第11話 迷える霧の中で
中庭まで降りていくと、青ざめた顔のヘグニが駆け寄ってきた。
「良かった、どこを探してもいらっしゃらないし、おまけに霧まで出てきて…さあ、もうお昼ですよ。昼餉の支度を致しましたので、どうぞ食堂へ」
「え? お昼?」
「そうですよ。ほれ、太陽が頭上にあるでしょう」
言われて、ユーフェミアも気がついた。そういえばさっき、屋上で、霧が晴れた瞬間に足元に落ちた影が短いのには気づいていたのだ。
だが、この屋敷へ来たのは朝の早い時間だったはずで、まだ何時間も経っていないつもりだった。
彼女が問おうとする前に、先に歩き出したヘグニが呟く。
「今回は、すいぶんと長い霧でしたからな…」
(あ、もしかして、あの霧の中にいる間に、何時間も経っていたってこと?)
そういえば、霧がどのくらいで晴れるかはまちまちだと、最初に霧に遭遇した時にアトリも言っていた。まさかそれが、霧の中にいる間に方角だけでなく時間さえも分からなくなるという意味とは思っていなかった。
食堂へ移動すると、ヘグニの小屋で作って持ってきたサンドイッチが、食器のうえに形だけは立派に盛り付けられていた。食器は立派なもので、逆に見劣りしてしまう。その横には、同じく立派な茶器とポット。何に使うのかよく分からない、水の入ったボウルと布巾。
「おかけになっていてください。今、湯をお持ちします」
「……。」
ヘグニは、奥の台所のほうに入ってゆく。
ポットの中を覗くと、茶葉が入っている。いつのものかは分からないが、少なくとも、香りはまだ残っているようだ。
(ずいぶん、立派な食器ね…壊さないようにしないと…)
ひとまず、手を軽く布巾で拭ってから、サンドイッチを取り上げる。
「いただきます」
思ったよりもお腹は空いていて、パサパサしたパンにチーズを挟んだだけの昼食でも美味しく感じられた。
ほどなくしてヘグニが、湯気の立つ金属製のポットを鍋つかみで持って戻ってきた。
「お茶をお淹れします」
「ありがとう」
そこまでしてもらわなくても…と思いながらも、ユーフェミアは、素直に受け取っておくことにした。ヘグニは生き生きとして、再び主人に仕えられることを喜んでいる様子だった。断ったりしたら、がっかりしてしまいそうな気がしたのだ。
「あの、ヘグニさん。ひとつお願いがあるんですが」
「はい。何でしょう」
「お祖父さんの使っていた寝室の、本棚の上の屋根の所に穴が空いているんです。ネズミか何かが出入りしていそうだったから、塞いでもらえませんか?」
「それは構いませんが、ということは、あのお部屋をまたお使いになるのですか?」
「うーんと…そうね。今夜はあそこで寝ます」
というのも、他の部屋はまだ見て回れていないからだ。少なくとも、あの部屋なら寝台はまだ使えそうだったし、台所や玄関に近いから、迷う心配もない。それに、本棚や書斎机など、まだ調べたいところが沢山ある。
「では後ほど、ご寝所を整えてまいります。他にご用はありますかな?」
「あ、…ええと。聞きたいことが…」
口の中のサンドイッチを急いで飲み込んで、ユーフェミアは、忘れないうちにと尋ねた。
「フレヴナ、って人を知ってますか? たぶん、大昔の…」
「!」
ポットからお茶を注いでいたヘグニの手が動揺で僅かに震え、液体が飛び散った。
「…どこで、その名を…」
「えーと…。どこで、というか…」
説明に困って、曖昧に濁す。
「どこかで聞いた気がして…。昔の人ですか?」
「ええ、ええ。千年前の、忌まわしい…。火山の毒に身を焼かれ、半身は腐ったような色をしていたといわれる娘です。偉大な女族長ヘルガ様の跡継ぎとして期待されながら、未来を視ることもかなわず、族長としての役割も放棄して幽閉され…”滅びの時”の過ぎたあとは自室に閉じこもり、一族を呪いながら死んだと言われています。ヴァニール一族の受難は、その時から始まったのです」
あまりにも予想外の返答に、ユーフェミアは思わず固まってしまった。
一族を呪いながら死んだ?
ユーフェミアは驚いて眉を寄せ、記憶を辿ろうとした。
(…夢の中でフレヴナって呼ばれていた子は、小さな女の子に思えたけれど。そのあと、何かあったってこと? それにヘルガって…さっきの霧の中で見た偉い人…。もしかして、霧の中で見えてる幻覚って、幻覚じゃなくて過去の光景なの?)
まさか、そんなことは”普通では”ありえない。これが
だがここは、”普通ではない”土地なのだ。神話と魔法がまだ生き残っている辺境の島、アスガルド。
既にいくつも、信じられないような出来事に出くわしている。あの霧が、何か魔法のようなものだということも分かっている。だとしたら、霧の中で過去が見えることもあり得るのかもしれない。
問題は、それらの不思議が、いかなる法則に従って起きているのか、だ。
(そう、どんな不思議にだって法則はあるはず。原理が分からなくても、観測された現象から法則は導き出せるはずよ。…って、確か化学か物理の授業で習った気がするし)
既にユーフェミアの中では、恐れや戸惑いよりも、好奇心のほうが勝り始めていた。
これからは、ここで暮らしていかなければならないのだ。分からないことがあるのなら、知らなければならない。
「もう少し、詳しく教えて貰えませんか? そのフレヴナって人は、どうしてそんなことになったの? ただ才能が無かっただけ?」
「詳しいことは伝わっておりません…忌まわしい名として、赤子にその名をつけるなという言い伝えが残されておりますが、分かっているのはそのくらいで」
ヘグニは、あまり話したくないことなのか苦々しい顔だ。
「”滅びの時”って?」
「火山の噴火です。伝説によれは、あの火山は定期的に大噴火を引き起こしておりましてな。ヴァニールの巫女は、その”目覚め”の時を予知する役目も担っておったのです。ヘルガ様は予兆を読み取って、”目覚め”を阻止するために山に向かわれました。しかしヨートゥンどもの妨害に遭って間に合わず、山は目覚め、島を破滅に導いてしまった。フレヴナは、その責任を取らされたとも…」
「間に合わなかったのはフレヴナのせいじゃなさそうに聞こえるけど。それとも、火山の噴火したあとの混乱の時期に適切な対応が出来なかったから皆の恨みを買った、とか?」
「さて、詳しいことは本当に、何も伝わっていないのです。
「…そう」
なんとも曖昧な話だ。
ただ、「一族を呪いながら」というところは引っかかっていた。まさか、クリーズヴィ家を呪っているのは、先祖の一人だとでもいうのだろうか。
「さ、ユーフェミア様。お茶が冷めてしまわないうちに」
ヘグニが、それ以上話したくなさそうなので、ユーフェミアも、この話題を続けることは止めておいた。
この老人が本当に何も知らないのなら、聞いても無駄なのだ。あとで、書斎にでも何か資料が残っていないか調べてみよう。
昼食の済んだあとユーフェミアは、ヘグニに書斎の天井の修繕を任せておいて、屋敷の中の残りの場所を確かめに行った。
食堂の反対側は、広々とした応接室。その向こうには離れのようになった客間があるが、おそらく元は兵舎か何かだ。
半地下の倉庫は台所と繋がっており、隣には使用人部屋らしき空間。さらに、薄暗い狭い階段から二階へ上がると、さらに幾つもの部屋が続く。城壁の上に出られるようになっている橋は崩れかけていたが、そこからなら、屋敷を囲む壁の上をぐるりと周って、さっき霧に出くわした屋上にも行けそうだった。
(これは…歩き回るだけでも、けっこう大変ね。広すぎる…)
疲れてきたユーフェミアは、途中で見つけた芝生に覆われた小さな中庭に降りて、ベンチに腰を掛けた。
ふわり、と花の香りが漂う。
(あれ…?)
ふと見ると、中庭の真ん中に、黄色い花をつけた木が立っている。ほっそりとして、まだ若い木のようだが、枯れた大樹の側で健気に咲いていた。
思わず近づいて、その木を眺めた。
(これ、野生の木…? じゃ、なさそうね…)
改めて庭全体を眺めてみると、その庭には荒れた雰囲気もなく、今も誰かに手入れされているような雰囲気があった。芝生は青々として刈り込まれているし、周囲を取り囲むように花の植え込みもある。
(でも、入口には番犬のガルムがいる。ヘグニさんも、お祖父さんが亡くなってからは中に入れなかったって言ってたし…じゃあ、一体誰が?)
まさか、他に入口でもあるのだろうか。
いや、だとしても、一体誰がここに通ったりするだろう。
祖父のエイリミが生きていた時代ですら、使用人は通いのヘグニ一人だったのだ。その頃から、ほとんど掃除もしていなかったのに、まるで魔法のように屋敷は綺麗だったとヘグニは言っていたが…。
(…本当に、魔法か何かなの? 死後も有効な魔法なんて、とても信じられないけど…)
考え込んだまま庭を眺めていた時、中庭に面した扉が開いて、ヘグニが顔を出した。
「ユーフェミア様、天井の穴は塞いでおきました」
「あっ…ありがとうございます」
ヘグニの出てきた扉の前には井戸があり、彼の後ろには、台所の竈が見えている。そこから台所に繋がっているらしい。
ということは、この庭は、使用人部屋に面したあたりなのだ。
(こういう庭って普通、客間とかに面したところに作るものだと思ってたけど、ここはそうじゃないのね)
首を傾げながらも、ユーフェミアは、館の中に戻っていった。
それから夕方までの間、ユーフェミアは、屋敷の中を歩き周り、部屋の位置を覚えたり、生活に必要なものを揃えたりしていた。
井戸は三箇所。シャワー室はあるが、お湯を沸かしてタンクに貯めてから出ないと使えないので毎日使うのは大変。台所も火を起こさないと何も出来ない。食料庫に残っていたワインはまだ使えそうだが、他の食料はすべてネズミか何かに食い荒らされてしまって残っていない。寝具はまだ使える。着替え類は二階のタンスや櫃の中にあったものが使えるかもしれない。
それから――。
(明かりがないわね…)
電気が通っていないのだから、ロウソクやオイルランプくらいはあると思っていたユーフェミアには、明かりの類が一切ないのが意外だった。
松明に使えそうな太い棒が壁の金属に刺さっているくせに、その棒を燃やした形跡も、燃やすための道具も見つからないのは謎だった。書斎にもガラスランプがあるくせに、中には芯棒すら入っておらず、ただの飾りのように見えた。
「明日、ロウソクをお持ちしましょう。必要なものがあれば、村まで買い出しに言ってきますので」
ヘグニはそう言って、暗くなる前に自分の家に戻っていった。
あとにはユーフェミアと、子犬のフェンリスだけが残されている。
「さて、と…。」
書斎のベッドの端に腰をおろして、ユーフェミアは、どこから手を付けるべきか考えはじめていた。
これから、この屋敷に住むのだ。時間はたっぷりあるように思えるが、何から始めるべきなのだろうか。
父の一族のこと、島の古い伝承のこと、呪いや魔法のこと、霧のこと――分からないことだらけで、どこから手をつければいいのかが分からない。
(とりあえず、明日、村を見に行ってみよう。お祖父さんやお父さんのことを知ってる人がいるかもしれないし。それと…この書斎の本)
彼女は、部屋を埋め尽くす膨大な本の山を見回した。
今日は時間があまり無くて、ざっと背表紙を眺めただけで終わってしまったが、この地方の歴史に関連しそうなものや、日記のようなものなど、いくつか気になるものもあった。もしかしたら、ヘグニの言っていた「魔法」の正体も、父の手紙にあった「ルーン」も、その中のどこかに書かれているのかもしれない。
(それに、やっぱり、あの霧よね。どこからどうやって湧いてきてるのか、すごく気になる…。)
ため息をつき、近くの本棚に視線をやる。
もう日が暮れて、明かりは窓の外から差し込む月明かりと、手元の懐中電灯だけだ。懐中電灯は、電池の残量が心配でむやみやたらとは使えない。港町ならともかく、このフェンサリルでは、電池すらも手に入るかどうか怪しい。いざという時のために取っておきたかった。
昼間走り回って疲れてしまったのか、フェンリスは、もう足元でうとうとしかかっている。
思わず微笑みを浮かべて、彼女も寝台に横になった。
(とりあえず、…考えるのは明日にしよう。明日、日が昇ったら…)
懐中電灯を枕元に起き、目を閉じた。
寝入ってから、どのくらい経っただろう。
カサカサ、カリカリと、どこかで音がする。
(……。)
意識が浮上する。
「キャンッ!」
朧げな意識のどこかで、子犬の悲鳴を聞いて、一気に目が覚めた。
「…フェンリス?」
起き上がって振り返ろうとした時、首元に、鋭い痛みが走った。
「!」
慌てて懐中電灯に手を伸ばし、スイッチを入れる。ヒィッ、と悲鳴のような声とともに、小さな黒い影が光の当たらない場所へ飛び退った。
シーツの端が真っ赤に染まっている。
頭がじんじんして、力が抜けていくような感覚。指の間から、生暖かいどろりとしたものが染み出していくのがわかる。
そして、足元の床の上には、同じように首から血を流してぐったりと倒れている子犬。側には、血に染まった小さな靴の跡が無数に染み付いている。
(小…人…?)
懐中電灯の光を向けるたび、黒い影がざわめき、光に当たらないよう逃げ惑う。微かに見えるその姿は、大人の指先から肘くらいの背の高さの、人間のような形をした生き物だ。
「キキキ、チチチチ! チチチッ?!」
戸惑うような、悲鳴のような声が天井から降ってくる。
顔を上げると、ヘグニに塞いでもらった天井の穴が再び開かれて、その奥から、こちらを見つめる視線のようなものを感じた。
(そう、か…。この屋敷の手入れをしていたのは…)
祖父の”魔法”の正体。
この屋敷には、今も、古い神話の時代のおとぎ話の”小人”たちが、隠れて同居していたのだ。
それに気づくのと、意識が途切れるのとは、ほぼ同時だった。
ヘグニがやってくるのは明日の朝だし、この傷では、きっと助からないだろう。
彼女は、今回もまた失敗してしまったことを悔しく思いながら、――自らの血で真っ赤に染まった寝台の上に沈んでいったのだった。
◆◆◆
これは幻なのだと、最初から分かっていた。
朧げな夢の中、深い霧の中、少女がたった一人で、どこかの草原を歩いている。ユーフェミアはなぜか、その後ろを一緒に歩いている。
いつから歩いていたのか、今が何時なのかもよく分かっていない。もうずっと、長いことこうして二人で歩いていたような気がする。ずっと、長い時の中を…
「姉さま! 待って!」
「……。」
呼びかけられて、ようやく先を歩く少女が足を止めた。いや、止まった、というべきなのか。
振り返るより早く、誰かが直ぐ側をすり抜けて、一緒に歩いていた少女の首元に腕をからめて、飛びついていく。
「やっと追いついたー!」
無邪気に笑う灰色の髪の少年。瞳は薄い青で、まるで、どこかで見た子犬のような人懐っこさだ。
「一人で出歩かないでくださいと言ったでしょう。この時期だ、どこに危険があるか分からないんだから」
後ろからやってきた、少し年長の少年は困ったような顔をしている。こちらの少年は、顔立ちはさきの少年とよく似ているが、髪と肌は少し暗い色をしている。
少女は眉を寄せ、少年たちを見比べた。
「…私に弟はいないわ」
「え? 何言ってるの、今更」
「ほら見ろフェンリス。お前がいつまでも、昔みたいにじゃれつくから怒られたじゃないか」
年かさの少年は小さく咳払いし、胸に手をあてて軽く頭を下げた。
「私ヨルムガルデ、弟のフェンリス、我ら兄弟二名は次期族長であらせられるフレヴナ様の忠実なしもべであり、従者です。どうぞ、臣下の出過ぎた真似をお許しください」
「あ、えーっと…そうでした。姉さまはボクたちのあるじです」
「お前なあ…姉さまじゃないってば」
ヨルムガルデと名乗った少年が弟の額を軽くつつき、弟のほうは舌を出して笑う。
フェンリス。あの子犬と同じ名前。
そのせいなのか、どこか面影が重なって見える。人懐っこく、足元にじゃれてくるような…目を離したら勝手にどこかに駆けていってしまいそうな、そんな雰囲気。
対して、兄のヨルムガルデのほうは聡明そうで、年相応よりもはるかに落ち着いた雰囲気だった。名前を聞いたことはないはずなのに、なぜだが、こちらの少年にも、どこかで会ったことがあるような気がする。
少女――フレヴナが無言のまま見つめているのに気づくと、少年たちは、はっとして居住まいを正した。
「あの、やっぱり、さっき母さ…ヘルガ様に言われたことを気にされていますか? 次期族長としての心得、とか…。」
「似合わないよー、姉さまを姉さま以外の呼び名で呼ぶとかさぁ。ていうか、無理しなくてもいいと思う」
「……。」
(そうか、この子たちって、ヘルガって人の子どもなのね。確か、最後の偉大な族長。で、ヴァニールは女が族長になる一族だから、後継者は彼らじゃなくて、フレヴナのほうなのか…)
そこまで考えて、ユーフェミアは首をかしげた。
(あれっ? でも、この子がフレヴナ、ってことは…?)
ユーフェミアは近づいて、重たい衣装をまとった少女の顔を覗き込む。自分とは似ても似つかないが、十分に愛らしいといえる顔立ちだ。火傷の跡はもちろん、傷などはひとつも無い。
少年たちはユーフェミアのことが見えていないようなのに、少女のほうは何故か、困ったようにユーフェミアから視線を逸らした。
「…そんな風に見ないで。お願い、もう…消えて」
「え? あなた、私が見えてるの」
「……。」
少女は、絶対に答えるものかとでもいうように、ぎゅっと口を引き結んで両手で耳を塞いだ。
それを自分たちに対するものと勘違いしたらしい少年たちが、慌てている。
「ご、ごめんなさい姉さ…フレヴナ様。お邪魔でしたら、僕たち…。」
「違うの」
「申し訳ございません。お邪魔でしたらすぐにお暇しますから」
「違う…」
少女は、耳を塞いだままその場に蹲る。
「変なものばかり視えるの…未来視の力なんて、私にはうまく…使えない…。見たこともない街…四角い建物…恐ろしい勢いで走る馬のいない馬車…。それに、男みたいな格好した変な女の子が話しかけてくるし…助けて…」
「え?! それって、私のこと? ねえフレヴナ、私のことが判るの? ってうか、あなたが見てるものって、私のいるこの時代のこと…?」
「……!」
嫌だ、というように首をふる。
「また、声が聞こえる。助けて…!」
「姉さま、しっかり! ああ、どうしよう兄さん。」
「すぐに連れて帰らないと。しっかり、フレヴナ様。つかまってください」
少年たちに支えられたフレヴナは、ほとんど気を失わんばかりに蒼白な顔色だ。
ユーフェミアはぽかんとして、三人が立ち去るのを見ていた。
(どういうこと? あの子は、私のことが視えて、声も聞こえてたってこと? でも、あの子が生きてたのは千年前で…)
それに、ヘグニの言っていた千年後の伝承とは全然違う。火傷の跡など無い。醜くもない。
そしてどうやら、彼女が”未来視の力”とやらで見ていたのは、千年後の、ユーフェミアの知る
そもそも、これは夢なのか? それとも、過去の記憶か何かなのか。
霧の中で見る幻と、今見ているこれは、同じ世界の出来事のように思える。
だとしたら、何か関係している気がした。何の意味があって、どうして自分にこんなものが見えるのかはまだ分からないが、きっと、いま体験しているこの出来事は、本当に起きたことなのだ。
フレヴナ――伝承にある呪われた族長は、一人ではなかった。彼女を慕う従者たち、きょうだい同然に育った従兄弟たちが、いつも側にいた。
そして彼女は千年後の”今”、ユーフェミアの生きている、この時代のことを視ていた。
白い霧が押し寄せてくる。
(もしかして、私が千年のフレヴナの記憶を見ているみたいに、フレヴナには千年後の私の記憶が視えている、ってこと…なの?)
意識が遠くなるのを感じながら、ユーフェミアは思った。
(最初に死んだ時も、こんな風だった。だとしたら、あの時に泣いてた子も、きっとフレヴナなんだ。…お屋敷の屋上で見た風景も…火山の噴火の記憶も…そうか、あれは全部、フレヴナの体験…)
霧の中で見る、千年前の風景。夢の中で見る、千年前を生きていた、ある一人の少女の記憶。
全てが遠い昔の真実なのだとしたら、自分は、フレヴナという名の少女にこの先に起きることを知らなければならない気がしていた。
なぜ自分にこんなものが見えているのか、答えはきっと、そこにしかない。
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