラが、いつにも増して冷たい、絶対零度の瞳で、一枚の羊皮紙を事務的に差し出した。
「…例の放棄物件ですが、完全に焼失し、更地になったことで、法の規定通り『改修(解体)』が完了したと見なされました。おめでとうございます。土地の所有権は、あなたたちのものです」
「「「おおおおおおお!!」」」
俺たちは、黒焦げの顔を見合わせ、奇跡の逆転劇に歓喜の声を上げた。 家はなくなったが、土地はある! これなら、テント生活からやり直せる!
だが、ステラは、もう一枚、辞書のように分厚い羊皮紙の束を、ドンッ! と俺たちの前に置いた。
「それと、こちらが請求書です」
「せ、請求書…?」
「はい。周辺住民からの『火災による精神的苦痛への慰謝料』、延焼を防ぐための『緊急魔法出動費』、および『大量の瓦礫撤去費用』。締めて……銀貨2000枚となります」
「に、にせんまい…? やだなー、嘘ですよね!?」
俺の声が裏返る。 銀貨2000枚。一生かかっても返せない、天文学的な数字だ。
◇◇◇
俺たち一家は、自分たちのものになった「土地(更地)」の真ん中で、呆然と立ち尽くしていた。 手に入れたのは、一枚の権利書と、絶望的な借金。
俺は、震える足で、隣に立つザガンを見た。 彼は、焼け野原を満足そうに眺めている。
「ククク……見事だ、小僧。『悲劇』を超えた、極上の『地獄』。……約束通り、堪能させてもらったぞ」
「……てめえのせいだよ!!」
俺は、最後の望みを託し、隣で祈りを捧げているセシルに、すがるように泣きついた。
「…なあ、セシル…。奇跡とか…起こせねえのか…? 神様にお願いして、家とか…出せねえのか…?」
セシルは、ゆっくりとこちらを振り返ると、煤で汚れた顔に、聖母のような、完璧な笑顔を浮かべて、こう言った。
「できませんわ(ニッコリ)」
俺は、その場で、静かに、膝から崩れ落ちた。
秋の風が、更地になった俺たちの「城」を、冷たく吹き抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます