第6話 速攻

ギルドの扉が軋みを上げて開いた。

入ってきたのは、黒衣に身を包んだ数人の男たち。

胸元には、見慣れぬ紋章が刻まれている。

……場の空気が一気に張り詰めた。


「……誰だ、あいつら」

「見たことのない紋章だな」

「ただ者じゃなさそうだ……」


冒険者たちがざわめく。

ギルドマスターも険しい顔で彼らを睨んだ。

黒衣の男たちは無言のまま、真っ直ぐにエリシアへと歩み寄る。


「エリシア・フォン・グランツ様ですね」


低い声が響いた。

エリシアが小さく息を呑む。

カレンが即座に前に出て、剣に手をかけた。


「お嬢様に何の用ですか」


「我らは“ご次男様”の命を受け、令嬢をお迎えに参った」


その言葉に、ギルド内が再びざわめいた。

偽兵士の証言とも一致する。


だが黒衣の男たちは堂々と依頼人の名を口にした。

そして先ほどの連中とは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。


「兄が、そんなことを……」


エリシアの声は震えていた。

だが、その瞳にはただの恐怖ではなく迷いが宿っている。

俺はその表情を見逃さなかった。


「嬢ちゃん、知ってたのか?」


「ごめんなさい……」


エリシアは言葉を濁し唇を噛む。


「公衆の面前でする話ではございませんでしょう」


エリシアが口を開きかけた瞬間、黒衣の男たちが一斉に武器を抜いた。

鋭い刃が光り、ギルド内の冒険者たちが色めき立つ。


「まあ話は後だな」


俺は剣を抜き、能天気に笑う。


「敵なら容赦しない。いつもどおりだ」


ただ、黒衣の男たちは、先ほどの偽兵士とは違った。

動きに無駄がなく、連携も取れている。


一人が斬りかかり、もう一人は背後を守る。

三人目は魔法陣を描きはじめ……


「チッ、魔術師か」


地を蹴り、最短距離で近づく。

そのまま雑に剣を振り抜けば魔術師は声を上げる間もなく斃れる。


「なっ……」


動揺を見せる二人目の喉元を掻き切ると、

流れのままに繰り出した一撃で三人目の手首から先を斬り飛ばす。

――ここまでが一瞬の出来事。


「……終わりだ」


俺は剣を突きつけ、冷たく告げた。

黒衣の男は膝をつき、震えながら呟いた。


「……我らは……ご次男様の……めいを……」


そのまま意識を失い、地に崩れ落ちた。


静まり返るギルド。

冒険者たちは息を呑み、血に塗れた俺を見つめている。

(あれ?もしかして貴族絡みのこういうのって、相手のこうじょうなりなんなり聞いてからやりあったりするもん?)




――蒼白な顔をしたエリシアにカレンが訊ねる。


「……お嬢様。やはり、何かご存じなのですね」


「……ええ」


エリシアは小さく頷いた。

その声は震えていたが、逃げることはなかった。


「……私は“政略結婚”の話から逃げてきたのです。

次男派閥が、私を利用しようとしているのを知り、父にも内緒で旅に出ました。

護衛に、信頼できるカレンだけを連れて……」


「なるほどな」


俺は剣を収めると、にこりと笑った。


「つまり、嬢ちゃんは家のゴタゴタから逃げてきたわけだ」


「……はい。でも、こんなことになるなんて……」


エリシアの瞳に涙が滲む。 カレンは彼女を抱き寄せ静かに言った。


「……もう一人で抱え込む必要はありません。お嬢様を守ると言ってくれた無謀な男もここにおります」


「おいおい、無謀ってのは余計だろ」


俺は笑い飛ばした。

だが、カレンの言葉にエリシアの表情が少し和らいだのを見て

悪くない気分だった。


ギルドマスターが重々しい声で言う。


「リオ、エリシア嬢、追っ手を斬ったからには、もう後戻りはできんぞ」


「望むところさ」


俺は笑顔のまま、鞘に入ったままの剣を掲げた。


「俺なんて、面白い依頼を受けるために冒険者になったようなもんだしな」


ギルド内にざわめきが広がる。

エリシアは涙を拭い、真っ直ぐに俺を見つめた。

その瞳には、もう迷いはなかった。


「リオさん……どうか、私を守ってください」


「任せとけ!俺は最強ってわけじゃないが、これまでの人生、荒事では無敗だ!」


能天気な笑顔でそう告げた瞬間、ギルドの外から角笛の音が響く。

街を包むような、不穏な合図。新たな戦いの嵐が、確実に迫っていた――。

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