第7話
…今日だけで、ツトムから何度馬鹿と言われたことか。
だが、例え馬鹿なような話でも、事実は事実だ。
俺には、この事実をツトムに伝える義務がある。
「たかがツバメに、人体を、木を貫くような威力がある筈がない!」
「いや。違う。お前、この種の鳥が出せる速度を知っているか?」
「…知らない。」
「針尾雨燕って、聞いたことはあるか?」
説明を始めるサクマ。ツトムも黙って話に耳を傾ける。
「針尾雨燕(ハリオアマツバメ)日本を含むユーラシア大陸東部に分布するツバメだ。
体長は20cm程。全身は黒い体毛で覆われている。
奴らの体は、航空工学で使われる翼長と翼面積と重量からなる『力学的相似形数』が、人類が作る最新鋭のジェット機と極めて近い値になっている。
人類が到達した『空気力学』を、奴らは自然の進化の過程で、既に会得しているんだ。
その速度は、
水平飛行時、時速350km。
しかもだ。
物体は、サイズや重量が大きい程、速く飛ぶ。
奴らは、金属に極めて近い素性の刃のような翼を得ている。
そこに、高々度からの滑空…本体の重量と重力が加わる。
その速度は、時速500kmに到達する。」
「時速500kmの金属塊…。」
「そう。そして、これに貫かれた後には、ツバメの形…巨大な鏃のような跡ができる。」
「…。」
「これが、熱を出さず、高速で迫る見えない黒い弾丸の…正体だ。」
「だが…。」
反論を試みようとするツトム。しかし言葉にならない。
ツトムも、理解したのだ。
「しかも。こいつらは、人を目掛けて飛んでくる。飛行途中の制動も旋回も自由自在だ。獲物を仕留めるまで、何度でも追跡する。」
黒いナニカ。
鏃のような形。
高速の物体。
銃弾ほどの熱を持たない。
曲がる。被害者に向けて。
そんな銃弾は…。存在しない。
その正体は、その条件を満たす弾丸は。
『燕』という、目的と意思と、そして命を持つ小さな生物なのだ。
「…なんで、そんなものがいるんだ?」
ツトムが力なく俺に尋ねる。
「たぶん、進化したのだろう。」
「…進化? なんで?」
「進化とは、生物個体群の性質が、世代を経るにつれて変化する現象だ。その理由は…『生き残るため』。
原始の生物は、危機を迅速に感じ取るために眼球器官を得た。
新たなエネルギーを求めて魚は地上に進出した。
外敵から身を守る為に、角や牙、翼を得た。
人は、道具を用いるために二足歩行となり、脳を進化させ、生命の頂点に立った。
全ては、種が生き残る為に行われた所業だ。」
「だ、だが、ツバメが、鳥が、金属の羽を持つ事に意味はあるのか?
空を羽ばたける鳥の生存を脅かす生物なんて、多くは無いはずだ。」
「だったら、今、そいつらにとって、何が外敵になると思う? 何の生物が、種の存続を脅かしているのだと思う?」
「…まさか。」
ツトムの表情が曇る。
「…人間だ。」
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