第14話 聖剣エクスカリバー
王国オリウスまでの道のりは、メンバーが増えたこともあり、実に賑やかで楽しいものだった。
リナとマキヤは女性同士ということもあり、服の話から魔法理論まで、さまざまな話題で盛り上がっていた。
笑い声が絶えない旅路では、乾いた風さえ心地よく感じるほどだった。
夜はいつも通り、訓練を行い、早朝には出発する。
ただ旅をするだけではなく――旅をしながら強くなる。
その信念は、全員の胸に確かに刻まれていた。
ある日のこと。
野営の準備をしていると、マキヤがふとゼノに話しかけた。
「今の魔王のこと、興味あったりする?」
ゼノは少し考えてから、静かに答えた。
「正直、興味はある。が、所詮は小物。我なら一撃で切り伏せてみせよう」
ゼノの自信に満ちた声が、炎の揺らめきに混じって響く。
「へー、本当にできる?今の魔王レグザードは、前魔王ザギオンより強いってもっぱらの噂だよ?」
マキヤが煽るように言うと、ゼノは薄く笑った。
「今の魔王と我とでは、見ている風景が違う。 奴は絶望を目の当たりにし、我は栄光を目にするのだろう」
その言葉の意味は、マキヤにはよく分からなかった。
それでも彼女は、笑顔を浮かべて返した。
「ゼノは最盛期のザギオンに余裕で勝てるんだよね?」
興味深そうに問うマキヤに、ゼノは堂々と答える。
「無論だ。あの時の我は弱すぎた……唯一の我の弱点であった傲慢さは、既に消え失せた」
そして今度は、逆にマキヤへと話を振った。
「我はいまいち主の強さが分からぬ。後で一度立ち合わぬか?忍法にも興味がある!」
マキヤはニコっと笑い、軽く頷いた。
「いいよ、楽しみにしてる」
――――
一方その頃。
リナはイーライと並んで、神聖魔法について語り合っていた。
「イーライ君が言ってた“最高位の神聖魔法”って、どんなものがあるの?
私は神聖魔法使えないから、すごく興味がある!」
リナの純粋な瞳に見つめられ、イーライは少し苦笑いを浮かべる。
「最高位の神聖魔法……とは言ったけど、本当は少し違うんだ。ごめんなさい……」
リナは首をかしげながら、イーライの言葉の続きを待った。
「僕がね、本当に求めている神聖魔法は……“禁術”のことなんだよ」
リナの目が一瞬で大きくなった。
「禁術!しかも神聖魔法の禁術……ですか!」
本来なら“禁術”という言葉を口にするだけで罰せられる。
だが、リナにはそんな常識はまるで通じなかった。
「神聖魔法の禁術かぁ……ワクワクするね!」
あまりに真っ直ぐな反応に、イーライはむしろ安堵した。
自分の求める危険な道を、否定せず受け止めてくれる人がいる――
そのことが、妙に嬉しかった。
「僕の予想だと、最高位の神聖魔法でも“原初の闇”には届かないかもしれない。
でも禁術なら……その可能性があるんじゃないかと、ずっと考えてたんだ」
リナは頷き、興味津々といった様子で問い返した。
「なるほどね。それで、禁術は知ってるの?」
「すべての禁術を記した魔法書がどこかにあるらしいんだけど……リナねーちゃん、知らない?」
その一言に、リナは真剣な表情に変わる。
彼女の脳裏には、これまで得たすべての魔法知識が瞬時に走り抜けた。
「……《悠久の書庫》。
ありとあらゆる情報を集め、大切に保管している古くから存在する伝説の書庫。
ここになら、もしかしたら……」
イーライの顔がパッと明るくなった。
「その書庫はどこにあるの?」
「帝国ミゼリアだよ。
次の次に行く場所だから、じっくり禁書を探そう」
「……うん、絶対に見つけようね!」
二人は笑いながら約束を交わした。
その笑顔の奥には、それぞれの“想い”が宿っていた。
そして少し離れた場所では、アーサーが一人で寂しく火を起こしていた。
――――
――王国オリウス
五人は、ついに王国オリウスへと到着した。
壮麗な城壁と、王都特有のざわめきが旅の疲れを吹き飛ばす。
軽く食事を済ませた彼らは、真っ先に冒険者ギルドへと向かう。
さすがは王国の中心――ギルドの建物は巨大で、重厚感に満ちていた。
その威容を前に、イーライは口をぽかんと開けて見上げている。
「でっか……これが王国のギルドかぁ!」
扉を押し開けると、熱気が押し寄せた。
内部には無数の冒険者たち――人間、エルフ、ドワーフ、獣人までもが入り乱れ、依頼を眺める者、報酬を受け取る者、仲間と笑い合う者でごった返している。
少し待つと、一番奥の受付が空いた。
アーサーはイーライ、リナ、マキヤを連れて受付へと進む。
手続きは順調に進み、三人は無事に“Fランク冒険者”の証であるネックレスを受け取った。
「よーし! これでみんな冒険者だ!」
アーサーは胸の奥から湧き上がる感動を噛みしめていた。
仲間が正式に“冒険者”として同じ立場に立った――それだけで、彼の表情は満ち足りていた。
――――
一方その頃。
ゼノは、ギルドの喧騒を背にひとり情報を集めていた。
探しているのは――聖剣エクスカリバーの情報。
同格の聖剣ラグナロクは、勇者が所持しているという。
(勇者をぶちのめして奪う、という手もあるが……アーサーが怒るだろうな)
彼は口の端を吊り上げると、再び人波へと紛れた。
(魔剣グラムはアーサーが見つけてくれた。ならば今度は――我が、アーサーの剣を見つける番だ)
ゼノは陰キャ気味の雰囲気をどうにか隠しつつ、ランクの高そうな冒険者に声をかける。
「主を歴戦の猛者と見受けた!聖剣エクスカリバーの情報はないか?礼ははずむぞ!」
「エクスカリバーか?あの絵本に出てくる伝説の剣だろ?
昔の勇者と魔王の戦いの最中、魔王の技によってエクスカリバーが亜空間に吸い込まれたって話だ。その先を知る者は……誰もいないんだ」
「情報提供、感謝する」
ゼノは銀貨を渡し、さらに酒場のマスターにも同じ質問をした。
だが、返ってきた答えは同じだった。
(つまり――情報が正しければ、亜空間に封印されている事になる……どうする?
亜空間を無理やりこじ開けて中を探すか? いや、広すぎる。
他には何かないか……!!そうだ、聖剣なら神聖魔法の使い手であるイーライが感知できるのでは?)
「ものは試しだ、やってみるか」
ゼノはアーサーに内緒でイーライを呼び出した。
――――
「これから言う事は秘め事だ。誰にも言うなよ」
イーライは「?」という顔をしながら首をかしげた。
「イーライ、精神を集中させて聖剣を探せ。
場所は亜空間――現世ではない場所だ。その中に眠る聖剣を、感知できないか?」
イーライはにこっと笑うと、両手を握り合わせて目を閉じた。
空気が静まり、世界が光に包まれる。
十字を切るように空間をなぞると、そこから光があふれ出す。だが、イーライの中では、途方もない魔力の奔流が空間の裂け目に流れ込んでいた。
十字の切れ目に流れこむ魔力は――亜空間へと広範囲に広がっていく。
イーライの顔が歪む。
「……見つからない」
そしてイーライは、ほぼ全ての魔力を十字の切れ目に流し込んだ。
それは非常に薄く柔らかい魔力で、亜空間全てを包むのに時間はかからなかった。
やがて、イーライの瞳が開かれる。
「ゼノ、聖剣の力感じた!亜空間に確かにあるよ!
この世界で言えば……山脈の上の方!」
「……ほう、見事だイーライ!本当に助かった」
ゼノは感心しきりだ。
エクスカリバーを見つけたことも驚きだが、それを“感知した”イーライの能力にさらに驚かされた。
「でも、どうやってこっちの世界に持ってくるの?」
「我が魔剣グラムは空間を切る。
ならば、最も聖剣の波動が強い場所で空間を裂けば……そこに求める剣があるはず!」
「さすがだねゼノ!ちなみに山脈は大変だけど、走っていけば日帰りで帰れる距離だよ?」
「無論、今から行く!」
――――
ゼノはアーサーに事情を少し“脚色”して説明し、イーライとともにゼド山脈へ向かった。
二人は競うように駆け、山頂に着く頃には、まるで風と同化していた。
山頂は、吹きつける風は冷たく、足元には細かな砂が舞っていた。
遠くには雲を貫くような岩峰が連なり、あたり一面、まるで世界の果てのような静けさが広がっている。
「ゼノ、右に五メートル……そして左に二メートル。剣はそこにあるよ!」
イーライが目を閉じ、魔力の流れを読み取るように言った。
空間の隙間に微かな反応。確かに何かが埋まっている。
「うむ、わかった。右に五メートルで……」
ゼノは慎重に足を運び、岩を踏みしめながら進んでいく。
だが、次の瞬間——。
「しまっ、左にいっ──!」
ガラリと音を立てて岩が崩れ、ゼノの体が傾いた。
そのまま彼は体勢を立て直す間もなく、山の斜面を転がり落ちていった。
土煙と小石が舞い上がり、イーライの悲鳴が空に響く。
「ゼノーっ!?……おぉい!?」
返ってくるのは、岩肌にぶつかる鈍い音だけ。
山頂には再び風の音だけが残った。
待つこと十分。
ボロボロのゼノが、全身に砂と小枝をまとって戻ってきて真顔で言った。
「さっきはなかったことにして、もう一度やり直す。右に五メートル、左に二メートルだな?」
ゼノは服についた砂を払いながら、真顔で言った。
髪の先からはまだ小石がポロポロと落ちている。
その姿があまりにも必死すぎて、イーライはもう笑いをこらえきれず、大爆笑した!
「そう! そこらへんだよー!」
ゼノは気を取り直し、イーライの指し示す空間を魔剣グラムで一閃した。
その瞬間、空間に薄く裂け目が走る。
ゼノは迷わず手を突っ込み、中を探る。
すると、小指に何かが触れた――バチッ! 電撃のような感覚が走る。
「……ついに見つけたぞ!」
ゼノはその物体を力強く握りしめた。
だが、直後に弾かれたように手を離す。
「くっ……我ではこの武器を扱えぬか。ならばイーライ、代わりにこの中から武器を取ってもらえないか?」
「うん!わかった!」
イーライは迷いなく手を突っ込み、一振りの剣を引き出した。
その刃は白く、美しい光を放っていた。
数百年も亜空間で過ごしたとは思えないほど清浄な輝きを放ち、刀身にはルーン文字が刻まれていた。
「これが……あのエクスカリバーか!ラグナロクに匹敵するのも頷ける」
目的を果たした二人は、勢いよく山を下り、王国オリウスへと帰還した。
――――
その頃――
アーサー、リナ、マキヤの三人は宿を探していた。
「ここの宿屋は料理が絶品」とのマキヤ情報により、宿探しは驚くほどスムーズに決まっていた。
各々が旅支度をしていると、扉が開き、ゼノとイーライが帰ってきた。
二人とも満面の笑みを浮かべている。
「アーサー、今戻ったぞ!」
「みんな、ただいまー!」
ゼノは布で巻かれた剣を取り出し、両手でゆっくりとその布をほどいた。
空気が、ピンと張り詰める。
まるで何かが、今、長い眠りから覚めようとしているかのように。
やがて――白銀の光が走った。
包みの中から現れたのは、淡く輝く一本の聖剣。
刃全体が淡い蒼光を放ち、周囲の闇を祓うように光を広げていく。
その輝きは炎でもなく、雷でもなく、まさに“神聖”という言葉がふさわしかった。
アーサーの目が見開かれ、息を呑む。
背後のマキヤやリナまでも、思わず立ち上がっていた。
「なんだ、この剣は……!凄まじい力を秘めているじゃないか。ラグナロクと同等、いや、それ以上……!どこで見つけたんだ!?神話級の代物だぞ!」
アーサーの声には、興奮と畏怖が入り混じっていた。
それほどの圧を放つ剣だった。
ゼノはゆっくりと口元を上げた。
その笑みには、どこか誇らしさと、嬉しさがあった。
「この剣は数百年、亜空間に閉じ込められていた伝説の聖剣――
……だが、どうやら我には使えぬようだ」
そして、彼はアーサーの前に進み出て、両手で聖剣を差し出した。
「魔剣グラムの礼だ。受け取れ――聖剣エクスカリバーを」
その名が告げられた瞬間、空気が震えた。
誰もが息を止め、光の粒が舞い上がる。
アーサーの胸が高鳴り、指先が震える。
「これが……エクスカリバーなのか!!!」
アーサーは聖剣を両手で受け取ると、刃がまばゆい光を放った。
その光が彼の身体を包み、力が脈打つように伝わってくる。
かつてないほどの魔力が溢れ出し、周囲の大気が振動した。
「ゼノ!!イーライ!!本当にありがとう!
この聖剣があれば……俺はもっと強くなれる! 全力で戦える気がする!」
アーサーは感情を抑えきれず、ゼノとイーライを力強く抱きしめた。
ゼノは苦笑しながらも、軽く背中を叩く。
イーライは嬉しそうに笑いながら「やっと似合う武器が見つかったね」と言った
――――
翌朝
まだ空が白み始めた頃。
五人はすでに旅の準備を終えていた。
アーサーは、昨日受け取った聖剣エクスカリバーを大切そうに腰へと掛ける。
「よし! みんな準備はできたみたいだな。
帝国ミゼリアに向けて――出発しよう!」
「「おうっ!」」
ゼノはその様子を見て、満足げに微笑んだ。
リナはあくびをし、マキヤは道具の最終チェックをしている。
そしてイーライは――虫を追って全力疾走していた。
「徒歩でだいたい一ヶ月の旅になるから、各自準備は怠らないでくれよ!」
アーサーの声に、仲間たちはそれぞれの笑顔で応える。
こうして、五人の新たな旅が始まった。
目的地は――禁書の眠る《帝国ミゼリア》。
その道の先に、どんな運命が待ち受けているのか、まだ誰も知らない。
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