ソラシド! おかりなマン!

@shinji03

プロローグ

朝、男は静かに目を開けた。

天井の白いパネルが淡い光を放ち、朝日の代わりに部屋をやさしく照らす。

身体はまだ少し重く、意識は夢の名残を抱えている。


しばらく横になっていると、部屋の空気がわずかに震えた。

音楽が流れ始めたのだ。

まるで水面に落ちる一滴のような透明な音。

男の脳波の波長に合わせ、ゆっくりと覚醒を促すメロディ。


同時に、男の体に貼られた微小センサーが心拍数、呼吸数、脳波を読み取り、

さらに、昨日の行動ログ——睡眠の深さ、食事内容、歩数、ストレス値など——をまとめて音楽AIサーバーへと送信する。


音楽AIサーバーは、男の今日の予定を受け取り、

「最高のコンディションで始められる脳波」へと導くための音楽を即座に作り出して返してくる。


音楽AIサーバーには、男の膨大な情報が蓄積されている。

遺伝子情報、生後すぐの脳のパターン、幼い頃に気に入っていた子守歌、

好きになったもの、嫌いになったもの、

失敗した日、成功した日、

そしてこれまでの行動のすべて。


だからこそ、男の世界では「音楽は空気のように自然に最適化されるもの」と考えられていた。


男は音楽が大好きだ


だが、その音楽が誰かの“手”によって作られたものを聴いたことは、一度もない。


食事中に流れる音楽は、味覚を刺激して食欲を増進させるように調整され、

食後の音楽は、胃腸のリズムに合わせて消化を助ける周波数が混ぜ込まれている。

通勤時間には、気持ちが徐々に高まるような、けれど決して焦らせない、

絶妙なテンポの音楽が流れてくる。


朝から晩まで、シーンごとに音が変わる世界。

そこには音楽家という存在はいない。

全ての音楽は、AIによって生成される。


——しかし。


男は、密かにあこがれていた。

この宇宙のどこかには、

音楽を人が作る世界

があるという噂を。


声で歌い、身体や指で楽器を奏で、喜怒哀楽を音に変える……

そんな世界があるらしい。


男の胸はずっとざわついていた。

もしその世界に行けるなら、自分でも音楽を演奏してみたい。

自分の手で音を生み出してみたい。

そんな夢を抱き続けていた。


そして、ある日——。


「おかりなマンとして、地球への派遣任務に欠員が出た」

という知らせが舞い込んだ。


耳にした瞬間、男の心臓は跳ね上がった。

迷いは一切なかった。


「ぜひ、行かせてください!」


そう申し出ると、驚くほどあっさり承認された。

運命が背中を押してくれたのかもしれない。


任務の詳細は、地球到着後、そのつど、指示が来るらしい。

しかし男にとって、それがどんな任務であっても構わなかった。


憧れの地へ行ける。

自分の手で音を奏でられる。

それだけで胸がいっぱいだった。


男の長年の夢が、ついに叶おうとしていた——。

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