第1話 モニカおじさん

モニカおじさん(仮名)


モニカおじさんの特技は、なんといっても ハーモニカ。

胸ポケットからスッと取り出して、まるで昔から手と一体であったかのように、軽やかに構える。


「じゃあ、ちょっと一曲いこうかね」


そんな一言のあとに流れる音色は、

聴く人の心をふっと軽くしてしまう、不思議な魔法のようだった。


モニカおじさんは即興が大得意。

誰かが鼻歌でメロディを口ずさむと、

「ほうほう、こんな感じかな?」

とすぐに合わせて吹き始める。

リズミカルで、温かくて、聴いている人はつい体を揺らしたくなってしまう。


そしてもうひとつ。

モニカおじさんは 演歌が大好きだった。

昔の懐かしい演歌を、ハーモニカで軽やかに、

でもどこか胸を締めつけるような哀愁たっぷりで吹き上げる。

年配の人たちはその音色を聞くと、

「あぁ、この曲はあの頃の思い出が…」

と、しんみりしながら目を細めることもあった。



● ハーモニカの3つの種類


ハーモニカと一口に言っても、実は大きく3種類ある。


・10ホールズハーモニカ

穴が10個あるタイプ。ブルースハープとも呼ばれ、

長渕剛さんやボブ・ディランがギターと一緒に演奏しているあのスタイルだ。


・クロマチックハーモニカ

側面のレバーを押すとシャープやフラットの音が出せる。

ジャズやポップスなど、幅広いジャンルに強く、

スティービー・ワンダーが有名な名手である。


・複音ハーモニカ

上下2段になっており、同じ音でもわずかにピッチをずらして作られている。

その“ゆらぎ”が、独特の温かいハーモニーとなる。


そして、モニカおじさんが愛してやまないのは、

この 複音ハーモニカ だ。

彼は「この音が、一番、人間の心に寄り添うんだよ」とよく言う。



● モニカおじさんの秘密


しかし、モニカおじさんには、

実はひとつ大きなハンデがあった。


右手に障害があり、

常にしびれがあり、思うように動かない。

10年以上前、脳の血管が詰まる病気になった後遺症だった。


発症したときは、本当に大変だった。

病院に運ばれ、命はなんとか助かったものの、

身体の半身が麻痺している。

言葉が出ない。

舌がうまく動かず、

立つことも歩くこともできなくなってしまった。


退院時には車椅子。

「この先、どうなるんだろう?」

家族も本人も、不安でいっぱいだった。



● リハビリの日々、そして運命の出会い


その後、モニカおじさんの長いリハビリが始まった。

理学療法、作業療法、あらゆるメニューを試してみたが…


「楽しくないねぇ」


本人は何度もそうつぶやいていた。

やらなければいけないことだと分かっていても、心がついていかない。


そんなある日だった。


古い箪笥の引き出しの奥から、

若い頃に遊び半分で買ったハーモニカが出てきた。


「そういえば、昔ちょっと吹いてたな」


軽い気持ちで息を入れた。

すると、不思議なことに、ほんのわずかだが音が出た。

「あれ? もしかして…」


それが、モニカおじさんの リハビリ再スタート のきっかけとなった。


毎日コツコツ。

右手はしびれていたが、演奏には支障はない。

呼吸を意識しながら練習を続けた。


音を出すだけで精一杯の日。

簡単な童謡を吹けるようになった日。

演歌を吹いて涙が出た日。


ハーモニカの音色に導かれるように、

舌も、指も、足も、少しずつ動くようになってきた。


いつのまにか、言葉は普通に話せるようになり、

杖を頼りに、自分の足で好きな場所へ出かけられるまで回復した。

医師やリハビリの先生は驚いたが、

モニカおじさんは言った。


「楽しいと、体がついてくるんだなぁ」



● そして今日


今日も、近所のコミュニティセンターでは、

「おかりなマン」たちと練習会が開かれる。


ドアを開けると、

「おはよう、モニカおじさん」と、みんなが笑顔。


モニカおじさんは、胸ポケットから大切な複音ハーモニカを取り出す。


笑顔と音楽が、ゆっくりと部屋に満ちていく時間が始まる。

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