さすがに海にはそういう女神いなさそうだし
泉の女神、というお伽噺を思い出した。落としてしまった価値のないものが、金銀に変わって返ってくるというもの。正直者は徳をする、というあまりにも直球な寓話。
しかし、ならば、海に落とした指輪が返ってきたのはどういう了見だろうか。しかもそのままの形で。なんなら少しだけ錆びついて。落としたあの指輪は、ベランダに置かれていた。
生憎と、落としましたかと聞いてくれた女神などはいない。さらに言えば、たぶん落としたのか聞かれたら私はちょっと盛って話すからそもそも正直者にはなれない。悲しい話だ。
だから、返ってきた指輪を手にとって、朝焼けに透かしてみた。安っぽい造りのそれは、妙に人工的な雰囲気で太陽の光を反射させる。ブランド物だと言ってプレゼントされたけれど、たぶんこれ、紛い物だ。一山いくらで安売りされる、得体の知れないサイトのやつ。
あーあ、と溜息じみた声を落とし、もう一度ベランダに置く。誰が持ってきたのか、誰かが探してくれたのか。それはわからないけれど、なんとなくもう指にはめることはない気がした。
あの人とは別れて3ヶ月になるし、指輪をなくしたのはそれより前だ。もしも探してきたのなら、これを手に持ってよりを戻そうとすればいいのに。しないのなら、ここで終わった話だ。
たぶん三百円くらいだろうその指輪は、白々しく錆びついていくばかりだった。ああ、せめて海の底にいれば、いつか人魚にでも拾われたかもしれないのにね。
価値がないものに戻って、かわいそうに
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