第10話 幻の記憶

 城を住居として改装しただけに見える屋敷の入口は、最近になって付け足されたような両開きの扉になっていた。ヘグニが鍵を取り出して入口の錠前を外し、扉を開く。

 「どうぞ、ユーフェミア様。鍵もお渡ししておきます」

 「…ありがとう」

ずっと無人で手入れもされていなかった建物だ。中には一体どんなひどい風景が広がっているのかと、半ば覚悟を決めながら踏み入った建物の中は、しかし、予想外に綺麗なもので、ユーフェミアは安堵した。

 埃はあまり溜まっておらず、蜘蛛の巣が張られているようなこともない。祖父が亡くなっていらい誰も足を踏み入れていないとは思えないほどだ。

 ただ、少しガランとしすぎて質素なのが、逆に気にかかる。

 元が実用優先の城塞だったからなのか、代々の当主の趣味なのか、装飾や調度品の類は何もなく、玄関に絨毯すら敷かれていない。

 (こういうお屋敷だったら、もっと豪華なものかと思ってたけど…意外ね)

ユーフェミアは、中に入って周囲を見渡した。

 玄関を入ってすぐのところは大広間、二階へと続く階段と、左右に分かれている通路。

 天井は圧迫感を覚えない程度に高く作られているが、高すぎることはない。元が城塞だったからなのか、作りは頑丈で、どこか無骨ですらある。

 「ほう、これは思っていたより綺麗なものですな」

遅れて入って来たヘグニが、ほっとした様子で言う。

 「あまり掃除に手をかけずとも済みそうです。」

 「ずいぶん広いみたいだけど、本当にこんなところにお祖父さん一人で暮らしてたんですか? それに、働いていたのはヘグニさんだけ? お掃除が大変そうだけど…」

 「いいえ、それが、掃除していたのは玄関先とお庭くらいのものでした。実を言うと、家事の類はほとんど、族長ゴジがお一人でやられていたんです。わしは簡単な料理と、村に出る用事くらいで。不思議なことに、そんなでも問題なかったのですよ。魔法でも使っていなさるのかと尋ねても、はぐらかすように笑っておいでだった。魔法使いだという噂は、あながち嘘じゃなかったと、わしは思っておりますよ」

 「家事をする魔法なんて、あるの?」

 「さあて。族長ゴジは、古い時代の記憶にもよく通じておいでだった。もしかしたら何か、役に立つルーンを知っておられたのかもしれません」

 「……。」

 「軽くご案内しましょう。ユーフェミア様、こちらですよ」

ヘグニは先に立ち、入ってすぐ左側の部屋へと入っていく。

 「こちらが食堂。反対側のお部屋はソファのある居間になっております。暖炉があるのは、この二部屋だけです。奥のお部屋とお二階は、冬になれば火鉢を持ち込むことになります。食堂の奥が台所。前の族長ゴジのエイリミ様がお使いだったのは、食堂の奥の渡り廊下の先にある、中庭の見える書斎つきの寝室ですよ。」

 「ありがとう。見てくるわね」

 「わしは台所のほうにおります。ご用がありましたら、お呼びください」

頷いて、ユーフェミアは抱いていた子犬を床に下ろした。

 「さて、お前も好きになさい。迷子にだけはならないでね」

子犬のフェンリスは、不思議そうな顔をして辺りの空気を嗅いでいる。

 (警戒してるふうじゃないし、大丈夫かな…)

ずっと締め切られていた無人の屋敷だ。虫や小動物くらいは、どこかにこっそり暮らしているかもしれない。だが、毒ヘビはもうごめんだ。ヘビがいたら真っ先に追い出そう、とユーフェミアは思った。

 (さて、まずは、お祖父さんの部屋ね)

書斎つきの寝室、とヘグニは言っていた。それなら、きっとすぐに分かるだろう。

 食堂を通り抜けると、日当たりの良い出窓の小部屋があった。それから、渡り廊下と奥の回廊。そこから見えるのは、どこか殺風景な、敷石だけの庭。

 元は城塞だったことを考えると、この庭は、兵士たちの訓練場か何かだったのかもしれない。

 (そういえば、さっきの食堂もすごく広かった。あれって、城に大勢の人たちが住んでた時代のものなのかも…。)

絵本で読むような、おとぎ話のお城では、たくさんの兵士たちが警備していて、使用人も沢山いるのが常だった。この屋敷にも、かつてはそんな時代があったのかもしれないのだ。

 ユーフェミアは、まずは渡り廊下のほうへと向かった。渡り廊下は吹き抜けになっていて、途中には、地下室への階段も見つけた。倉庫か、それとも牢屋か。中を覗き込んでみたが、薄暗くて良くわからない。奥の方に扉がありそうだったが、あとで確かめてみよう。

 回廊の先には、中庭に面した広い部屋がある。

 入口の木の扉には、使い込まれたような手垢が染み付いていて、つい最近まで誰かが住んでいたような気配がある。

 そっと押してみると、扉は、かすかに軋む音とともに内側へ開いていった。


 カサカサ、パタパタと何かが逃げていくような物音がした。

 (やっぱり、ネズミか何かいるのかも…)

子犬がついてきているのを確かめてから、彼女は、そろりと部屋の中へ踏み込んだ。

 カビたような、古い本の匂い。老人特有の体臭の残り香。

 窓は分厚いカーテンに塞がれて、隙間から漏れる光で、かろうじて、大きな書斎机と、山のように積まれた本が見て取れた。そして、机の端には、色褪せた家族の写真が一枚、写真立てに収められていた。

 ユーフェミアは、部屋の中をよく観察しようと、中庭側のカーテンと窓を開いた。

 淀んだ空気が動くとともに、止まっていた時が動き出す。

 天井のほうで、キイ、と何かが鳴くような声がした。振り返って見上げると、本棚のすぐ上の天井板の一枚が緩んで、隙間が空いているのに気がついた。どうやら、そこから何か小動物のようなものが部屋に侵入してきていたらしい。

 (あとでヘグニさんに言って、塞いでもらおう。本が食い荒らされていないといいけど…。)

明るい日差しの中に、ユーフェミアの長い髪が微かに輝く。

 机の端に置かれていた写真立てを見ると、そこには、屋敷の主人らしい人物と妻らしき女性、それに、兄妹だろう、幼い少年と少女の二人が笑っている。

 (…これが、子ども頃のお父さん? だとすると、こっちの女の子が、死んでしまったヘルガ叔母さん、かな…)

だとすれば、四十年は前の写真のはずだ。どおりで、色褪せている。この田舎に写真機があるとは思えなかったが、どうにかして手に入れたのか、観光客か誰かのものを借りたのかもしれない。

 写真の中の家族は、みな、幸せそうに笑っていた。

 このあと、不幸に襲われるとは思いもしない様子で…。


 間違いない。

 ここが、祖父エイリミの部屋なのだ。

 たった一人でこの城に残り、かつての家族の写真を机の上に飾り、家を出たきり音沙汰もない息子の写真を毎日眺めていた孤独な老人のことを思うと、ユーフェミアは胸が苦しくなった。

 (ごめんなさい。もっと早く戻ってくれば良かった)

鞄から取り出した父の手紙を、その写真の前に置いた。

 せめて、手紙だけでも、もっと早く見つけて投函出来ていれば良かったかもしれない。

 そうすれば老人は、息子がどこで暮らしていたのかを、孫がいることを、知ることが出来たはずなのだから。


 もしも、やり直すことが出来るのなら――

 そんな空想は無意味だと知りつつも、ユーフェミアは、そう思わずにはいられなかった。

 でいい、無知ゆえに選べなかった選択肢をやり直すことが出来るのなら、きっと、「現在いま」という時の中で感じている後悔は、全く違ったものになるだろう。


 いちど部屋を出て、他のところも一通り周って来よう、と思って振り返った時、ふと彼女は、さっきまで足元についてきていた子犬がいなくなっていることに気がついた。

 「…あれ?」

慌てて見回すが、どこにもいない。

 「フェンリス? どこ?」

ふと、外から光が差し込んでいるのに気がついた。部屋に入った時、扉をきちんと閉めていなかったせいで、隙間から抜け出してしまったのだ。ユーフェミアは、慌てて中庭に飛び出した。こんな広い館の中で見失ってしまったら、見つけられるかどうか分からない。

 「フェンリス! 返事して!」

 「…ワン!」

以外にも、はっきりとした返事があった。ただ、その声は、ずいぶんと遠くから聞こえてくるようだ。

 (…上?)

探してみると、部屋のすぐ奥に、中庭に面した螺旋階段があることに気がついた。声は、階段の上のほうから聞こえてくる。

 ユーフェミアは、大急ぎでその階段を駆け上った。


 螺旋階段を登りきった先には扉はなく、いきなり、明るい日差しが目の前に押し寄せてきた。

 「わ…」

眩しさと、押し寄せてくる風に手を翳しながら、広々とした屋上へ足を踏み出す。

 「ワン、ワン!」

フェンリスが、こっちだというように飛び跳ねながら端のほうへ向かっていく。

 「危ないわよ、どこいくの」

追いかけようとしたユーフェモアは、ふと、視界の端に見えたものに惹かれて振り返った。

 (――あ)

森の先。広がる平原の向こう。

 巨大でいびつな、まるで塔のような形をした、灰色の山がある――。

 思わず足を止めて、その方向をじっと見つめた。

 (これが…千年前に大噴火したという…火山…?)

港の観光案内所で配られていた色褪せた観光用パンフレットで見た時には何とも思わなかったのに、実物を見た瞬間、なぜだか、胸の奥から奇妙な感覚が湧き出してくるのを感じた。

 美しい、でもなく、感動した、とかではなく…どこか懐かしいような、恐ろしいような、…いや、違う。


 これは、”嫌悪感”だ。


 はっきりと自分の感情を言葉にして認識した、まさにその時、足元がぐらりと大きく揺れた。

 「!」

 「キャン!」

地震だ。

 フェンリスが悲鳴のような叫び声を上げ、一直線にユーフェミアのほう目指して駆け戻ってくる。それとほぼ同時に、火山のふもとに白い霧が沸き立つのが見えた。

 風が吹く。

 霧が大きく広がって、一瞬のうちに城のふもとまで押し寄せてくる。

 あっという間に、視界がうっすらとかすみ始めた。まるで白い布切れを上空から広げていくような具合に、景色が次々と灰白の霧の中に沈んでゆく。

 (まさか。こんな速度で霧が広がるなんて…)

慌てて、さっき出てきたばかりの螺旋階段への入口のほうを振り返るが、その時にはもう、目の前は真っ白になり、ほんの少し先にあったはずの出入り口すら完全に見えなくなってしまっている。

 フェンリスのほうはというと、足元が見えなくなってしまう直前にユーフェミアのいる場所まで駆け戻り、彼女の足の間に滑り込んで、ぶるぶる震えている。

 「大丈夫よ、一緒に居ましょう」

子犬を抱き上げて、ユーフェミアは辺りを見回した。


 この霧に出くわすのは、これで三度目だ。

 一度目は、フェンサリルへ来る途中の貨物馬車の中で。二度目は、港町で。

 どちらも、ほんの一瞬のうちに視界が真っ白になって、すぐ先にあるはずの物体の形どころか、足元から分からなくなってしまった。

 今回も、状況としては同じだ。

 だが、霧が湧き上がる見たのは、今回が初めてだった。

 (この霧って、火山から湧き出してるの? でも、火山から湧き上がるなら蒸気とかのはずよね? この霧は、全然違う…)

震えて腕の中で縮こまる子犬を落とさないように抱いたまま、ユーフェミアは、周囲に目を凝らした。

 外の世界で生まれ育った彼女には既に、この霧は、のだと理解しはじめていた。

 (少し前まで風が吹いてたのに、こんなに早く霧が周るなんて、どう考えても変だ)

中央島セントラルの学校で習ったことや本の知識が、外の世界の”常識”が、この島で体験したことの違和感を具体化していく。

 今いる場所は窪地でもなければ、海や湖のような水場に近いところでもない。アトリは、霧は島の西の方らよく出ると言っていたが、海から湧き上がってきたようには見えず、海のある西の方から流れてきたわけでもなかった。

 まるで、何もない空中からいきなり襲いかかって来たような感覚だ。それでいて、霧が流れている気配もなく、濃淡さえ無い。目の前をいきなり灰白の薄い布で覆われたような均一さ。

 島民たちが”霧”と呼んでいるこれは、実際には霧ではない。――いわば”魔法”のようなものだ。目眩ましの魔法。

 だとしたら、一体誰が、どこから、これを起こしている…?



◆◆◆


 しばらくじっと待っていると、ほどなくして、ガシャン、ガシャンと鎧のこすれるような音が聞こえてきた。

 (ああ、まただ)

霧に巻かれた初回の時と同じ幻聴。ユーフェミアは落ち着いて、その場に佇んだまま、音の聞こえてくる方角に視線を向けた。

 目の前に朧げな人影が、いくつも浮かび上がってくる。

 古めかしい鎧兜に身を包んだ、大昔の戦士たち。その中に佇む、長いローブを身にまとった威厳ある女性。むさくるしい男たちの中にあって、まっすぐに背を伸ばして立つその人は、ひときわ凛として、美しく見えた。

 その人が、重々しい口ぶりで呟く。

 「…破滅の目覚めの時が、近づいています」

周囲にいた戦士たちが不安げにざわつき、それぞれに顔を見合わせる。

 「ついに来たのか、その時が」

 「まだ、ヨートゥンどもの件も片付いてはいないというのに…よりにもよって、こんな時に…」

 「ヘルガ様!」

軽装の戦士が一人、螺旋階段のほうから駆け上がって来て、女性の前で胸に手をやる。

 「ご報告です。エーシルの族長より伝令が参りました。…敵の将軍ヤールを宴に誘い出し、娘ともども首を撥ねた、と。同行していたヨートゥンどもも一掃し、これで敵の戦力は大幅に割いた、勝利の時は近い、とのことです」

 「ああ、なんということ」

威厳ある女性はため息をつき、小さく首を振った。周囲の戦士たちほど動揺はしていない様子だ。

 「移り気なヘリアンのこと、いずれヨートゥンどもとの和平交渉は決裂するとは思っていたが、よりにもよって…。偽りの宴をもって不実なはかりごとで勝利を手にするとは”戦の父”の二つ名も泣いていよう。これは真の勝利とはならぬ。我が目には、いまだ勝利は見えていない」

 「は。では、返答は…?」

 「この偽りのツケは少なからず自らに返ってくる、責任は自ら取られよと伝えなさい。おそらく、残ったヨートゥンは死に物狂いで弔い合戦を仕掛けてくるでしょう。戦線は、このままエーシルに維持してもらう。我がヴァニールの一族だけでも、全力をもって”滅び”に対処しなければ。」

 「…かしこまりました」

報告にやって来た戦士が元の道を駆け戻っていくのを見送ったあと、女性のすぐ隣にいたひときわ立派な身なりの髭面の男が、ぼそりと呟いた。

 「では、いよいよ”滅びの山”の元へ出向かれるのですね」

 「ええ。”世界樹”を決して目覚めさせてはならぬ。我が命を賭しても、あれを再び地の底へ押し留めねば」

 「ですが、後継は?」

別の戦士が声を上げる。

 「フレヴナ様はまだ、幼い。このままでは、我らヴァニールを導く巫女が…」

 「……。」

女族長の視線が、なぜか、ユーフェミアのいるほうへと向けられた。視線が合った、…気がしたのだが、気のせいだろうか。

 僅かな沈黙のあと、彼女は、顔を戻してきっぱりとした口調で告げた。

 「フレヴナは、もうじき十五になる。決して幼くはない」

 「その…年齢は既に十分かと思われますが…。フレヴナ様は、幼き頃にヨートゥンどもとの戦でお父上が戦死されていらい、ずっと戦に怯えておいでです」

周囲の戦士たちが、同意するように頷く。不安げな表情が、不満が、はっきりと分かる。

 人々は、次代の族長となるべき者をまだ、認められずにいる。

 いまここで、威厳ある女族長を失えば、一族がまとまらなくなると考えている。

 ヘルガは、ぴしゃりと言い返した。

 「私の後継はフレヴナの他にはいない。我が血を分けた兄の子、ヴァニールの巫女の血を最も濃く引く、由緒正しい血族の娘だ。今はまだ己の力を使いこなせてはいないが、必ずや汝らを導く良い長となる。案ずることはない!」

 「……。」

戦士たちは軽く頭を下げ、口を閉ざしたが、それは納得したというより、項垂れただけのようにも見えた。

 (可哀想に。その、フレヴナって子は、まだ十四歳なのに、こんな戦士たちの長をしなければならなくなっちゃったのね)

そう思ってから、ふと、何かを忘れているような違和感を覚えて首を傾げた。

 (ん、あれ? そういえば、フレヴナって名前、確か…どこかで…)

考えている間に、いつしか、霧が薄れてゆく。

 威厳ある女性も、取り囲む戦士たちの姿も、霧とともに視界から流れて消えてゆく。



◆◆◆


 ほんの一瞬のうちに幻影は消え、日差しが戻ってきていた。足元に影が落ちている。

 腕の中で、子犬が身じろぎした。

 「あっ、もういいの?」

 「ワン!」

地面におろしてやると、フェンリスは体を大きく震わせてから、尻尾を振って元気に屋上を走り始めた。さっき、霧が出てくる前に居た方向だ。

 「そっちに、何かあるの?」

ユーフェミアもついてゆく。

 歩きながらふと見ると、そこは、ちょうど中庭を見下ろせる場所になっていた。居住空間の屋根の上に作られた見張り台のような場所で、森の木々の向こうに、村や、畑が広がっている場所がよく見える。

 火山も。そして、その麓に立つ、リゾートホテルらしき立派な建物も。

 (あれが、”黄金のチェス亭”? こんな僻地にあるのに、ずいぶんと大きいホテルだわ…。まるでお城みたい)

 「ワン、ワン!」

フェンリスが、早く来いというように吠えている。

 「待って、すぐ行くから。なあに? 何がある…の…」

言いかけたユーフェミアは足を止め、半ば崩れた見張り台の庇の下にちょこんと留まっている、黒と灰の鳥を見つめた。

 「えーと…カラス…?」

多分、形からしてもそうなのだろう。

 だが、中央島セントラルにいたものより一回り小さいし、全身真っ黒ではなく、腹のあたりが銀色で、目が赤い。

 「ワン…?」

 「…カァ…」

カラスは、カラスの声で鳴いて、何やら困ったように首を傾げた。

 「ああ、お友達ってことね。カラス君、ここに住んでるの?」

 「カァ」

 「そう。じゃあ、そのまま住んでても構わないわよ。私も今日からここに住むことになりそうなんだけど、一人で住むにはここは広すぎるから」

カラスは、いくぶんかほっとしたように見えた。こちらの言うことが分かっているのか、羽根を広げて頷くような仕草をする。

 (ずいぶん、人に慣れてるみたい。もしかしたら、お祖父さんが餌付けしてた、とかかな?)

もう少しカラスに近づいてみようと、ユーフェミアが、一歩踏み出しかけた時だった。

 「族長ゴジ! ユーフェミア様、どちらにいらっしゃいますか?!」

下の階から、動転したようなヘグニの声が響いてきた。

 「あっ、いけない。…ここよ! 今行きます」

中庭に向かって怒鳴ってから、彼女は、子犬を抱き上げて螺旋階段のほうに駆け戻っていった。

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