夜明けの荷台
をはち
夜明けの荷台
夜がまだ色濃く残る早朝、冷たい霧が田舎道を這うように漂っていた。
私の車は、のろのろと進むダンプトラックの背中を追いかけていた。
荷台には、黒々とした土が山と積まれ、時折、細かな土塊がこぼれ落ちてアスファルトに弾ける音が響く。
街灯もない一本道、ただトラックの赤いテールランプだけが、闇の中で頼りなく揺れていた。
最初にそれに気づいたのは、荷台の土の表面に、何か不自然なものが突き出ているのが目に入った瞬間だった。
細長い影。
まるで棒きれか、あるいは…手?
薄暗い中でははっきりしないが、指のような形状が土からにょきりと伸びている。
マネキンだろうか。誰かが悪趣味な冗談で、土に突っ込んだものだと自分に言い聞かせた。
だが、妙にリアルなその「手」は、トラックがカーブを曲がるたびに、微かに揺れているように見えた。
空が徐々に白み始め、夜の帳が薄れるにつれ、荷台の様子が少しずつ明らかになってくる。
土の表面はざらつき、ところどころに濡れたような光沢があった。
まるで、ついさっきまで雨に打たれていたかのように。そして、その土の中央に突き出た「手」は、確かに人間のものだった。
青白く、指先はわずかに曲がり、まるで何かを掴もうとしているかのよう。
爪の間にこびりついた土が、妙に生々しい。その指が動いているようにすら見える。
心臓が一瞬跳ねたが、私はまだ理性で自分を抑えた。
きっと、ただの作り物だ。
こんな田舎道で、こんな時間に、こんな不気味なものがあるはずがない。
だが、視線を荷台に戻すたび、胸の奥に冷たいものが広がっていく。
日が昇り、朝焼けが空を赤く染め始めたとき、荷台の土がさらに鮮明に見えた。
そして、私は息をのんだ。
手の先に、別の異物が土から突き出していた。
サンダルを履いた足だ。
ヒールは細めで高さは中程度。ベルトの色は深みのあるワインレッドであろうか。
所々すり切れて、土にまみれている。
足首は不自然な角度で曲がり、まるで荷台の揺れに合わせて揺れているかのようだった。
トラックが急に減速し、私の車もブレーキを踏んだ。
荷台の土がわずかに揺れ、土塊が崩れる音がした。
目の前のナンバープレートは不自然に浮き上がった状態で車体に着いている。
その瞬間、さらなる恐怖が私の背筋を凍らせた。土の中から、ぼろぼろの布切れのようなものが覗いた。
服? いや、服を着た何か。
土が崩れるたび、その「何か」の輪郭が少しずつ露わになる。
肩らしき膨らみ、首らしき細い影。
そして、土の表面に浮かんだ、髪の毛のような黒い糸。
私はハンドルを握る手に力を込め、目をそらそうとした。
だが、視線はまるで磁石に引き寄せられるように荷台に戻る。
トラックが再び動き出し、荷台の土が揺れるたび、隠されていたものが少しずつ姿を現す。
まるで、土そのものが何かを吐き出そうとしているかのように。
そして、ついに、朝日が荷台を完全に照らし出した。
その瞬間、私は見た。
土の中から、ゆっくりと、顔が浮かび上がってくるのを。
目は閉じられ、口は半開き。
土にまみれたその顔は、まるで静かに眠っているようだった。
いや…目蓋が動いているのか、一瞬、目が合った気がした。
でも、恐らく、それは思い違いであろう――
何故なら、その静けさは、生きている者の、それではなかった。
トラックがカーブを曲がり、荷台が一瞬だけ私の視界から外れた。
そのわずかな間に、私は車を路肩に停め、震える手で携帯電話を握った。
だが、誰に電話をかければいい?
警察? それとも、これは私の幻覚なのだろうか?
再びトラックを見上げると、荷台はすでに遠ざかり、朝霧の中に溶け込んでいた。
だが、耳元で、かすかな音が響いた。
土が崩れる音。いや、違う。
それは、誰かが土をかき分ける音だった。
そして確かにきこえたのだ――お前はアタシを見殺しにした――と。
夜明けの荷台 をはち @kaginoo8
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます