第15話 帝国ミゼリア

帝国ミゼリアへの旅は、驚くほど順調だった。

昼は黙々と歩き、夜は焚き火を囲みながら訓練と連携の強化に時間を費やす。


アーサー、ゼノ、イーライの三人は、己の肉体を限界まで鍛えるために、常に百キロの砂袋を背負って旅をしていた。

それも今では日課のようなもので、腕立て伏せの回数は一万回を優に超えているという。


リナはといえば、普段はおっとりたしたタイプなのだが、嫌なことがあると山ひとつ吹き飛ぶほどの大魔法をぶっ放すことがあった。


マキヤは酒が好きで、夜はよく一人で小さな酒瓶を傾けながら、星を見上げていた。


ある晩の野営。

焚き火の炎がパチパチと音を立て、橙色の光が五人の顔を照らしていた。

マキヤは巻物を広げ、全員の戦力をまとめておこうと話を切り出す。


「まずはアーサー。今どれくらい強くなってる?あと、スキルと剣技、魔法の習得状況も聞かせて」


アーサーは少し考え込んでから、静かに答えた。


「ステータスで言うなら……今の俺の力は、勇者ルシエルの倍以上だと思う。

剣技は、これまで三式までだったけど、今は五式まで到達した。

スキルは百五十個。最大で三十個まで同時発動が可能だ。

アルティメットスキルも複数所有してる。魔法は得意じゃないが、第十二階梯魔法までは扱える」


アーサーの言葉を聞き、マキヤは目を細めて頷くと、手際よく巻物に書き込んでいった。


「さすがだね……勇者ルシエル超えか。ふふ、頼もしい限りだよ。さて、次はゼノだね。今、君の“最高出力”はどれくらい?」


焚き火の光を背に、ゼノはゆっくりと目を閉じる。

その声音は、静かでありながら底知れぬ威圧感を帯びていた。


「魔王ゼギオンの力など、とうに超えておる。

魔剣グラムを手に入れたことも大きい。さらに、魔王特有の“形態変化”も可能だ。

今の我は“第二形態”――だが、もう一段階、上が存在する」


マキヤは食い入るようにその言葉を聞き、興奮したように巻物を走らせる。


「じゃあ、魔力は?どのくらいまで上がってるの?」


ゼノはゆっくりと目を開け、炎に照らされた赤い瞳が光る。


「この際だから明言しておこう。我の魔力は――“無尽蔵”だ。

己の魔力のみならず、自然界に存在する魔力をも吸収できる。

その上で、最高出力の魔法は……第十五階梯魔法までだ」


マキヤの口がぽかんと開いた。


「す、すごすぎる……!」


次にマキヤはイーライへと視線を向けた。


「イーライ君の戦闘力は大体把握してるけど……神聖魔法は、どこまで使えるの?」


イーライは楽しそうに笑って答える。


「そうだねー。もし接近戦を捨てて、完全に神聖魔法に集中すれば、第十五階梯まで使えるよ!これ、すっごい威力だよー!」


「やっぱり……イーライも規格外だね」

マキヤはニコニコしながら、嬉しそうに記録を取り続ける。


そして最後に、リナへと視線を向けた。


「リナ。魔力制御の方は順調?」


「はい、とても順調です!あれ以来、暴発もしていませんし……それに、ゼノさんからいろいろ教えてもらっているので」


その瞬間、リナの頬がわずかに赤く染まった。

マキヤはニヤリと笑いながら、さらに問いを重ねる。


「じゃあ、今使える一番火力の高い魔法を教えてくれる?」


リナは少しだけ恥ずかしそうに、けれど誇らしげに答えた。


「現在の最高魔法は……第十六階梯魔法滅界創終(メッカイソウシュウ)です。

世界が――壊れるほどの攻撃力を持っています」


「「「「えっ!?第十六階梯魔法!?」」」」


一瞬にして、全員の目が飛び出した。


マキヤが慌てて問い詰める。


「第十五階梯までしか存在しないんじゃなかったの!?一体どういうこと?」


リナは指をつんと立て、照れくさそうに笑った。


「実は……勝手に作っちゃいました♪」


「「「「えええええーーーっ!!!」」」」


その夜は、リナの「魔法創造」の話題で、焚き火の炎が消えるまで盛り上がり続けた。


――――


そして――旅は終わりを迎える。

五人はついに、帝国ミゼリアの大門をくぐった。


そこは、噂に違わぬ壮麗な大国だった。

石造りの街並みはどこまでも続き、中央には金色に輝く巨大な時計塔がそびえ立っている。

行き交う人々の熱気と喧騒に、五人は一瞬言葉を失った。


「この国……広すぎじゃない?」

マキヤがため息を漏らす。


するとリナが果物屋の店主に駆け寄った。


「すみません!宿屋を探しているんですけど、料理が美味しくて、寝心地のいいところってありませんか?」


果物屋のおじさんは、リナの美しさに一瞬固まった。

顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに口を開く。


「あ、ああ!そ、それなら《白銀亭》がいいよ!この街で一番の宿屋さ!」


「白銀亭ですね!ありがとうございます」


リナが振り返ると、アーサーが親指を立てた。


「ナイス、リナ!」


やがて五人は《白銀亭》に到着し、それぞれの準備を始めた。


アーサーは――クラン創設のため、ギルド本部へ向かう。

イーライとリナは《悠久の書庫》へ禁書を探しに。

ゼノとマキヤは、街の外で実戦形式の戦闘訓練を行う予定だ。


――――


アーサーは街の中央にそびえるギルド本部へと足を踏み入れた。

高い天井、鋼鉄の装飾、そして熱気あふれる冒険者たちの声。

その光景は、まるで戦場の前線基地のようだった。


受付の前まで行くと、若い受付嬢が微笑んで声をかけてきた。


「こんにちは。本日はどのようなご依頼ですか?」


アーサーは胸を張り、堂々と宣言する。


「クランを作りに来ました!メンバーは五人です!」


受付嬢は一瞬きょとんとした後、笑顔を浮かべて数枚の書類を取り出した。


「クラン創設ですね。おめでとうございます!それではこちらの用紙に、リーダーの名前、ランク、職業。それからメンバー全員の情報をご記入ください」


「はい!任せてください!」


アーサーは勢いよくペンを走らせた。

そして数分後、満面の笑みで書類を提出する。


「全部書きました!確認お願いします!」


受付嬢は書類を受け取り、目を通した途端、動きを止めた。


「……アーサー様、確認なのですが……クラン全員の冒険者ランクが“F”となっています。これは……間違いございませんか?」


「はい!全員Fランクです!でもみんな強いですよ!」


受付嬢は目を丸くし、内心で困惑していた。

(え……Fランクでクラン創設?冗談じゃなさそう……)


しかし、彼の表情には一切の迷いがなかった。

その真っ直ぐな瞳を見て、彼女は思わず背筋を伸ばす。


「ですが、Fランクでのクラン創設は、あまりおすすめできません。

このままではギルドから依頼を受けられない可能性が高いです」


アーサーはそれでも笑みを崩さない。


「つまり、“意味がない”と言いたいんですね?」


受付嬢は困ったように頷く。


「……はい、その通りです」


しかしアーサーは、一歩前に出て言った。


「今は大戦の最中です。

どんな小さな力でも、誰かの役に立てるはず。

怪我人を運んだり、避難を手伝ったり――Fランクにだって、できることはあります!」


受付嬢はその言葉に目を見開いた。

そして、静かに微笑んだ。


「……なるほど。確かに、そうですね。

わかりました。書類は受理いたします。正式な承認は、明日ギルド本部にてお伝えします」


「ありがとうございます!」


アーサーはガッツポーズを取った。

首に下げた“F”のネックレスが、夕陽を反射してキラリと光る。


「よし……これで、また一歩、夢に近づいたな!」


アーサーは満面の笑みを浮かべながら、ギルドを後にした。


――――


一方、イーライとリナは、街の外れにある《悠久の書庫》にいた。


空気はひんやりと重く、まるで古代の記憶そのものが漂っているようだった。

外壁は時間の層を刻んだ石でできており、苔が淡く光を反射している。

まさしく、存在そのものが“歴史”と呼べる建物だった。


二人は小さくうなずき合い、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。


中は想像以上に広かった。

天井は高く、どこまでも続くような書架が並び、無数の古書が積み上げられている。

ほのかな魔力の粒子が漂い、空中で淡く光を放っていた。


「わーー!すごい!!本、たくさん!」


イーライの声が静かな書庫に弾む。

その目はきらきらと輝き、子どものように嬉しそうだ。


「ホントだねー!貴重な魔法書もあるかもしれないね」


「ちょっと探してみるね!」


イーライが言うと、そっと目を閉じ、両手を胸の前で組む。

薄い魔力を静かに流し、建物全体を包み込むように広げていく。

まるで呼吸するかのように、魔力が空間の隅々へと染みわたっていった。


だが──何も反応はない。

数え切れぬ本の中に、特別な波動は感じられなかった。


二人はわずかに肩を落とす。

だがすぐに、リナが明るい笑みを浮かべて言った。


「今回は残念だったね!次はどこを探すか決めないと」


リナの前向きな声が、沈みかけた空気を軽くした。

イーライも笑ってうなずく。


「うん!次は神聖教会あたりを調べてみようかな?」


扉を閉めようとした、その瞬間──


残っていた魔力が、入口の前で微かに反応した。


「ん?なんだ??少しだけなんだけど、変な魔力を感じるよ!」


イーライは驚いて、入口の前を指さした。


今度はリナが魔力感知を発動する。

指先から放たれた光の糸が、床の隙間をなぞるように伸びていく。


「これは……下から来てるね。それにしても、ちょっと怖い雰囲気を感じるよ」


二人が慎重に床を探ると、石畳と違う色の石があった。その石を押すと、やがて古びた石畳が音を立てて動いた。

ゆっくりと、隠された階段が姿を現す。


だがその入口には、二本の鎖がクロスに重なり合い、強い封印を施していた。

鎖には光の紋章が刻まれ、近づくだけで神聖な圧が肌を刺すように伝わってくる。


「封印の解除は神聖魔法が一番だと私は思うの。イーライ、出来そう?」


リナの問いに、イーライは真剣な顔でうなずいた。


「やってみるね!ちょっとだけ待っててね」


イーライは深呼吸をし、魔力を一点に集中させた。

彼の体の周りに、金色の光が静かに舞い始める。

強い封印──それがどれほどの力で作られているか、イーライには肌で分かっていた。


「ただ強いだけの魔法じゃ、通じない……」


自分に言い聞かせるように、イーライは目を閉じた。


「永久の眠りに鍵をかけし者よ、

光の名のもとに封印を解け。

我が祈りは天に届き、我が声は神々に響く。

とざされた道よ──再び世界へと開かれよ……


ありったけの魔力を込めて、やってやる!」


第十二階梯神聖魔法──《エルセリア・オープ・ファルディナ》!!」


光が爆ぜた。

鎖が眩しく輝き、ガタガタと激しく震え始める。

建物全体が低く唸りを上げた。

次第に鎖は動きが弱くなり、静かになった。

数秒の静寂の後──鎖は、粉々に砕け散った。


「さすがイーライ!凄いね!えらい!」


リナの声が響き、イーライの顔が一気に赤くなる。


「え、えへへ……ありがと」


二人はそっと扉を押し開け、暗闇の中へ足を踏み入れた。


階段の下は、まるで時間が止まったような静けさだった。

息をするたび、ひんやりとした空気が肺にしみる。


イーライは《セイクリッドハンマー》の先に光球を生み出した。

柔らかな光が周囲を照らし出す。


まっすぐ続く通路。

奥に進むにつれ、壁に刻まれた古代文字が淡く光を放っている。

そこには、古の魔導士たちの誓約と封印の言葉が刻まれていた。


モンスターが潜んでいるかもしれない。

二人は互いに背中を預け、ゆっくりと歩を進める。


やがて、再び扉が現れた。

今度の扉には、封印はない。


リナが慎重に扉を押すと──


そこは、まるで時の流れから切り離された小部屋だった。

中央のテーブルに、三冊の本が無造作に置かれている。


一冊は《神聖魔法の禁書》。

もう一冊は《魔法の禁書》。

そして最後の一冊──《魔法融合の書》。


「……あった!これだ!!」


イーライが声を上げる。

興奮が全身を駆け巡る。


「すごい……本物だ!」


二人の瞳が光に照らされ、神秘的に輝く。

だが次の瞬間、イーライの動きがピタリと止まった。


「そういえば……探し物を見つけたら、すぐに持って帰っておいでって、アーサーが言ってたんだよね!」


「え?アーサーが?案外悪なんだね!」


リナは笑いながらも、素早く禁書をまとめ、脱出の準備を整える。


二人は来た道を戻り、光の差す地上へと駆け上がった。


外に出ると、夜風が頬をなでた。

二人の顔には、達成感と少しの緊張が混ざっている。


そのまま宿屋へと急ぎ、部屋にこもると、

まるで世界を忘れたように──禁書を読みふけった。


静かな部屋に、ページをめくる音だけが響き続けた。


――――


その頃、ゼノとマキヤは実践形式の訓練を行っていた。

薄暗い夜気の中、月光が二人の刃を鈍く照らす。


ゼノは無骨な鉄剣を構え、無言のまま目を細めた。

対するマキヤは、愛用の双剣を逆手に握り、低く身を沈める。

呼吸が静かに整う。張りつめた空気が、まるで世界全体を止めたかのようだった。


──そして、マキヤの姿が掻き消えた。


「……っ!」


ゼノの反応は、わずかに遅れた。

風が動く。殺気が背後に回り込む。

マキヤは地を滑るように懐へと潜り込み、低い姿勢から足元を斬り払う。

双剣が月光を反射し、銀の軌跡を描いた。


ゼノは咄嗟に両足を浮かせ、紙一重で回避する。

刃が靴底をかすめ、火花が弾けた。

着地と同時に反撃。重い金属音と共に、上段から剣を振り下ろす。


マキヤは後方へ跳び、回転しながら距離を取る。

宙で印を結び、息を吐いた。


「火遁──《滅火球》!」


次の瞬間、マキヤの口から炎が噴き出す。

轟音と共に赤い奔流が闇を照らし、地を焦がしながらゼノを呑み込もうと迫った。


「タナトスワールド」


低く呟かれた声と同時に、ゼノを中心に黒い球体が展開される。

炎がぶつかり、空気が爆ぜる。

しかし、黒球は揺らぎもしない。


マキヤは舌打ちした。

──ここまでは、想定通り。

だがあと一手、届かない。

あの“絶対防御”を破る術が、まだ自分にはない。


「……っ、くそっ!」


黒球が静かに消え、ゼノの姿が現れる。

その眼差しは闇よりも冷たく、全てを見透かしていた。


マキヤはすぐに再び地を蹴った。

身体をひねり、回転しながら双剣を振るう。

風を切る音と共に、連撃が走る。


一撃、二撃、三撃──だがすべてゼノの剣に弾かれた。

火花が飛び、地面に焦げ跡が刻まれていく。


ゼノの表情にはわずかな余裕。

まるでこの戦いすら、遊戯のように感じているかのようだった。


「これには、どう対処する?」


低く笑い、ゼノは剣を振り抜く。


魔剣一殺──《ワールド・ブレイク》。


瞬間、黒光が奔り、空間が裂けた。

音もなく、マキヤの身体を斜めに切り裂く。


「くはっ……」


マキヤの瞳が揺れる。

ゼノの顔色が変わった。


「え……?」


ゼノの胸に、初めて焦りが走る。

魔を司る存在である彼にとって、それは未知の感情だった。


だが、その時。


頭上から殺気。

ゼノが見上げるより速く、双剣が閃く。

神速の軌跡が夜を裂いた。


「なっ……!?」


十数撃の双剣乱舞。

ゼノは反射的に剣で受け流すが、防ぎきれない斬撃が頬をかすめ、外套を裂いた。

金属音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。


そして視線の先──斬り裂かれたはずのマキヤの身体が、丸太へと変わっていた。


「……代わり身、か。成程、面白い。我を欺くとは……良い戦闘センスをしておる」


ゼノの口元にわずかな笑みが浮かぶ。

胸の奥で、何かが弾けた。

それは、今まで感じたことのない温かさ。

仲間という存在への、微かな灯。


「私みたいに大きな力を持たない者は、頭を使うしかないからね」


ウインクを飛ばすマキヤ。その仕草に、ゼノは思わず目を逸らした。


「まだまだ行かせてもらうよ、魔王様!」


双剣が再び構えられる。

月光が刃に反射し、夜の闇を切り裂くように輝いた。


ゼノも剣を掲げ、口角を上げる。


「望むところだ」


二人の実戦訓練は、夜が白むまで続いた──。

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