第四話 「王女の決意」
――王都、王宮謁見の間。
高い天井に豪奢なシャンデリアが吊り下がり、金と紅で彩られた大広間には、重苦しい空気が満ちていた。
その中心に立つのは王女リディア。そして、その隣には僕――カインの姿があった。
「リディアよ。なぜそのような者を伴ってきたのだ」
国王の問いに、大臣や貴族たちの視線が一斉に突き刺さる。
彼らにとって僕は、“勇者パーティを追放された無能従者”でしかなかった。
だが、リディアは一歩も退かずに告げた。
「父上。私はこの方を、私の従者として、そして伴侶として選びました」
その瞬間、広間がざわめきに包まれる。
「な、なんだと……!?」
「勇者ジークではなく、あの男を……!?」
「無能と呼ばれた従者を王女の伴侶に? 正気か!」
僕は思わず息を呑んだ。
王女の堂々とした宣言に、驚きと同時に心が熱くなる。
「リディア……」
だが国王の表情は険しい。
「ふざけるな! お前には大国の王子との縁談が決まっているはずだ。それを断ち切るなど、国家への反逆に等しい!」
国王の怒声が広間に轟く。
しかしリディアは、まっすぐ父を見据えて答えた。
「私は、王女である前に一人の人間です。誰と生きるかを、私自身で決める権利があります!」
その言葉に、貴族たちはさらにざわめいた。
そこへ――勇者ジークが現れた。
豪奢な鎧をまとい、自信に満ちた足取りで玉座の前へ進み出る。
「陛下。リディア殿下は錯乱されています。やはり王女の伴侶にふさわしいのは、この私――勇者ジークでしょう」
ジークは僕を見やり、冷たい笑みを浮かべる。
「従者風情が王女殿下を惑わせているのです。陛下、どうかご判断を」
その言葉に、国王も頷きかけた。
だが――リディアの瞳は揺るがなかった。
「いいえ、違います。惑わされているのはあなた方です。彼こそが、この国に必要な“本物の力”を持つ者です」
そのとき。
広間の奥から巨大な振動が響いた。
「な、なんだ!?」
「魔獣か!? 城の結界を破ったのか!」
兵士たちが慌ただしく駆け込んでくる。
どうやら、何者かが城の結界を破壊し、魔獣を差し向けてきたらしい。
「……この混乱は誰かの仕業だ」
僕は直感した。ジークの背後にいる黒幕――貴族派閥が動いたのだ。
城門を突き破り、黒い巨獣が姿を現す。
炎を吐き散らす魔獣に、兵士たちは恐怖に凍りついた。
「くっ、あれは上級魔獣だ! 我々の手には負えない!」
「ジーク、出番ですよ」
リディアの挑発的な声が響く。
「勇者と呼ばれるなら、この場で証明してみせなさい!」
「っ……!」
ジークは顔を引きつらせながら剣を構えた。
だが、その動きは鈍かった。以前のような自信に満ちた勇者の姿は、そこにはない。
「グオオオオオッ!」
魔獣の咆哮と共に、灼熱の炎が広間を覆う。
兵士たちが悲鳴を上げる中、僕は前に踏み出していた。
「カイン!」
「大丈夫だ。ここで証明してみせる」
蒼刃の大剣を握り、〈魔力記録〉を解放する。
脳裏に鮮やかに蘇るのは、かつて炎術師が放った究極の魔法――。
「来い……〈魔力記録〉再現――“紅蓮の大業火”!」
蒼刃の大剣から奔流の炎が放たれ、魔獣の炎を呑み込み、広間を赤く染めた。
灼熱の光に包まれ、魔獣は悲鳴をあげながら灰へと崩れ落ちる。
静寂。
残ったのは、僕の握る大剣から漂う蒼き光だけだった。
「な、なんという力だ……!」
「勇者ジークを超えている……!」
ざわめく貴族たち。
国王でさえも、目を見開いて立ち尽くしていた。
リディアは胸を張り、堂々と宣言した。
「父上、これでもまだ“従者風情”とおっしゃいますか? 彼は無能ではありません。この国を守る英雄です。そして――私が選んだ人です」
その言葉に、広間は完全に沈黙した。
「リディア……お前という娘は……」
国王は額に手を当て、深くため息をついた。
やがて、重々しい声が響く。
「……好きにするがいい。ただし、その選択の責任はお前自身が負え」
「承知しております」
リディアが深々と頭を下げる。
その横顔は、王女ではなく、一人の女性として強い決意を宿していた。
広間を出ると、リディアは小さく笑った。
「ふふ、やっと言えました。これで正式に、あなたは私の伴侶です」
「……リディア」
僕は胸の奥からこみ上げる熱を抑えられなかった。
彼女の決意は、僕にとっても大きな力になる。
「必ず守ります。あなたを、そしてこの国を」
「はい、カイン……」
王女の決意は、確かに国を揺るがすものだった。
だが同時に――僕たちの“最強パーティ”が、真に歩み始める合図でもあった。
(第四話・完)
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