第13話 殲滅の忍者

五人はガーディアンを撃破し、開かれた扉をくぐって、大きな広間に踏み込んだ。


西の神殿の時と同じく、部屋の中央には巨大な石版が堂々と立っている。

リナは目の色を変え、駆け出すと石版の前に立ち、全体を細かく観察し始めた。


「みんな!今回も一時間だけください!!」

そう言うと、リナは古代文字の解析に没頭する。


その隙に、アーサーは部屋に散らばる剣や杖、双剣などのアイテムを次々に鑑定する。

だが、今回は目立ったものは何も見つからなかった。

石版の裏に剣も刺さっていない。

頼れるのは、リナがもたらす情報だけだった。


──時は流れ、一時間後。


「皆さん、お待たせしました!解析が終了しました」

リナの声に、四人は息を呑む。


「今回も非常に興味深い情報が手に入りました。

武器と魔法についてです。古代には、技術の粋を結集して作られた最強の武器群があったようです。

聖剣、魔剣、槍、双剣、ハンマー、弓、杖――それぞれの性能は万能で、打ち崩せぬものなし。使用者の力がそのまま反映される、と記されています。

これらの武具は、ただ戦いの道具にあらず、使い手の精神と理を試す試練とも記され、選ばれし者のみが扱うことを許されると伝わっています。」


リナは石版に書かれた名前を一つずつ読み上げた。


「古代聖剣ゼータ、古代魔剣オメガ、古代槍ラムダ、古代双剣デルタ、古代槌ガンマ、古代弓ファイ、古代杖オミクロン……

この武器たちは、人の理を超える存在にも有効で、最後の切り札になると書かれています。

西の神殿の奥に眠っているようです。

そして、古代攻撃魔法が三つ手に入りました。ですが、発動条件は依然として不明です。」


アーサーの瞳は輝き、口元は興奮で震えていた。


「古代聖剣ゼータ!欲しい!!欲しい!!」


その声に、ゼノは冷静に答える。


「古代兵器は西の神殿のさらに奥だ。今の我らでは到達不可能だぞ?」


アーサーは落胆の色を隠せない。


「じゃあせめてラグナロクだけでも……!」


「ラグナロクはおそらく勇者が持っていると思われる」


ゼノの冷たい返答に、アーサーの肩はさらに落ちた。


――――


まず、ガーディアンによって倒された獣人族を外に運び出す作業を開始する。

彼らを獣人国リシュラへ送る準備だ。

後ほど引き取りに来てもらう手はずを整える。


マキヤは涙をこらえながら、倒れた兄の亡骸に手を合わせる。

兄との別れを経て、深く息をつき、やっと仲間たちの前に戻ってきた。


「みんな、今日は本当にありがとう。兄上もきっと喜んでいるはずだ」


涙をぬぐいながら、マキヤは続けた。


「よかったら、皆の旅の目的を教えてもらってもいいかな?こんな異色なクラン、初めて見たよ!」


アーサーはゆっくりと、これまでの経緯を語り始める。

勇者ルシエルと魔王ザギオン、原初の闇、転生の事実、そして古代魔法が必要な理由――すべてを隠さず話した。


マキヤは記憶をたどり、思い出す。


「そうか……一世代前の魔王は、魔王の中でも最強と称されていた存在……その名はザギオン。それが、あなた……なのね?」


ゼノは大きく頷いた。その一つの動作で、過去にどれほどの力と責任を背負ってきたのかが、マキヤにもひしひしと伝わる。


さらに――魔王城と共に消えた勇者ルシエルが、アーサーだったという事実も理解した。

かつて《百のスキルと百の技を操る勇者》として名を轟かせた存在。

その力は、神話と伝説の狭間に語られるほどの規格外のものだった。


普通なら信じがたい話だ。だが、二人の戦いをこの目で見てきたマキヤにとって、それはもはや疑いようのない現実だった。


大地を割る一撃、空を裂く閃光――その一つひとつが人の領域を超えていた。


胸の奥に、言葉にできない衝撃と興奮が押し寄せる。

自分が見ていたのは、伝説ではなく“本物の勇者と魔王”そのものだったのだ。


「……もし、よかったらだけど、私も旅に連れて行ってもらえないかな?私は双剣術も忍法も免許皆伝だし、戦場では役に立てると思うの」


そしてマキヤは少し間を開けて続ける。


「私は殲滅の忍者って呼ばれてて、中でも敵の動きや戦況を読むのが得意。 二手先、三手先まで予測して指示を出すことができる。 仲間を支え、作戦をまとめる司令塔としても、きっと力になれると思うんだ!」


マキヤの瞳は真剣に輝き、声には強い意志がこもる。その熱意は仲間たちの心にも届き、自然と場の空気が温かく変わった。


彼女の言葉には、ただの自信ではなく、戦いの経験と知恵が滲み出ていた。


「もちろんだよ!大歓迎だ!」


アーサーの答えに、ゼノも少し笑みを浮かべる。


「マキヤおねーちゃん、よろしくね!」


イーライは元気に言った。


「女性が増えて嬉しいです!マキヤさん、これからもよろしくお願いします」


こうして、マキヤのクラン加入が正式に決定した。


――――


──神殿前の平原


「メンバーも五人になったし、イーライとリナ、マキヤは冒険者登録に行かないとね。それが終わったら、五人でクラン登録をしよう!」


アーサーは少し誇らしげに胸を張りながら言った。


イーライは静かに頷き、リナは明るく笑い、マキヤは少し緊張した表情で答える。


「わかったよ、アーサー。……冒険者登録か。初めてだから、ちょっと緊張するな」


「紙に名前を書くくらいだよ!簡単、簡単!」


アーサーが笑いながら軽く肩をすくめる。

その調子に、マキヤの顔にも少し笑みが戻った。


「へへっ、“冒険者”って響き、なんか格好いいですね」


リナが楽しそうに言う。

イーライはそんな仲間たちを見て、穏やかに微笑んだ。


そして三人は、心を弾ませながらうなずき合う。

新たな冒険の始まりに、わずかな緊張と高揚が入り混じっていた。


アーサーは続ける。


「ここから南に四百キロほどのところに王国オリウスっていう国があるんだ。で、さらに南東に七百キロくらい行けば帝国ミゼリアがある」


そこで一度言葉を切り、皆の反応を見ながら言葉を選んだ。


「それで、今回はまず王国オリウスに行ってギルドで冒険者登録をしよう。そのあと帝国ミゼリアに行ってクランの登録をするってプランでどうだ?

クランを帝国ミゼリアで作るのは、この国が一番強く、大きな国だからだ。

大きな国でクランを作ることができれば、それなりの恩恵も受けることができるはず。

クランを作るのはすぐ終わるし、終わったらまたガーディアンの討伐に出発できる」


少しだけ遠回りにはなるが、やっておいて損はないことだった。


ゼノが顎に手を当てながら頷き、リナが笑って言った。


「冒険者証って、なんか憧れるなぁ」


イーライは軽く頷き、穏やかな笑みを浮かべた。


「やっとクランが作れるんだね! アーサーも喜んでるし、楽しくなればいいなー」


その言葉にリナが「ほんとにね!」と明るく応じ、太陽の下で笑顔を弾けさせた。

アーサーも思わずつられて笑う。


マキヤは少し緊張した面持ちで、それでもはっきりと声を出した。


「わたしも……何の問題もなし」


控えめな言葉の奥に、確かな覚悟が感じられる。

アーサーはその姿に微笑み、短く頷いた。


「よし、じゃあ決まりだな」


四人は自然と視線を交わし、同時に笑みを浮かべる。

王都オリウスまで、徒歩で約十日。

険しい道が待っているはずだが、誰の顔にも迷いはなかった。


「さぁ、みんな! 出発しよう!」


アーサーが力強く叫び、一歩を踏み出す。

土を蹴るその音が、確かに“冒険の始まり”を告げていた。


――――


旅は順調だった。


ひたすら歩き、モンスターが現れれば倒して食材にする。


そして何より、マキヤが仲間になってから料理の幅が一気に広がった。彼女は多くの調味料を持ち歩いていたのだ。


「うわっ!この肉、スパイスが効いてる!うまい!」


イーライは初めて食べる味に興奮している。


「本当だ……全然違う味だな」


アーサーはじっくり料理を見ている。


「へへっ、マキヤ、料理の腕すごいよ!」


リナがそう言い、皆が感激しながら食べる姿を見て、マキヤは少し照れくさそうに笑った。


そんな穏やかな旅路だったが――。


今回は、盗賊こそ現れなかったものの、代わりに一筋縄ではいかない、明らかに異質な存在が現れた。


その影が立っているだけで、空気が重く、呼吸さえも圧迫されるような不穏さが辺りを支配する。


黒いローブに全身を覆われ、深くフードをかぶったその姿からは、顔どころか人間らしい気配さえも感じられない。


しかし、闇の中からほとばしる異様なオーラだけは、無意識に視線を引き寄せ、誰の心にも凍りつく恐怖を刻み込む。


「なんだ……こいつ……!」


マキヤが思わず双剣に手をかける。


イーライも険しい表情でハンマーを構えた。


ゼノは無言のまま鋭い視線を向け、アーサーだけが変わらぬ調子で、その人物を見据えていた。


そして、低く重い声で告げた。


「……私の名は、魔王軍四天王が一人、魔法師団長セスラ・ぜーリス。

あなた達のことは……

ずっと監視しておりました。私たちの脅威になる可能性があったからです」


その宣言に、空気が一層張り詰める。マキヤが小さく息を飲んだ。


だがアーサーは、涼しい顔でこう返した。


「まーーーったく興味ないよ!」


「……え?」


魔法師団長セスラはあまりに予想外の返答に、声を失った。


確かに彼女は二人の魔力を追い続けていた。アーサーとゼノがどの都市に現れ、どんな行動を取ったのか――全て把握していた。


だが、彼らの訪れた場所には、魔王軍に関係する拠点は一つもなかったのだ。


「あなたたちは……なぜ旅をしているのですか?」


セスラが問いかけると、アーサーは胸を張って答えた。


「宿敵、原初の闇を打つためさ!」


「原初の闇……?それは、もしかして、大陸の西側からじわじわと魔大陸を侵食している、あの……」


「ああ、それだ」


アーサーは強くうなずいた。


セスラは愕然とした。


彼女は直感した。この五人は敵ではない、と。むしろ魔族と人族、双方を脅かす“闇”だけを見据えているのだと。


「……そうでしたか。ならば……」


安堵の息をつくセスラ。


だが、ゼノが鋭い視線で口を開いた。


「今の魔王軍の戦況はどうなんだ?」


一瞬、セスラの肩が揺れる。だが、隠し立てをする必要はなかった。


「勇者パーティーの力は強大です。さらに人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族の連合軍の士気も高い。前線は……現在押されている状況です」


「なるほどな……」


ゼノは短く返すと、なおも問いを重ねる。


「それで……お前はここに何をしに来たのだ?」


セスラの答えは明快だった。


「あなた達が何を求めて旅をしているのかを知りたかったのです。そして、この先、魔王軍の敵となる可能性があるのかどうかを確認するために」


「最初にはっきり言っておくよ」


アーサーは一歩踏み出して、真っ直ぐに告げた。


「俺たちは勇者と魔王の戦いに興味は無い。勇者側につく気もなければ、魔王側につく気もない。だから、心配しなくていい」


セスラは驚き、そして――再び安堵した。


「……その、もう一つ気になることがあります」


セスラは、ほんのわずかためらいを見せながら問いかけた。


「“原初の闇”とは、一体……何者なのですか?」


ゼノがその問いに答える。


「最強の勇者と最悪の魔王が手を組み、それでもなお勝てなかった存在だ」


「……っ」


セスラの目が見開かれた。そんな存在が……?


「信じられない……」


セスラは呻いた。だが現実に、大陸は闇に侵食されつつある。


「そんな……めちゃくちゃな強さ……それを倒す方法なんて存在するんですか?」


セスラは顔をしかめながら問いただした。


「それを今探しているんだ」


アーサーがにこやかに答える。


「そして、そのキーワードとなるのは神殿。だから、俺たちは南に向かって南のガーディアンを討伐するつもりなんだ」


セスラは全てを理解した。


彼らは魔王軍の脅威にはならない。むしろ共通の“敵”を見据える存在だった。


「……皆さま、私のこのような行い、お詫び申し上げます」


セスラは深々と頭を下げた。


「西のガーディアンの地は魔大陸。そこには原初の闇の勢力が多く蠢いています。討伐の際は、我が軍が五人の盾となりましょう」


「ありがとう! 本当に助かるよ!」


アーサーは笑顔で応えた。


だがゼノはなおも冷たい眼差しを向け、低く言った。


「アーサーが言ったように、我らは勇者軍にも魔王軍にもつかぬ。だが……我らの目的を邪魔する魔族が現れた場合は、容赦なく斬る。それを覚えておけ」


セスラは、その視線を真正面から受け止め、静かに頷いた。


「……承知しました」


そう言い終わると同時に、セスラは闇に溶けるように姿を消していった。


「ふぅ……なんかすごい奴だったな……」


リナが肩の力を抜き、イーライも


「正直、冷や汗が止まらなかったよー」


と笑った。マキヤは小さく胸に手を当てて安堵の息をつく。


アーサーはただ、にこにこと前を向きながら言った。


「さぁ、道はまだまだ続くよ!」

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