君がいない夏なんてもの、季節の名前でしかない
ハッピーエンドの絵本に続きを書くとして、いったい何人が幸せな物語を綴るのだろう。多分、なんだけど。ほとんどの人が、不幸な物語に続けていく気がする。
灰被りはお城に馴染めますか。魔女を殺した兄妹はどうなりますか。想像は、幸せな世界を描けない。
少なくとも私にとってはそうだった。ハッピーエンドという虚構はあまりにも甘美で、同じくらい脆弱だ。
永遠に続く今日なんてものは緩やかな死と同義であり、しかし、変化していく世界はいつだって地獄を孕んでいる。
だからこそ、美しい結末に夢を見るのだろう。君が、幸せな物語を愛したように。あるいは、悲しい物語を疎んだように。
君という人間について語ろう。女の子とは、お砂糖とスパイスといろんな素敵からできているらしい。君は正しくそんな生き物だった。
砂糖菓子にちょっとスパイスをかけて、その内側に美しいものを閉じ込めたような。そんな人だった。少なくとも、私の目にはそう映っていた。あるいは、そう。君は、そう見えるよう振る舞っていたのだろう。
……今にして思えば、事実はそこにあるのかもしれない。しかし、想像は想像の範疇を越えはしない。私の記憶の中にいる君は、あまりにも無垢な少女であった。
想像の中にだけ在るノスタルジー、夏風に白いワンピースの裾を翻して、ひまわり畑を背負うような。しかし、少女は大人になる。例外はない。君だってそうだった。いつかは少女でなくなるのだ。
それが私にとっては恐ろしくてならなかった。ハッピーエンドが好きだと語る声を思い出す。そこで物語が終わることを、君は希望と呼んだ。それならば。
「──淀みなく流れる時間を、どうやって止めようか」
君という人間は、どこを切り取っても少女だった。肉を半分に断てば、きっとその断面から色とりどりの砂糖菓子が零れ落ちるのだろうと。そう思うほどに。君は。夏の日差しの下で。今が一番幸せだと語った君は。
「今を永遠にするための方法を、君は知っていたんだろう」
ハッピーエンドで物語は終わる。続きがなければ、それは永遠の幸福だ。──ああ、けれど。なぜだろう。今になっても、まだ考えている。あの夏が戻ってくる日は二度と訪れない。時間は、前にしか進まない。君はもう少女ではない。だというのに、考えてしまうのは一つだけだ。
「……だけど。大人になった君のことも、見たかったんだ」
蝉が鳴いている。雨が止む。太陽が、湿度で滲む。
──君がいなくとも、夏は訪れる。
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