内側のSOS

周田権蔵

内側のSOS

 困っています。

 もう、本っ当に、困っています。

 トイレの個室から、出られなくなってしまいました。

 私の通う三ツ野田小学校では、トイレが一階二階三階にそれぞれあるのですが、今日は何故か一階と二階のトイレが混んでいたので、三階のトイレに向かったのです。そこで、閉じ込められてしまいました。


 閉じ込められた、といっても全て私のせいですが…。


 実は、用を足し、足を滑らせて個室のドアに頭を強くぶつけてしまった後から、ドアの調子がすこぶる悪いのです。

 謝罪の気持ちを込めて労わるように撫でたり、はたまた叩いたりしても、ドアはうんともすんとも言いません。

 ドアをどうにかしようとするのは諦めて、じめっとしたトイレの中で助けを待っていますが、なかなか人は来ません。三階は使われていない教室と、廊下の奥の方に図工室がありますが、そちら側に綺麗なトイレがあるからです。

 私の駆け込んだ階段近くのトイレは、ちょっぴり汚いし、怖い噂があるので、皆近寄ろうとしません。私みたいに我慢ができない、ギリギリの人以外は。








 何だか、私、ずっと待っている気がします。お腹は減ってないし、眠くもないので、そんなに時間は経ってないはずです。でも、私がこのトイレに入ってきたときより、すごく、空気がじめじめしています。体がべとつくので、皮膚と皮膚がしっかりくっついて、気持ち悪いです。それに、ザリガニみたいなにおいが、どこからかしてきます。

 腕に鳥肌が立っているのがわかりました。このトイレの怖い噂というのは、便器の中から女の子の腕が出てきて、あの世に連れていかれるというものです。その子の腕は、緑色の皮膚で、カエルみたいな腕だと聞きました。ねばついているので、ぴったりと掴んだ腕は一生離れないらしいのです。

 私、今、汗をかいてるから、つるつる滑って、掴めないよ、きっと。太鼓を叩く心臓を抑えるように、胸元に手を当て、深呼吸をしました。








 人の声が聞こえます。女の子の声、数人ほどいるのでしょうか、何かを話しながらトイレに入ってくるのがわかりました。

 声から察するに、私より少し下の学年の子たちのようです。ここでためらっていては、トイレに泊まることになってしまいます。

大きく息を吸って、握った拳を振り上げました。






ドン、ドン、ドン!

きゃあーっ!キャハハハハハハハ…






 ショックで、動けませんでした。あの子たちの声は遠ざかって、もう聞こえません。

 あの子たち、私のいる個室のドアを叩いて、悲鳴をあげて、最後には笑って出ていきました。トイレのドアを叩くということは、中に人がいるということを知っているはずです。

 それなのに、話しかけもせず、ドアを開けようともせず、出ていきました。あの様子では、大人を呼んできてもくれないでしょう。

 もしかすると、トイレに泊まることになるかもしれません。お母さんとお父さんは、私のことを探してくれるでしょうか。

怖くて怖くて、たまりません。









「あらー、これはだいぶ、老朽化が…」


 便座の上に座っていると、大人の男の人の声が聞こえました。思わず、便座から飛び降ります。両手を組んで、目を閉じ、どうか、今度こそお願いします、と神様にお祈りをしました。


「全然使用感ないよなあ」

「でも新しくするってことは、使ってる子いるんじゃないですか?」

「ごく、たまーに、いるらしいね。…トイレしに来てる訳じゃないだろうけど」

「えっ?どういうことすかあ?」

「ほら、俺たちの時代もあったろう。3階の女子トイレ、3番目のトイレは…」








ドンドンドン!

ドンドンドン!

ドンドンドン!







「うわあっ!」

「えっ、えーっ!」


男の人たちは、変な声を出すと、走って逃げていきました。

あの人たちにも、このトイレの噂は広まっていたのでしょうか。

私、私、お化けじゃありません。

どうして皆逃げていくの?

私まだここにいるんです!

三ツ野田小学校、三階の女子トイレ、三番目の個室に!


おかあさん、おとうさん、怖いよう。

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内側のSOS 周田権蔵 @gonzo-S

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