【BL】祈りの星

椿零兎

祈りの星

小さな頃から星が大好きだった。

別に特別な意味なんてなかった。

ただ、夜空に静かに浮かぶその光が、いつも少しだけ心を落ち着けてくれる気がしたんだ。

特別な意味なんてない、そう思っていた筈だった。


だけど、最近になって、ひとつだけ意味ができた。

 

「願いごとを託すもの」


として、星を見上げるようになったんだ。


放課後、教室にはもう俺達以外誰もいない。

最後まで残っていたクラスメイトも、俺達に軽く手を振って教室を出ていってしまった。


隣の席では、陸が眠そうに

「ふぁ〜」

と欠伸をしていた。

いつも通りの仕草。何時もの日常。

だけど、最近彼の仕草一つ一つが、どこか眩しく見えてしまう。


……今日こそ、渡そうと思っていた。


ポケットの中に小さな箱がある。中には、星の形をしたキーホルダー。シルバーに近い淡い青で、光にかざすとすこしだけきらめく。

これはお揃いで、もう一つは、自分の家の鍵につけている。


……陸とお揃いを持っていたい。


その気持ちに突き動かされて、思わず買ってしまったものだ。けれどそれを渡す理由を、俺はまだちゃんと言葉にできていない。


「なあ、悠」

 陸が不意に俺を呼んだ。

「ん?」

「なんか、最近ぼーっとしてるよな。疲れてるんじゃないのか?」

陸に心配そうに覗き込まれて、思わず目をそらしてしまう。

「ううん、ちょっと考えごとしてただけだから、大丈夫」

「ふーん……それなら良いけどな?あ、そうだ。来週の天文部の観測会、来ないか? 星、好きだったよな」

陸のその一言に、心臓がドクン跳ねた。このタイミングで星の話題。思わずバレたのかと思った。

陸は天文部部長だし、俺が星をよく眺めているから誘ってくれただけだろうけど、タイミングが悪い。

そう思いながらも、陸が誘ってくれた事が嬉しくて、笑顔で了承の返事をする。

「いいの?それなら行きたいかも」

「じゃ、決まりな。楽しみにしとけよ。結構いい場所なんだって」

陸はそう言ってニカッと笑う。その眩しい笑顔を見たとき、ようやく俺の恋心の覚悟が決まった。

「……あのさ」

ポケットに手を入れて、ずっと持っていた小さな箱を取り出す。

「これ、受け取ってほしい」

静かに告げて、ズイッと箱を差し出すと、陸は少し驚いたように目を丸くして、それから静かに受け取ってくれた。

「なに、今日って何かの記念日だっけ?俺誕生日じゃないけどな」

そう言いながらもクスッと微笑んでくれた。

大事そうに蓋を開けて中を見た瞬間、目を細めて中身を確認し、俺を見つめてくる。

「星か。綺麗だな。……これ、もしかしてお揃いか?」

「……うん。あのね、星ってさ、願いを託すものだって、聞いたことがあるんだ」

陸に気持ちが伝わるように、言葉を選びながらゆっくり話す。

「このキーホルダーにも、ちょっとだけ、願いを込めたんだ」


 その言葉に、陸は俺をじっと見た。


「なぁ、その願いって、俺に関係ある?」

まっすぐな瞳に、うまく頷けなかった。そのまっすぐな射抜くような瞳が怖い。拒絶されるんじゃないかって。

けれど、俺はこの気持ちから逃げないって決めたから。

「あるよ。……陸のこと、ずっと友達だと思ってた。でも最近、ちょっとだけ違ってきてて。気づいたら、陸のこと、特別に思ってた」

喉がカラカラに乾く。懺悔でもしているみたいだ。でも、俺の気持ちの言葉は続いてくれている。

「この気持ちを、無理にわかってほしいとか、受け入れて欲しいとかじゃなくて……ただ、陸にちゃんと好きな気持ち届けたかったんだ」

沈黙が落ちる。

陸はしばらく黙ったまま星のキーホルダーを見つめてから、ふっと息を吐いた。

「なんかさ、悠らしいな。ちゃんと考えて、ちゃんと伝えてくれるとこ。そういう所、かなり好感持てるよ」

陸はゆるやかに笑って、言葉を続ける。その顔には拒絶の感情は一切無い。

「……俺も、ちょっとだけ考えさせてほしい。いきなり“はい”って言えないけどさ、受け取るよ、それ」

その言葉で胸の奥で、張りつめていた何かが、少しだけ緩んだ気がした。じんわりと涙が浮かんでくる。

「ありがと」

それだけ言って、俺は席を立った。


滲んだ視界の先で、陸の指先に、星がキラキラと揺れていた。

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