第12話 北のガーディアン
「すいませーーん!ちょっといいですかー!」
アーサーは走っている獣忍者に猛ダッシュしながら近づく。
森の小道を駆け抜ける足音が、葉の間で小さく響いた。
獣忍者がアーサーに気がつく。
走るのをやめ、耳を澄ましてアーサーの言葉に注意を向ける。
「ちょっとお話ししませんかーー!」
悪い人間ではなさそうだと判断したのか、獣忍者はアーサーに向き直る。
「何用だ!話次第では切るぞ」
「戦うつもりはないよ!ただ話が聞きたくて、少しだけ時間もらえないかな?」
獣忍者は立ち止まり、しばし考える。
その鋭い瞳がアーサーを測るように見つめる。
やがて、少しだけ警戒を緩めたように、アーサーを待つ。
アーサーは息を整えながら近づく。
「いきなり声かけてしまってごめんなさい!
俺はアーサー、少し話したいことがあって、声をかけてしまったんだ」
獣忍者は黙ったままアーサーを見つめる。
警戒心と不信感がその瞳に浮かぶ。
「北の神殿についてなんだけど、何か詳しいこと知ってるかなぁと思って」
「……私は何も知らない」
獣忍者は手短に答える。
だが、その声には微かな悲しみと諦観が混じっていた。
「ほんとに?どんなことでもいいんだけど」
アーサーが問い返すと、獣忍者は少し目を伏せた。
「それなら一つだけ、あの神殿は絶対に攻略できないわ、時がそれを証明しているでしょ」
続けて、話し出す。
「私の一族も、いくつもの部隊をあの神殿に派遣してきたの。それも最強の力を持った者たちを。でも、誰一人帰ってくることはなかった…もはや不可能の領域…」
獣忍者の瞳には深い悲しみが宿っていた。
「今からどこに行く予定なの?」
アーサーが尋ねると、獣忍者は肩を落とす。
「神殿の偵察だ!」
「偵察って言っても、入り口しか見ることできないだろ?」
獣忍者は苦しそうに答える。
「私の兄上が、昨日、神殿を攻略しに行ったのだ…
だが、いくら待っても帰ってこない…だから、何度も神殿を偵察して、兄上の帰りを待っているんだ」
アーサーは真剣に考える。
(昨日から攻略を始めているなら、恐らく…パーティーは全滅だろうな。だが、この者は信じないだろう…帰ってこない兄を待つ、永遠の悲しみの鎖に繋がれるのが目に見える)
「お兄さんの安否を確認する方法は一つだけ、神殿のガーディアンと対峙することだけだ」
アーサーはそう言い、獣忍者の反応を待った。
「よかったら、一緒に神殿に入らないかい?」
アーサーの優しい眼差しに、獣忍者は少し心を動かされる。
「そもそも、俺たちは北のガーディアンを討伐するためにここまで来たのだから」
アーサーは胸を張る。
「あなたがガーディアン討伐?そんなことできたら誰も苦労してないわ。
一度入れば帰って来れない、最悪の場所なんだよ?」
獣忍者は言い捨てるように話す。
アーサーは落ち着いた口調で、ゆっくり話し出す。
「でもお兄さんが心配なんでしょ?
もしかして何度も神殿に一人で入ろうとしたんじゃない?」
獣忍者は顔を上げ、目を見開く。
まさに図星を突かれた形だ。
何度も兄上の手助けをしようとしていたのである。
だが、実際にはそれをすることはなかった。
「役に立つ情報もない中で、初見でガーディアンに対応するのは、やはり…」
獣忍者は苦しそうに声を絞る。
「それなら俺たちと一緒に入ろう!
ちなみに我がクランは東のガーディアンの討伐に成功しているよ!」
アーサーはにこやかに言った。
その笑顔に、獣忍者は一瞬戸惑う。
いきなり現れた者が、千年以上守り続けられてきた東のガーディアンを攻略したというのだ。
信じられるはずもなかった。
すると、遅れてゼノとイーライ、リナが現れる。
「私には、あなたたちがガーディアンを攻略したとは思えないし、信じない」
獣忍者は強い口調で言い放つ。
アーサーは諦めたように微笑み、最後に言葉を送った。
「わかった!それなら俺たちが代わりに中を見てくるよ、君はそこで待ってて」
四人はガーディアンとの戦闘に備え、準備を始めた。
「本気で行く気なの?」
獣忍者は真剣な顔で問いかける。
ゼノが胸を張り答えた。
「我らはガーディアンを討つためにここに来たのだぞ。
貴重な情報も眠っている。行かない理由はどこにある?」
獣忍者は沈黙する。
「それに主は知らぬと思うが、東のガーディアンを爆散させたのは我である。
あやつらの行動パターンは既に把握済みだ」
「え?その話本当なの?」
獣忍者は目を大きく見開き、驚きを隠せない。
「嘘をついて何になる。
我は元魔王であるぞ」
その言葉が終わるやいなや、獣忍者は混乱し、挙動不審になる。
「え?元魔王?どうなってんの、このクラン!」
驚きの声を上げる獣忍者に、イーライは元気いっぱいに声を出した。
「アーサーは勇者の生まれ変わりなんだよ!
で、この二人はもともとライバルなんだ!面白いでしょ?」
獣忍者の口が塞がらない。
元勇者と元魔王、神聖魔法の使い手と魔導師。
この四人だけで東のガーディアンを撃破したことが、信じられない。
いや、本当に元勇者と元魔王なのか?
でも、この話が本当なら、兄上を助け、北のガーディアンも討伐できるかもしれない。
獣忍者は悩みに悩み、やがて決意する。
――――
「私はマキヤ・ハヤセ、虎の獣人で、職業は忍者。
頼みがあるの!私も神殿に連れて行ってくれないかな?」
アーサーはにこやかにうなずく。
ゼノは特に気にも留めず、イーライは相変わらず元気、リナは杖を磨きながら頷いた。
「わかった!一緒に行こう!
だが奴らは広域攻撃を得意とする。魔法防御が必須だが、使える?」
アーサーがマキヤに尋ねると、マキヤは少し考えた後、答えた。
「忍法の中に、攻撃を無効化する術があるわ」
「忍法!!」
アーサーの目が輝く。
「ならばフォーメーションを決めなければならないな」
ゼノが指示を出す。
「まず前衛は左がアーサー、右が我だ。
前衛二人の後ろにイーライ、後衛左側がリナ、右側がマキヤだ」
ゼノは作戦の詳細を説明する。
「まずアーサー、我、イーライでガーディアンのボディに傷をつける。
一度傷がつけばそこがもろくなることは証明済みだ。
そこにリナの魔法とマキヤの忍法でダメージを与える」
シンプルで確実な作戦をゼノは立て、最後に一言加えた。
「もし持久戦になった場合は、イーライの力が鍵となる。それだけは覚えておいてくれ」
イーライは胸を叩き、元気よく言った。
「ヒールは僕に任せてね!」
――――
──数日後
五人は神殿に足を踏み入れ、まっすぐに伸びる石畳の道を進んでいた。
天井の高い空間に、冷たい空気が漂い、歩くたびに石畳が微かに軋む。
マキヤはあたりを注意深く見回し、何かを探すように神経を研ぎ澄ます。耳をすませ、風の微かな音まで拾おうとした。
すると、目の前に巨大な扉が立ちはだかった。
その圧倒的な存在感に、思わず息をのむ五人。
マキヤは聴力を最大限に引き上げ、扉の向こうの音を探る。だが、そこには一切の音がなく、まるで時間が止まったかのような静寂があった。
マキヤはその異様な静けさに愕然とする。
「兄上……」
その様子を見たアーサーは決心した。
大きく息を吸い込み、扉に手をかける。ゆっくりと、しかし確実に力を込め、扉を押し開く。
「さあ、北のガーディアンよ! 元勇者と元魔王のクランが相手だ!」
扉の向こうに足を踏み入れると、一番奥に三メートル級の無機質なガーディアンが三体、凛と立っていた。
前衛は剣を握り、中衛は魔道師の杖、後衛は神聖なる杖を持っている。
その前には、倒れた十数体の獣人族の姿があった。
「兄上ーー!」
マキヤは叫んだ。だが、返事はない。
イーライが倒れた獣人族たちの生命エネルギーを辿る。
しかし、全員の命はすでに消え失せていた。
「マキヤ!まずは奴らを倒すぞ!」
アーサーが冷静に剣を抜きながら声をかける。
「……今度は三体か?それで足りるのか?」
ゼノは魔剣グラムを抜き、ガーディアンを煽るように言った。
イーライはホーリーアーマーを纏い、セイクリッドハンマーに神聖魔法を流し込む。
リナは即座に魔法を発動できる体勢に入り、目に力を宿す。
マキヤは兄の仇をとるために双剣を構え、戦況を冷静に分析する。
(三~四メートル級の無機質の物質でできたガーディアンが三体……前衛は剣、中衛は魔法、後衛は……この流れなら治癒師か。ゼノの情報では、ほとんどの攻撃が通じないほど硬い……)
マキヤはゼノに問いかけた。
「ゼノ!あんたの魔剣なら、ガーディアンの硬さは崩せるの?」
「たやすいことだな」
ゼノは威風堂々と答える。
それを聞き、マキヤはさらに状況を頭の中で整理する。
(通常なら、剣士が攻撃して魔法が追撃する……しかし、ガーディアンは攻撃一つでクランを壊滅させる力を持つ。多分、初撃はアーサーが受け止め、ゼノが防御の薄い箇所を斬る。それに続いてアーサーも同じ箇所を切れば、大きなダメージを与えられる……だが、治癒師の存在が厄介だ)
マキヤは〇.一秒で判断し、イーライに告げた。
「イーライ君! あの中で一番奥にいる杖を持った奴、ボコボコにしていいよ!遠慮は要らないから!」
イーライの目が輝く。
「よっしゃああああっ!」
彼は握ったハンマーに力を込め、踏み出した。
――――
動きを見せなかったガーディアンたちが、突如その形を歪め、次の瞬間には空を裂く勢いで突進してきた。
前衛の剣士のガーディアンが大きく振りかぶり、巨大な剣を振り下ろす。大地を裂くかのような一撃――だがアーサーは構えた剣でそれを受け止めた。
「よしっ!……この剣なら扱いやすい!」
アーサーは剣を相手に押し返し、ぶつかり合う衝撃を体で受け止める。その瞬間、背後からゼノが飛び出した。
魔剣グラムが光を帯び、鋭い閃光が左肩を貫く。鎧ごと肩が裂け、ガーディアンは悲鳴にも似た金属音をあげた。
しかし後方の治癒師ガーディアンが緑色に光り、肩を失った剣のガーディアンに魔法をかけようと手を伸ばす。
「イーライ君! 出番だよー!」
マキヤの声に応え、イーライは一気に前へ飛び出す。
緑に光る治癒師めがけ、バトルアーマーから数百の光のレーザーを発射しながら突進する。レーザーの大半は相手に被弾するが、ガーディアンには効いていない。だがイーライは怯まない。
「――――ホーリーヴォルテクス!!!」
限界まで魔力を込め、さらに圧縮する。セイクリッドハンマーは白い炎を纏い、眩い光を放つ。
その一撃を、イーライは容赦なく治癒師の顔面へ叩き込む。次々と叩き込む一撃一撃が速度を増し、破壊は止まらない。
緑に光っていたガーディアンの顔が怒りに歪み、杖でイーライに一撃を放つが、イーライはハンマーで打ち返す。
百発を超える打撃が杖に叩き込まれ、ついに杖にひびが入った。
一方、アーサーとゼノは順調に連携を続けていた。
初撃で左肩を潰したのは大きな戦果だ。しかし、油断をすれば魔道師のガーディアンから魔法が降り注ぐ。詠唱なしで第十二階梯――その魔力は恐ろしい。
──〈カオスフレイム〉
半径五十メートルを焦土と化す、灼熱の業火が炸裂した。
「これはやばい! みんな防御だ!」
アーサーの叫びが広間に響く。
その瞬間、リナの声が凍りつくような力強さで響く。
「凍てつく深淵よ、
永遠の闇に君臨せよ。
全てを飲み込む無の極点、
時の果てに閉ざされた氷獄…
我が声に応え、世界を終焉の白に染め上げろ」
白い光が瞬時に広がり、周囲の空間を覆い尽くす。
──第十二階梯魔法
その力により、灼熱のカオスフレイムは一瞬で凍り付き、炎も、煙も、すべて白銀の氷に変わった。
神殿の空気は張り詰め、凍てつく静寂が戦場を包む。
――――
「みんなー、今だよー!」
リナの号令と共に、アーサー、ゼノ、イーライ、マキヤが一斉に動き出した。
アーサーとゼノは息を合わせ、前衛の剣士のガーディアンを切り刻んでおり、徐々に追い詰めていた。
一方、リナは魔力を練りながら魔道師のガーディアンに向け攻撃準備を開始する。マキヤも火遁と双剣で魔道師の意識を攪乱する。
──そして、ついにアーサーの剣が光を帯びた。
我流三式──
剣が空間を切り裂くと同時に、刃から放たれた蒼白の光が辺りを焦がし、轟音が戦場に響き渡る。
剣士のガーディアンの体が、まるで影を切り裂かれるかのように光に包まれ、一瞬の閃光の中で二つに裂け散った。
空気が震え、戦場全体に圧力の波が走る。
〈ぐ……!〉
後ろに立つ魔道師や治癒師のガーディアンたちも、思わず一歩後退するほどの迫力。
アーサーの瞳は鋭く光り、全身から溢れる闘気が神殿の空間を震わせる。
だが、治癒士のガーディアンが緑色に光り出す。
イーライは即座に攻撃を杖から顔面に切り替え、乱舞するように叩き込む。
だが、緑色の光は消えず、剣で切られたはずのガーディアンはゆっくり再生を始めた。
再生を終えた剣士のガーディアンは、まるで怒れる巨人のごとく、重厚な剣を振りかざしアーサーめがけて襲いかかる。
鋼鉄の刃が空気を切り裂く音と共に、戦場に凄まじい衝撃が走る。
「来る……!」
アーサーはわずかなタイミングで身をかわし、剣士の巨躯の間をすり抜けるように一歩一歩間合いを詰める。その動きは鋭く、まるで一瞬も止まることのない時の流れのようだ。
しかし、ガーディアンの攻撃は止まらない。振り下ろされる剣の一撃一撃が、空気を震わせ、アーサーの周囲に波紋のような圧力を生む。
ゼノは、次の攻撃に備えて魔剣グラムに魔力を注ぎ込む。
刃に宿る光はみるみるうちに濃く、赤黒く燃え上がり、第十二階梯魔法の圧倒的な気配が戦場を覆う。
「イーライ! あとはお前しだいだぞ!」
ゼノの声が戦場に響く。
イーライの攻撃は確実に効いていた。証拠は、杖のひび割れである。
自信を得たイーライはセイクリッドハンマーを振り回し、攻撃対象をガーディアンの足元に変えた。
細い部分を狙うのは合理的で、ハンマー一撃で亀裂が走る。
イーライはその隙を見逃さず、さらに攻撃を重ねる。
すると上空から杖の反撃が降り注ぐ。
イーライはホーリーアーマーで受け止め、衝撃が体を突き抜けるが、それでも動じない。
しかし、杖は何度も何度もイーライを襲う。
イーライは自分に《オートヒール》をかけ、この打撃に立ち向かいながら、攻撃を続ける。
何度も何度も足元にハンマーを叩き込み、ついに右足首を粉砕。
バランスを崩したガーディアンは後ろに倒れた。
その様子を見たゼノは、即座に魔剣グラムを解放。
瞬時に剣士のガーディアンに神速で接近し、首を斬り落とし、同時に一刀両断した!まさに瞬殺!
「これで戦闘不能間違いなしだな。しかし今回のガーディアンは手ぬるい」
ゼノはそう呟き、残る魔道師ガーディアンを見据えた。
「ふむ、魔法の打ち合いなら、リナには勝てぬな」
マキヤが乱舞攻撃をしている、魔道士のガーディアンの杖が赤く光だす。
「大規模魔法攻撃が来るぞ!みんな回避だ!」
アーサーが叫んだ!
リナは全身の魔力を綿密に制御していた。
これは普通の魔法ではない。自分で開発した魔法だ。
今なら、最大出力で放つことができる。
黒い魔力の球が杖の先に浮かび上がる。
漆黒の球体は渦巻きながら回転し、右側が鋭利な円錐状に尖る。まるで光さえも断ち切る黒曜石の槍先のようだ。
「――ここれで終わりにする」
第十六階梯魔法──
リナの高い声が響いた瞬間、膨大な魔力が込められた、鋭利な円錐状が閃光とともに放たれる。
それは避けようもなく、魔導師ガーディアンの胸を穿った。
「ドンッ!」
鈍い破裂音とともに鎧が裂け、内側から膨張するように風穴が広がる。
静寂を切り裂くのは、吹き荒れる魔力の余波だけだった。
風穴を空けられたガーディアンは、ゆっくりと後ろに倒れていく。
「すごい!」
アーサーは思わず声を上げる。
ゼノは当たり前のような顔をし、イーライは疲労で肩を落とす。
マキヤは腰が抜けたように座り込み、戦いを振り返りながら呟いた。
「凄かった……」
リナは疲れた笑顔を浮かべ、戦場に残る静寂を見渡す。
光に包まれたガーディアンたちは、まるで生きた彫像が砕けるかのように泡となり、ふわりと宙に浮かんでいった。白く輝く泡は空間を満たし、やがて消え失せる。戦いの激しさを物語る光の残滓が、静かに広間に漂った。
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