その時は君と

月兎耳

 その時は君と

 出会ったのはもうずっと昔だった。

 親同士の仲が良かった。ただそれだけ。

 絵ばかり描いている私を、父や周囲は咎めた。女子のようだと言ったのは、彼の父だったか。

 

 彼は、私を笑わなかった。


 数ヶ月に一度、顔を合わせる度に城から抜け出した。

 私は生き物も好きだったし、馬だけは彼について行く自信があった。

 出掛けた先で私は絵を描き、彼は本を読んだ。

 水辺に出かければ、揃って釣竿を垂らすこともあった。

 荒事は好きでも得意でもなかったので、あまり誘われる事はなかった。

 一国の総領として武芸を叩き込まれている彼にとって、軟弱な私は鍛錬の相手にもならなかった。


 それなのに。


 なぜか彼と私は幾度も刀を交える事になった。


「殺して下さい。」


 上がった息で私は乞うた。

 私を育んだ城は燃えている。

 腹を切る度胸など持ち合わせていたのなら、父を失意のまま死なせる事はなかっただろう。


 彼の父が、私の国に攻め込んだのは、私の父が病没してすぐの事。

 元々目を付けられていたのだろう。

 もしくは、父達にも何か逃れられないしがらみがあったのか。


 私には、戦の才も人を率いる才も無かった。

 彼を打ち負かす事など望むべくもない。

 父の長子であるというだけで、私に従わざるを得なかった者たちが哀れだった。


「なんで。」


 尻餅をついたまま立ち上がれない私に彼が問う。


「それは私の言う事でしょう。父たちは損得ではなく、友として同盟を結んだのではなかったのですか。貴方の父上の言葉は、全て偽りだったのですか。」


 私の代になれば、簡単に陥せると。私を可愛がってくれたのは、そのためか。


「……違う。」

「そうですか。」


 彼は悔しそうな顔をしていた。

 唇を引き結んだその顔は、2人で戯れていた時分には、決して見られないものだった。

最後まで彼に勝つ事が出来なかったのに、皮肉な事だ。


 携えていた槍を落とした彼が、腰に手をやる。

 刀が鞘走る微かな音が、炎の轟音の中でいやに確かに聞こえた。


「……ご免。」

 

 私も彼も泣かなかった。

 私はむしろ嬉しかったのかもしれない。

 彼の栄光として、その人生に彩りを添えられる事が。


 もし、泰平の世に生まれていたなら、


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その時は君と 月兎耳 @tukitoji0526

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