第6話 曇ってしまったヒロイン

 貧血も収まり検査の結果異常がないことが確認され、俺は晴れて退院した。


「はい、着替え終わり」

「ありがとう、母さん……」


 わざわざ寮に泊まり、俺の世話をしてくれた母さん。部屋のものはほとんど片付けられ、あとは俺がここを出るだけとなっている。


 俺の登校と共に母さんも出勤しないといけない。


 楽させてあげたいと思ったのに、これじゃ完全に裏目に出てる……。


 はっきり言って、【神の見えざる手】を獲得した今の俺の生活能力は以前とは比べものにならないというのに!


 最初こそ四本の腕を扱うのに戸惑ったが、入院中暇過ぎたのでマルチタスクをこなす練習をひたすらしていた。


 お陰で家事こしながら、同時に食事ができるという変なことまでできるようになってしまった……。


 義手っぽいものをつければ、【神の見えざる手】を使ってもカモフラージュができるが、シャツとブレザーを着せてもらってもだらりと下がった袖だとそうもいかない。


 母さんに【神の見えざる手】のことを打ち明けるべきか……いや打ち明けたら打ち明けたで、両腕を失った反動で頭がおかしくなったんじゃないかと思われたら困る。


 結局二本の手は頭を抱え、もう二本は腕組みして思案中みたいな格好を取っていた。



「ここからは一人で行けるから。ずっと俺に構ってたら会社に遅れるよ」

「そんなの……哪吒の方が大事に決まってるじゃない……」


 母さんの目に涙が溜まっていく。


 ああっ! 【神の見えざる手】でポケットに入ったハンカチを取り出して拭いてあげたいのに!


「ごめん……。ほら、俺って昔から寝相が悪かったじゃん? お陰で、ほら……」


 俺は靴をその場で脱ぐと足を上げた。爪先は肩を越えて、耳の裏まで達している。猫のように後ろ脚で耳裏を掻く仕草を母さんに見せた。


「ぷっ……もう哪吒ったら」


 仕草がおかしかったのか、涙を浮かべていた母さんは堪えきれず笑みを漏らす。


 母さんはずっと俺の方を向いたまま名残惜しそうに後退りしていた。


 そんな今生の別れでもないのに……。



 母さんが会社に向かったのを見届けたあと、足で靴箱を開け上履きを取り出した。所々で【神の見えざる手】でサポートしつつだけど……。


 上履きに履き終え、振り向くと周りにいた生徒たちが俺を見ていたが、視線をやるとみんな俯いたり、俺から顔を背ける。


 父さんがダンジョンマスター存在説を唱えたとき、俺たち家族も非難に晒されたが「私たちは何も悪いことはしていない。俯くことなんてないからしっかりと前を向きなさい」と教えられた。


 教室までの廊下を歩いていても好奇の目に晒される。だけど俺は母さんの教えを守り、周りからどんな風に見られようとも正面を向き、目的地へ向かう。


 ――――カッコつけて、あの様かよ!

 ――――ソロパでレイドボスに挑むって草。

 ――――無様過ぎるだろ。

 ――――アタオカに巻き込まれた仲間が哀れ。


 どうも両腕を失ったことよりも無謀さを非難されてるようだ。俺は颯真を止めたんだが、何故か俺のせいにされている。


 サムズダウン付きのブーイングまで浴びせられながらもようやく教室の前までたどり着いた。


 まあダンジョン配信なんてやっていれば、多かれ少なかれ批判は浴びる。それが今回は特に多かっただけに過ぎないだけだ。


 教室のドアを足で開けようかと思ったとき、ガラガラと音を立てドアが開いた。そこから勢いよく生徒が飛び出してくる。


 ドンと俺の胸元に生徒は当たっていた。俺の胸元と生徒の頭がちょうど同じ高さ。


「なたくん……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「れもん!? どうしたんだよ」


 俺に当たってしまったのは有栖川れもん。泣き崩れながら謝罪の言葉を連呼していた。


 同級生なんだが、下手すりゃ小学生に間違われてしまうれもんに泣かれしまうと小さな子を泣かしてしまったみたいでただ女の子を泣かすより何倍もいたたまれなくなってしまう。


「私がぜんぶ悪いのぉぉ……ううっ、ううっ」

「れもん、分かったからちょっと席を外そうか」

「ううっ、うん……」 


 まだSHRショートホームルームが始まるまでは時間があったので、購買部脇の自販機スペースまで場所を移した。


「れもんはいっつもいっつもなたくんに助けてもらってばかりなのに、れもんはなたくんのこと……助けられないばかりか……迷惑掛けてばっかり……今回はなたくんの手がもう……うううっ、謝っても取り返しがつかないよぉ……うううっ」


 ベンチに座らせ落ち着かせようと努めたが、れもんは泣き止むどころか、俺の胸元で号泣してしまう始末……。


  仕方ない。【神の見えざる手】を使うか。


 セルフでマッサージしていて分かったことだが、【神の見えざる手】で身体に触れるとヒーリング効果と呼んでいいのか分からないが、心が癒されるというか落ち着く。


 れもんにも効果があるといいんだけど……。


 両親から子ども頃に寝かしつけられる際に背中をぽんぽんぽんと優しく手を当てられたことがあった。それと同じようにれもんの背中を【神の見えざる手】で当てていた。


「なたくん……ごめんなさい」

「気にすんなって! 俺がれもんやみんなを助けたいからやったことだ。れもんは俺の分まで迷宮探索校のアイドルとしてお金を稼いでくれ。そしてれもんを馬鹿にしてきた毒親を見返してやれよ」


 れもんは俺の手に気づいていなさそうだったが、すっかり泣き止んでくれて、ちょっと安心する。


 だが……。


「なたくん……れもんはお詫びしなくちゃいけないの……こんなことで償えるとは思わないけど、せめて……」


 れもんは迷宮探索の武器として使用するナイフを隠し持っており、俺の目の前で抜いていた。


「れもんの腕をなたくんにあげる……役立たずのれもんが使ってるよりなたくんに移植した方が絶対にいいもん!」


 いやちょっと何言ってるか分かんねえよ!


 俺が戸惑っている間にもれもんは自分の肩口に刃先を向けていた。対迷宮モンスター用の武器だけあり、下手な包丁より大きく切れ味も抜群……。そんなものを思い切り刺したら、大怪我だ。


 申し訳ないという想いと自分の腕を俺にくれようとする気持ちはありがたいが、そもそも俺とれもんとじゃ腕の長さが違い過ぎる。


「なたくん、れもんの腕を使って!」


 その言葉と共にれもんはナイフを自分の肩口に向かって刺そうとしていた。


「止めろ! れもん!! いないと思ったら、こんなところで何してんだ!」


 あぶっねえ!!!


 俺が【神の見えざる手】でれもんの手を止めた刹那に美里が飛び込んできてくれてれもんを制止してくれていた。


「うわぁぁぁぁーーーーん! れもんはダメな子なのぉぉぉぉ……」


「んなことねえって。れもんが自分の腕を切ってまで俺に与えようとしてくれたこと、うれしかったから。ただやっぱ無理なもんは無理だからあんま無茶すんな」


 俺はこっそり【神の見えざる手】をれもんの頭の上に乗せていた。


「う、うん……」


 ようやくれもんはナイフから手を離し、美里に預けていた。

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