精霊馬は腐れて生ゴミへ
お盆というものは、死者が帰ってくる日、らしい。そういう話だと聞いた。伝説とか言伝えに近いそれを、子供の頃のように無邪気に信じられなくなったのはいつからだろうか。
昔、僕がまだ無知かつ無垢な少年だった頃、せっせと精霊馬を作っていた頃。あの頃は、信じていた。死んだ人が帰ってくる、と。だから大丈夫だと思っていた。一年に一度。あの人は天国と呼ばれるうつくしい場所から帰ってきて、成長した僕のことを見つけて喜んでくれる。そう信じていたから、曲がらずに挫けずに生きてこれた。
信仰は時に人を救う。現実的な視点を持つ他者からは、愚かに見えていたとしても。確かに、あの頃の僕にとっては救いだった。毎日を必死に生きて、お盆の頃にすべて墓標に伝える。一年目も、ニ年目も、三年目も。その次も変わらず、同じことを繰り返した。
傍から見たら、立ち直っているように見えたことだろう。……いや、実際に立ち直ってはいた。現実を直視できていたかはさておき。
墓の下にあるものがただの亡骸であり、霊魂というものは存在が証明されておらず、お盆の言伝えを心から信じている人などほとんどいない。その事実に気がついたのは、いつだっただろうか。
最近と呼ぶほど遅くはなく、昔と呼ぶほど遠くもないあの頃。僕は、目を逸らしていた事実を直視した。死んだ人は帰ってこない。あの人はもういない。その言葉が妙に重く感じられたのは、心のどこかで理解していたからなのだろう。あの人は死んだ。僕がまだ死を理解すらしていなかった頃に、死んでいた。その事実。現実。見たくなかった、本当のこと。あの瞬間、足元が崩れ落ちてしまった気がした。
……いい人になってね、と。僕に言ってくれた人がいた。僕に対して無関心な両親ではなくて。一人もいない友達でもなくて。けれどたった一人。一人だけ、僕の頭を撫でて微笑んでくれた人がいた。
誰かのことを助けてあげられる人になってくれ、と。優しい人になってほしい、と。あの人は語った。
死してなお残された期待は、やがて呪いになったのかもしれない。いい人になりましたよ。そう伝えるために、毎年毎年、墓参りに向かう。僕以外の誰一人として参った気配のない、小さな墓に。そこにあの人がいないとしても、今もまだ繰り返している。
……お盆に、もしも。もしも本当に、帰っているなら。
「……なんて、ただの妄想か」
優しい人に。強い人に。いい人に。願う通りになってもきっと、あの人は褒めてくれない。それでも構わなかった。
これはもう、ただの呪いだ。誰にも期待されなかった僕に、あんな言葉をくれたのだから。しょうがないことだ。
一生、僕はあの人の影を探し続けるしかない。来年も、幽霊なんて出はしない。天国なんてものがあるのかもわからない。だから、信じることしかできないのだ。……ああそうか。だから、こんな言伝えがあるのだろう。死んだ先に何もないなんて、あまりにも寂しくて辛いことだから。せめて、どこにもいないあの人が帰ってくると、信じたいだけだ。
誰もがそうだった。今の僕と同じで、足掻きながら、もがきながら、喪失と向き合い続けていく。……あの人が好きだった花を、墓前に備えて目を伏せた。生温かい風は、じめっとした土の臭いだけを鼻に伝えて、遠くへと消えていく。
……それだけだった。
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